28「頑張らないなんて」
「え、ええと……皆様、冒険者登録をご希望ということでよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
冒険者ギルドに、新しく冒険者として登録する者が現れる。
それ自体は何もおかしくない、冒険者ギルドの日常のひとつだが、その集団は異様に目立っていた。
全員が白と黒を基調とした色合いの防具に身を包んでおり、駆け出し冒険者にしては各種装備品が充実している。傍目には、高ランク冒険者に見える程に。
そのような者達が、何十人と集って行動を共にしていれば、目立たないはずがなかった。
ギルドを訪れていた他の冒険者達も、件の集団が気になる様子で遠巻きに眺めたり、近くの者とひそひそと話したりしていた。
「あいつら、何なんだ? 新人にしては随分ご立派なもんつけてやがるしよ」
「初めて見る顔だが……なんかどっかで見たことある気がするんだよなぁ」
「別の国で活動していた冒険者、というわけでもなさそうですね」
周囲の騒ぎや不躾な視線にも動じず、その集団は冒険者登録の手続きを済ませていく。その微動だにせず礼儀正しい姿勢を保ち続ける様は、冒険者の集団というよりまるで騎士団のような、一種の軍隊にも見えた。
「ああ、そうか分かった。あいつらの防具の色、カジノの制服に似てるんだ」
一人の冒険者がそう言うと、周囲の冒険者達も「そういえば……」「確かに」と相槌を打つ。白と黒で彩られた防具は鎧から装飾品まで、カジノのディーラーを連想させるような配色で統一されていた。
「当カジノが送り出す冒険者クラン『ラッキーセブン』です。
皆様、どうぞよろしくお願いします」
「どぅわ!?」
突然現れた少女の言葉に、偶然その傍にいた冒険者の男が慌てふためく。
その少女は、ただの子供ではない。王都に様々な影響を与えているカジノのオーナーであり、数多の魔道具を生み出す錬金術師として名を馳せる存在だ。
「ぼ、冒険者クラン……? それはいったい……」
「簡潔に申しますなら、複数の冒険者パーティで集まった集団ですね。
今後も準備が整い次第、人材を追加していく予定です」
「まだ増えるってのかよ!?」
「何かと用意に時間が掛かりますので、先の話ではありますが」
オーナーの少女が話している間にも、冒険者クラン『ラッキーセブン』の面々は手続きを進めていく。誰一人として書類の代筆を必要としておらず、各自滞りなく記入と面談を済ませていき、やがて全員分の登録が完了した。
「オーナー。全員の手続きが完了しました」
「お疲れ様です。各自、クエストはランクに見合ったものを受注して、安全第一で臨んでください。無理は禁物ですよ」
「畏まりました。お気遣いありがとうございます」
リーダー格の男性はオーナーにそう応えると、『ラッキーセブン』のメンバーを連れて、依頼の張り出された掲示板に向かう。
クランのメンバーは大人数ではあるが、決して他の冒険者を押し退けるようなことはせず、順番の待ち時間を活かして今後の方針を相談し合っていた。
「平原の依頼は少ないわね。森か湖の依頼がいくつか残ってる」
「森は視界が遮られる。実戦に慣れるまでは湖方面の依頼が良いのでは」
「水棲類の魔物はCランクが多い。湖方面かつ低ランクの依頼を探すとしよう」
落ち着いた様子で相談を進めるクランメンバー達は、今日が活動初日の新人とはとても思えない。彼らの順番が来る頃には意見がまとまったのか、代表者らしき数名が迷う様子もなく掲示板から依頼書を手に取る。
どうやらクランメンバーをいくつかのパーティに分けて活動するらしく、それぞれのパーティのリーダーらしき人物達が、選んだ依頼の内容を仲間達と改めて確認しながら受付へと向かっていった。
「冒険者クラン、ねえ……またなんか始めたみたいだが、どうなることやら」
「やたらと金かかってそうだけど、儲け出るのか?」
「……俺らもやるか? 冒険者クラン」
「まともにパーティ組むだけでも大変なのに、さらに大人数とか無理じゃね?」
クランという集団に対する冒険者達の様々な意見が、ざわめきを起こす。
周囲の冒険者達があれこれと話し合う間にも、冒険者クラン『ラッキーセブン』の面々は手続きを終えて、ギルドの外へと出て行った。
「……って、俺もさっさと依頼受けねえと。今夜の飯が食えなくなっちまう」
「あんた、そんなに金欠なの?」
「昨日カジノでボロ負けでな……と、とにかく仕事だ、仕事」
一人の冒険者の言葉をきっかけに、それぞれが依頼を探し始める。
多くの冒険者にとって今日を明日へ繋ぐために日銭を稼ぐことが重要で、他人が何か変わったことを始めたとしても、いつまでも気にしている暇はなかった。
〇
「ようやく、お披露目できましたね」
冒険者クラン『ラッキーセブン』の面々を送り出したカジノオーナーの少女は、カジノの執務室に戻ってきていた。手元にある冒険者クラン計画の『表向きの』概要を記した書類に目を通すが、そこに書かれている事柄は建前に過ぎない。
少女の目的は、自分の管理するカジノに見せかけたダンジョン内部に高レベル冒険者を住まわせて、ダンジョンマスターとして糧を得ることだ。
彼女の正体はダンジョンマスターという、人間とは似て非なる者。人々の感情や生命力からエネルギーを得て、迷宮の奥底に眠るダンジョンコアに溜め込むことで生きる存在。
その特性上、滞在する人物が生命力に溢れる強くて逞しい人間であればあるほど、得られる糧は増大する。
