08
「よう、ルカ。ちょうど探していたところなんだ」
冒険者ギルドの受付前で、アクトは目的の少女に声を掛けた。
やけに爽やかな笑顔を浮かべた彼は、戸惑う少女にゆっくりと歩み寄っていく。
少女、ルカはたまったものではない。彼女にとってアクトは、自分の命を救ってくれた恩人であり、片思い中の初恋の相手なのだから。
ルカの嬉しさと恥じらいが入り混じった複雑な心などお構いなしに、アクトは彼女の前で立ち止まった。
そして鞄から、ピンク色の包装紙にラッピングされた小箱を取り出して、ルカに差し出す。
「前にガチャコインをもらった礼だ。
随分遅くなっちまったが、とびきりのやつを用意したから勘弁な」
「プ、プレゼント……? あ、開けてもいいですか?」
「そいつはもうお前のものだ。好きにしな」
想い人からの贈り物に内心どきどきしながら、ルカはゆっくりと丁寧に包装紙を外していく。そうして中から現れた綺麗な小箱を開いてみれば、中にはペンダントが収められていた。
ただのペンダントではない。絢爛な装飾が施された、高級感の溢れる特上の品物だ。格別のアイテムであることを示すかのように、ペンダントの紐の先には七色の光を放つ水晶が輝きを放っていた。
「こ、これ……『虹水晶のペンダント』じゃないですか!?
今月のガチャのウルトラレアアイテムのひとつの!」
「ああ。昨夜ようやく手に入れてな。景品一覧で見かけた瞬間から狙ってたんだが、物欲センサーに邪魔されてな……」
そのペンダントは、希少な虹水晶を用いた芸術品としての価値も相当なものだが、冒険者向けのアイテムとして様々な加護が付与された魔法の品だ。
敵対者からの攻撃を遮る魔法の防御結界に、悪霊の類を跳ね除けるという魔除けの加護。他にも、装備者に対してよからぬ邪念を抱く存在を感知する御守りとしても機能するという。
武器としては扱えないアクセサリーではあるが、ウルトラレアの希少度に相応しい特別な装飾品であった。
「こ、こんなにすごいもの……本当にもらっていいんですか?」
「お前のために手に入れたんだ。もらってもらえないと困るぜ」
「わ、私のため……えへ、えへへへへ……」
喜びのあまり破顔したルカは、赤面した顔を隠すことも忘れて満面の笑みで幸福感に包まれていた。
特別なプレゼントを、愛しい人から手渡される。それは何事にも代えがたい幸せをもたらすものだった。
「あ、あの……アクトさん。よければこのペンダント、私につけてくれませんか?」
「別に構わないが、俺でいいのか?」
「貴方だからいいんです! お、お願いします!」
少女の願いを聞き入れたアクトは、少女の手からペンダントを受け取り、正面から紐をルカの首にかける。
アクトは紐の長さを調整するために、ルカの顔の高さに合わせるように屈み込んだ。自然と、二人の顔が触れ合うような距離に近づく。
「わっ……か、顔、近っ……」
「ああ、わりい。後ろからのがよかったか?」
「い、いえ、その……ば、ばっちこいです!」
「……まあ、問題ないならこのまま仕上げちまうぞ」
話しながらも手を進めていたアクトは、まもなく「こんなものか」と呟いて、立ち上がった。ルカが改めて自らの首元に視線を落とせば、煌びやかな光を放つ虹水晶が輝いていた。ペンダントを装備したことによる恩恵だろうか。それとも恋の力だろうか。力が溢れてくるような心地よい昂りに、少女は目を細めて喜ぶ。連日の冒険者稼業の疲れなんて吹っ飛ぶような高揚感に、思わず叫びだしそうな程にルカは満たされた思いだった。
「ありがとうございます! これ、一生大事にします!」
「おう。まあ、生活が苦しくなったら売り払うのもひとつの手だぞ?」
「売りませんよ! ……こんな嬉しい贈り物、絶対に手放したくないです」
ペンダントの台座にはめ込まれた虹水晶を、愛おしそうにそっと指で撫でる少女は、幸せの絶頂にいた。
