閑話「少年少女は未来に挑む」
王都の街路を全速力で、少年が駆け抜けていく。
息を切らし、苦しそうにしながらも、彼の足は止まることなく前へ、前へと突き進んでいく。
冒険者の少年――レンは今日も、早朝からトレーニングに励んでいた。
自らの願う未来を目指して、少しずつでも強くなるために。
日々のクエストへの挑戦だけではなく、休日にも鍛錬を欠かさず行っていた。
走りこみ、武器の素振り、知識の収集――やるべきことはいくらでもある。
今まで積み重ねてこなかった全てを、これから積み重ねていかなければ、目指す未来には絶対に手が届かない。
自らに誓った願いのために、レンは今日も必死で足掻いていた。
「……ちょっと……休憩っ……ぜえ、はあ……!」
とはいえ、合間には休息は必須だった。
首にかけていたタオルで汗を拭き取ったレンは、ここ最近の休憩時に立ち寄っている場所に向かった。
ファミリアマートと名付けられた、コンビニ――カジノオーナーの新事業のために作られた店舗へ。
「いらっしゃいませー!」
可愛らしい声で、店員の少女が声を掛けてくる。
コンビニの店内には冷房装置から送り込まれる涼風が吹いており、汗の滲む身体には少し寒いくらいだった。
しかし真夏の時期にこのように涼める場所は貴重なこともあり、店内には冷房の元で風当たりの良い場所を確保しようと静かな奪い合いをしている人達もいた。
ちなみに以前、冷房前の場所を無理矢理奪おうとした乱暴者がいたらしいのだが、店員によって叩き出されたそうだ。
レンは商品棚を見て回り、いつも購入しているエナジーポーションを手に取った。
体力回復効果の強いエナジーポーションを含めた飲み物関係のほとんどは、専用の商品棚の中で冷やされている。
他にもお菓子や雑貨類などがたくさん並んでいるが、レンはエナジーポーションだけを持ってレジに向かう。
「ただいま、フライドチキンが揚げたてとなっていますが、いかがですか?」
「あ、いえ、けっこうです」
店員は商品を勧めてくるが、レンは誘いを断ってエナジーポーションの代金を差し出した。
休憩後は日課の素振りが残っているし、それが終われば昼時だ。それに食事を終えた午後からは、仕事ではないが予定が入っている。
あまり間食はせずに、その分昼食を落ち着いてゆっくりと食べたかったレンは、食欲をそそる良い匂いを漂わせるフライドチキンの誘惑を振り切って、レジから立ち去った。
「まいど、ありがとうございました! ……あ、いらっしゃいませー!」
レンと入れ替わるように入店してきた新しい客の応対を始める店員は、柔らかく微笑みながら接客に勤めていた。
〇
「まもなく、第13レースが始まります。参加者の方は準備を――」
アナウンスを聞いたレンは、集中するために閉じていた目を開いて、立ち上がった。
昼食はしっかり食べた。食後の休憩も十分。そして今から参加するレース……『ダンジョンブレイカーズ』をクリアするために必要な注意事項の再確認も行った。
『ダンジョンブレイカーズ』という競技は、カジノ内に構築された模造ダンジョンを制限時間内に踏破することが目標だ。
レース用のダンジョン内には、行動を阻害される物からレースに復帰不可となる物まで、様々な罠が張り巡らされている。
それらを突破して、参加者達はゴールした順位を競う。そして観客達は、どの参加者が勝利するのか予想して賭ける。
この競技は無料で参加できて、制限時間内に完走さえすれば最下位でも賞品としてガチャコインが手に入るため、参加受付は連日予約待ちとなっていた。
「く、ははは……! こんだけアイテムが揃えば楽勝だぜ! 次のレースはこの俺、クリフがもらった!」
控え室に置かれているアイテムガチャの装置に大量の現金を注ぎ込んでいた男が、参加者用に支給された鞄にアイテムを詰め込みながら高笑いしていた。
競技用のアイテムガチャ――レースを有利に進めるための道具が手に入るガチャ。参加者は10回分まで無料で回すことができるが、1回につき10Gを支払って追加で回すこともできる。
先程の男のように現金を投資して追加で回さなければ、本当に無料で賞品のガチャコインを入手可能だ。
レースの賞品であるガチャコインは、1回1万Gというカジノ内の高級ガチャを1枚につき1回引くことができるという物だ。
高級ガチャを回したい人、あるいはそういった他人にガチャコインを売ることが目的の人が、喉から手が出る程に欲している。
レンが『ダンジョンブレイカーズ』に挑む理由は、ふたつ。
ひとつはガチャコインを売って資金を得るため。生きていくためにも戦うためにも、お金はどうしても必要になる。
そしてふたつめは、『ダンジョンブレイカーズ』をアイテムガチャの利用せずにクリアできるだけの技量を磨くための修行だ。
