07
「此処に来るのも久々だが、相変わらず賑わってるな」
多くの人々が夢を追い求めて集うカジノの前に立つ、屈強な巨躯の男性が呟く。かつてこのカジノで炎剣『レーヴァテイン』を入手したロナウドという冒険者だ。彼はここしばらく大陸各地を転々としていたため、王都の名物であるカジノに戻ってくるのは実に数ヶ月ぶりのことだった。
「本当、たくさんの人で賑わって……ざ、残念な結果だった人達も多いみたいですね」
ロナウドの隣にいる女性が、カジノ周辺で嘆いている人々の様子に恐れるように言葉を濁した。女性の名はエリメル。ロナウドが求めていた炎剣『レーヴァテイン』を引き当て、彼女自身が狙っていた魔杖『アスクレピオスの杖』と交換を申し出たことがきっかけで、ロナウドとパーティを組むようになった治癒術士だ。
二人はガチャのウルトラレア景品である魔法の武器を手に入れてからというもの、王都を旅立って各地を巡っていたのだ。ロナウドはまだ見ぬ冒険を求めて。エリメルは困っている人を助けたいという願いのために。
二人の願いを叶えるために旅をしながらモンスターと戦う内に、二人とも異名で呼ばれる程の冒険者になっていた。人呼んで『炎剣』ロナウド。『戦場の聖女』エリメル。誰が呼び始めたのかは知らないが、何時の間にやら風の噂に語られるようになって驚いたことは二人の記憶に新しい。
「確かに大負けしてる連中が多いな……けどまあ、このカジノが出来てから王都の景気が良くなったとかって言われてるしな。負けた金も自分の住む街を良くしているって思えば、まだ他国のカジノよりマシなんじゃねえかな?」
ロナウドも人伝に聞いた話だが、このカジノの収益の何割かは様々な形で王都及び国内のために還元されているそうだ。
例えば街道の整備。下水道の設置。その他にも街を豊かにする政策の数々。人々の暮らしのために必要なことは、どれもこれも金銭を要するものばかり。
税収だけでは賄えなかった政策の費用を、カジノのオーナーは少なからず負担を請け負ったという。人々から巻き上げた金が人々の暮らしを良くするというのは、何とも皮肉なものだと噂を聞いたロナウドは思ったものだった。
「さすが1000万Gもガチャにつぎ込んだ人は言うことが違いますね」
「ぐっ……あ、あれは本当に心臓に悪かったな。思い出しただけで寒気がするぜ」
炎剣『レーヴァテイン』をどうしても手に入れたかったロナウドは、数ヶ月前に当時の有り金全てをつぎ込んで、このカジノの目玉であるガチャという遊戯に挑んだ。結果は、散々たるものだった。500万Gもあれば余裕だろうと思っていたウルトラレアは、資金が底を尽きる最後の瞬間にようやく出現した。
しかし引き当てたウルトラレアは目当ての『レーヴァテイン』ではなく、魔法の才能がないロナウドにとって無用の長物である『アスクレピオスの杖』だったのだ。だが、不幸中の幸いと言うべきか。最後の最後に報われる幸運が待っていた。同日にたまたま『レーヴァテイン』を引き当てたエリメルは、ロナウドの持つ『アスクレピオスの杖』を欲していたのだ。
互いが互いの持つ景品を求めていたが故に、トレードがすんなりと成立。それがなければ、ロナウドは全財産を失って外れの景品ばかりを手に、泣き崩れることになっていただろう。
「思えば、あの日から俺達の旅は始まったんだな……」
「……そうですね。あの日の出会いがなければ、私はロナウドさんとこうして話せることはなかったかもしれません」
出会った時、ロナウドは名高いAランク冒険者であり、エリメルはありふれたCランク冒険者だった。ギルドですれ違って挨拶を交わす程度はありえたかもしれないが、仲間として共に旅をすることはなかったはずだ。
人の縁は不思議なものだと、改めて二人は思う。互いにとってこのカジノは、良縁に巡り会えた思い出の土地であった。
「くそ、くそっ……あそこで、あそこで赤を選んでいれば……!」
「ふっふっふ、今日はぼろ儲けなのじゃー!」
「来週……来週まで待てば、ガチャフェス……! 静まれ、俺の射幸心……!」
数ヶ月前の出来事に思いを馳せようとする二人の耳には、絶えずカジノの客人達の声が響く。思い出の土地があまりに人々の欲望まみれであることに、二人は揃って微妙な気持ちで天を仰いだ。
