富くじ ―陸―
そして運命の九日。
甚吉は富くじの結果を知るため、落とし主を探すため、本所回向院へ行かねばならなかった。
けれど、よくよく考えたら甚吉には見世物小屋の仕事がある。それをほっぽり出しては行けないのだ。
それをマル公に言ったら、鼻で笑われた。
「今更何言ってやがる。んなもん、ホムラ狐に頼め」
「穂武良様に回向院まで行ってもらえばいいのかい?」
化け狐ではなく、神聖な狐なので寺院にも入れるとは思うけれど、稲荷の使いをそんなふうに使ってもいいものだろうか。しかし、マル公の提案はもっとひどかった。
「違ぇよ。おめぇに化けて見世物小屋にいてもらいな」
「えぇッ」
とんでもないことを言う。しかも、面白がっているのか顔が意地悪だ。
「おめぇがちぃっとくれぇヘマしたところで、誰も疑いやしねぇからよ」
「そ、そんなぁ」
残念ながら甚吉の失敗など、『またやってら』くらいにしか思われない。
悲しいけれど、それは自分でもわかっている。
「ほれ、さっさと稲荷に行きなッ」
ピシッと水をかけて追い立てられ、甚吉は渋々稲荷に向かうのだった。
けれど、本当は、心の奥底では少しくらいはわくわくしていたのかもしれない。多分、こんなことは二度とない。
仕事もせずに富興行の場で賑わいを感じていられるなんて、甚吉のような日陰の存在には贅沢なくらいだ。
稲荷社に行くと、穂武良が件の売札を咥えて待っていた。その札を受け取れとばかりに甚吉に差し出す。
「ありがとうございやす」
「うむ。落とし主が見つからぬ以上、それをどう使おうと拾ったおぬしの勝手じゃ。好きにせよ」
「あの、できれば落とし主に返してぇんですが、やっぱり手掛かりは若ぇ男ってことしかありやせんか?」
すると、穂武良は尻尾をゆらゆらしながら考え込んだ。
「そうだのぅ。裕福ではないだろうな。汗臭い酒臭い煙草臭い――だらしのない臭いがするのでな、お店者ではなかろうよ」
甚吉の鼻ではそこまでの臭いは嗅ぎ取れないが、臭そうなので嗅ぎ取りたいとも思わない。手に持った売札がちょっと汚く思えて複雑だった。いや、これはありがたい当たりくじなのだけれど。
「わかりやした。あの、それで、穂武良様」
「うん?」
「おれ、これから回向院へ行ってきやす」
「うむ」
「それで」
「なんじゃ」
「あの」
「うむ」
「実は」
「早う言わぬかッ」
怒られた。甚吉はおずおずと切り出す。
「穂武良様なら、お、おれに化けるなんて朝飯前ですかい?」
そこで穂武良は甚吉が何を頼みたいのか覚ったようだ。元から細い目をさらに細めた。
「ほぅ。神使のワタシに、おぬしに化けて見世物小屋で立っていろと?」
「すッ、すいやせんッ」
やっぱりそんな失礼なことを頼めるわけがなかった。
ぶわっと目にいっぱいの涙を浮かべて頭を下げた甚吉だったが、頭の上からコホンと咳払いが聞こえた。
「どうせヤツの入れ知恵だろう。まあよい。しばらくの間だけだぞよ」
「ありがとうございやすッ」
抱きつきたいくらいに嬉しいが、本気で抱きついたら怒って、もうやらないとか言われそうなので諦めた。
「言うておくが、ワタシは非常に忙しい。毎日稲荷詣でに参る者共の頼みを宇迦之御魂神様にお届けせねばならぬのだからの」
「ええ、もちろんですとも」
そう答えつつも、甚吉は、マル公だったらきっと――んな忙しいヤツが猫に化けて縁側で昼寝なんてしてるわけねぇだろ――なんて悪態をついたかもしれない。
そういう余計なことを考えるから、つい下手を踏んでしまうのだ。
「じゃあ、お願いしやす。しらたまさ――」
「誰がしらたまじゃッ」
怒られたが、穂武良は心が広かった。平謝りしたら許してくれた。
「まあよい。さっさと行かぬか。始まってしまうぞよ」
「へ、へい。行ってきやす」
甚吉はしらたまの――いや、穂武良の協力により、今日は初めての休日というものを味わうことになった。
とはいえ、こっそり抜け出したようなものなので、見知った顔には会えない。こそこそキョロキョロしながら両国橋を渡るのだった。
本所回向院は、今日の富興行のため、黒集りの人だった。それを見た途端に押しの弱い甚吉はへこたれそうになったけれど、懐には当りくじが入っているのだ。
札を落としたり掏られたりしないように気をつけながら回向院の門を潜った。
心の臓が口から飛び出さないか心配しながら。