つまり高レベルの冒険者が長時間滞在すればするほどに、ダンジョンマスターとしての彼女はおいしい思いができるということだ。
以前から冒険者を中心に、多くの人間がカジノに擬装したダンジョン内に訪れるよう様々な策で集客を続けてきたオーナーだったが、それとは別に進めていたのが『自分で冒険者を育てる』という計画だった。
買い集めた奴隷達の中から才能や意欲のある者を選んで、冒険者になるための訓練を行う。その訓練課程で消費された生命力もダンジョン内に糧として吸収されていくため、育成費用など有って無いようなものだ。
もちろん、そういった裏事情は明かせないため、『錬金術に必要な素材の安定した確保のため』だとか『冒険者の仕事現場の情報を得るため』だとか、それらしき表向きの理由を冒険者ギルドに示す必要がある。
冒険者ギルド側への根回し自体は以前から行っていたが、クラン側の準備が整ったのはつい先日のこと。一から人材を育てるというのは、中々に時間のかかる取り組みだった。
資金、手間、時間……様々なコストを費やしただけの甲斐はあり、冒険者クランのメンバーはいずれも十分に育った。現場での経験を経て、ダンジョンへ還元されるエネルギーの供給源として成熟する日も遠くないだろう。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん……もう少しだよ」
家族を救うために必要な『運命神の天杖』を手に入れるためには、莫大なエネルギーをダンジョンから捧げる必要がある。そのために少女は、ダンジョンマスターとしてこの世界に送り込まれてからの数年間、カジノに擬装したダンジョンを運用して様々な手段でエネルギーを集めてきた。
目標のエネルギー量まで、ようやく、半分。
少女にだけ見える、空中に投影された文字と数値の羅列は、願いの成就は未だ遠く、けれど確かに近づいていることを示していた。
――ようやく、半分。
彼女は今日に至るまでの数年間、自分がダンジョンマスターという人類の敵であることが露見しないように細心の注意を払い、数多の手段で糧を搔き集めてきた。
そうして得た糧の総量が、『運命神の天杖』に届くまで、ようやく半分。
「ふふっ……くふふ」
少女の口から、歓喜の声が零れ落ちる。
まだ半分。だけど、ようやく辿り着いた半分。
家族が幸せに生きていてほしい――ただその願いのために、足掻いてきた。
悲願の成就は未だ遠い。だが、少女にとってそれは諦める理由にならない。
神に祈ることしかできなかった過去のことを思えば、家族を救う為に何かができるというだけで、苦痛も困難も後悔も罪悪感も何もかもを跳ね除けられる。
家族を死の運命から救う。その願いを叶えるためだけに、怪物として生きているのだから。
「それだけが、私の……」
少女の小さな呟きは、コンコンと響くノックの音に遮られて、途切れた。
彼女はいつものように微笑みを浮かべて、訪問者に「どうぞ」と入室を促す。
「失礼します。ご報告したいことが――どうか、されましたか?」
入室してきたメイド服に身を包んだ女性、マリー。
彼女は報告を告げる途中、主人である少女の顔を見て、顔色を変えた。
「どうしました? 私の顔に、何かついてます?」
「いえ、その。いつもと様子が違いましたので」
少女の問いかけに、言葉を選ぶように答えるマリー。
「ああ、それなら……良いことがあったので、顔に出ていたのかもしれません」
「……良いこと、ですか」
少女の答えに納得はしていない様子だが、マリーはその疑念を飲み込むようにしばし間を置いて、改めて話し始めた。
「申し訳ございません。それでは、ご報告させていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
マリーの報告を聞きながら、いつものように微笑みを浮かべて明るく振る舞う。
――大丈夫。
彼女は、自分に言い聞かせる。
神に祈るしかできなかった過去の自分とは、違う。
だから頑張れる。大丈夫。まだ、頑張れる。
(頑張らないなんて、私が許さない)
少女はいつものように微笑みながら――今にも泣きそうな目をしていた。
〇
ぱたん、と。背後で扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
カジノオーナーであり、自らの主人である少女に報告を終えて退室したマリーは、次の仕事のため廊下を歩く。
しかしその胸中には、先程の少女が見せた表情が強く焼き付いていた。
(……あの方は、何かを抱えていらっしゃる)
メイドとして長らく傍で働いてきたマリーだが、主人である少女のあのような顔は見た事がない。いつも微笑んで――それが作り笑いの類であることは理解しているが――いつも微笑んでいる顔ばかりで、たまに表情を変えることはあっても、あのような苦悩が垣間見えることは、これまで一度もなかった。
(けれど、何を悩まれているのか……それが、分からない)
いつも微笑を浮かべながら、心の中では苦しみに耐えられていたのだろうか。
そう思うと、自分まで心を締め付けられるようで、マリーは気を紛らわせるように、歩を速める。
(今の私にできるのは……与えられた仕事を行うことだけ)
任された仕事を達成することで、少しでも主人の負担を減らす。
マリーにはそのくらいしか、自分にできることが思いつかなかった。
だからこそ、唯一できることに、全力で取り組む。
それが、奴隷の身分から救ってくださった主人へのせめてもの恩返しになることを、願いながら。




