〘十六話〙アンヌの心配、そのゆくえ
ま・ほ・う!
魔法だよ、魔法!
空っぽだった桶にどんどん水が湧いてきて、見る間に桶いっぱいになったよ!
水道の蛇口みたく上から注ぎ込むんじゃなくって、湧き水、まさに底から湧いてくる感じでいっぱい出たよっ!
かっこいい!
しゅごい!
……っと、いけない。
興奮しすぎです。
おお、落ち着いて私っ。
アンヌは息をするかのように、ごくごく普通にそれを行なってました。
そ、そうですよ!
考えてみればワイバーンみたいなファンタジー生物がわんさかいるような世界。
何よりこの私の存在自体ファンタジーそのもの!
だったら魔法だってあってもおかしくもなんともない。
これはもしや、ワンチャン私も使える可能性あるんじゃないのかな~?
いやある。あるに違いないです!
そう思うと興奮してなかなか眠くならないっ。
思考がグルグルめぐっても、もうどうしようもなくハイになってしまいます。
マジ落ち着こう。落ち着きましょう……。
ステイステイ。
「ᛞᛟᚢᛋᛁᛏᚨᚾᛟ? ᚾᛖᛗᚢᚱᛖᚾᚨᛁᚾᛟ?」
そんな調子で寝付けずベッドでモソモソしてたせいか、寝ていたはずのアンヌがこちらを向き、何か話しかけながら、いたわるようにゆっくり撫でてくれた。
ああ、起こしてしまいました。
こんな得体の知れない子供だというのにこの娘はとても優しい。長きにわたった樹海でのエコな生活ですさんだ、私の心も癒されそうなくらいには優しいんです。
アンヌに気を使わせてもあれなので、なんとかがんばって寝るとしましょう。そうしましょう!
おやすみなさい……。
***
ミーアちゃんが魔法に興味を示したようです。
桶に水を満たすのに使った、ごく普通の基礎四元魔法です。
基礎四元魔法の中でも、人が生きる上で欠かせない水や火は生活魔法と呼ばれ、特に親しまれている魔法です。必要とする魔力もわずかで属性の影響も無視できるレベルのため、人並みの魔力さえあれば使えるお手軽魔法です。
ちなみに風は扱うに癖が強く、土は必要魔力が若干多めとなり、大多数を占める庶民の少ない魔力基準だと、生活魔法の仲間入りには一歩及ばないといったところです。職人の方に使う人が多いみたい。
総じてちょっとした道具扱いの魔法であり、強い力も出ないため出来ることはとても限定的です。
とはいえ、どんなものでも使い方次第では大事故にも繋がるんだから注意が必要なのは当たり前ですけどね。
そんな生活魔法すら知らないミーアちゃん。
生活魔法、基礎四元魔法なんて普通に生活してたら必ず目にする魔法だよ。
暖炉や竈への火入れ、毎日の炊事。庶民の子供なら家の手伝いで水がめに水を張らされるなんて、よく聞く話です。でも貴族だと、逆に生活魔法などメイドや下働きの者が使うものだといって、使わない方々も多いけど。
もちろん私とか警備隊に入ってる人たちは別。野外での活動では生活魔法は無くてはならないもの。ここみたいな辺境の村なんてそれこそ、生活魔法無しでの活動なんて考えられないからね。
ミーアちゃんの魔器官は非活性。
だからまだ魔法は使えない。
本来、子供の魔器官の活性化は親や親族がやるべきこと、というか義務です。
でもミーアちゃんにその親はいません。
この村では代わりにそれをしてくれる大人は居なかったのでしょうか?
ミーアちゃんのような小さな子供を生贄にしたかも知れない村です。
そんな当たり前のことすら、しようとする人なんて居なかったに違いありません!
すごい憤りを覚えずにはいられないけど、ある意味罰以上の犠牲を払ってしまったこの村。
それでも私の胸のもやもやは晴れやしません。
たまに変な、意味のわからない言葉をつぶやくだけで、まともに会話すらできない。
笑わず、泣かず、およそ喜怒哀楽の意思を感じさせない、表情が全く変わることがないミーアちゃん。
悲しいこといっぱいあったはずなのに、涙すらこぼすこともありません。
わかってるのかな?
