〘十四話〙女の子の名前
女の子が目を覚ました途端に事情聴取をしようとするヨアン副長はちょっと冷たいと思います。
今は、いつも会合で使っている元村長宅の食堂にある大テーブルを挟み、副長と向かい合って座っています。もちろん女の子は私の隣に座らせています。
始まりは、女の子を寝かせていた私の部屋から、幼い子供特有の可愛らしくも高い声が聞こえてきたところからです。
その声に慌てて部屋に飛び込んでみれば、ベッドの上に立ち上がり、落ち着きなく辺りを見回している女の子の姿がありました。
きっと知らないところで目覚め、不安になったに違いないです。
不意に部屋に入ってきた私に驚いた女の子が私の方を見つめてきます。
ようやく女の子が目を開いた顔を見ることができましたが、その目はそれはもう吸い込まれそうに深く澄んだ紫色をしていて、その濁りのない綺麗な瞳に思わず見入ってしまいそうになりました。
それと同時に目覚めたことにほっとした自分がいます。
女の子が何かを言い、私も興奮混じりに何か言ったかと思いますが覚えていません。気付いたら女の子に駆け寄り、背中からぎゅっと抱きしめてナデナデしていました。
恐ろしいほどの高魔力を潜在的に持っているにもかかわらず、未だ魔器官は非活性で、ちょっと危うさをはらんだ女の子なんだってこと……はその時の私には関係ありませんでした。
副長が入ってきて引き離されました。
イケメンだけど真面目過ぎて空気も読んでくれない人です。
女の子に話しかけましたが、どうにも会話になりません。
時折視線が動くのと口元がもごもごするので、私たちのことをちゃんと認識はしているのは間違いないですが、どうにも反応が薄く、表情にもほとんど変化がないのです。
副長が私を見て、ドアを指差しました。隣の部屋に行けとの指示でしょう。
どうやら本格的に話を聞き出そうとする構えなわけね――。
ということで今のこの状況になるわけです。
女の子が自分で椅子に座るのは無理そうなので、抱え上げて座らせてあげます。けど小さくて、頭がテーブルの上に出るのがやっとです。
か、可愛すぎっ。
ついさっき目覚めたばかりの、こんな可愛らしい女の子にもう聴取。
ほんと~に、副長は冷たいです。女の子が可哀想です。
それはさておき、こうなったからにはまずは自己紹介です。
早速とばかりに自分を指さしながら名前を繰り返すヨアン副長。
なんでしょう?
可愛いけど怪しさ満点の女の子に「よろしくお嬢さん」とかのたまう、この人のマイペースさというか、状況への無頓着ぶりにはあきれるばかりです。
でも女の子も一応副長のことをじっと見つめて、言葉を懸命に聞いているようにも思えます。
きちんと場の空気を読んでる。えらい!
とはいえ相変わらずの無表情。う-ん、なんなんだろこの感じ。
ちょっと引っかかる感覚が頭をよぎりますがそれをひっくり返す事態が発生!
「よ、あん? よあん?」
うそぉ、副長の名前を呼んだよ?
呼んじゃったよ!
これは由々しき事態です。先を越されました!
私は女の子の手を取り私の方を向かせ、自分を指さしながら名前を連呼して聞かせました。
アンヌ、アンヌ、私はアンヌだよ~!
ど、どうかな?
ドキドキッ。
「あんにゅ?」
へ?
今、なんて、言った、の?
ちらりと副長を見れば、整った顔が薄い微笑みで満たされています。
きぃーーー!
再度、身振り手振りを交え、名前をこんこんと言って聞かせます。
私の名前はアンヌ。アンヌだからね~!
その甲斐あって、女の子がちょっと大きな声でまた名前を呼んでくれた。
「あんにゅ!」
ああ、そ、そんな。可愛いだけに怒れないぃ……。
なんとかきっちり覚えてもらわなきゃ!
そう思ったのに……、
「はいはい。次はその子の名前を聞いてみよう」
副長が割り込んできた。そして小声で私に話かけてくる。
「アンヌ。それぐらいにして。女児にあなたの名前の発音は難しいのでしょう。おいおい正しい発音で呼べるようになるでしょう。それより今は名前の確認が先ですよ」
くうっ、悔しいけど正論です……。
副長と私、二人して女の子を見やります。
女の子もじっとこちらも見ています。
澄んだ紫色の目からその感情を読み取ることはできません。
なんだかやっぱり……。
浮かんだ考えを隅に追いやり、女の子に問いかけます。
「あなたのお名前を教えて? あ、え~っと、な・ま・え、おしえて? わかる?」
身振り手振りを交え必死に女の子に問いかけました。
名前だよ、あなたの名前。私たちに教えて?