「ま、まあ……今日はせっかくギルドでガチャチケットもらったんだし、それにオーナーからのお誘いもあるんだ。さっさと入ろうぜ」
「そ、そうですね。オーナーさんをお待たせしてはいけませんしね」
気を取り直して、二人はカジノの入り口へと向かう。
両名の懐には、カジノのオーナーである少女から届いた招待状が納められていた。
〇
「ロナウド様、エリメル様。本日はようこそお越しくださいました」
カジノに入店した二人の姿にすぐ気付いたのか、少女が丁寧に頭を下げる。
その少女こそが、多くの人々を賭博の魅力と魔性に誘い込んでいるこのカジノのオーナーだ。
数ヶ月前と変わらぬ微笑みを浮かべて、あどけない顔でロナウドとエリメルを迎え入れていた。――あどけない笑顔でどれだけの人々を賭博の闇に引きずりこんだのかと思うと末恐ろしいものがあるが、見た目はごく普通の少女である。
だが、カジノ運営で稼いだ金銭で善行も行っているらしいことを聞くと、オーナーである少女が善か悪か、二人には判断がつかなかった。
噂に聞いただけでも、孤児院への寄付に教会の活動支援、奴隷や不労者の積極的な雇用など、いずれの行いも多くの人間の役に立っている。
しかし同時にカジノが周囲に与えた影響も著しく大きい。特に生産業を営む者達は影響を受けた最もたる存在だろう。
高性能なポーションや装備品の数々がガチャの景品としてカジノから排出され、それを不要とした冒険者達が一斉に売り出したのだ。
そのままでは生産業を営んでいた職人達は商売が成り立たなくなってしまう。自分達が製作する製品より高性能な物が、市場に溢れかえることで大暴落を起こすのだから。
ただ、それについてもカジノは金の力で対応しているらしいと聞く。
元々粗悪品やぼったくりの値段で商売を行っていた悪徳業者を除いて、望む者には雇用と支援を積極的に執り行ったのだそうだ。
生産者達が抱えていた在庫品や、見習いが練習で製作した売り物にならない生産物の数々の買取。店を持てない資金難の生産者には雇用する形で工房を与えているという。
カジノのガチャが原因で追い込まれていたはずの生産者達は、今では逆にカジノの支援を元に以前より稼いでいるという。
ガチャの高性能な景品と被らないような、日々消費されていく消耗品の類をメインに生産することで、薄利多売の方向性に切り替えているらしい。
薄利多売を良しとせず、自身の手で一流の製品を作り上げたいという職人気質の人間は歯がゆい思いをしているとも聞く。しかし、ロナウドの古友である鍛冶師は「他者を超えてやると燃える魂が職人を一流にするんだ」と語っていた。負けず嫌いの彼は、燻っていた魂に火が点いたかのように日々鍛冶に打ち込んでいるらしい。
エリメルの知人の錬金術師もカジノには好意的で「ポーションはあれからカジノの支援を受けた冒険者ギルドが定額で購入してくれているから問題ないよ。むしろ最近は触媒とか素材が格安になって商売繁盛してる」と嬉しそうにしていた。結局はカジノのガチャがあろうがなかろうが、職人が一流になれるかは本人の気質と才能次第であるようだ。
「おっす、オーナー。久しぶり」
「お久しぶりです、オーナーさん。繁盛しているようで何よりですね」
「ええ、今日もお客様達の笑顔がたくさん見れて嬉しいです!」
実に数ヶ月ぶりとなる挨拶を交わしていると、その声に周囲の客人達が気付いたのかざわざわと囁き始める。
各地を巡る旅ですっかり有名になった二人は、今や冒険者達の注目の的になる存在であるらしかった。
「お、おい。あの人『炎剣』ロナウドさんだよな? じゃあ、あの剣が竜殺しを果たしたっていう『レーヴァテイン』か」
「隣にいるのは『戦場の聖女』エリメル氏ですね。あの『アレイスト暴動』を死者ゼロで収めたという」
「す、すげえ……異名持ちともなると、なんか風格が違うよな」
「けっ。何が異名持ちだよ。俺だってウルトラレアの武器さえあればあれくらい……」
羨望と嫉妬が入り混じる混沌とした場の中で、オーナーの少女は変わらず微笑んでいる。カジノを運営する彼女にとっては、このような場は手馴れている様子だった。
