〘七十話〙ミーア、湖底で蹂躙する
湖で心置きなく全スライム体をびろろ~んと解放し漂うがままに彷徨い、周囲から色々吸収して糧を得ながらぐうたらして過ごす。
なんともお気楽でストレスフリーな日々を過ごしちゃってるスライム娘、ミーア九歳です。
ただしミーア休眠中につき、現在はスライム体ミーア、年齢不詳でっす!
湖に入ってどれくらい経ったのかわかりませんが、幾分湖の水が綺麗になってきたんじゃないかな~? と思える今日この頃であります。
湖流に任せ漂っているうちに、ほんと今更ながら湖の形がおおよそわかってきました。
外周は大ざっぱにいえば長方形に近く、北を上に見て時計基準で言えば、右側が四時の方向に傾いて、当然左側は十時です。斜めった長方形ですね。
もちろん湖岸はまっすぐなわけではなくある程度の起伏もあり、小さな入り江や岬なんかもあって入り組んだ形にはなってますけれど、何しろ大きい湖なので全体から見ればほぼ長方形と言っていいでしょう!
まぁ湖の姿はともかく、漂ってるうちにやたら濁りの激しいところが点在していることに気付きました。今いる場所からでもそれが近くに一つあることがわかります。
うーん、どうしたものでしょう。
別に放っておいても私に影響があるわけではないですが……、そうは言ってもこの湖は長年過ごしてきた家ともいえる場所。気付いてしまったからには見て見ぬふりは出来ないというか……。
仕方ないです。
ちゃっちゃと様子を見てさっさとぐうたらな日々に戻りましょう!
ああ、でもやだなぁ、あんなばっちいところに入るのって……。
ということで嫌々ながらも現場に到着したはいいのですが、なんでしょうこれ、濁りがひどすぎてまるで毒々しい紫色した絵の具、それも油絵具の中にでも入ってしまったかのようです。
濃厚で粘りのある汚泥のようにな状態になっていて、こんなところに生身の人間が入ったらどうなってしまうことでしょう?
毒々しい紫色をした汚染水、いえもうこれは汚泥の層に突入したと言った方がいいかも。
そんな状況に、さすがのスライム体も思うように汚泥の奥深くに入り込むことが出来ないでいます。つうかマジ気色悪いよ~。
でもこんなの、さすがの私でも放置するのは良くないってことは理解できます。
スライム体魔力センサーで奥を探ってみます。
くぬぅ……。
なんなのこれ、この汚泥は魔滓を元として出来たのでしょうか? やたらノイズまみれで全然様子が探れません。ここに来るまでも多少そのきらいはありましたが、こうもひどいと魔力センサーは全く用を成しません。
仕方ない、スライム体自身で様子を探りながら地道に侵入していくしかないです。
と思っていたところに汚泥の奥の方からけっこう強大な力で魔滓を吸いこもうとしている力があるのがわかります。今でも相当凝縮されてて、それこそ泥のような状態になっている魔力の残滓である魔滓が、更にギュウギュウ押し込まれるかのように吸い寄せられていきます。
さっきまではそんな力は働いてなかったはずです。
っていうか私の体の一部も持っていかれそうです!
脈動を思わせるその動きは、明らかに生物っぽい何かを想起させます。ギュウギュウと集め、吸い込んでていったい何をしているのか?
いや、考えるまでもなく、私と同じように魔力の残滓を糧にしてるんだと思われます。
私はまだ見ぬ何かに対抗すべく、周囲の魔滓をこの辺り一帯のスライム体の全力をもって、がっつり吸収します。ちょ~と油絵具のような汚泥、ぶっちゃけヘドロのような状態になっているものを吸収することに忌避感を覚えますが原料はもとはといえば魔力。
魔力として使われた残滓の集まりなのですから気にしてはダメです。ダメなのです!
私は吸い込もうとしてくる力に抗いながら、こちらでもどんどん吸収していきます。手加減なんてしません、ああ、しませんとも。(ひらきなおり)
どれくらい経ったでしょう。
周囲の汚泥や魔滓の密度が随分薄くなってきました。
それとともにノイズが薄れ、スライム体魔力センサーの働きも復活してきました。
います。
私の漂っている層よりも更に深い処。
湖の底にへばりつく感じでかなり大きな塊感のある物体が存在しているのがわかります。
どんなやつなのか、怖いもの見たさでちょっと確認してみたくなりました。
スライム体で作った目玉で見るよりミーアの目で見た方がより理解しやすいかな?
ほら、やっぱり元日本人中年サラリーマンである私は人であることをアイデンティティとしておりますのでね。どれだけ長くスライムっぽいものとして生きてきたとしても、やっぱり人の形が良いのです。
まぁそう言いながらも湖でぐうたらするときはスライム体一択ですが。
だって仕方ないじゃないですか、湖の中で人の体では生きづらいんですから!
