〘八十話〙開戦、凶龍vsミーア
乾いた、いえ、乾ききった硬い土壌が地の奥底からだんだん迫ってくるものの影響を受けてか、次第に細かい罅に覆われてゆきます。
一度地に降り立った私ですが、地鳴りを伴う地震が続き、罅だらけになってきた地面にそのまま立っているのはいかにも危うい感じがするので今は再び空に浮かんでいます。だいたい細かい罅と言っても広範囲に渡っているからそう見えるだけで、実際は私なんか平気で出来たスキマに落っこちそうなくらいのサイズ感ありますから。
こっわ。
そんなやばげな光景をしばらく眺めていると、出来た無数の罅の奥から、どう見ても毒っぽい、いかにもやばそうな、限りな~く黒に近い紫色のもやもやが滲み出てきました。
魔滓です。
完全に視認出来る、濃縮されきったやば~いやつ。
いったいどうすればこれほどまで濃厚な魔滓を出す存在が出来上がるのでしょうか?
人の存在はほんと、世界に悪い影響しか及ぼさないのではないでしょうか?
ズズズズズズゥン――。
またまた大きな、空気を揺さぶりまくってお腹に響く震動が起こりました。
それに伴って、至る所に出来ていた罅がびしりびしりと不気味な音を立てながら崩れだし、みるみるうちに大きな亀裂へとその様相を変えていきます。
「くうぅ……」
スライム体魔力センサー改め、さり気なくバージョンアップした魔力&魔滓センサーがもう限界突破して大変なことになってます。
「はわわっっ」
そう感じたのとそれが起こったのはほぼ同時でしょうか。
震源の中心と思われるところが一気に隆起!
一面罅や亀裂に覆われたその山の中腹が、耳をつんざくばかりの凄まじい轟音とともに吹っ飛びました!
いくら怖いものなしのスライム娘、ミーアちゃんもビックリの凄まじい音です。
もう世界中の雷がその一点に集中し、落ちたんじゃないかってくらいのすさまじさです。
そんな地面が破裂したかの如くの轟音……いや実際破裂したようなものですけれど、それと共に吹っ飛ばされた無数の礫が四方八方至るところに飛び散っています。
一つ一つが私よりでっかい、巨大な岩塊がぶっ飛んでくるのですから、それはもう恐ろしい以上に危険なことこの上ないです。
「ひあぁっ!」
もういやぁ。
「風の障壁、球状で! スフィリカル=エアバリアっ」
次々ぶっ飛んでくる石礫を、体の周りに三百六十度、高速でグルグル循環回転する気流で強固な球状障壁を創りだして防ぎながらも、あまりの状況に呆然としてしまいます。
いや、私、こう見えて元日本のしがない中年サラリーマン。
こんなのに対応出来るような生き方してませんから!
想定の外の外すぎるぅ~!
さっき雷と表現しましたけど、実際稲妻が至る所に発生し、もうもうと立ち込める魔滓の噴煙も相まって、もう目の前は「ここが地獄じゃないの?」って感じの様相を呈してるんですから!
張り詰めた空気と濃厚な魔力と魔滓が漂う中、嫌な意味で変化のない時間がただ過ぎていきます。
さすがに辺り一面に立ち込めていた毒々しい色をしたガスは薄まってゆき、石礫の周囲への飛散もようやく収まってくれたようです。
けれど私の警戒心は変わらず限界突破なのです。
この世界に生まれてこの方、こんな気持ちになるのは初めてではないかしらん?