「お二人がよろしければ、招待状の件でお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。ええと、ロナウドさんもよろしいですか?」
「ああ。ガチャは後でもいいだろ。先に話とやらを済ませちまおうぜ」
「ありがとうございます。では、ご案内させていただきますね」
そう言うと、オーナーはすたすたと歩き出す。その先には、豪華な装飾のレッドカーペットが敷き詰められて、ロープパーテンションポールで区切られた簡易な通路があった。
思わず顔を見合わせたロナウドとエリメルだったが、オーナーの少女が微笑みながら「こちらへどうぞ」と声を掛けてきたので、おそるおそる足を踏み入れる。
「あ、あそこってVIPフロアへのエレーベーターに続く通路だよな?」
「選ばれた者だけが案内されるというVIPフロア……貴族やジャックポット当選者ならいざ知らず、冒険者が招かれるというのは聞いたことがないですね」
「しかもオーナー直々に案内されるなんて、異名持ちってやっぱすげえ!」
「……どいつもこいつも浮かれやがって。俺だっていつかは成り上がってやる……!」
様々な人々の思惑が渦巻く中、やがてレッドカーペットはカジノ中央の巨大な柱の前で途切れる。
戸惑う二人の前でオーナーは振り返り、にこやかな笑顔で告げた。
「下へまいりまーす」
その言葉に答えるように軽快な音が響き、柱の側面が左右に開く。
柱の中に設けられた小部屋の中へと入っていくオーナーの後に、ロナウドとエリメルは慌てて続いた。
〇
二人が案内されたのは、正確にいうならばVIPフロアではなかった。
オーナーの説明によると、二人が通されたのは従業員用の地下住宅街であり、VIPフロアはその中央に聳え立つ黄金の城の中にあるそうだ。
従業員用、といっても住宅街は地上のものと比べても勝るとも劣らない外観であり、オーナーの話が真実であるならば内装に至っては圧勝と断言できるものだ。
地上に置いても下水道、及び水洗トイレの普及が進められているが、この地下都市ではそのくらいは序の口であるらしい。
火を使わずに肉が焼けるキッチン、動く絵を映し出すテレビ、快適な室温をもたらすエアコン。夢物語にも聞いたことがない設備の数々が各住居に設置されているという。
設備もさることながら、従業員に家を貸し出すというのがありえない。一応ひとつの住居に複数人で住ませているそうだが、それでも詐欺を疑うような高待遇であった。
勤務先の屋根裏部屋に住ませてもらえるだけでも恵まれているというのに。このカジノの従業員達の扱いは、貴族の使用人すら上回っている。
オートウォークと呼ばれているらしい動く歩道の上に乗って移動しながら、オーナーの少女はロナウドとエリメルの二人に事細かに説明をしていた。
「本当は地上にもこれらの技術を普及させていきたいのですが、動力の関係で中々難しいのです」
「動力、ですか……? やはり、魔力が関係しているのでしょうか」
「そうですね。主に雷の魔法により電気と呼ばれるエネルギーを生み出していまして、そちらが動力となります。
電気の安定した供給には特別な魔術式と、大量の魔石が必要なために、この地下都市の設備を維持するだけでも中々大変なのですよ」
「……ああ、そうか! 最近、魔石の買取額が大幅に値上がったのはそのためだったんだな!」
「ええ、当カジノにて冒険者ギルドから定期的に買い取らせていただいています。うふふ、ロナウド様には全てお見通しのようですね」
「い、いやあ。まあこれもAランクの勘っていうやつ? わはは!」
魔石は主にモンスターの体内から発見されるのだが、魔術的な価値を除いて利用価値が低いために、モンスター討伐に勤める冒険者にとっては小遣い程度の買取額しかつかなかった。
邪魔になるからといって下級の魔石は放置して、さっさと次の獲物を探しにいく冒険者がほとんどだった程だ。
高ランクモンスターから採取できる高純度の魔石は昔から高値がついていたが、街周辺にいるような低級モンスターから取れる魔石は通称、屑石とまで呼ばれて、買い取り額も雀の涙くらいの僅かなもの。