自分のために、想い人が苦労して手に入れてくれた、とても素敵なプレゼント。恋をする少女にとってそれは、一生の宝物にするには十分すぎる最高の贈り物だった。
「そうか。なら売らなくていいように、仲間といっしょにしっかり稼ぎな」
「は、はい! 私、頑張ります!」
「そんじゃ、俺も負けないように頑張って働いてくる。またな」
「あ、ありがとうございました!」
用件は終わったとばかりにアクトは話を切り上げて、受付へと向かう。
既に彼の手には依頼書が数十枚握られていた。いつものように、カウンターに立つ受付嬢にそれを提出する。
しかしここ最近は迅速に仕事をこなしていた受付嬢は、唖然とした表情で口をぽかんと開けて、アクトの顔を見ていた。
「あ、あのアクトさんが……生活費を月1000Gまで切り詰めたというアクトさんが、高級品をプレゼント……これは天変地異の前触れ!?」
「天変だかてーへんだか知らないが、受付してくれねえか?」
以前なら「さっさと仕事しろやおらあ!」と怒鳴っていたところだが、アクトは苛立ちを抑えて受付嬢に声を掛ける。
しかし受付嬢はカウンターから身を乗り出したかと思うと、アクトの額に手を当てて、反対側の手で自分の額に触れる。
「熱はない……はっ、分かった! さては貴方、アクトさんの偽者ですね!」
「あんたの方が熱あるんじゃねえのか? 俺の受付だけ終わらせたら寝てろよ」
「思えば怪しかった! 私の差し入れのお弁当を見た感想が『浮いた食費の分ガチャ資金が増えるな……』だったアクトさんが、他人にプレゼントだなんて!
アクトさんの名前を騙って何を企んでいるんですか、あの人を騙っても妖怪ガチャ回しとして扱われるだけですよ!」
「おい、いい加減に――」
ギルドからの覚えをよくするためにと色々と我慢しているアクトだが、さすがに我慢にも限界というものがある。
少しばかり怒鳴ろうかと思っていた矢先、受付嬢の頭に拳骨が落とされた。アクトの拳ではない。受付嬢の背後にいつの間にか姿を現した、ギルド長ラカムの怒りの拳であった。
「ソフィア、てめえ最近仕事が早くなったと褒めてやろうかと思ったら何やってんだ!」
「あ、あうう……痛いです、ギルド長……」
「仕事変わってやるから、奥で頭冷やしてこい馬鹿たれ。あとで説教だ!」
涙声で痛みを訴えながら、カウンター奥の扉へと消えていく受付嬢ソフィア。
それを尻目に、ラカムはカウンターに乗せられた依頼書を手早くまとめて、受付業務を始める。しばしの間、アクトとラカムの二人の間には沈黙が続いていたが、やがてラカムの方から話しかけた。
「……最近、大活躍じゃねえか。妖怪ガチャ回し」
「あんたまでその名で呼ぶのかよ……つうか、誰が言い始めたんだよ、それ」
「おまえが欲しがってた二つ名だぞ? もっと喜べよ」
「喜べるかよ、ってか俺はそれを二つ名だと認めねえ……!」
Cクラスで燻っているとはいえ、長年冒険者ギルドに在籍しているアクトはギルド長とも面識があった。
そもそも、アクトが冒険者になった頃は冒険者ギルドは人材不足で、ギルド長直々に受付業務を行っていたのだ。
要因は様々だが、辺境の都市に大規模な地下迷宮が発生したことにより、そちらに人材を優先して派遣しなければならなかった、というのが大きな理由だ。
今でこそ状況は安定したが、当時は地下のダンジョンから発生したモンスターにより都市が滅ぶのではないかと騒動になった程だ。
そのために比較的平和だった王都からは多くの人材が辺境都市へと送られて、王都の冒険者ギルドは一時期は閑散としたものとなった。
幸いにして辺境都市の地下迷宮からモンスターが飛び出してくることはなく、今では迷宮から得られる糧が件の辺境都市の経済を支えているというのだから、世の中というものは何がどう影響するのか分からない。
「しかし、何だな。お前が他人にプレゼントなんて、数年前のお前が見たらそれこそ『俺の偽者野郎が!』とか叫んでるんじゃないか?」
