27「カードバトラーアデル」
カードバトル編は今回だけです(多分)。
作中のカードゲームのルールは色々なカードゲームを参考にさせていただいています。
長らく執筆活動ができていなかったので、文章や設定等におかしな部分がありましたらご指摘いただけると助かります。
トレーディングカードゲーム『スピリット&ヒーローズ』。
王都でカジノを経営する、とある錬金術士が考案したその遊戯は、多くの人々を魅了して止まない。
伝説に語られる勇者や精霊の姿が描かれたカードを使って勝敗を競うのだが、子供にも理解しやすい単純なルールでありながら、様々なカードの能力を組み合わせることで生まれる戦略性が奥深く、大人も夢中になれると評判である。
王都の住人である少女・アデルも、友達といっしょにその遊戯に熱中していた。
「ぼくのターン、ドロー! ……よし、いける!
5マナを支払い、コマンドカード『勇気の証』を発動!
このカードは使用者のライフポイントが対戦相手より低い時にだけ発動できる――このカードの効果で、ぼくのフィールドの『小さな森の民コロポックル』の攻撃力をこのターンだけ+5するよ!」
「げ、ここでそのカード引いてくるのかよ!」
先程まで追い込まれていたアデルだったが、山札の一番上から引いた(ドロー)カード『勇気の証』の効果で、劣勢を覆したことを確信して笑みを浮かべる。
対戦相手である少年は、掴みかけていた勝利が掌から零れ落ちたことを察して、頭を抱えた。
「『小さな森の民コロポックル』で『雪原の精霊ジャックフロスト』に攻撃!」
「ま、まだだ! コマンドカード『ボディーガード』を発動!
手札のユニットカードを一枚捨てることで、相手の攻撃を無効にする!」
「そうはさせないよ! コマンドカード『森の民の加護』を発動!
名前に『森』を含むカードに対して使用された対戦相手のカードの効果を一度だけ無効にする! この効果で『小さな森の民コロポックル』に対する『ボディーガード』の効果が無効となるよ!」
「くっ……ま、負けたー!」
最後の攻防を終えて、少年は観念して敗北を認めた。
『小さな森の民コロポックル』本来の戦闘力では『雪原の精霊ジャックフロスト』相手に勝ち目はなかった。だが今回のように、コマンドカードというカードでプレイヤーが助けることで、強敵相手にも勝利することができる。
自分の好きなカードを活躍させて勝利する瞬間は、最高の気分だ。
だからカードバトルを遊ぶプレイヤー達は、自分の山札がより強くなるためにどのようなカードを組み合わせるべきか、日夜悩んで悩んで悩み抜いて、世界にひとつだけの自分のデッキを作り上げることに夢中だった。
「うーん、明日のイベントに向けてもうちょい調整しないとな……」
「楽しみだよね、明日のイベント!」
「ああ! アデルも来るよな? 明日はもっと強くなった俺を見せてやるぜ!」
明日は『スピリット&ヒーローズ』を開発、販売しているカジノオーナーが、カードゲーム専門店『カードセンター』のオープニングイベントを行うと以前から宣伝されていた日だ。
今回のイベントで初のお披露目となる特別な仕掛けも用意されているらしく、イベントの告知が行われた日からアデルも、彼女の友人達も、そして王都中のカードバトラー達が、期待に胸を膨らませていた。
「もう一回対戦したいけど、もう帰る時間だな……」
「そうだね、続きは明日!」
「おう! また明日な!」
友達の少年・ロイに別れを告げて、アデルは家路につく。
先程の対戦を思い返して、明日に向けてどのような調整をしようかと考えながら、アデルは夕暮れに染まる王都を駆けて行った。
〇
『行くぜ! これが俺の……最後の切り札だ!』
自宅で母の手作りの夕飯を食べ終えたアデルは、テレビに映るアニメ『カードバトラーカケル』に熱中していた。
カードゲーム『スピリット&ヒーローズ』を題材としているその番組では、実際に販売されているカードが多数登場して、物語の中で主人公やライバル達が白熱したバトルを繰り広げている。
アニメ、という『絵が動く』不思議な光景。魅力的な登場人物達。笑いあり涙ありの感動的な物語。それはアデルのような子供達だけでなく、大人も楽しめる娯楽として大人気となっていた。
『ば、馬鹿な!? この俺様の最強デッキが、こんなガキに……!』
『いくぜ相棒! ファイナルアタックだ!』
主人公のカケルと共に戦う竜騎士が、決着の一撃を放とうと飛翔する。
飛竜に跨り空を駆ける騎士が勇ましく呪文を唱えると、彼らを紅蓮の魔力光が包み込んだ。闇夜を裂く極光を纏いし竜騎士達は、まるで魔槍の如き姿となり、敵の従える黒騎士が待つ大地へと突撃する。
抗おうと魔力の障壁を紡ぎ出す黒騎士であったが、人竜一体となった竜騎士達の力は凄まじく、紅蓮の光槍と化した竜騎士達は障壁を打ち破り、宿敵である黒騎士を貫いた。
召喚したユニット同士で行われた戦闘の際、攻撃力で負けた側のユニットの召喚者であるプレイヤーは、攻撃力の差分のダメージを受けるというルールがある。
竜騎士が与えたダメージは、勝敗を決するに足る数値であった。
『見たか! これが俺の……俺とカード達が繋いできた、絆の力だ!』
主人公の台詞が響き、美麗な音楽を伴って、エンディングが始まる。
どうやら今回の話は、これで終わりのようだった。
「――ッ!!」
手に汗を握って戦いの行方を見守っていたアデルは、感動に包まれながら余韻に浸っていた。