それがここ数年の間に徐々に値上がりが始まり、最近ではかつての何倍もの値段で買い取られている。
駆け出し冒険者への支援として赤字覚悟で行われている施策なのかとロナウドは思っていたのだが、オーナーの説明でようやく真実が理解できた気分だった。
「塵も積もれば山となる、とでもいいましょうか。例え屑石と呼ばれる僅かな魔石でも、大量に集めることで電気の供給に活用できるのですよ」
「なるほど……魔石にそのような使い方があるなんて初めて知りました」
エリメルは冒険者として旅に出る前は、王都の学園で学んでいたらしい。
平民の出身である彼女は、その優れた才能と努力で特待生として認められて、卒業まで学費が免除されるその立場を守り抜いた。
しかし、どれだけ優秀でも平民につける職業には限りがある。魔法の研究機関などは基本的に貴族の地位とコネが必須となるからだ。
迂闊に身元の保証がない人物を研究機関に携わらせると、スパイに情報を奪われる危険性があるために、どうしても必要な措置らしい。
学園を卒業した後の彼女は就職先に困って、冒険者稼業に落ち着いたそうだ。
そんな彼女が知らない技術となると相当なものなのだろうと、魔法に疎いロナウドにも察することはできた。
「まだ一般には公開していない技術ですからね。取り扱いに注意しないと感電などの危険もありますし、誰でも安全に扱えるようになるまではまだまだ研究が必要です」
「ふっふっふ……それだけじゃねえだろ? こんな画期的な技術を、自分達だけが味わえるとなれば貴族が食い付くのは間違いねえ。あのVIPフロアの中では、貴族達がこの技術の恩恵をたっぷり味わってるんじゃねえか?」
「うふふ、ロナウド様には隠し事ができませんね。その通りでございます。VIPフロアの中では特別なお客様のために楽しんでいただくために、様々な設備を取り揃えております」
どこか自慢げに推測を語るロナウドをおだてるように、オーナーは朗らかに答える。
従業員に対してもこのような技術の恩恵を提供するオーナーが、選ばれた人物にだけ利用させる設備となると、最早想像もつかない。
「くぅー、いいなあ! これ以上のすげえものとか、一度でいいから見てみてえ!」
「……けど、貴族の方々だけが招待されるような場となると、私達冒険者では入ることは叶いそうにないですね」
平民と貴族という立場は、生半可なことでは超えられることではない。
さらにVIPフロアは、その貴族の中でも特別な人々だけが招待されるそうだ。
王族に連なる者に、公爵家。そういった雲の上の存在達から紹介された極一部の者達だけが招かれる黄金の楽園。
外観を見ることだけはできたが、中に入ることは叶わないだろうと、エリメルは諦め気味に小さく溜め息をついた。
「そうでもないのですよ」
その言葉を聞いたオーナーが、エリメルの諦観を否定する。
黄金郷を築いた本人からの言葉に、ロナウドもエリメルも驚いて少女を見つめた。
「現に先月は、ジャックポットの当選された冒険者のお客様をVIPフロアにご招待しました。その御方はその後も数々の幸運を掴まれて、今もVIPルームに宿泊されています」
ありふれた冒険者の立場から、億万長者へ至るという、まさにカジノドリーム。
その体現者が現実にいると聞いて、二人は今は遠くにある黄金の城に目を向けた。
もしかしたら自分達も、あそこに招かれるかもしれない―― そう思うと、なんだかわくわくしてくる。
目の前にあるのに想像もできないような未知の空間というのは、それだけで冒険心をくすぐるロマンがあった。
「詳しい話は、改めてあちらのゲストハウスで話させていただきますね」
オーナーの言葉に、ロナウドとエリメルは黄金の城から目を離して振り返る。
少女とオートウォークが導く先には、貴族の別荘かと思えるような壮麗な純白の邸宅が待ち構えていた。
〇
「きましたわー!」
ゲストハウスのリビングに案内された二人の耳に、唐突に大声が響く。
何事かと室内を注視すると、室内のソファでくつろいでいたらしい麗人が興奮した面持ちで立ち上がったところだった。
「屈強な戦士と、華奢な魔法使い! この組み合わせだけでも最高なのに何やらお二人はとても初々しい雰囲気!
