〘六十話〙ミーアのスライム体四方山話(よもやまばなし)
適当に流してもらってもかまわんのだぞ……
危うくリイ=ナを酸欠でやってしまうところでした。
私と違ってリイ=ナはちゃんと呼吸してるんだから、寝床の入り口を完全密閉なんてしたらダメに決まってます……。
晩ごはんを一緒に食べた時も、ぷにょ収納に適当に放り込んであったものの一部を提供したらドン引きされましたし……。まぁ出したもの自体は喜んでもらえたからいいのですけれど。
人との関わりがしばらくなかったせいで、つい自分本位で動いてしまうので気を付けないといけませんね。
それにしてもまた面倒くさいことになってしまいました。
せっかく空を飛べるようになって、楽して湖まで行けると思ったとたんにこれですから。二人で移動となれば私だけ飛んでいくわけにもいかず、また地べたをえっちら這いずり回ることになります。
今更、樹海をかき分け進んでいくなんて煩わしいことこの上ないです。
こんなことになるのなら、リイ=ナのペンダントにも気付かないふりをしとけばよかったです。
でも……、さすがにアレを見て見ぬふりするのは私が許してもスライム体の本能がそれをヨシとしませんでした。
リイ=ナが持ってたペンダントの中身は、湖でぬべぇっと適当に広がって長い時を過ごしてた頃の私の一部でした。
ぷにょが死なないよう集落の人々が魔力を与えて、ご神体よろしく、ずっとお世話してたみたいです。
っていうか私の体を勝手に持っていくなって話なのですが、いったいいつ持ってかれちゃったんでしょう?
だらけてた頃の私の記憶は曖昧で、ぷにょから得られた記憶も同じようなもので、当時のことを知る由もありません。
ま、まぁ、それはとうの昔に時効ってことで許してあげましょう。
でもほんと、よくぞこの長い時間を生き延びていたものです……。
スライム体には脳や内臓みたいな重要器官というものは存在せず、どこをどう切り取ってもみんなおんなじスライム体です。
とは言うものの、ある程度のぷにょ密度がないと意味を持った動きは出来ませんし、今こうやって思考している私という意識を持ったスライム体は全体の中の高密度な部分においてのみ存在出来るということになります。
今現在、長年にわたってジワジワ増殖した超々大容量のスライム体が存在しているわけで、そんな大きな体積をもつスライム体の内部においては、私の意識はどこにだって在りえると言っても過言ではありません!
ただ、スライム体のほとんどは謎空間に収まってるので、直接外の世界を認識しているのは、ミーア脳スライム体と全身に浸透しているもののみな訳で、スライム体全体積からすればほんのひと欠片程度でしかありません。もちろん謎空間スライム体とミーアボディのスライム体はシームレスで繋がってるので意識体としては完全に一体な、一つの個性なのです。
湖にぬべぇっと広がっていた当時、すべてのスライム体は謎空間に収まることなく……っていうか謎空間って概念もその時点では意識していなかった気もしますけれど、外の世界に存在していました。
私という意識もはっきりしておらず、今と違いもっと漠然とした、周囲に対して無気力、無関心で流されるままに生きていた存在であったと言えます。
いつから私という自意識が確立されたのかさえ、さっぱりです。
まぁ、私が出てきてからも引きこもりスライム体だったからあまり変わらなかったけどね!
ミーアの体で行動するようになってからというもの、人の体に浸透したり、大きく広がったり、小さくまとまったり、伸びたり縮んだりと、見える範囲のみで考えると質量保存の法則を無視したかのようなスライム体運用をしていて、自分のことながら意味不明な謎の存在にすぎました。
結局、そんなスライム体たちはどこだかわからないけれどどこかにある、謎の空間に納まってしっかり存在していた訳で、質量としては変わらず同じで居場所が変わっているだけだったというね。
質量保存の法則はちゃんと生きてました!