けれどそんな私の願い。問いかけに返ってくる言葉はありません。
ただ女の子が私のことを上目遣いに窺うように見てくるだけ。
結局名前はわからずじまいのまま、聴取の時間は終了したのでした。
そんな中で終始目に付いた女の子の表情。
ずっとあった違和感……。
その答えに気付く。
それは……、感情が見えない、浮かばない。
子供らしい喜怒哀楽の表情のない、悲しいまでに無表情な女の子の姿なのでした。
***
「さて皆さん、あの女児について色々確認しておこうと思います。何か気付いたことはありますか?」
アンヌが落ち込んでいますが待ってあげるわけにもいきません。スヴェン隊長が再訪するまでにある程度の報告が出来るようにしておきたいですから。
先ほどの女児との対面もレナートの風魔法、リスニングアンプリフィケーションで全員に共有していたのです。
「ありゃ、こっちの言葉、まったく理解できてませんねぇ」
「けど、こちらのやってほしいことや、言おうとしていることへの理解力はあったと思う!」
クルトとアンヌがまず発言しました。
「あんなどこの誰とも知れない子供、さっさと領都の孤児院にでも放り込めばいいじゃないですか」
レナートの直截な言葉にアンヌが口を尖らせますがなんとか堪えます。うん、色々わきまえているようでなによりです。
アンヌは気に食わないようですが、レナートの言うことは一つの解ではあります。対応も楽ですしね。まあそれと人の持つ感情は別ではありますが。
「あの嬢ちゃんが着てた毛皮……。あれ、一角皇虎の毛皮で間違いない……。ハンター五人、いや、モノによっては……、十人は居ないと仕留められない代物……」
色々な意見、中には眉を顰める意見も飛び交いましたが、じっと黙っていたエリクがぼそぼそと話し出します。
「あいつ、生贄にされた娘……、じゃない、か? こんな辺鄙な場所、で、小さな女児。年の頃が微妙……だけど、あの日記にも……書いてあったんだろ? 年齢よりもかなり、幼く見える……って」
珍しく長く話したエリクの意見。
言われてみれば確かにそうです。このような僻地。ヴィーアル樹海に最も近い、危険と隣り合わせのような土地。小さな女児が一人で居られるはずもないところです。
髪の色が異なるのと、かなり幼く見えることもありそれに結び付けることが出来ませんでした。
確か記述によれば赤髪に赤茶の目とあったはずですが……。
「うーん、髪や目の色が変わるなんてことはあり得るのでしょうか?」
つい独り言がこぼれます。
「それならば十分にありえる話です。例えば当人の保有魔力の高魔力化に伴う変化。あるいは魔獣のもつ毒の類による変化、稀有ですが魔獣の魔力そのものに侵され変質したという話も聞き及んだことがあります」
まさかのレナートからの肯定です。
さすが魔法に造詣の深いダール家の一員です。そうであればあの女児においても、起こりうる話ではあるわけですね。
少し見直しました。
しかしそれはそれで、あの女児がどのような目に遭ってそうなったのか、興味を覚えますが。
ふ~む、それならばこうしておきますか。
「では、仮にですが女児の名はミーアとします。この村の悪しき儀式の犠牲となった子供の名前です。不明な点が多く、別人という可能性はもちろんありますが、我々としても呼び名がないと困りますからね。当面の便宜をはかるということにおいても適当でしょう。異議のあるものは?」
ここまで言ったところで皆の顔を見回す。
特に異議のあるものは居ないようです。
アンヌなど、しきりに頷いています。
まぁ他の皆は、面倒だから早く終われ、程度の気持ちなのかもしれませんね。
「では決まりですね。以後、女児はミーアと呼ぶこととします。この決定を覆す新たな事実が出ない限り、ヨアン=リンドグレーンの名において、これが変わることはありません。異議のあるものは本日中に申し立てること。それ以降は決して受け付けることはありません。では解散!」
女児の名前が決まりました。
あの女児が本当にミーアであるのか、それとも全くの別人なのか?
実際のところ、私はどちらでも良いことです。
慌てても仕方ありません。
真相は女児、ミーアと意思疎通が出来るようになってから、改めて聞いてみることにしましょう。