見たところまだ恋人関係というわけではなく、けれどどこか互いに意識していて、つかずはなれずの絶妙な距離感……!
インスピレーションがぎゅんぎゅんときましたわ……うえへへへ、滾る!」
――ああ、残念な人なんだな。
名前も知らない女性に対して二人が抱いた感想は、奇しくも同じものだった。
しかし残念な人からの言葉であろうとも、初々しいだの意識しているだのと言われると、何とも照れくさくなってしまう。
「わ、私達は別にそんな関係では」
「え、ええとそうだな。いまはまだ、な」
「……そ、その」
「……お、おう」
「うふふ。結婚式のサポートも行わせていただきますので、いつでもご相談くださいませ」
頬を赤く染めて視線を彷徨わせる二人の様子に微笑みながら、オーナーはからかうように言う。
ますます互いを意識してしまった様子の二人だったが、やがてロナウドが話を逸らせようとしたのか声を張り上げた。
「そ、それより俺達に話があるんだろ? 招待状の件、あれを話してくれないか?」
「そ、そうですね! ぜひその話をしましょう!」
これ幸いとばかりにエリメルが賛同して、二人掛かりで話を逸らしに掛かる。
元々そこまで食い付くつもりもなかったのだろうか、オーナーの少女はすんなりと「それもそうですね」と態度を改めた。
少女に促されて、二人はリビング中央のソファに腰を下ろす。オーナーは、名前も知らない残念な人の隣に着席した。
硝子の机を挟んで対面する彼らの前に、どこからともなく現れたメイドが紅茶を差し出して、そのままオーナーの傍に控える。
豪華な内装の部屋に、鼻腔をくすぐる紅茶の香り。窓からは日光が差し込み、綺麗な庭園が一望できる絶景。
地下であることを忘れるくらいに優雅な空間に、歴戦の戦士であるロナウドですら雰囲気に飲まれていた。
「それでは改めまして、会談を執り行わせていただきたいと思います」
先程までのあどけない様子から打って変わり、オーナーは真剣な表情で二人を見据える。
その瞳には確かな意思の光が宿り、睨んでいるわけでもないのに妙な迫力が感じられた。
「本日、私からご提案させていただきたいのは……御両名の冒険者稼業のスポンサー契約でございます」
「冒険者稼業の、スポンサー……?」
聞いたことがない言葉に、ロナウドが思わずそっくりそのまま言い返してしまう。
しかしオーナーは別に気にした様子もなく、むしろ疑問も当然だと考えているのか、すぐに説明に入った。
「はい。お二人のご活躍は目覚しく、最近では異名持ちとして大陸でも噂される名声を手にされています」
自分達のことが評価されていると面と向かって言われると、むずかゆい気恥ずかしさを覚えてロナウドは頬を掻いた。エリメルは口元を隠すように紅茶に口をつけているが、気持ちは頬の赤みに出てしまい一目瞭然である。
「ですので、これからのお二人の冒険者稼業を支援させていただく代わりに当店の宣伝にご協力していただくという、いわば協力体制を築かせていただきたいのです」
そう言うと、オーナーは何時の間に用意したのか、ふたつの機械を二人の前に差し出した。
ふたつの薄い板状の機械にはそれぞれ、ロナウドとエリメルの名前と共に画像が映し出されている。
ロナウドの名前が書かれた機械には、深紅の全身鎧の完成予想図が全方向から描かれていた。ロナウドの巨躯に合わせたデザインなのか、一般的な全身鎧よりもかなり大きく設計されている。
対してエリメルの機械には、魔術師が好んで着用するローブと、清楚な印象の衣服が描かれている。こちらはエメラルドを連想させる美麗な翡翠色を基調として仕上がっていた。
「具体的には、お二人のための専用の装備品の作成が第一段階。こちらがそのデザインの見本でございます」
「お、おおお……かっこいいな、これ!」
「こちらの服はすごく可愛いし、素敵なデザイン……!」
「今はデザインと試作品だけですが、お二人の許可がいただけたなら、それぞれ体格に合わせて実物の製作に取り掛からせていただきます。