怖い。
おふざけじゃない、ほんとうの恐怖。
怖いと感じるのは、自身に命の危険、生命を絶たれるのではないかと警戒させる、生命の根源的本能。
私にもそれはあったみたいです。
「ひぅ!」
その形はまさに災禍。
そんな言葉が相応しい。
女神が、その表現で私に伝えてくるのも仕方ないと思える、おぞましき姿。
それがその姿を現しました。
山の中腹を粉砕して自らの進路を造り出し、『災禍の凶龍』はその姿を現しました。
「うっわぁ……、何あれ、えっぐ。頭いったい幾つあるのっ?」
胴体どこにあるの? って思えるくらい、体に違いない部位からは無数の長い首が伸び、その先には元の世界でもおなじみの西洋竜風の頭が鎮座し、その顎を大きくを開けて、耳障りな雄叫びを上げています。
ああ、叫びと共にその口からは赤黒い紫色をした息すら吐き出しています。
あれって魔滓……っぽくない?
吐く息が魔滓ってあなた……、でもまあ、そうもなりますか。
そんなやつが。
ワイバーンよりも厳つくて怖い顔をしたソレが、もう数えるのもいやになるくらいウジャウジャうねうね四方八方に伸び、何かを探すようにそれぞれが思い思いに動いて周囲を見回しているのです。
君たち、それ絡まったりしないの?
まぁしないんでしょうねぇ……。
ちなみにその頭一つだけでも私より大きいというその事実。
まじ、もう帰っていい?
「っわ、いったっ」
女神ウザッ。
頭の中の考えにいちいち反応しないでくれます?
と、とにかく災禍の凶龍!
私の頭痛を無くすためにも、こいつを何とかしなきゃです!
目の前のそいつは湖の底で倒した、いそぎんちゃくモドキの百万倍厳つくてデカくてヤバい、何がヤバイって、触手の一つ一つがドラゴンヘッドとかいう訳のわからないキモくて恐ろしい存在です。
そしてそれすら、まだ序の口といえるその事実。
そのドラゴンヘッドイソギンチャク風ボディ? の、イソギンチャクなら大きく口が開いてるだろう場所からはにょきり、というには余りにも太い、太すぎる首が更にぐぃ~んと伸び上がり、三叉の首となっていました。
ザケンなコラ!
その風体を表すならドラゴンヘッドイソギンチャク風襟巻をした三叉首ドラゴン。
この期に及んでまだ首が分かれてるなんて、そんなサービスいらないです。
三つの首に据えられている頭は、西洋と東洋をごちゃまぜにしたような顔と言えばいいのでしょうか?
伸びた鼻面には長いひげがナマズのように生えてます。
大きく開いた顎からは鋭い牙がずらり並んで生えているのが見え、先端の牙はひと際長く、それだけでも私の身長の数倍はありそうです。
頭の後半には長い角が生えてますが、後ろに伸びてる途中からぐるりと向きを変え、その凶悪に鋭い角先は手前に向けられ、その先端は鼻面に届きそうなほどの長さです。恐すぎだってば。
三つの頭はそれぞれ属性で分かれているのか、見るからにその属性を示した様子が窺えます。口元から火が出たり、雪か霜かわからないけど、いかにも氷ついてしまいそうな息吹を吐いていたり、あともう一体はよくわかりませんが、時々放電してるみたいで、いかにも雷属性って感じです。
ちなみに雷は属性の派生で備わるものだけど、風や火、それに水というか氷、それぞれからの派生があるので一概に何属性とは決めつけにくいのです。
ま、今いうことじゃないか。
そんな全体像な訳ですが、その身の丈は驚きの二百メーター超えです。
山の中腹から飛び出し、一気に伸び上がったそいつらは私が浮かんでいた場所をあっさり突き抜け、呆然としていた私は一瞬で見下ろされるポジションになってしまいました。
その巨体は山の中腹から直接生えているように見え、脚や尻尾がその先にあるのかどうかは見ただけでは分かりません。もしかしたら、地面の下はびっしり根が張ってるようになってたとしても私はもう驚きません!
「キモい。キモすぎる。こんな気持ち悪いビジュアルのドラゴンなんて見たくなかった」
通常、ドラゴンと言えば鱗に覆われた強靭な肌を連想するかと思いますが、こいつはなんというか、表面の見た目が安定しません。うごめいているというか、うねっているというか、鱗状の模様は一応見受けられるものの、それが硬いのか? と言われると……ちょっと疑問です。
とにかく不気味で気持ち悪いとしか言えない、おどろおどろしいビジュアルです。
こんな奴、龍って言っていいの?
