〘百六話〙ミーアの幸せ(おしまい)
深い深い、それなのにどこまでも澄んで清らかな湖の湖底。
はぁ、癒される~。
やっぱりこここそが至高。
全てを済ませ、転移して戻ってくるのにまず最初に選んだのはアンヌのところではなく、生まれ故郷なのでした。
懐かしの我が故郷。
麗しの湖。
たとえ普通の生き物なら一瞬で凍り付いてしまうような極低水温であろうとも、こここそが天国。
女神の座であったあの空間は空虚すぎて、虚しさしかありません。
女神フェリアナはあそこで満足してたのかもしれませんが、悟りもなにも開いてないただのスライム娘な私にとって、あんなところは苦痛以外のなにものでもありません。
あの光の大集団。
あいつらってば、私が女神フェリアナをぶっ倒した途端、お前が次の神だと言わんばかり、直前まで争ってたのが嘘みたいに歓迎お仲間ムーブへと様変わりし、とっととあの場から去っていきました。
光たち。
よその世界の神たちは、私の意思なんかどうでもいいみたいでした。
神という存在となるのに当人の意思なんてものは考慮されることはなく、あいつら、他の神たちがそれを認めた時点で私はそういうものに成ってしまっていて、それはもう必然であり当たり前のことなのです。
ああ、いやだいやだ。
それにしても、あの雲霞のごとく湧いて出た光の数だけ異世界がある、ということなのでしょうか?
そっちの方が驚きです。
人類は宇宙において孤独だ……なんて思ってる地球の人たちが、それを知ったらどう思うでしょうね?
ま、そんなことはどうでもいいとして、結局のところ、どういう存在になろうとも、私が私であることに変わりはないということ。
昨日までと同じように、私は自分のやりたいように生きる!
ということで。
私はようやく、生まれ故郷である我が湖に戻ってきたのです。
ほんとならアンヌの所に直接行ってしまいたかったのですが、先ほどまでの出来事はさすがの私でも応えたのでワンクッション置くことにしたのでした。
それに、ちょっと心配な点があるのです。
ぶっちゃけ、地球に飛ばされてから今まで、この世界においてどれくらい時間が経過したのかわからないのです。渡したお守りがちゃんと機能しているのはわかるので、アンヌが無事であることは間違いないと思うのですけれど。
ああ~、もしおばあちゃんになってたらどうしましょう?
いえ、たとえそうなっていたとしてもアンヌはアンヌ。私は喜んで会いに行きますとも。
でも。
ちょっと複雑な気分になってしまうのは許してほしい……。
くぅ~~、なんだかドキドキしちゃいます。ちょっと悪い意味で。
なにしろ時間経過が謎すぎるのです!
だってね。
そもそもここで生まれて数百年以上経ってたわけじゃないですか。それなのに、地球に戻ったら向こうの私が死んでから三日しか経ってなかったわけですよ!
今回その逆の展開な訳ですが、その場合の時間経過が全く読めないのです。
だからマジ、ドキドキする。
神にも祈る心境です。
あ、今は私もそうなんだっけ?
そ、そんなことは置いといて!
だからね。
まずはこっそり様子を窺いに行って、確認してから突入したいと思う、小市民な私です。
***
そうは言ってもやっぱり気がはやる私は、お守りの魔力を辿って、湖からさっそく空へと飛び立ちました。
飛び立ってすぐ、当然ながらシイ=ナに渡したお守りの反応がしっかり確認出来ました。まずは一安心。
が、それは後まわし。
アンヌが最優先事項です!
樹海上空を飛べば、ワイバーンやらなんやら、飛んでる魔獣たちをいくつか見かけましたが、私に気付くとなぜかみな、驚き、慌てて逃げていきます。
むぅ。
なんだか悪者にでもなった気分です。
私は極めて素行良好なスライム娘なのに!
ま、いいんですけれど。
海峡を渡って大陸側に入り、いくつか見覚えのある景色を見下ろしつつ飛行を続け、ついには見知らぬ土地へと差し掛かります。ほんと、お守りの魔力だけが頼りです。
不安を感じながらも飛び続けた私。
そしてついに。
深い自然の森を越えた先、打って変わって整えられた森に囲まれた大きめの敷地内にある、いかにもお貴族様の館っぽいものが建つ場所へと、ようやくたどり着きました。
私はお守りを辿ってここまで来ていましたが、ここに至れば、もうお守りなんて必要ありません。
だって……、そんなものを必要とするまでもなく。
魔力が。
アンヌ本人の魔力そのものがわかるのですから!
ああ、ああ。
まずはこっそり、様子を窺うだけの予定……だったのに。
こうなると、会いたいという気持ちが止められません。
たとえアンヌがおばあちゃんになっていても構いません。
私は今すぐ会いたいんです。
そんな気持ちがもう抑えられません!
大きな館にいくつもあるバルコニー。
その中の一つ。
います!
バルコニーと部屋を遮る瀟洒な両開き扉。その奥からアンヌの魔力を感じます。
背中の翅が大きく震え、有り余る魔力があふれ出し、透明感のある青白い輝きを辺り一帯にまき散らしてしまいます。
その様は、まるで私の気持ちを表しているかのようです。
そんなまき散らされた魔力光、それとも魔力自体に気付いたのでしょうか?
バルコニー奥の扉の窓越しに人影が見え、その扉が勢いよく開かれます。
開かれた扉から現れた、その人影。
それはもう、ぜったい見紛うはずもない……。
アンヌです!
別れた時よりちょっぴり成長していて、更に美人さんになってます!
髪が随分伸びてる気がします。
ああ、でも。
それほど時間は経過してませんでした。
おばあちゃんにだってなってなかった!
今も瑞々しいほど若々しい、とってもとってもアンヌです。
ああ何言ってるんでしょ、私。
でも…………、
よかった!
「 っ! ミ、ミーアちゃん?」
空に浮かぶ私を空色の目がいち早く見つけ、その懐かしくも優しい声で、私の名前を呼んでくれました。
「ミーアちゃん!」
バルコニーの手すりまで駆け寄り、私の名前を呼びながらその両腕を高々と差し出してくれてます。
おかしいです。
なぜだか前が滲んでよく見えません。
これではアンヌの顔を見ることが出来ないじゃないですか!
でも見えるようになるまで待ってなんていられません。
そんなことにお構いなく、魔力と勘でもってアンヌの胸に飛び込む所存!
「ミーアちゃん、ミーアちゃん!」
「あ、あんにゅ~!」
あっ、噛んだ……。
うそだ~。
おかしい。
口調はしっかり出来るようになって久しいのに!
「おかえり、ミーアちゃん!」
「あんにゅ、あんにゅ、あんにゅ~!」
何回言っても、噛むんですけどっ!
ま、まぁ、いいです。
落ち着いたらきっと直るでしょう。
直る、よね?
私はアンヌに抱きかかえられ、私もアンヌに縋り付きます。
ああ、この匂い、この柔らかさ。
すべてがみんな優しく、懐かしくって、心から安心できます。
ああ、やっとこの場所に帰ってこれた。
色々面倒なことは山積みのような気もしますけれど。
アンヌの居るここに帰ってこれたなら、それらはみんな些細なことです。
きっとなるようになるに違いありません。
というか、なるようにしてやる!
そう思いながらも、私はアンヌのいい匂いのするふくよかな胸に抱かれ、戻ってこれた喜びに心が満たされていくのを感じるのでした。
ああ、アンヌのナデナデ気持ち良い。
私は今、とってもとっても……、
幸せ!
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございました!