試作段階ではありますが、鎧の方は火炎無効に身体能力の上昇の加護を付与された、竜殺しに相応しい一品になっております。
ローブ及び衣服の方は、魔力の自動回復に術式の増幅などの魔法の各種補助に、高純度の防御力をお約束する魔法使いの方々に必唾の仕上がりです」
「そ、それがマジならこれ、ガチャのウルトラレア級の装備品じゃねえか!」
「見た目もおしゃれで性能も素晴らしいだなんて……ほ、欲しいです……!」
魅力的な装備品を提示されて、すっかり夢中になっている二人。
その両名の様子にほくそ笑みながら、オーナーは次の計画へと話を進めていく。
「第二段階はポスターによる宣伝……これはお二人が賛同していただけるなら、こちらのファリエルさんに製作を依頼させていただきます」
「お二人の姿を拝見してからというもの、創作意欲がガンガンきちゃってますの! この仕事は是非わたくしにやらせてほしいですわ!」
ファリエルと呼ばれた麗人は、どうやら芸術家の類であるらしいとこの時初めて二人は知ることになった。
先程の痴態に少々不安にはなるものの、オーナーが仕事を託す以上は大丈夫なのだろうと信用することにする。
「それから、いずれはお二人の活躍を冒険記として書かせていただき、本として出版したいと考えています」
「わたくし、絵画も執筆もお手の物ですから、ぜひ任せていただきたいですわ!」
「冒険記、ですか……?」
エリメルが呟く。自分の冒険記が作られることになるなんて、夢のようで実感が湧かなかったのだ。
本に書き残されるような逸話を成した冒険者というのは、その多くが英雄や勇者と呼ばれるような存在である。
そこに自分達が加わるだなんて、エリメルも、ロナウドにとっても、思いもよらぬことだった。
「先日の『カルドレア山脈の邪竜殺し』に『アレイスト暴動の奇跡』。いずれも聞き及びましたが、後世に語り継がれるべき偉業だと思います。
それに最近、人々の間では冒険者の活躍を描いた小説が静かな流行となっておりまして。この機会にブームを巻き起こしてみようかと」
「挿絵を多く導入して文章を読みやすく柔らかいものにすることで、普段は本に興味がない方々にも購入していただこうと考えていますの!」
「私達が王都を離れている間に、そんな流行が……」
「ゆくゆくは、現在冒険小説を執筆されている方々もお誘いして、一大事業として世に打ち出したいですね。
冒険記コンクール、優勝賞金100万Gなんていう風に募集を掛ければ、たくさんの方が応募してくださると思います」
話のスケールがどんどん大きくなっていき、商売に疎いロナウドにとっては最早理解が及ばない内容である。
学園で学んでいたエリメルは、話の内容に疑問を覚えて、しばしの考察の後に質問する。
「しかし、紙やインクが買えない方々には参加も厳しいのでは……?」
「現在、羊皮紙に代わる安価な紙と、同じく安価なインクの新製法を開発中でして。近々製品の販売を開始、そして新製法を一般に公開予定です。
コンクールの需要で紙とインクの需要が高まれば、生産者の方々の収入に繋がり、求職者には新しい働き口を提供できると予想しています。
既存の紙及びインクの生産業を営む方々にも新製法をお伝えしますから、生産量は今より多くなり、販売価格も値下がるかと思われます。
後の課題は新製法における原材料の確保ですね。こちらは冒険者の方々に採取依頼を出そうかとギルドと相談中です」
「な、なるほど……すごく大掛かりな事業なんですね」
予想以上に大規模な計画に、エリメルは驚愕する。
本当に新製法を編み出したというのなら、それを独占するだけで大儲けができるはずだ。
それなのに新製法を一般に公開してまで新しい流行を生み出そうという、あまりにも膨大な労力を投じた計画が練られている。
自分達の冒険記がその計画の一部に含まれているのかと思うと、良い話であるはずなのにエリメルは眩暈を覚えてしまった。
