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海怪  作者: 五十鈴 りく
❖ 富くじ

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62/70

富くじ ―参―

 稲荷社に着くと、甚吉はすぐさま神使を呼んだ。


「穂武良様、穂武良様、出てきておくんなせぇッ」


 甚吉がこうして駆け込んできた時、穂武良は嫌な予感しかしないのかもしれない。また厄介事を持ち込んできたなと。

 ただし、ごく稀にだが美味いものにありつけたこともある。だからというのでもないとは思うが、一応は顔を見せてくれた。


「騒々しいの。今度はなんぞえ?」


 白い、尻尾のフサフサとした狐が甚吉の背後にちょこんと座っている。


「ああ、穂武良様、実は――」


 と、甚吉は富くじの売札を拾った経緯を掻い摘んで話した。

 掻い摘んだつもりなのに、穂武良からはどうしたわけか話がくどいと叱られた。


「おぬしの話は迂遠でわかりにくいのぅ。もぅ少し掻い摘んで話すがよいぞよ」


 そうしたつもりなのだが。まあいい。


「ええと、それで、これが拾った札で」


 飛ばされてしまわないように、風が吹いていないのを十分に確かめ、懐から札を取り出す。

 穂武良は、ほぅ、と言って甚吉が広げた札を覗き込んだ。


「こいつを預かって頂きてぇんです」

「ワタシがか? おぬしが持っておればよかろう?」

「おれ、こんなの持ってたらとても眠れやせん」

「難儀なヤツよのぅ」


 呆れられたが、預かってくれるらしかった。よかったと甚吉はほっとした。

 そこでふと思う。


「穂武良様ならもしかして、この札の落とし主を探せたりしやすか?」


 稲荷神の使いであって、ただの狐ではないのだ。霊力でそれくらいのことはパパッとやってのけるかもしれない。

 穂武良は一度首を傾げると、細長い鼻先を札に近づけ、ふんふんと臭いを嗅いだ。

 ただの狐っぽかった。まさか臭いで辿るのだろうか。


「うぅむ。おぬしの臭いが勝ちすぎておるが、どうやら持ち主は若い男のようだの」


 札の臭いを嗅ぐと思わなかったので、そんなことは気にせず懐に突っ込んできたのだった。

 甚吉は、ぐっと呻いたけれど、ひとつだけわかったこともある。


(わけ)ぇ男で? それなのに二朱も出せるなんて、稼ぎがいいってことですかい?」

「どうだろうのぅ。稼ぐが、博打を打つか女郎を買うか、宵越しの金は持たぬ男やもしれぬな」


 富くじも博打のようなものだから、そうなのだろうか。

 甚吉が手にした売札をじっと見ていると、不意に穂武良は札から鼻先を上げて甚吉に告げた。


「持ち主はともかくだな、この札はよい運気をまとっておるな」

「へぇ?」

「うむ。当りのようだ」


 穂武良が自信を持って言いきった。

 しかし、結果が出るのは九日なのだから、こんなに早くわかるわけがない。甚吉が首を傾げると、穂武良はやれやれと首を振った。


「ワタシは稲荷神の使いであるぞよ。それくらいのことは見通せるのだ」

「えっ? で、でも」

「一ノ富か二ノ富か、なかなかに強い運気だのぅ」


 一ノ富は、百両。

 丸ごともらえないらしいが、八十両が手元に転がり込む。

 甚吉の手の中に、今、八十両相当の紙があると。


「じょ、冗談言っちゃいけやせん。おれをからかってるんですかい?」


 汗がどばっと噴き出した。甚吉の手が尋常ではないほど震え、膝ががくがくと笑い出す。そんな甚吉に穂武良はため息をついてみせた。


「おぬしはこれまでの人生でろくな目に遭ってこなかったからのぅ、その札はおぬしの手元に行くように運気が巡っていたのだな。よかったよかった」

「何がよかったんですかッ。これ、おれのじゃありやせんッ。おれはただ、持ち主に返してぇだけなんですよぅッ。それなのに、これが当たりだなんて、余計に眠れなくなっちまいやしたッ」


 本気で青くなっている甚吉を、穂武良はふさふさの尻尾で柔らかく叩いた。


「まったく、おぬしは。運気は自らつかみ取ってこそ活かされるというに」

「猫糞した運気なんて要りやせんッ」


 尻尾がまた、ぽんぽん、と甚吉を叩く。


「まあよい。九日までは預かっておいてやろう。九日に取りに来るのだぞよ」

「――へい」


 このやり取りをマル公が聞いたら、きっと――『バッカじゃねぇのか』と言われたことだろう。

 いいのだ、莫迦(ばか)で。

 莫迦でも悪党よりは。


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