彼女はふと、腰につけたケースから自分のデッキを取り出して、中身を改めた。
こつこつとお小遣いを貯めて買い集め、その中から自分で考えてカードを選び、作り上げてきた世界にひとつだけの相棒。
「ぼくも、あんなバトルができるかな……?」
現実とアニメが違うことは、アデルにも分かっている。
だけど、アニメの世界でかっこよく戦う主人公のようになりたい、と思う彼女の気持ちは、まぎれもなく現実だった。
「アデル、明日は朝から出掛けるんでしょ? 早く歯を磨いて寝なさい」
「あ、はーい。おやすみなさい」
母から声をかけられ、アデルはテレビの電源を消してソファから立ち上がった。
せっかくのイベントに遅刻なんてしたら大変だ、と慌てながら、アデルは急いで就寝の準備を始める。
しかし、明日が楽しみで心がわくわくして、中々眠れそうになかった。
〇
翌日の朝。カジノの隣の敷地に建造された『カードセンター』という建物に到着したアデルを、ロイが出迎えた。
「よう、アデル!」
「おはよう、ロイ。先に来てたんだね」
「ああ! 俺が一番乗り……とは行かなかったけどな」
時間に余裕を持って到着したつもりのアデルだが、既に大勢の人が集まっているのを見て、自分はどうやら遅い方だったらしいと察した。
子供だけでなく大人も集まっていて、『カードセンター』が開店するのを心待ちにしている様子だ。
「すごいね、この人達みんな参加者なのかな……」
「みたいだぜ。すっげえ盛り上がってるよな!」
オープニングイベントに集まった参加者達は、それぞれ思い思いに話し合っていた。今日のイベントでお披露目となる仕掛けとやらの噂や、イベント限定で販売されるという特別なカードパックのことなど、様々な話題が飛び交っている。
「――皆様、お待たせいたしました! まもなく開店いたします!」
一際大きな声が響く。アデル達が声のする方を見れば、カジノを経営するオーナーである少女が『カードセンター』の入り口で、人々に呼びかけていた。
「これから店内への入場案内と、イベント特典の配布を行います!
特典の受け取り忘れのないように、走らずゆっくりと入場してください!」
オーナーの宣言と同時に、従業員達による誘導が始まった。
我先に駆け込もうとする者はそれとなく制されて、徐々に人混みは吸い込まれるように『カードセンター』の店内へと導かれていく。
「アデル、俺達も行こうぜ!」
「う、うん!」
アデルは友達の少年ロイと共に、人混みの流れに沿って『カードセンター』の入り口へ向かう。時に人とぶつかりながらも、やがて入場口近くに辿り着いたアデル達は、従業員から綺麗な小箱を手渡された。
「こちらがイベント特典となっております。どうぞお受け取りください」
「ありがとうございます!」
従業員に礼を述べて、小箱を受け取ったアデル達は入口の大きな扉を潜った。
店内は広く開けており、多数用意された机と椅子で寛ぐ人々や、販売コーナーで品定めをする集団などに分かれたこともあり、入場口付近の混雑具合とは違い人混みに飲まれることなく過ごせそうだ。
「なあアデル、まずはこの箱開けてみようぜ!」
「あ、うん。そうだね」
ロイに促され、アデルは先程受け取った小箱の蓋に手を掛ける。
綺麗な装飾が施された小箱を開くと、中にはクッションに包まれた半透明のブレスレットと、見慣れない外装のカードパックが入っていた。
「イベント特製カードパックだってよ! タダでもらえるなんてすげえな!」
「カードパックも嬉しいけど、このブレスレットってもしかして……」
カードパックに夢中なロイを余所に、アデルはブレスレットに既視感を感じて、鞄から『カードバトラー大辞典』という題名の本を取り出す。
何度もめくられた跡の残る本のページから目的の項目を見つけたアデルは、そこに描かれたイラストを指さしながらロイに声を掛けた。
「このブレスレットって、この『バトルリング』にそっくりだよね」
「ん? ……おお、マジだ! 飾りとか刻印とか、めちゃくちゃ再現されてる!」
バトルリングは、アニメ『カードバトラーカケル』に登場するアイテムだ。
装着することで、カードに宿る魔力と共鳴して、カードバトラーとして戦うことができるようになる不思議な魔道具だ。それはあくまでアニメの中だけの、作り話のはずなのに、アデルは「もしかして、もしかするかも……!」とわくわくしていた。
いくつもの不思議な魔道具を作り出す錬金術師としても有名なカジノオーナーなら、何かとんでもないことをしてくれるのでは――そんな期待に応えるかのように、カジノオーナーの少女の声が会場に響き渡った。
「皆様、長らくお待たせいたしました!
これより、当店の『特別な仕掛け』の先行体験参加抽選会を始めます!」
カジノオーナーの宣言に、会場が沸き立つ。
会場中の注目を浴びながら、いつものように微笑みを浮かべて、カジノオーナーの少女は言葉を続けた。
「入場時にお配りした腕輪――バトルリングを装着してください!
装着された方の中から抽選で『特別な仕掛け』を先行体験していただきます!」
オーナーの少女に促されるままに、イベント参加者達は急いで『バトルリング』を装着していく。ロイとアデルも、小箱から取り出したリングを腕にはめた。
そうしてしばらく待つと、アデルの腕にはめたバトルリングが光を纏い、輝き始める。
「バトルリングが輝いている方が当選者です、おめでとうございます!