「今後、他の冒険者の方々もランクを問わず、目覚しい活躍をされている方々をスカウトしてスポンサー契約を結んでいこうと計画しています。
その結果次第では、VIPフロアへのご招待をさせていただきたいとも思っているんですよ。
貴方達にはその第一人者として、大々的に宣伝させていただきたいのですが……いかがでしょうか?」
オーナーの言葉に、ロナウドとエリメルは顔を見合わせる。
あまりにも壮大な気配を感じさせる商談に、不安になる気持ちはある。
けれど、提示された条件はあまりにも破格だ。ウルトラレア級の、しかも自分達のために作成された防具なんて、この機を逃せば永遠に手に入らないかもしれない。
武器こそ既にウルトラレア級の一品を装備している二人だったが、防具はあくまで一般に販売されている品物だった。
旅先で何回も買い換えてきたが、武器と比べて防具には性能に不満を覚えることも少なくない。
けれど、この話を受けさえすれば無料でそれが手に入るという。それだけでなく、本の売り上げ等によって追加で報酬が支払われるという。
戦力を増強できて、臨時報酬も期待できる。冒険者稼業を続けていく上で、この話を断る要素が皆無であった。
「……うし! 俺はその話を受ける!」
「わ、私も……よ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます! それでは、どうぞ今後ともよろしくお願いします!」
二人の返答を聞いて、オーナーの少女は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
そのあどけない顔からは、彼女が金の流れを操る錬金術師であるとは、とても思えなかった。
〇
二人がオーナーとスポンサー契約を結んでから、早くも数週間が経過した。
あの日に言われていた通り、二人の姿を描いたポスターが街の様々な場所に張られるようになり、書店にはインタビューを元に執筆された冒険記がずらりと並んでいる。すっかり有名人になってしまった二人は、気恥ずかしくも照れくさい複雑な思いで、こっそりと街中を移動していた。
しばらく王都に滞在して羽を伸ばしていたが、そろそろ次の冒険へ旅立とうという話になったからだ。前回の旅の最中に達成したクエスト報酬であるガチャチケットも使い終えたことだし、やはり自分達の願いのためには旅をする方が合っている。二人は同意の元、新たな旅路を歩み始めることにしたのだ。
路地裏を通り馬車の発着場へ向かう最中、ふと二人は歩みを止める。
壁に貼られた自分達のポスターが目に留まったのだ。この数週間で何度も目にしたポスターではあるが、しばらくは見納めだと思うと感慨のひとつも湧くというもの。ロナウドは「うんうん」と頷きながら、満足げにポスターに描かれる自分達の姿を眺めていた。
「いやあ、改めて見ると……我ながらかっこいいよなあ、これ。ビシっとポーズも決まっちゃってさ」
「もう、また調子に乗ってますね? 前に人前で『これ俺なんすよ、へへへ』なんて言っちゃって大騒ぎになったの、忘れました?」
「うぐっ……あ、あれは悪かったって」
エリメルは当時の苦労を思い出して溜め息をつく。わざわざローブで姿を隠していたというのに、街の人々が口々に二人を持て囃す噂話を聞いて、ロナウドが調子に乗って正体を明かしたのだ。
サインを求められるやら、握手してほしいやら、どさくさにまぎれてセクハラをしようとする人はいるわで、大変な騒動となったのだ。
「でも、あれだよな。すっげえ金を吸い取られたが……あの日ガチャを回したおかげでこうしていられるんだから、俺の挑戦は間違ってなかったんだよな」
「1000万Gはつぎ込み過ぎですけどね。……私もあの日、ロナウドさんと武器を交換できたのは、ガチャに挑戦したからでしたね」
ポスターに描かれた自分達が持つ物と同じ、ウルトラレア級の武器が自分の手元に確かにある。その高性能な武器が今日という日を導いてくれたのだと思うと、分の悪い賭けに挑んだ甲斐はあったのだと実感することができた。
