〘七十六話〙長たちの駆け引き、ミーアの失態
2024/1/9
ミーアに問いかけるスヴェンの言い回しを少々見直しました
「うっわ、目が合ってしまった……」
リイ=ナたちの前にいた、窓を背に座っていたのは逃げ出した砦にいた人たち。私を監禁したあのお貴族様でした。
「最悪です。でもその横を流し見ればアンヌも居るじゃないですか。……ああもうっ!」
ううぅ、仕方ない。
そうです、逃げてばかりではいつまでたっても状況は変わりません!
いい加減、腹をくくりましょう。
翅を出し、空を飛んでるところも見られてしまったしね。
もうどうでもいいやって感じです。
私は大きなため息を一つこぼし、そのまま開いてる窓に向かって近づいていきます。
扉? 何それ、めんどくさい。
「おじゃま、しま~す……」
お貴族様が居ようが、アールヴ族がいっぱい居ようがもう知りません。
構わず突入するのです!
「おおっ、主オヴィリーネ! 湖の水霊様がいらしてくださるとは。湖の穢れも目に見えてその領域を狭めております。おかげさまをもって、以前の美しさをも取り戻しつつあります。支配霊域の完全なる復活も間近ともなれば感謝の念に堪えませぬ。まこと、ありがたきことでございます」
入った早々、じじい……いえ、長老アズ=イにお礼を言われました。
じじいのくせに目ざとく素早い。
そして律儀です。
アールヴ族の他の面々ももちろん驚いてるけど、場の空気を読んでるのか発言を控えてるみたい。
いえね、どちらかといえば、なんとも言えない空気になってる、この場の雰囲気をしっかり読みとって繋いでほしいんですけれども?
特にリイ=ナ!
「ミーアちゃん!」
「にゃふっ」
強面イケメンがまず何か小難しいことを言い放ってくると思ってたけど、その前にアンヌが飛び込んできました。
がばりと両腕でかき抱くように包み込まれました。ちょっと不意打ち気味で、アンヌのオデコで胸を打ち、変な声出ました。
そう、私がまだ宙に浮いてるのでアンヌの頭に位置はちょうど私の胸となっているのです。
「けひょけひょ」
お、おかしい。
万能スライム体仕込みのミーアボディにこんなにダメージを与えてくるとは、実はアンヌの体は鋼で出来てやしませんか?
「ああっ、ごめんなさい。ミーアちゃん、大丈夫? い、痛かった? 私ったら……、気が逸っちゃって」
ようやくひと心地ついたのか宙に浮いてる私から少し離れ、アタフタしながらも上目でそう言ってきました。アンヌからその目線で見られるのはちょっと新鮮です。
強面イケメンさんはまだ何も言わずに私のことをじっと見ている感じです。
いかにも様子窺いされてる感じで、いや~な感じです。
「だ、だいじょぶ。あ、あんにゅ! あえて、うれしい……」
噛んだ!
く、くぅ……、相も変わらずこの口は。
「ぷっ、聞いたかドリス。『あんにゅ』だってよ! ミーアのやつは相変わらずだな。ふわふわ飛んでるけどっ」
「感動的なとこで笑っちゃ悪いよ、オルガ。ミーアちゃんは真面目に言ってるんだから……、ぷふふっ」
むうぅ、オルガと、ドリス。
居たんだ……、くっそぉ、あとで覚えといてください!
「ああ、もうミーアちゃん、なんだか色々聞きたいことだらけだけどっ! そんなのいいから、もう一度ちゃんと抱きしめさせて」
そんなアンヌの気持ちに応えなければ男がすた……、いえ、今は幼女ですけども……、こ、応えなければいけません。
私は宙に浮いていた体を降ろし床に足を付けました。それを機に役目を終えた背中の翅が、元より半透明ながらさらに透けてゆき、やがて見えなくなりました。まぁ、そう演出しただけで、実際は体へ収納したスライム体を謎空間行きとしたわけですが。
ま、これでもう邪魔じゃないし目立たないね。
改めて、しっかり今度はアンヌの胸に頭から抱きしめられました。
久しぶりのアンヌは相変わらず優しくて、柔らかくて、とってもいい匂いがしました。
お返しとばかりに私もアンヌを抱き返し、お互い確かめるように抱擁しあったのです!
「ああ、ミーア様が凡人族の誰とも知らない女と……」
私の耳にシイ=ナの囁くようなつぶやきが聞こえてきましたが、聞かなかったことにしておきましょう……。
ちょっとこわい。
「さて、感動の対面はそこまでとしてもらおうか」
むぅ。
「す、すみません、隊長。つい……うれしくって」
ああ、アンヌの体温が遠のいてく~。
ほんとにもう、なんなんでしょう、このお貴族様は!
私の前に、背が高くていかにも自信たっぷりで居丈高な強面イケメンが、アンヌを脇に追いやるようにして立ち塞がりました。
マジ、このお貴族様って無駄に偉そうだよね。
あ、もちろんアンヌは別です。
お貴族様なんてくくりからは別枠の、大事な人だから。
「こうして向き合って話すのは初めてか。そんな気は全くせぬし、つくづくその方には振り回されたが……、ようやくまともに会えたな」
なんか勝手なことをおぬかしあそばされていますが、そんなこと知らんがな!
どちらかと言えば、一方的に私の方が迷惑被っていると思うのですが!
いつぞや、砦の隔離室っぽいところに閉じ込められて、変な魔法陣を体に刻まれたことはまだしーっかり覚えてますから。
私は話しかけてきた強面さんに返事もせず、無言のまま睨みつけてます。
礼儀?
あいさつ?