係員が案内いたしますので、もうしばらくお待ちください!」
「やったなアデル! おめでとう!」
アデルの当選を自分のことのように喜び、祝福するロイ。
「ありがとう! けど結局、特別な仕掛けって何なんだろう?」
「それについては、実際に体験していただきながらご説明させていただきます」
アデルの疑問に答えるように、制服に身を包んだ女性が話しかけた。
女性は「こちらへどうぞ」とアデルに移動を促し、先導するように歩き始める。
「当選されなかった方も見学できますので、観覧席へどうぞ!」
「アデル、観覧席から応援してるからな! 何するか分からねえけど頑張れ!」
別の係員に観覧席の方へと案内されていくロイと別れて、アデルは先導する女性についていくことにした。
案内されるまましばらく歩くと、店内の開けたスペースに辿り着く。床には魔法陣のように淡く光る線で長方形が描かれている。
「あちらのプレイヤースペースで、デッキを用意してお待ちください」
「デッキを用意……ってことは、これってやっぱり……!」
バトルリングを見た時の予感が、半ば確信に変わる。
魔法陣のように仕切られた目の前の空間は、アニメ『カードバトラーカケル』に出てくるバトルフィールドを再現しているかのように、そっくりだった。
夢みたいだけど――この予感はきっと、夢で終わらない。
「これより、『特別な仕掛け』を使用した公開試合を開始します!
対戦者は互いにデッキを用意してください!」
アナウンスに従い、アデルはケースからデッキを取り出す。
すると、アデルの足元が輝き、手にしたデッキがふわりと宙に浮かんだ。
次いで、彼女の目前にいくつもの枠線が引かれた光の板が現れる。宙に浮かんだデッキは吸い寄せられるように、アデルの右手側にある枠線内に配置された。
アデルは、目の前に浮かぶ光の板には見覚えがなかった。だが、そこに刻まれた枠線の配置は何度も見たことがある。枠線の位置は確かに、『スピリット&ヒーローズ』の公式ルールで使われるものと一致していた。
「互いのデッキがセットされました! これより、バトルを開始します!
まずは両プレイヤーのデッキをシャッフル!」
実況者の宣言に応えるように、デッキのカードがひとりでに混ぜ合わされている。どうやら魔法の力で自動的にシャッフルされるようになっているらしい。
「そして、シャッフルされたデッキから最初の手札としてカードが配られます!
先攻プレイヤーは5枚、後攻プレイヤーは6枚のカードでゲームスタートです!
先攻、後攻の決定はシステムによって自動で抽選されます!
その他ゲームに必要な情報の通知は目の前に映し出される投影モニターでご確認ください!」
しっかりと混ぜられたデッキの上から5枚のカードが宙に浮かび、アデルの元へと飛んでくる。
対戦相手の手元には6枚のカードが配られた。先に準備できる先攻の方が有利のため、最初の手札の枚数でバランスを調整するためのルールとして設定されている。
アデルがカードを受け取り、内容を確認していると、アナウンスにあったように彼女の目の前に光のパネルが現れた。そこには『あなたが先攻です』と書かれていて、他にもゲームに必要な情報が全て表示されていた。
「へっ、誰が相手かと思ったらガキじゃねえか! こりゃあ勝ちはもらったな!」
突然、対面に立つ対戦相手の男が威圧的な言葉をぶつけてくる。
大人の男性の威圧感に少しだじろぐアデル。だが少女は、負けるものかと気合を入れて、毅然と前を向いた。
「勝負はやってみなければ分かりません!」
「はんっ、威勢はいっちょまえだな! 負けたあとで泣くんじゃねえぞ!」
アデルの目の前に、『あなたが先攻です』という文字が浮かび上がる。
投影モニターという物がどのような仕組みで動いているのか不明だが、自分がこのゲームの先行プレイヤーだというのなら、アデルのすることは決まっている。
「ぼくのターン、ドロー!」
デッキの一番上のカードを一枚引いて、手札に加える。
各プレイヤーは自分の手番の最初に、デッキからカードをドローするのがルールだ。
これでアデルの手札は合わせて6枚。
先行プレイヤーは最初のターンだけ攻撃できないというルールがあるため、まずは相手のターンの攻撃に備えて防御を固めるのが基本的な戦術となる。
とはいえ、最初から一気に強力なカードを使って鉄壁の守りを築く、ということはできない。切り札になるような強いユニットカードを召喚するためには、ルールで定められた条件を満たす必要があるからだ。
「ドローフェイズ終了、マナチャージ!」
各プレイヤーはターンの初めにカードをドローした後、マナという魔法のエネルギーが込められた魔石――という設定のマナストーンを3つ受け取る。
カードを使うためには、このマナストーンが代償として必要になる。
強力なカードはより多くのマナストーンを必要とするため、強力なカードを乱用しているとマナストーンが足りなくなり、何もできなくなってしまう。
マナストーンをどのように扱うか、というのがこのゲームで勝つために重要になってくる要素のひとつだ。
「ぼくはマナストーンを1つ支払い、ユニットカード『小さな森の民コロポックル』を守備表示で召喚!」
アデルが手札から一枚のカードを、ユニットカードエリアという枠線内にセットする――その瞬間、枠線が光り輝いたかと思うと、アデルの目の前に淡い光が集い、やがてそれはカード『小さな森の民コロポックル』に描かれたものとそっくりな、1枚の葉を傘のように携えた小さな少女の姿が、空中から現れた。
「こ、これって……!」
「当店の特別な仕掛け――バトルフィールド内において、バトルリングを装着したプレイヤーがカードを使うと、ご覧のように立体映像として再現されます!
もちろん、映像ですので攻撃を受けてもプレイヤーが怪我を負うようなことはありませんが、その迫力はバトルを盛り上げてくれること間違いなしです!」
実況の解説で、アデルは確信する。今回用意された特別な仕掛けとは、アニメに登場するバトルフィールドを現実に再現したものなのだと。
大好きなアニメの世界を体験できることに歓喜しながら、アデルは手札を2枚、裏向きのまま場に出した。
各プレイヤーは自分のターン中に、コマンドカードと呼ばれる種類のカードを裏側で場に伏せることで、相手のターンに伏せておいたコマンドカードを発動することができる。効果は相手を妨害したり、味方のカードを助けたりと、様々だ。
「カードを2枚セットして、ターンエンドです!」
「やっと俺の番かよ、ドロー! マナチャージ!」
アデルがターンエンドを宣言すると、対戦相手の男は焦れた様子で、カードをドローする。
ドローカードを確認した男は、にやりと不気味な笑みを浮かべて、手札から抜き放ったカードを叩きつけるように盤面に出した。
「俺は1マナを支払い、『命知らずのゴブリン』を召喚!」
男の傍に、醜悪な姿の小鬼が呼び出される。
それが立体映像――要するに幻だと分かっていても、威嚇してくる『命知らずのゴブリン』には偽物とは思えない迫力があった。
「てめえのザコカードに『命知らずのゴブリン』で攻撃だ!