この武器のおかげで越えられた冒険があった。助けられた人がいた。語り継がれるような名声も手に入れた。大切なパートナーも隣にいる。
数ヶ月前までは思いもしなかった現実が、自分達の幸運が掴み取ったものなのだと思うと、どこか清々しい気持ちになれた。
「……あ。今、なんとなく気付いたんだけどよ」
ロナウドが唐突に呟く。エリメルが先を促すように首を傾げると、ロナウドは頭を掻きながら自論を述べ始めた。
「さっきまでは、このポスターを張るのは新しい客をカジノに呼び込むためだと考えてたんだよ。
けど多分、それだけじゃねえんだよな。俺達がこうしてポスターを見て、『ガチャを引いて良かったな』って満足させるためってのもあると思うんだ。
そして、他のウルトラレアアイテムを当てればもっと満足できるはずって思わせて、カジノのガチャに誘い込んで冒険で稼いできた資金を……」
そこまで言って、ロナウドは自分の身体を抱き締めながら震え始めた。
「こ、こえー! ガチャってマジでこえー! どこまで金を毟り取るつもりなんだよ!」
「……ま、まあ。そういう商売なわけですし」
「それは分かってるけどよぉ……あれだろ? 冒険記の方も新しい客には『俺もこんな武器欲しい』と思わせてガチャを引かせて、俺達には『もっと活躍した冒険記を書かせたい』ってガチャを回させる算段なんだろ?
どこまでお客様を満足させる気なんだよ……何が怖いって、満足に限界がねえことなんだよ! 見極めつけなきゃどこまでも毟り取られるわ!」
「改めて聞くと、その……蟻地獄か何かみたいですね」
「そうだな……しかも引きずり込まれてるのに気付いても、宝が目の前にあるから自分から沈みに行っちまう……マジ恐ろしいわこれ」
かつて、エリメルは一度のガチャでウルトラレアアイテムを手に入れることができたが、ロナウドは1000万Gという大金を使い果たすことになったという。
節約をすれば一生を穏やかに過ごせる程の金額を注ぎ込んだというのに、現状に満足感を得てしまうという、ウルトラレアアイテムの持つ魅力はもはや魔性だ。
「それに俺、ここまで分かってもまだガチャ引きたいとか思ってるしよ……ガチャチケットで回せば無料だし、それでウルトラレア当たるかもしれないとか思っちまう……」
「実際、今回もハイパーレアまでですが、けっこう当たりましたものね」
「そうなんだよなあ、当たるんだよなあ。それが楽しいんだよなあ……!」
ロナウドの言葉に、エリメルも否定はできない。ガチャがカジノ側にとって集金装置であることは理解できても、回して当たれば楽しくて、得をする。それがエリメル自身、また遊んでみたいと思っているのだから。
とはいえ、有り金全てを投じるような真似は決してするまい、と彼女は思う。
自分の一番欲しい幸運は……愛しく想える人の隣で過ごす日々は、もう手に入っているのだから。欲を言うのであれば、この想いを受け入れてもらえたら最高に幸せだろう。
けれど想いを打ち明けるのは、もうしばらく取っておこうとエリメルは考えている。いつか、自分がロナウドの傍に並び立つに相応しい……Aランク冒険者に辿り着く、その時まで。
「まあ、そのですね。楽しめる範囲で無理はしない金額で……また今度、遊びにきましょう」
「……そうだな。うっし、気を取り直して、新しい冒険と行くか!」
「はい、どこまでもついていきます!」
二人は笑顔を向け合いながら、どちらともなく手を取り合って馬車の発着場を目指して駆け出した。
新しい冒険が待つ、まだ見ぬ未来に向かって。
今日もガチャは回り続ける。
金と運が巡り回る、数多の願望が渦巻く世界の中で。
それでも尚、己の願いを叶えようと励む者達の物語と共に、世界とガチャは回り続けている。
――新しい街にも既に自分達のポスターが張られて、書店には冒険記の続編が並べられていることを、二人はまだ知らない。