ぷにょ収納もその謎空間を活かしたものだしね。
話がごちゃごちゃあちこちとしましたが、要は湖の端々に延びていた末端のスライム体たちは毛細血管の先っぽみたいなものに私の意識は存在し得ず、ただ決められた行動だけをするようなものだったということです。
ぶち切られても何とも思わないし感じることもありません。これがある程度密度のある部分であれば、感知したのかもしれませんが、まぁ私も適当にぬべぇっと生きてたはずで、動物や魔獣も頻繁に岸に寄ってきますしね、それらにいちいち反応してたらキリがないともいえます。
そんな体の一部、末端も末端、木っ端スライムちゃんではありましたが、それでも記憶媒体としては超優秀であり、なんと周囲の出来事をしっかり記憶していました。
ただいかんせん体積が余りに少ないせいで古い出来事はどんどん上書きされてしまい、記憶として残っていたのはここ数十年分が精々。
ともあれ、リイ=ナたちのことが分かったのはそんな木っ端スライムちゃんのおかげなのです!
しかしあれですね、湖のほとりにリイ=ナたちの村があっただなんて……、灯台下暗しとはまさにこういう事を言うのでしょうか?
人を探しにわざわざ樹海を横断し、海峡まで渡った私の苦労はいったいなんだったのでしょう!
お、落ち着きましょう。
無駄ではなかったです、無駄では。
湖で暮らしていたら未だに魔力や魔法に付いて知らないままだったかもしれません。
そうなれば巡り巡って空も飛べてないですし、ついでに言えば、この世界の言葉や知識も知らないままでしょう。
なによりアンヌと出会えなかったし、ドリスやオルガとも知り合えなかったでしょう。
ただし貴族とかいう面倒くさいやつらに目を付けられるという弊害も出ちゃいましたが――。
とにかくです。
蘊蓄たれまくりましたが、リイ=ナと一緒に行くとなったからには、飛んでいく訳にもいかず一緒に歩くしかないのです。
リイ=ナの横をふよふよ飛ぶってことも出来なくはないですが、問題は飛ぶときに魔力をまき散らしてしまうってことです。現状、まだまだ飛ぶ時に効率よく魔器官を使うことが出来てません。
これではミーアは魔獣ホイホイになってしまいます。
こうなって思い返してみると、この体を手に入れて以来、やたら魔獣に狙われていたのはミーアの魔器官が内包する魔力に惹かれてたに違いないと思う次第です。
はぁ、ほんと面倒くさいですが、エルフっぽいアールヴ族の村も気になるのは事実。
どうせ湖に里帰りしようと思ってここまで来ていたわけですし、話によってはしばらく一緒に暮らすのもやぶさかではないですね。
リイ=ナがじじ様って慕ってるアズ=イの出方次第って言うのもあるけれど、迫害されてきたアールヴ族の人々に同情の気持ちがあるのも事実。
やっぱ人、アールヴ流に言えば凡人族の貴族ってろくでもないね。
どこの世界でも人間ていうのは、そうやって他者を貶めなきゃいられない、因果な性分を持ったやっかいな存在だよね。
私だって人のことは言えないかも……だけど。
スライムだけど。
私が翅を消した姿になった時、リイ=ナが少しだけ眉を顰めたのを私は見逃してはいないのです。私の姿に凡人族を重ねたのかも知れません。
実際ミーアボディは凡人族なのでしょうし。
なんともやるせないことです。
まぁしかし、なんですね。
私の住んでた湖、オヴィリーネ湖って呼んでるそうだけど、そこがサンクチュアリなんて呼ばれてたとはねぇ。
しかも私のことを主様とか、水霊様だとかもう……恥ずかし死ぬ!
水霊ってなによ?
水の精霊ってこと?
まぁ確かに湖に長年住んでるわけだし、主みたいな存在と言えなくもないかもだけど。
でも水霊様は言い過ぎではないかしらん?
リイ=ナはリイ=ナで、私の扱いがなんだか腫れ物を扱うような慎重さで、それは酸欠事件でさらに助長されたような気がします。
はい、私の自業自得ですね、ごめんなさい。
リイ=ナは風魔法と土魔法を併用しながら、歩きやすいよう器用に進路を切り開き、というか整えて進んでいきます。
さすが森の民とも呼ばれているらしいアールヴ族。
そういうところ、まじエルフっぽい!
そうやって地味に進みつつ、私が時折樹海上空を飛び、湖の位置を確認してますけれど、この調子で行けばあと三日とかからずに辿り着けるでしょう。
ひとまず、無事到着出来ることを祈るとしましょう。