こいつの攻撃力は3! さらに守備表示の相手を攻撃して破壊した場合、守備力を越えた分だけの攻撃力分、相手プレイヤーのライフポイントにダメージを与える!」
相手の『命知らずのゴブリン』が、アデルを庇うように立つ『小さな森の民・コロポックル』に狙いを定めて突撃してくる。
『小さな森の民コロポックル』の守備力は1。このままやられれば、味方を失った上にライフポイントを失ってしまう。
各プレイヤーに与えられるライフポイントは10。
ここで早々にダメージを受けていたら不利になる――だから、アデルは場に伏せていたカードをめくり、身を守るために宣言した。
「ぼくは1マナストーンを支払い、『森の民の隠れ家』を発動! このターン、『森』と名のつくユニットカード一枚は戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも無効になります!」
「ちっ、めんどくせえことを……『命知らずのゴブリン』の効果で、こいつは戦闘後に退場になる」
強力なユニットカードは、召喚する条件が難しかったり、簡単に召喚できる代わりに不利になるデメリット効果が付与されていることが多い。
『命知らずのゴブリン』の場合は、強力な攻撃力と守備を貫通する能力がある代わりに、一度の戦闘で退場――捨て札置き場に送られるのがデメリットのようだ。
(これで相手のフィールドはがら空きだ。けど、相手もこうなることは予測しているはず……何か罠を仕掛けてくるかな)
1ターンに召喚できるユニットは通常、1枚となっている。条件を満たすことで回数制限を無視して召喚する特殊な召喚方法もあるが、どう仕掛けてくるか――。
「へっ、ターンエンドだ!」
――そう警戒していたのに、対戦相手があっさりとターンエンドを宣言したことにアデルは驚いた。
相手のフィールドにはコマンドカードも伏せられていない。
これでは、攻撃してくださいと言っているようなものだ。
「おら、どうした! てめえのターンだぜ、早くしろよ」
「……っ、ぼくのターン、ドロー! マナチャージ!」
相手に急かされたアデルは、とにかくやれることをやろう、とデッキからカードをドローした。
これで手札は4枚。マナストーンは4つ。
何か罠が待ち受けているとしか思えなくても、攻めなければ勝てない。
なら怖くても踏み込まなきゃ、と決意したアデルは、悩んだ末に手札からカードを選び取った。
「フィールドの『小さな森の民コロポックル』でバトンタッチを宣言します!」
アデルは先程、自分を守ってくれたユニットカード『小さな森の民コロポックル』を捨て札置き場に移す。
『バトンタッチ』はユニットカードを召喚する際に使える方法のひとつで、自分のフィールドのカードを墓地に送る代わりに、そのユニットカードのマナコストの分だけ、新たに召喚するユニットカードのマナコストを減らすことができる。
強力なユニットカードを少ないマナで呼び出すことが可能となる他、特定のカードとバトンタッチすることが召喚条件となるカードも存在している。
「ぼくは手札から『俊敏な森の民ケット・シー』を召喚!」
アデルがユニットカードエリアに『俊敏な森の民ケット・シー』をセットすると、深紅のマントに身を包み、人間のように二足で立つ猫が現れた。
本来ならマナストーンを3つ支払う必要があるユニットカードだが、『小さな森の民コロポックル』とバトンタッチしたことで、2マナの支払いで召喚することができた。
目の前では立体映像の『小さな森の民コロポックル』が、『俊敏な森の戦士ケット・シー』へ後を託すかのようにハイタッチを行っていた。
「『小さな森の民コロポックル』の効果発動! このカードがフィールドから捨て札置き場に送られた場合、カードを一枚ドロー!
さらに、このカードが森と名のつくカードとのバトンタッチで捨て札置き場に送られた場合、マナストーンを1つ得ることができます!」
『小さな森の民コロポックル』は1マナで呼び出せる他のカードと比べても、戦闘に関わる能力は低い。攻撃力、守備力が共に1のカードだ。
けどその代わり、条件を満たせばプレイヤーの助けになってくれる能力を持っている。小さくても頼れる存在だ。
立体映像の『小さな森の民コロポックル』が、マナストーンと一枚のカードを持ってアデルの元にやってくる。正確にはそう見えるだけで、マナストーンとカードは魔法の力で運ばれてきているのだろうが、あまりにも動作が自然すぎて立体映像ということを忘れてしまいそうになる。
「『俊敏な森の民ケット・シー』で攻撃! プレイヤーに直接攻撃です!」
相手のフィールドにユニットカードが存在しない時は、プレイヤーに直接攻撃を行える。攻撃力の高いユニットカードなら、一撃でライフポイントを0にすることも可能だ。
『俊敏な森の民ケット・シー』の攻撃力は3。同じマナコストで呼び出せるカードと比べると攻撃力は低いが、このカードは同じターンに2回攻撃を行うことができる。
プレイヤーへの直接攻撃が全て当たれば6ダメージを与えることができるし、『攻撃を1回無効にする』といったカードが使われても、2回目の攻撃でダメージを与えられる。
アデルの手札の中で、この状況で攻勢に出るためにうってつけの効果を持ったカードが『俊敏な森の民ケット・シー』だった。
「まずは一回目の攻撃!」
「はっ! そんな弱い攻撃、ライフで受けてやるぜ!」
『俊敏な森の民ケット・シー』は鞘からレイピアを抜くと、その二つ名に恥じぬ早業で突撃する。攻撃が決まり、相手プレイヤーのライフが3つ削られた。それに伴い、3つのマナストーンが相手の手元に送られる。
対戦相手の攻撃でライフポイントが減少すると、そのダメージの分だけマナストーンが補充される。このルールによって、大量のダメージを受けた後でも逆転が可能なため、ライフポイントを0にするまで油断はできない。
攻め込めばその分、手痛い反撃を受ける可能性はあるが、攻撃のチャンスを見逃せば勝利は遠のくばかりだ。
(反撃がきても、伏せているコマンドカードで一度は耐えられるから大丈夫――)
アデルが自分の優勢を確かめていた、その時。
「この瞬間! 俺は5マナを支払い、ユニットカードを召喚する!」
対戦相手の男はカードを掲げて、そう叫んだ。
「っ――相手のターンに召喚を!?」
「こいつは直接攻撃を受けた時だけ召喚できる、特別なカードなんだよ!
