富くじ 後日譚
その翌日。
穂武良はほくほくと嬉しそうな様子で見世物小屋に現れた。
「昨日、念のために長屋まで文太についていったが、お亀やらとその両親は泣きながら文太を拝んでおった。まあ、これでどうにかなるだろうのぅ。それで今朝方には、文太は賽銭箱に小判を入れていったぞよ」
「ほぉ。素直な小僧じゃねぇか」
と、マル公が偉そうに言った。
「よかったなぁ」
甚吉も、あの富くじで救われた人がいて嬉しかった。しかし、引っかかりをひとつ残す。
「でもよ、あの売札は結局誰のもんだったのかな」
「もうどうでもいいじゃねぇか。考えたって仕方ねぇや」
マル公はさばけた様子で生け簀に浮かんでいる。
確かに考えるだけではどうにもならないのだが。
――で、その日。見世物小屋を仕舞った後。
若い、二十歳くらいの馬面の男が塵を拾い集めて小屋の外へ出た甚吉に声をかけてきた。
もちろん知らない顔だ。
「そこのお前さん、こんくらいの大きさの折り畳んだ札を拾わなかったかい?」
鼻の下が非常に長く目も離れていたが、穏やかそうな男だった。しかし、それを訊ねられた時、甚吉は身に覚えがありすぎてどきりとしたのだ。
「ふ、札ですかい?」
「うん、富くじのな」
「番号は――」
「酔っぱらった勢いで買っちまったから、覚えちゃいねぇな」
「そ、それは――」
「ほら、今日は回向院で富場が開かれるだろ? それまでには見つけてぇなぁと思ってたんだけどよ、さっぱり見つからねぇし、もしかしてここに落としたんじゃねぇかなって今朝になって考えてな」
「あの、回向院での富くじの発表は昨日だったんじゃありやせんか?」
甚吉が思わず言うと、馬面の男は一瞬動きを止め、それからゆっくりと首を傾げた。
マル公がいたら苛々して水飛沫を飛ばしそうなほど鈍重だ。自分のことは棚に上げて甚吉は失礼なことを思った。
「昨日?」
「へ、へい」
「するってぇと、今日は十日かい?」
「十日でございやす」
「ほぉぉ」
馬面の男は手をぽん、と叩いた。
「そいつぁうっかりしてたぜ。仕方ねぇなぁ」
「し、仕方ねぇでいいんですかい?」
「よかねぇけどよ、言ったって昨日にゃ戻れねぇや。一日でも過ぎちまえば札は紙屑よ。第一、落としたまま手元にもねぇしな。何、どうせ当たっちゃいねぇさ」
アハハハ、と豪快に笑い飛ばす。そうして去っていった。
甚吉は冷や汗をだらだらとかくしかなかった。そんな甚吉の後ろに、いつの間にか穂武良がいた。
「ヤツよ」
驚きすぎて、ヒッと声を上げて甚吉は塵を集めた籠を落としてしまった。
「ま、まさか――」
まさかというか、やっぱり、というべきか。
「あのお人がここにあった売札の落とし主で?」
「うむ」
甚吉は蚊帳の外に置かれるのが嫌いなマル公のところへ戻って今の出来事を語った。
マル公はふんふん、と大人しく話を聞いていたかと思えば、急に口を開く。
「馬面の男な。確かにあの札を拾った日、ここにいたぜ」
「覚えてるのかい?」
「あんな見事な馬面、そうそうあるかよ」
「それは、まあ――」
「それにしてもよ、落とした上に番号も覚えていねぇ、日取りは間違う、抜け作もあそこまで行きゃぁ大したもんだな。甚、おめぇの上を行くじゃねぇか?」
あそこまでひどくないと言いたくなったが、あんまりなので言えなかった。
「まあ、ヤツには賽銭箱から小判を一枚だけ懐にでも入れてやろうかの。何もないよりはましだろう」
と、穂武良が忍び笑いをしながら言った。
あの人なら、懐に小判が入っていても不思議に思わないかもしれない。最初からここにあったかのようにして使ってしまいそうだ。
金に無頓着で、一両でも百両でも同じように扱いそうな気がする。
「世の中にはいろんなお人がいるなぁ」
なんてことを言いたくなった甚吉であった。
そこでマル公は水をぱしゃんと跳ね上げた。
「オイ、ホムラ狐ッ。なんか美味いもん差し入れやがれ」
「おぬしはそこで浮かんでおっただけだろうッ? 甚吉になって働いたのはこのワタシだぞよッ」
「お稲荷さんの御使いがよ、んな小せぇこと言ってんじゃねぇよ。差し入れは白玉でいいぜ。おめぇの顔見てたらそれしか思い浮かばねぇや」
「おのれぇぇ、おぬしこそ白玉のような頭をしよってからにッ」
「ハァア? この愛くるしいおいらが白玉だとッ」
急に喧嘩が始まった。
仲がいいのだか悪いのだか。
「ど、どっちも落ち着いてくだせ――」
と言いかけた甚吉が水浸しになった。
穂武良に水などかからず、通り越してひっかぶるのはただの人間である甚吉の方だ。
「カーッ、おめぇはそんくらい避けらんねぇのかよ? 鈍くせぇったらありゃしねぇなッ」
「す、すいやせん」
「つくづく、不憫な子供よな」
相変わらずと言えば相変わらず。
大枚も手に入らなければ、マル公には叱られてばかり。
でもまあいいかと甚吉はへらりと笑った。
【富くじ】 完。