「たくっ……以前の礼を返しただけじゃねえか。そんなにおかしいかよ」
「……冒険者スポンサー契約」
びくり、と。ラカムの一言に、アクトの身体が震える。
その様子を見てラカムは溜め息をつきながら、話を続けた。
「カジノが始めた冒険者スポンサー契約の話はすっかり有名になった。おまえ、あれを狙ってるんだろ?」
「や、やだなあギルド長。何のことだかさっぱりですよ?」
「口調変わってんぞ、ばればれだよこの野郎……まったく」
なんとか誤魔化そうとしていたアクトだったが、ギルド長でなくても誰が見たって分かる程にアクトは動揺していた。
カジノのオーナーが大々的に始めた新事業である、冒険者スポンサー契約。それは瞬く間に世間を賑わせた。
高名な冒険者を対象にオーナーが契約を持ちかけて、交渉が成立した冒険者には専用の高性能な装備品が贈られる。さらには契約者を主役にした冒険記の執筆も行われて、名声を得る手助けと共に売り上げから利益が還元されるという。
C以上の高ランクを目指す冒険者というのは基本的に、名誉が欲しいという連中がほとんどだ。歴史に名を残したいだとか、他には成し遂げたい夢があるだとか、そういった欲を追い求めている。
生きていくだけなら、Cランクの依頼をこなすだけでも節約すれば十分生きていける。老後のことを考えれば貯金は必要だが、本気で老後に備えるような人物は資金を溜めて別の職業につき、冒険者を引退することがほとんどだ。
故に冒険者稼業を延々と続けているような連中とは、それしか生きる方法がないのか、冒険者として名を馳せたいような連中だ。
名を世間に知らしめたい者達にとって、新事業である冒険者スポンサー契約はあまりにも魅力的なものだった。
一部の人間の趣味でしかなかった冒険記を、一般人にも購入しやすい価格で販売。しかも内容は挿絵が豊富で、文章も読みやすいと評判だ。
そうして世間では冒険記が流行となって数多く販売されるようになり、その本の主役ともなれば一躍有名人の仲間入りだ。
そのため最近の冒険者はスポンサー契約を目当てに王都へと集い、依頼をこなすことで様々な形で王都の経済に貢献している。
アクトもまた、スポンサー契約を目指していた。先程の件も、そのためのアピールだ。スポンサー契約を持ちかけられる明確な基準が不明であるが、最低でもBランク以上であることが条件だと噂されている。
一番最初にこのスポンサー契約を結んだ冒険者の片割れがBランクであったためだ。加えるなら、二つ名持ちであること。人々に認められる偉業を成していることなどが挙げられる。
初代契約者であるロナウドは『炎剣』、エリメルは『戦場の聖女』という二つ名持ちであり、この二人の冒険者ペアは行く先々で様々な冒険を繰り広げて偉業を成しているからだ。
さらに推測するなら、人々に好まれる人格者であることも考えられる。冒険記として描くなら、その方が都合が良いからだ。
事実を基にした脚色を行うにしても、基となる人物が魅力的である方が好都合だと思われる。ならばそういう人物にこそ声が掛けられるはずだ。
だからこそアクトは、せっかく引き当てたウルトラレアのガチャ景品を他人にプレゼントするという、以前の自分が見たならば「お前頭おかしいんじゃねえの!?」と叫びそうなことを自ら行ったのだ。
恩をしっかり返す好青年であることをアピールしたかったのである。内心で手放す物の価値に血反吐を吐いていようとも、スポンサー契約が結ばれれば元は取れると信じて。
「お前の場合は過去の行いが悪かったからな。今はBランク昇格はおあずけだ」
「ちっ……」
ギルド長の言葉に思わず舌打ちするアクト。
アクトが以前、パーティメンバーである少年レンに対して行っていた行為の数々は、確かに目に余るものがあった。
しかし何の戦力にもならない子供を面倒見ていたのだから大目に見ろよ、とアクトは内心で呟く。