蹴散らせ、『闇の精霊シェイド』!!」
男が荒々しく盤面に叩きつけたカードから、漆黒のローブを纏う青年が姿を現す。
青年は月色の双眸でアデルを静かに見据える。その手には、白銀の輝きを放つ長剣が握られていた。
「さあどうした、何かできるものならやってみな!
最も、こいつの攻撃力は5! さらに効果で、召喚条件となる直接攻撃のダメージの分だけ加算されるから+3されて攻撃力8!
てめえの弱いカードじゃどうにもならねえだろうけどな!」
「……、カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
馬鹿にされて悔しくても、確かに今は何もできない。
アデルは怒り返したい気持ちを堪えて、守りを固めるためのカードを場に伏せて、ターンエンドを宣言した。
「俺のターン、ドロー! マナチャージ!
3マナを支払い、コマンドカード『闇夜の暴風』を発動!
お互いのプレイヤーが場に伏せたコマンドカードを全て破壊する!
つっても、カードを伏せてるのはてめえだけだがなあ!」
「そ、そんなっ……!」
アデルが伏せていたカードは全て、相手の攻撃を防ぐためのカードだけだった。
相手のコマンドカードを無効化するカードは、これまで手札に引けていない。
だから強力なコマンドカードで自分の守りが崩されることは覚悟していたが、たった一枚のカードで反撃の手段を全て奪われるのは、痛恨の一手だった。
「おら、行くぜ! 『闇の精霊シェイド』で攻撃だ!」
「くっ……!」
ローブを靡かせて、『闇の精霊シェイド』が間合いを一息で詰める。
『俊敏な森の民ケット・シー』が主を守ろうと飛び掛かるが、『闇の精霊シェイド』は放たれた刺突をたやすくいなすと、返す刃でが『俊敏な森の民ケット・シー』を一刀の元に切り捨てた。
光の粒になって、『俊敏な森の民ケット・シー』が消えていくのと同時、アデルのライフポイントが削られた分、マナストーンが手元に送られてきた。
『俊敏な森の民ケット・シー』の攻撃力3に対して、『闇の精霊シェイド』の現在の攻撃力は8。その差である5ポイントのダメージが与えられたことで、アデルに残されたライフポイントは既に初期値の半分。残り5ポイント。
次のターンでどうにか形勢を変えなければ、もう勝ち目はない。
「はっ、相手になんねえぜ! こっちは賭けバトルで稼いでるカルロス様だぜ?
てめえなんか最初から勝ち目はなかったんだよ!」
「うっ、うう……!」
「つうか、弱いカードばっか搔き集めた紙束デッキでよく出てこれたよなあ!
その勇気だけは認めてやるぜ! ひゃっははは!」
思わず零れそうになる涙を、ぐっと堪える。
悔しくて、悔しくてたまらなかった。
一生懸命に作ったデッキで、勝利を目指して戦うことを、こんなに馬鹿にされて――悔しくない、わけがない。
それでも、自分が負けているというのはどうしようもない現実だった。
相手のカードは凄くレアで、強いカードばかり。盤面も窮地に追い込まれて、勝ちへの道筋がまるで思い浮かばない。
(このまま、諦めたくない……諦めたくないけど……!)
アデルは、どうしても勝ちたかった。
大好きなカード達を馬鹿にされて、好き勝手に言われたままで、終わりたくなんてなかった。
だけど、手札にあるカードでは相手の『闇の精霊シェイド』を打ち倒すには、戦力が足りていない。
一生懸命、自分で考えて作り上げてきたデッキ。その相棒を、活躍させてあげられない自分が、とても情けなく思えて……涙が滲むのを、抑えられない。
彼女の瞳から、涙が零れ落ちそうになった――その時。
「――がんばれえええ!!」
観客席から、声が響いた。
聞き慣れた、少年の声。彼は――ロイは、客席から身を乗り出すようにして、声を張り上げている。
「最後まで諦めるな! 勝負はまだ、ここからだろう!」
少年の懸命な呼び声に、会場の観客達も次第に声を上げ始めた。
「そうよ、がんばって! まだ決着はついてないわ!」
「ここから逆転できれば最高の気分だぜ! やってやれ!」
「あんな嫌なやつ、ぶっ飛ばしちまえ!」
堰を切ったように、歓声が溢れかえっていく。
ロイ以外は、名前も知らない人達で、誰が誰だかわからない。
だけど彼らの声は――カードゲームが、そんな名前も知らない相手とも友達になれる楽しいものだということを、忘れないでいさせてくれた。
アデルは滲んだ涙を袖でぐっと拭い、負けるものか、と顔を上げた。
「まだ、まだ……! 勝負は、これからです!」
「……へっ、逆転なんてできるわけねえだろ!