私の迸る心の声、こんな考えも実際はほんの数秒の出来事。
接敵した私たちは何の余韻もないままに、戦いの火ぶたが切られました。
私を認識した災禍の凶龍は、そのいくつあるか数えたくもない無数の頭を一斉にこちらに向け、それらがご挨拶とばかりに雄叫びというか、咆哮を上げました。
その声は、もう声などとはとても言えないもので、音の爆弾、いえ、爆撃と言ってもいいようなものでした。空気の震動のみならず、魔力と周囲の魔滓、それらがごっちゃり一緒くたになり、物理現象すら伴って私に襲いかかってきました。
「スフィリカル=エアバリア、エアバリア、エアバリア~!」
が、保持や固定されるところがない空中で……、それは全く意味はなく。
丸ごと攻撃に飲み込まれました――。
泣きたい。
で、上からの撃ちおろし、瀑布のような攻撃をもろに受け、地面に凄まじい勢いで叩きつけられました。
蜘蛛の巣状の亀裂を伴った、地面に穿たれた大きく深い穴。
ちなみに直径三メートル、深さ十メートルくらい……でしょうか。亀裂はその四、五倍は大きく広がっているでしょう。
それはもちろんエアバリアを纏った私が地面に叩き込まれて出来た穴。
「くはぁ」
私は全身と四枚の翅に魔力で気合を入れ、穴の奥底から勢いよく飛び出しました。
支えるところがない空中。私は無様に地面に叩きつけられたものの、エアバリア自体はキチンと仕事してくれました。
私は無傷です。
でも精神的苦痛を一年分は味わいました。
「やってくれたね~、くそドラゴン! お返しするし!」
出し惜しみなんかしない。
「獄、爆炎、エクスプロージョン! 全開!」
ミーアボディで出せるだけ、目いっぱいの爆裂魔法、お見舞いしてあげちゃう!
目の前に眩い閃光と共に、凶龍の生えている山の中腹から爆炎の奔流が急激に立ち昇りました。その凄まじいばかりの奔流は青白い炎となって龍の体高よりも更に高く吹き上がっていきます。
周囲の岩盤は砕け、熱され発生した上昇気流に乗って舞い上がり、それはやがて石礫の雨となって帰ってきます。
一発だけじゃ心配です。
おまけしておきます。
「円環配置で! 爆裂、コン・サイクリック=エクスプロージョン! テンポイント」
さっきのがキャンプファイアーなら、今度のは極大ガスコンロの炎です。
立ち昇った爆炎の奔流、その周囲にぐるりと規模は少し劣るけど超高温の炎の柱を十本ばかり追加してあげました。
荒ぶる超高温の炎の競演。
余りの高温にプラズマが大量発生し、稲光が周囲の色を無くすほどの光を放ち、強烈なオゾン臭を伴った旋風すら発生しています。
どんな気象災害でしょう、これ。
我ながらエグすぎてドン引きです。
災禍の凶龍の姿はまだ続く立ち昇る獄炎にまみれて確認することが出来ません。
高温に曝された岩盤が溶け、裾野に向け流れ出しています。
「やりすぎちゃった?」
……うん。
そんなわけ……、なかった。
「あうっ」
突然、山肌を突き破るようにして出てきた十数本に及ぶ尖った柱。
その速度はすさまじく、大魔法を放ち一瞬ではあるものの消耗していたミーアボディで対処出来るはずもなかった。
災禍の凶龍。
そいつの尻尾集団? だった。
油断したつもりなんかなかった。
ただ。
あまりに周囲に漂う魔力と魔滓の濃度が高くて、それを事前に察知することは不可能だったし、予測するなんて更に無理。
私はそいつらに翅ごと全身刺し貫かれ、その勢いのまま、空中高く持ち上げられてしまったのでした。