まだ一度だって私に笑顔を見せてくれてないことに。
***
起きたらアンヌがいつも以上に優しい。
それに異様に張り切って見えます。
何か機嫌が良くなることでもあったのでしょうか?
小さなテーブルセットに座らされ、寝起きでぽやっとしていたら(いやスライム脳だって微睡とかあるからね)、アンヌがどこからか何か持ってきてテーブルの上にカタリと置きました。
布のカバーが被ってて何かはわからない。
何これと問うようにアンヌを見てもにこりと笑うだけです。
ふむふむ、サプライズ的な何かでしょうかね?
アンヌが私の横に立ち、ちょっと勿体つけながらも大げさな所作でカバーをぱさりと外しました。私は中身を確認しようとじーっと注視します。
目の前に女の子がいました。
綺麗な、澄んだ紫色をした大きな目を持つ女の子。
淡い紫の髪をツインテールにしたまだ幼い、とても可愛らしい女の子。
その女の子が、感情の見えない能面のような面持ちでこちらを見返してくる。
目をぱちくりしたら、向こうも同じにぱちくりした。
っていうか、私です。
「か、鏡っ!」
つい日本語で叫んでしまった。
そう、目の前に置かれたのは鏡でした。
ちょと大きい雑誌サイズで、簡単な足がついててテーブルの上で自立するようになってます。軽い装飾の施された木枠は色あせや虫食いがあり、ガラス面にも所々腐食が見られます。年季が入ったそれは、でも紛うことなき鏡です!
私は鏡に向かい思わず手を伸ばしました。
小さな指で鏡に映った自分をなぞる。自分の顔をここまではっきりと見るのは初めてです。
スライム体を延ばし、そこから見る光景は人の目で見るものとは違うし、水面に映る姿はやっぱり鏡には数倍劣りますから。
「ᛟᛞᛟᚱᛟᛁᛏᚨ? ᚲᚨᚷᚨᛗᛁᚹᛟᛗᛁᛏᚨᚲᛟᛏᛟᚨᚱᚢ?」
アンヌが何か話しかけてくれてるけど鏡に映る自分に夢中な私。
けど、なんだろ……。私少し無表情すぎない?
なんでしょう、この不愛想な娘っこは。
せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ、まったく。
そんなことを思ってたらアンヌが腰を落とし、私の顔の横に自分の顔を寄せてきました!
ほっぺが触れそうな、というかもう思いっきり触れ合ってますん。
な、なに?
なにするの、アンヌさん?
鏡を前に、すぐ横で百面相を始めちゃいました、この人!
笑った顔、怒った顔、困った顔、それから……泣きそうな顔……。次々見せてくれます。でも美人さんはどんな表情でも素晴らしいのです。
それに比べて、並んで映る私の顔はあいも変わらず無表情。
なんとも対照的な絵面。
なんだろ、なんなんです?
私ってこんなに表情変わらないの?
少なからず、百面相を面白いと思っている自分がいるのにこの無表情。
つい自分で自分の頬を摘まんでみてしまいました。あっかんべーとかもやってみました。
でもそれだけ。
手を離せば元の無表情。
そんなの当たり前だけどね……。
アンヌが百面相をやめ、そんな私をじっと見つめています。
なぜか目元が潤んできてるんですけど!
百面相してた手が私の頬に伸びてきて、それから……、ああ、ちょ、ちょっと待って、私のほっぺで遊ばないで~!
あのぉ……、涙をこぼしながら私の顔で百面相をやり出したんですけど!
…………。
……うん。
アンヌが言いたいこと。
何を伝えようとしたのか……。
わかりました。
理解しました。
そりゃアンヌも心配だったと思います……。
ず~っと無表情で、泣きも笑いもしない幼い女の子。
ひくわぁ、ひいちゃいますわー!
私、湖で拾った女の子の体をもらい受けた、スライムっぽい生き物こと、ミーア。
湖では、そんな拾った体を動かす練習、い~っぱいやりました。
樹海での長い旅は、とってもたくさん練習できたと思います、はい。
けど。
顔の表情、動かすこと忘れてましたーー!
てへぺろっ☆