おら、ターンエンドだ! さっさと終わらせようぜ!」
「――ぼくのターン! ドロー! マナチャージ!」
デッキから、カードを引き抜く。
引いたカードは、この状況を逆転できるカードではなかった。
だけど、もうアデルの心に諦めるという選択肢はない。ドローしたカードと自分の手札を確認しながら、勝利へ繋がる道を必死で考えて――。
「1マナを支払い! 手札から、『小さな森の民コロポックル』を召喚!」
――僅かな可能性に賭ける決意を固めた。
召喚されたのは、戦闘には向かないユニットカード『小さな森の民コロポックル』。カルロスと名乗った男が従える『闇の精霊シェイド』に打ち勝つには、攻撃力がまるで足りていない。
「……あっはっは! 今更そんなザコ呼び出してどうしようってんだよ!
しかもそれ、守備表示と間違えてねえか? そんな弱い奴を攻撃表示で――」
「ぼくは! 『小さな森の民コロポックル』で攻撃します!」
男の嘲笑を遮り、アデルは攻撃を宣言する。
その言葉に従って『小さな森の民コロポックル』は、自分より遥かに強い相手である『闇の精霊シェイド』に向かって、突き進んでいく。
「おいおい、自滅しにきたのかよ! 降参ならそう言えって……」
「2マナを支払い、手札からコマンドカード『森の友達』を発動!
戦闘を無効にして、戦闘中の自分のユニットカードをデッキに戻します!」
アデルが手札から『森の友達』と書かれたカードを場に出すと、突撃していた『小さな森の民コロポックル』を淡い光が包み込み、やがて彼女の姿はカードと共に光の矢となってデッキへと戻っていった。
「さらに! 『森の友達』でユニットカードをデッキに戻した後、デッキをシャッフルして、一枚だけカードをドロー! このドローカードが『森』と名のつくユニットカードだった時、マナコストを0にして、フィールドに特殊召喚します!」
「何をするのかと思えば、つっかえねえギャンブルカードじゃねえか!
この土壇場で逆転できるユニットカードなんて引けるわけねーだろ!」
男の言うように、この状況を逆転できるカードを引ける可能性は低い。
アデルのデッキは、こつこつと貯めた小遣いで少しずつ買い揃えたカード達で作ったものだ。強力なカードは少なく、逆転の可能性があるカードは、デッキにたった1枚しか入っていない。
それでも、彼女の瞳には諦めの影はなく、決意の光が輝いていた。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。ここで切り札を引けなければ、負ける。
緊張で震える手に、力を、想いを込めて。
少女はこの勝負の行方を決めるために、希望に手を伸ばした。
「これがぼくの……ファイナルドロー!」
そしてアデルは、デッキからカードを――。
〇
「精霊は、人の願いから生まれてくる」
王都を賑わすカジノを経営するオーナーである少女は、『カードセンター』内に作った管理者専用の個室で、モニターからカードバトルの様子を見守っていた。
室内に彼女以外の人影はないが、オーナーの少女は確認するように呟く。
「かつてはこの世界にたくさんいたという精霊は、人々が文明の発展と共に信仰心を失っていったことで力を失い、人々から忘れ去られたことで姿を消した。
――なら、思い出させてあげれば。願わせてあげればいい。
精霊のことを教え伝えて、助けを求めて願わせてあげればいい」
カードゲーム『スピリット&ヒーローズ』。
それはあくまでただのカードゲームだ。カードに精霊が宿っている訳ではない。
だが、そのカードに描かれている精霊の姿や情報は、本物だ。
欲しいカードを求めて。好きなカードを求めて。そうして集めたカードをゲームで使う際には、勝利と歓喜を求めて。
カードを通じて幾千も紡がれる精霊への想いは、本物の『人の願い』だ。
彼らにその自覚はないだろうが、このカードゲームに熱中する者は皆が、精霊へ願いを捧げていることになる。
日々を祈りに捧げる敬虔な人々の信仰心と比べれば、微々たるものだろう。
だけど、何十、何百、何千、何万回と繰り返されれば、積み重なる想いは大きな力となって、精霊達に命を灯す火種となる。
あとは、カードに染み込ませた特殊な魔力に反応して精霊が呼び起されるまで、カードバトルという『儀式』が延々と繰り返されるように流行を誘導していくだけでいい。それが、彼女が仕込んできた『特別な仕掛け』だった。
「あなたから精霊のことを教わった際に準備した仕掛けでしたが……」
「まさか、ここまで早く成果が出るとは思わなかったね」
少女の呟きに答えるように、少年の声が響く。
何もなかったはずの部屋の一角から、少年が姿を現した。
時間の神クロノス、と名乗る少年は称賛するようにぱちぱち、と拍手しながら微笑みを浮かべている。
「カードゲームだけではなく、いくつもの娯楽を通じて、精霊の存在を人々に認知させる――最初に聞いた時は本当に効果があるのか疑ったけど、君が正しかったようだね」
「お世辞よりも、約束のものを渡しなさい」
「分かっているよ……はい、どうぞ」
少年が指をぱちんと鳴らすと、少女の目の前に眩い輝きを放つ光球が生み出される。少女がそれに触れると、光は彼女の身体に溶け込むように消えていった。
少女はダンジョンマスター。カジノや『カードセンター』として偽装されたダンジョンに人々を呼び込むことで糧を得る存在だ。
今、クロノスから受け取ったのはその糧が集まったもの。少女はクロノスからこれを受け取る代わりに、いくつもの頼み事を請け負ってきた。
精霊達をこの世界に復活させる、というのも頼み事のひとつだった。
「さあ、それじゃあ見届けようか。新たな精霊の誕生を」
「見たければ一人でどうぞ。私はやることがありますから」
少年の誘いをきっぱりと断り、少女は席を立つと早々に部屋を出ていった。
残されたクロノスは、さして惜しむ様子もなく、その姿を消す。
誰もいなくなった部屋。つけられたままのモニターに映る少女アデルは、デッキからカードを――。
〇
「ファイナルドロー!」
――引いた。
不思議と、根拠もなく自信があった。
自分はたった今、最高のカードを引き当てた、という自信が。
恐れもなく、手元に呼び寄せたカードを確認する。
(――来てくれて、ありがとう)
唯一の逆転の可能性を秘めた、最高の切り札。
それがこの場面で手元に来てくれたことに感謝しながら、アデルはカードを掲げた。
「――ぼくはドローした『森の聖獣カーバンクル』を特殊召喚します!」
カードをセットすると、光の中から一匹の美しい獣が姿を現す。
額に燃えるような真紅の宝石をつけた、翠緑の体毛に覆われている。猫くらいの小さな体躯だが、今はその姿が不思議と大きく感じられた。
「……はっ、なんだそいつは? ウルトラレアカードのくせに攻撃力が0じゃねえか! 苦労して召喚したのがとびっきりのザコカードで残念だったなあ!」
「『森の聖獣カーバンクル』の効果発動! このカードの攻撃力は、自分がこれまでに受けたライフポイントの数だけ増加します! ぼくが受けているダメージは5! よって、カーバンクルの攻撃力は5に上昇します!」
『森の聖獣カーバンクル』に、5つの光球が集まっていく。
やがて光球は額の宝石に吸い込まれていき、宝石は眩く輝きを放ち始めた。
「『森の聖獣カーバンクル』、第二の効果発動!