はぁはぁ、ま、そんなことはどうでもいいですね。
謎空間からミーアボディを出し、汚泥を間違っても吸いこんだり飲んだりしないよう、再びスライムコーティング。久しぶりにスライム脳としてミーアボディに戻りました。昼夜関係ないスライム体ゆえ、時間の認識が薄れるので、どれだけ時間が経ったのかはとんとわかりません。
「うん、汚泥の層はほぼなくなった感じかな。さすが私!」
ミーアアイで湖底周辺の様子を窺えば、あれほど周囲に充満していたヘドロ状となった魔滓の残滓はほとんど目に付かない程度となっています。
「さて問題のブツはどーれかな?」
回復した魔力センサーの示す方向。
湖の底。
「うげっ」
いけない。美幼女らしからぬ声を出してしまいました。
ちなみにスライム体コーティングされた体は普通に声を出せます。が、もちろんそれが伝わる先はないのでとても無意味なものですが。
けれどねぇ、やっぱしゃべりたいんです。
独り言でもいいじゃないですか!
ともかく、そんな声を出さざるを得ないものが存在していました。
「き、きもぉ……」
湖の底、露出した岩盤にびっしりと根を這わすかのように細かい足が四方八方に伸びていて、その中心から茎のようなものがみょ~んと伸びあがっています。
しかもやたら極太の、土管みたいな茎です。茎と言ってもうねうね動いているので動物、いえ、あんなのはどう見たって魔獣の一種に違いありません。
茎が伸びた先には大きな釣鐘のようなものが付いていて、開口部となっているのはもちろん口ということなのでしょう。
その体は魔滓の影響なのか全体的に濃い紫がかった半透明なもので、どこかスライム体にも通じるものがあります。
いや、あんなものと同じだなんて私は断固拒否ですが。
半透明ゆえに体の中の動きが半ば透けて見え、とてもグロい。釣鐘の口はまさに口でありイソギンチャクみたいに細かいひげみたいなのが周囲にわさわさついていて、中は中で、細かい触手がさらにうにょうにょしててマジやばい。何がって、とにかくヤバい。
大きさは優に私の三、四倍ほどの高さがある感じでけっこうでかい。
この期に及んでまだ私のことを吸いこもうと必死になってるところがまたイラっとします。
極太の茎の根本、四方に広がってる大量の足もよく見ればうにょうにょ気持ち悪く動いていて、ちょっと……何あれ、少しずつだけど場所ズレていってない?
移動できちゃったりするの、あれ!
ああ、大量の足の動きに背筋がゾゾっとしてきます。
しかしまあ、生き物だし動きもするのか……。
つうか考察なんてどうでもいい!
私はその先で更に恐ろしきを見ました。
なんということでしょう、あんなキモイ奴が、しゅ、集団で居るじゃないですか!
最初に見つけたやつの奥に三匹も居やがります!
げきやば、きも!
「ま、魔法でまっしゃつ、しゅるっ!」
あまりのことに、ろれつ、まわらない。
渦潮だ、渦潮。それに真空のカマイタチを混ぜよう。
この辺り一帯にいる釣鐘イソギンチャクもどきを全てヤル。
「でっかい渦巻きカマイタチ付き、スラッシュ=ボルテクスコンヴェクション・ラピッドローテ!」
いつも通り適当な詠唱だけど、イメージです、イメージ。
気分よく放てればそれでOK!
スライム体からごっそり何かが抜け出た感覚。
直径五十メートルは下らない大きな渦が理不尽なくらい唐突に発生します。
その渦に時折混じる鋭い刃風。いや、水の中でそれありなの? って思うけど、魔法にそんなことを問うてはいけないのです。何より発生しています。
まるで飛行機のタービンがごとく凄まじい勢いで回る水の渦に、タービンの刃のような真空の刃が入り混じって周り、湖底を根こそぎ削り取っていきます。削り取っていきます。
放った私もドン引きの魔法になっちゃいました。
スライム体全出しで魔力も大量だったのがいけなかったのか……。
渦は豪快に周囲を切り刻みかき乱し巻き込みながら、更に移動なんかしちゃってくれてます。
それはもう大変。
対象物たちはもうもみくちゃの粉みじんで跡形もありません――。
凄まじいまでの過剰魔法でした。
湖底ですら、それが通り抜けたところはえぐり取られてます。
なんというか、その……。
すまんかった。
ついでに私も巻き込まれそうになって、必死にカウンター魔法を放って抗ったのでなんとか巻き込まれずに済んだのはナイショということで一つ……。




