富くじ ―参―
稲荷社に着くと、甚吉はすぐさま神使を呼んだ。
「穂武良様、穂武良様、出てきておくんなせぇッ」
甚吉がこうして駆け込んできた時、穂武良は嫌な予感しかしないのかもしれない。また厄介事を持ち込んできたなと。
ただし、ごく稀にだが美味いものにありつけたこともある。だからというのでもないとは思うが、一応は顔を見せてくれた。
「騒々しいの。今度はなんぞえ?」
白い、尻尾のフサフサとした狐が甚吉の背後にちょこんと座っている。
「ああ、穂武良様、実は――」
と、甚吉は富くじの売札を拾った経緯を掻い摘んで話した。
掻い摘んだつもりなのに、穂武良からはどうしたわけか話がくどいと叱られた。
「おぬしの話は迂遠でわかりにくいのぅ。もぅ少し掻い摘んで話すがよいぞよ」
そうしたつもりなのだが。まあいい。
「ええと、それで、これが拾った札で」
飛ばされてしまわないように、風が吹いていないのを十分に確かめ、懐から札を取り出す。
穂武良は、ほぅ、と言って甚吉が広げた札を覗き込んだ。
「こいつを預かって頂きてぇんです」
「ワタシがか? おぬしが持っておればよかろう?」
「おれ、こんなの持ってたらとても眠れやせん」
「難儀なヤツよのぅ」
呆れられたが、預かってくれるらしかった。よかったと甚吉はほっとした。
そこでふと思う。
「穂武良様ならもしかして、この札の落とし主を探せたりしやすか?」
稲荷神の使いであって、ただの狐ではないのだ。霊力でそれくらいのことはパパッとやってのけるかもしれない。
穂武良は一度首を傾げると、細長い鼻先を札に近づけ、ふんふんと臭いを嗅いだ。
ただの狐っぽかった。まさか臭いで辿るのだろうか。
「うぅむ。おぬしの臭いが勝ちすぎておるが、どうやら持ち主は若い男のようだの」
札の臭いを嗅ぐと思わなかったので、そんなことは気にせず懐に突っ込んできたのだった。
甚吉は、ぐっと呻いたけれど、ひとつだけわかったこともある。
「若ぇ男で? それなのに二朱も出せるなんて、稼ぎがいいってことですかい?」
「どうだろうのぅ。稼ぐが、博打を打つか女郎を買うか、宵越しの金は持たぬ男やもしれぬな」
富くじも博打のようなものだから、そうなのだろうか。
甚吉が手にした売札をじっと見ていると、不意に穂武良は札から鼻先を上げて甚吉に告げた。
「持ち主はともかくだな、この札はよい運気をまとっておるな」
「へぇ?」
「うむ。当りのようだ」
穂武良が自信を持って言いきった。
しかし、結果が出るのは九日なのだから、こんなに早くわかるわけがない。甚吉が首を傾げると、穂武良はやれやれと首を振った。
「ワタシは稲荷神の使いであるぞよ。それくらいのことは見通せるのだ」
「えっ? で、でも」
「一ノ富か二ノ富か、なかなかに強い運気だのぅ」
一ノ富は、百両。
丸ごともらえないらしいが、八十両が手元に転がり込む。
甚吉の手の中に、今、八十両相当の紙があると。
「じょ、冗談言っちゃいけやせん。おれをからかってるんですかい?」
汗がどばっと噴き出した。甚吉の手が尋常ではないほど震え、膝ががくがくと笑い出す。そんな甚吉に穂武良はため息をついてみせた。
「おぬしはこれまでの人生でろくな目に遭ってこなかったからのぅ、その札はおぬしの手元に行くように運気が巡っていたのだな。よかったよかった」
「何がよかったんですかッ。これ、おれのじゃありやせんッ。おれはただ、持ち主に返してぇだけなんですよぅッ。それなのに、これが当たりだなんて、余計に眠れなくなっちまいやしたッ」
本気で青くなっている甚吉を、穂武良はふさふさの尻尾で柔らかく叩いた。
「まったく、おぬしは。運気は自らつかみ取ってこそ活かされるというに」
「猫糞した運気なんて要りやせんッ」
尻尾がまた、ぽんぽん、と甚吉を叩く。
「まあよい。九日までは預かっておいてやろう。九日に取りに来るのだぞよ」
「――へい」
このやり取りをマル公が聞いたら、きっと――『バッカじゃねぇのか』と言われたことだろう。
いいのだ、莫迦で。
莫迦でも悪党よりは。