なんでこんな奴にしなきゃいけないの?
どうせ私なんか出自の知れないどこぞの孤児で、中身なんかこの世界の人間でもない、地球の日本のおっさんサラリーマンですからね。
関係なんかま~ったく、ないんだもんね!
「ふっ、無視か。随分嫌われたものだ。その方がそのような態度をとることも一応理解はしていつもりだが。そこのアンヌから随分口うるさく言われたおかげでな。
だが、あの時はああする他なかったのだ。正体もはっきりせず、強力な魔法を使い、気を失いし後に、あろうことか呼吸もしておらぬゆえ、死しているかと思いきや腐敗に至る兆候もないままに存在していたのだ。
アンデッドであることすら想定したものを放置することなどできまい?」
ぐぬぅ、正論ぶっこんできました。っていうかアンデッドって、ひどくない?
確かにそう見られたとして仕方なかったわけだけれども。
で、でも、だからといってそのぉ……。
うう、よくよく考えれば、偉そうな態度ではあるものの、あれ以降、直接なにかされた訳でもなく。虹色魔石のこともギルドやレイナール代官館での色々はあったものの、結果だけ見れば私が逃げただけだし。
「あれから俺も色々調べたぞ。まったくその方には驚かされることばかりだ。ここの湖のことについてもそうだが、今もアールヴ族に水霊などと呼ばれていたな。
俺は……、お前に会ったならまずは聞いてみたかったのだ」
その言葉と共に強面イケメンが腰を落とし、私の真ん前、手を伸ばせば届くところまで顔を寄せ、目を合わせてきました。
そういやこの人、名前なんて言うんだっけ? 全く覚えてないですね。
「その方、いったい何者だ? いったいいつの世から存在しているのだ?」
そう言うや、じーっと、まばたき一つせず見つめて来る金色の目。
感情が感じられない透明感の全くない、マットな金色。
不思議とそこから目が離せない。
「……なにもの……って」
「そう、何者なのだ? その方は。遠き昔より存在した証が残っているぞ。幼いその見た目も仮初めのものであるのか? アールヴ達が言うようにまこと精霊に類するものであるのか? 斯様にその方の正体を考えるに至り興趣が尽きないというものだ。
何、強張る必要はない。力を抜き、気持ちを楽にすればよい。素直な心持ちで我の問いに答えればよいのだ」
むにゅうぅ……。
なに? この目。
こんな強面イケメンと目を合わせたくないのに、なぜだか引き寄せられるかのように逸らせません。ずっと見つめ合うだなんて、冗談でも勘弁してほしい……のに。
ああ、なのに、なのにっ、目が離せない。
こ、これは、ちょっと……、やばい気がします。
いつの間にか体の力が抜けてきて、全身の感覚がおぼろげになってきました。
な、なんぞこれ?
まじやばいです。
アンヌのそばであれですが、謎空間からスライム体をここに……。スライム体コーティングして体を……。
「そこまでにしていただきたいものですな」
横から誰か割って入ってきました。
強い魔力の波が私の体を通り抜けた気がします。
強面イケメンの顔が私から逸れ、弛緩した体に力が戻ってきました。
「ふむ、これはアズ=イ殿。そこまでといわれてもな、こちらは我が部下であるアンヌの大事な友人である女児にただ挨拶をしていただけのことなのだが?」
悪びれもせず、ぬけぬけとそんなことを言う強面イケメン。
ふてぶてしいとはこういうのを言うのではないかと!
「ほうほう、とてもそうは見えませんでしたがのぉ。お客人、ここは我がアールヴの神聖なる樹上宮。そのような行為は、控えてほしいものですな」
おじいちゃん! もっと言ってやって。
何が何だかわからないけど、かなりヤバイ状況だった気がするのです。
助かったよ~、じじいグッジョブ!
「ふん……、何について指摘されているか、とんと理解は出来ぬが……、まぁ挨拶はこのくらいにしておくとしようか」
「ふふぁ、白々しいものですなぁ。弁えなさるがよろしかろうて」
うわぁ、周囲を置き去りにしての、じじいと強面イケメンのにらみ合いです。裏でバチバチ火花飛んでそうです。
っていうか、なんだか、異様な魔力の高まりすら感じるのですが?
そんな時です。
広間の奥にある祭壇から、硬い木が裂けるかのような高い音がし、部屋中に響き渡りました。
「きゃっ」
「うわっ」
「何事?」
居合わせた面々から色んな声が飛び交い、皆がその音の出所を一斉に見つめます。
にらみ合っていた二人も同様です。
私もここぞとばかり、そばに居たアンヌに驚いた風を装って抱き着きながら、そこを二人で見つめました。
「な、なんということだ」
もう一人の長老、エボ=ツさんだっけ? が、驚きの声を上げてます。
なんぞなんぞ?
他のアールヴの人たちも次々悲鳴めいた声をあげてます。
その人たちをかいくぐり、覗き見て見れば……、
ご神体である木彫りの女神フェリアナ像。
その優美な立像の肩口より、斜め下に向かい袈裟切りにされたかのごとく、大きな亀裂が入っていました。
興味深くそれを見つめていた時です。
頭の奥が、以前ここで女神像を見た時感じたものとは比べ物にならないくらい、大きな痛みを伴う疼きを感じると、こらえきれずその場にへたり込んでしまいました。
そんな……、あ、ありえない。
「ミーアちゃん!」
「ミーア様!」
すぐそばに居るはずのアンヌやシイ=ナの呼びかけを遠くに聞きながら……、私はまさかまさか、そのまま気を失ってしまうという失態を演じる羽目になってしまったのでした。