今のレンならばともかく、過去のレンは本当に何もできない足手纏いだったのだ。何かやらせようとしても怯えるばかりで、後方からの支援もできず、素材回収の手際も悪い。
街で乞食当然の格好でうろついていた所を気紛れに拾ってからというもの、あまりの能力の低さに何度見捨てようと思ったのかは数え切れない程だ。
しかし、一度拾った子供を捨てるというのは自分に甲斐性がないと言っているようで『格好悪い』――レンの面倒を見続けていたのは、たったそれだけの理由だった。
だがどんな理由があったところで、子供を苛める大人というのは醜聞でしかない。レンの件だけでなく、以前の自分が問題行動を繰り返していたことは、アクト自身が理解できている。それを今では理解しているからこそ、アクトは過去の醜聞を払拭するために手を尽くすしかない。
少し前まではCランクのままでもガチャチケットは稼げるからいいと満足していたが、冒険者スポンサー契約の存在がその意識を変えた。
契約を結べば、自分専用に調整されたウルトラレア級の装備品が手に入る。冒険記の主役となり名声も得られる。それでこそ、あの日ガチャで掴んだ幸運を手に自分を見捨てたレンとアメリアを、見返せるというもの。
可能な限り格好良い方法で二人を見返してやりたい――あの日からその願望を原動力に突き進んできたアクトにとって、スポンサー契約はまたとない好機である。逃す手など、有り得ない。必ずこの手に掴んでやるのだと、アクトは既に心に誓っているのだ。冒険者達を束ねるギルドの長であるラカムに何と言われようとも、アクトは上を目指す。己の誓いと願いを果たすために。
「ほれ、手続き終わったぞ。今日も励んでこい、妖怪ガチャ回し。略して妖回」
「くっそ……見てやがれ、そのうち『どうか昇格してくださいお願いします』って言わせてやる……!」
「おー、夢があっていいねえ。ま、せいぜい頑張れ。よ、う、か、い」
「てめえ覚えてやがれ……! たくっ、仕事行ってくる!」
言い捨てるように叫びながら、アクトは冒険者ギルドを駆け出して、街の外を目指す。その姿を見送ったラカムは、頬杖をつきながら煙草を銜えて、初級魔法で火を灯した。吸い込んだ白煙を深々と吐き出し、しみじみとした様子で呟く。
「……ギルド除籍も検討されていた問題児が、今では王都ギルド随一の稼ぎ頭になるなんて、な。
ほんと、世の中ってわけわかんねえわ……最初からああだったら、とっくにBランクなんだがね」
これもあのオーナーの計画通りなのかね、と。
得体の知れない錬金術師の不気味な笑顔を思い出しながら、ラカムは溜め息をついた。
「いやあんなの予測できるわけないじゃないですか。何なんですかあの人……一体何者なんですか?
最初はただの悪党だと思ってたのに、今ではスポンサー契約の有力候補なんですよ? わけわかんないです」
後日、ラカムが件のカジノオーナーである少女に尋ねてみたところ、真顔でそんな答えが返ってくることになる。
珍しく素の感情を見せる錬金術師の姿に、改めてアクトという冒険者が規格外であるとラカムは確信するのであった。
ちょっと短い上に作中でガチャ描写出せてなくてすいません(汗)
めちゃくちゃ稼いでいるアクトさんがBランクに昇格できない理由の説明回的なものと、ルカちゃんとのフラグ建設(アクトは自覚なし)な話になりました。
……予定していた話が中々進まなかったのに、アクトさん主役にした瞬間筆が超進みました(汗)。
今回の話に合わせて前話(07)を一部修正しています。
冒険者稼業のプロデュース→スポンサー契約に変更です。
感想返し、滞っていてすいません。これからひとつずつ返していきます(汗)
なんとか風邪も落ち着いてきたので、来週はもっと書き進めたいと思っています。遅筆な作者ですが、よければ今後ともよろしくお願いします。