一ターンに一度、デッキの上からカードを3枚めくり、その3枚の中にある『森』と名の付くユニットカードの数だけ攻撃力を上昇させます!」
「ちっ、また運頼みかよ! そう都合よく『森』と名の付くカードばっか引けるわけがねえ!」
男の言葉は、悔しいが正しい。
デッキにはユニットカードだけでなく、コマンドカードも混ざっている。
ランダムに混ぜたデッキの上から3枚が全てユニットカードである可能性は、とても低いだろう。
それでも、勝つためにはそのか細い可能性の糸を、手繰り寄せるしかない。
コマンドカードの中には、相手のユニットカードを捨て札置き場に送るような強力なカードもある。次のターンで相手に『森の聖獣カーバンクル』にそういったカードを使われれば、もう自分には勝ち目がない。
相手のマナストーンが0になり、こちらの行動を妨害する手が限られた今、この瞬間。
勝利を掴むためには、このターンを全力で攻めるしかなかった。
「いきます……まず一枚目! ユニットカード『小さな森の民コロポックル』!」
デッキの一番上のカードをめくる。
先程、デッキに戻したカードである『小さな森の民コロポックル』が、再び力を貸してくれるかのように姿を現した。
「2枚目、『俊敏な森の民ケット・シー』!」
次のカードは、相手に傷を負わせてくれた『俊敏な森の民ケット・シー』。
先程倒されたのと同じ名前を持つカード。彼もまた、この窮地に駆けつけてくれた。
そして、運命の三枚目――力強く脈打つ心臓の鼓動を感じながら、アデルは意を決してカードをめくった。
「3枚目……『健気な森の民ドリアード』!
これで『森の聖獣カーバンクル』の攻撃力は8になります!」
「こ、こいつ……『闇の精霊シェイド』の攻撃力に追いつきやがった!?」
「次は、追い越します! 5マナを支払い、コマンドカード『勇気の証』を発動!
このカードは使用者のライフポイントが対戦相手より低い時にだけ発動できる――この効果で『森の聖獣カーバンクル』の攻撃力をこのターンだけ+5します!」
『勇気の証』の効果で強化された『森の聖獣カーバンクル』の攻撃力は13。
『闇の精霊シェイド』を打ち破り、相手プレイヤーに十分なダメージを与えられるだけの数値だ。
最も、今のままではこのターンで勝負を決することはできない。あと、2点。ライフポイントを削れなければ、相手にターンが回ってしまう。
――逆転のための最後の引き金は、相手が握っている。
先程、プレイヤー用のモニターで確認できた『闇の精霊シェイド』の残された効果を、相手が使ってくれなければ、勝てない――!
「バトルです! 『森の聖獣カーバンクル』で、攻撃!」
『森の聖獣カーバンクル』の額の宝石に、周囲から光の粒が収束していく。
やがて、光を受け止めていた宝石が一際強く輝いたかと思うと、真紅の閃光が矢の如く放たれた。
紅の光矢は狙いたがわず『闇の精霊シェイド』を捉えて――。
「残念だったなあ! 『闇の精霊シェイド』の効果発動!」
――突如現れた黒い霧に阻まれて、空中で静止させられる。
「1ターンに一度、手札を一枚捨てて攻撃を無効にする!
どれだけ必死に頑張ったところで、強い奴には勝てねえんだよ!」
反撃の芽を潰したと確信したのか、男は憎たらしく嗤う。
それを見て、アデルは――笑みを浮かべた。
「それを、待っていました!」
「……な、何だと!?」
「2マナを支払い、手札から『ファイナルアタック!』を発動!
自分のユニットカードの攻撃が無効にされた時、自分の捨て札置き場に存在するユニットカードの数だけ攻撃力を上昇させて、もう一度攻撃を行うことができます!」
『森の聖獣カーバンクル』の傍に、『小さな森の民コロポックル』と『俊敏な森の民ケット・シー』が現れる。現れた2体が『森の聖獣カーバンクル』に手を掲げると、淡い光が生まれた。その光が『森の聖獣カーバンクル』に力を与えているかのように、『森の聖獣カーバンクル』が放つ真紅の閃光が輝きを増していく。
これで、『森の聖獣カーバンクル』の攻撃力は15。
『闇の精霊シェイド』を打ち倒すだけでなく、対戦相手のライフポイントを全て削れるだけの領域に届いた。
「いっけえええ! カーバンクル!!」
溢れ出す歓喜が声となって、アデルの口から飛び出す。
少女の想いが込められた声に応えるかのように、『森の聖獣カーバンクル』の額の宝石から放たれる閃光が、一層強く光輝を放つ。
『闇の精霊シェイド』を守る黒霧の防壁はそれでも耐えていたが、やがて限界を迎えた防壁は砕け散り、真紅の閃光が『闇の精霊シェイド』を貫いた。
「カルロス選手のライフポイントが0になりました!
この試合は、アデル選手の勝利です!」
実況者のアナウンスで決着がついたことが告げられると、会場が歓声に沸いた。
盛り上がる会場の熱気に、アデルは勝利を実感して、嬉しくて拳をぎゅっと握りしめ――。
「――やったああああ!」
晴れやかな笑顔で、握った拳を天高く掲げる。
全身で喜びを表す少女の姿に、観客達は盛大な拍手を送り続けていた。
「おめでとうございます。素晴らしいプレイでした」
そんなアデルの元へ、拍手をしながら歩み寄ってくる少女が現れた。
その人はアデルも見覚えがある。カジノや『カードセンター』を運営するオーナーだ。
「あ、ありがとうございます! こ、光栄でございますです?」
「楽な話し方でけっこうですよ。それと、こちらは特別プレゼントとなります」
オーナーの少女は、アデルに一枚のカードを差し出した。
アデルが手に取って確かめてみると、それは――表面にきらきらと輝く特殊な加工が施された『森の聖獣カーバンクル』のカードだった。
「こ、これ……もらってもいいんですか!?」
「もちろんです。ぜひ、受け取ってください」
綺麗に彩られたカードに目を輝かせて、アデルは満面の笑顔でカードをケースにしまう。強いカードがもらえた、ということ以上に、自分の大好きなカードに特別な手を加えてプレゼントしてくれたことが何より嬉しかった。
「それにしても、すごい仕掛けですよね……まるで、みんながカードから飛び出して、本当にそこにいるみたいでした」
バトルの余韻なのか、足元に残っている『森の聖獣カーバンクル』にアデルは手を伸ばした。他のカード達の立体映像もそうだったが、『森の聖獣カーバンクル』は特に、幻とは思えない存在感に驚かされたものだ。
――そして、すりぬけるとばかり思っていた手に感触が返ってきて、アデルはさらに驚かされることになった。
「え、あ、あれ? これって……」
「おめでとうございます。あなたの想いに応えて、精霊様が顕現されました」
「え……ええっ!?」
オーナーの少女の言葉に、アデルだけでなく、会場の人々が驚いてざわめいた。
驚愕に包まれる会場の中で、オーナーの少女だけがいつもの様子で、言葉を続ける。
「以前、ガチャを回していて精霊を顕現された方もいらっしゃいました。
初めてのことではありません。怖がることはありませんよ。
あなたが心の底から願った想いに、精霊が応えてくれた――それが全てです」
「じゃ、じゃあえっと……」
アデルは、カーバンクルと目を合わせようと屈んで、ゆっくりと手を伸ばした。
「ぼくと……友達になってくれますか?」
「――きゅい!」
もちろん、と答えるかのようにカーバンクルは愛らしい声で鳴いて、アデルの手に頬をすり寄せた。
「これからよろしくね、えっと……カーバンクルだから、クーちゃんってどうかな?」
「きゅい、きゅい!」
「喜んでくれてるのかな? えへへ……ぼくに会いにきてくれてありがとう」
無邪気に笑って話しかけるアデルの声に、カーバンクルは喜ぶように何度も鳴いていた。
〇
仲睦まじく触れ合う二人からそっと離れて、オーナーの少女は「さて」と呟く。
「カルロスさん……は、去ってしまいましたか」
怯えるように、人混みを押しのけて会場の出口へと一目散に逃げていくカルロスの姿を見て、オーナーの少女はため息をついた。
用意していた参加賞のカードは懐にしまい、少女は周囲を見渡す。
「『森の聖獣カーバンクル』って第何弾のカードだっけ!?」
「たしかだいぶ初期のカードパックだぞ、ってかカードを買ったからって精霊様が来てくれるってわけじゃないんじゃねえか?」
「強い想いで祈れば精霊様が来てくれる……なら!
シェイド様、シェイド様! シェイドさむああああああああああん!!
クンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!」
「いやそんな欲望と涎を垂れ流して祈る奴は精霊もいやがるんじゃねえか……?」
「精霊のことは置いといて……俺もあの仕組みで対戦やってみたい!」
「イベント専用のパックも買えたし、デッキ調整したら対戦しようぜ!」
オーナーの少女の目論見通り、会場に集まった人々は様々な感情を抱きながら盛り上がっている。
彼女が作り上げた新しいダンジョンである『カードセンター』には、これまでギャンブルや高級ガチャに興味を持たなかった客層が、足を運ぶことになるだろう。
人間が滞在すればするほど、そして強い感情を抱くほどに、ダンジョンマスターである少女は人々から糧を得ることができる。
クロノスから頼まれた精霊の復活に関しても、実際に精霊が顕現したことを多くの人々が目撃したことで、これからも成果が期待できそうだ。
信じがたいことであっても、実際に目にした物事は、信じられるものなのだから。
特に、今回カーバンクルを顕現させたアデルのような子供は、うってつけだ。
常識の壁にはばまれる大人より、子供の方が奇跡や夢想を信じやすい。
子供だからこそ信じられることがある、というのは少女自身がよく知っている。
――幼い頃は、神頼みばかりしていたのだから。
「これからも、夢と希望を追いかけてくださいね、お客様方……」
誰にともなく呟いて、少女は無邪気に盛り上がる人々を眺めてほくそ笑んでいた。