現金を支払ってアイテムガチャを回すことで、参加者は自分の力量以上の力でゴールを目指すことができる。
だが実際の所、アイテムに頼らなくてもクリアは可能だ。ひどく困難になるのは確実だが、実際にアイテムガチャを回さずにクリアした人物も何人か実在する。
レース参加者には最低限の道具は与えられるため、扉の鍵はピッキングツールを駆使すれば解除できる。数多くの罠も、慎重に調べていけば察知することは不可能ではない。
要するに『ダンジョンブレイカーズ』は、冒険者としてのスキルアップには好都合な競技だということだ。
罠を察知する知識や観察眼。鍵開けの技術。そしてダンジョンを突破するための身体能力。それらは冒険者稼業において必ず役に立つ。
普段からダンジョンに挑む者は当然として、そうでない者も覚えておいて損はない。
何時の日か依頼でダンジョンに踏み込むこともあるかもしれないのだから。
しかし当然、アイテムに頼らず自力でダンジョンを突破しようとすれば一位になるのは難しくなる。
上位入賞を目指す参加者はアイテムガチャを回すことが多いからだ。そうして用意したアイテムを駆使すれば、あっという間にダンジョンを突き進むこともできる。
だが、完走できなければガチャに投資した資金は無駄となってしまう。途中でレース復帰不可となり失格となった参加者には、何も賞品は与えられない。
アイテムガチャを回す参加者は有利にレースを進められる反面、投資金を失う可能性というリスクを背負うことになる。
レンはアイテムガチャを回す気は一切ない。無用なリスクを背負いたくないというのもあるが、『ダンジョンブレイカーズ』への参加理由する一番の理由が、自分を鍛えるためだ。
もしも完走できなければ、次の機会にクリアできるように頑張ればいい。失敗しても、命を失う訳ではないのだから。
腕試しとして競技に挑み、実力でゴールを目指す。それがレンの目標だった。
それに、レース参加者に支給される10枚のアイテムガチャコインは、未使用でゴールすれば枚数に応じて賞品にボーナスが加算されるため、アイテムガチャを回さない利点というのも僅かにだがある。
「……ちょっと。あんたがレンよね?」
控え室を出ようと扉に向かう最中、レンは背後から声を掛けられた。
少年が振り返ると、同い年ぐらいかと思われる少女が、何やら不機嫌そうな顔をして腕を組み、レンを睨み付けていた。
「え、えっと、はい。僕がレンですけど、何か用ですか?」
「私はルカよ。あんた……アクトさんに散々迷惑かけてたそうじゃない」
少女の口から出たアクトという男の名は、レンにとって因縁深い相手の名前だった。
命の恩人であり、しかし恨みがある相手でもあり、だが今では超えたいと願う将来の目標でもある。複雑な心境を思い起こさせる男の名前を聞いてレンが押し黙っていると、少女はレンに指を指して、はっきりとした声で宣言した。
「アクトさんがあんたを認めても、私はあんたを認めない! だから……絶対、あんたには負けないんだからね!」
ルカと名乗った少女は、言いたいことを言い終えたのか、レンの横を追い越して通路を進んでいく。
彼女の向かう先にあるのはレンの目的地と同じ――次の第13レース参加者が集う入場口だった。
〇
「さあ、各者スタートラインへ揃いました! 第13レース、まもなく開始です!」
実況を担うカジノオーナーの少女のアナウンスに反応して、観客達の声援が会場中に響き渡る。
純粋に参加者を応援する者や、自分の賭けた相手の名を叫ぶ者。観客達がレースの行方に求める想いも人それぞれだ。
そして当然、参加者達も己の願望を叶える為『ダンジョンブレイカーズ』に挑む。
強さを追い求める者。誰かに勝ちたい者。単純に金を稼ぎたい者。冒険者として名声を得たい者。
それぞれが違う願いを抱いて、けれど今この瞬間は同じ意思を胸に宿らせていた。
――迷宮の果てに待つゴールへ辿り着く。そのために全力を尽くそう、と。
「カウントダウン、スタート! 10、9、8……」
レース開始の秒読みが始まる。他の参加者同様、レンも身構えてスタートの瞬間を待った。
緊張で速くなる鼓動。耳を震わせる歓声。そして。
「3、2、1……レディー、ゴー!」
スタートを知らせる叫びと共に、弾ける様に参加者達がスタートラインから飛び出した。
レンも遅れまいと一歩踏み出して――。
(……!? すごく、嫌な予感がする……!)
――何とも言えない悪寒を感じて、しかし立ち止まれず、咄嗟に前方へと身を投げ出すように跳んだ。
突然のことで体勢を整えることもできず、レンは床に両手を付きながらも何とか着地する。
レン以外の参加者は……スタート直後に仕掛けられていた落とし穴の罠に引っ掛かり、脱出に手間取っている様子だった。
「スタートから大波乱! ほとんどの冒険者達が落とし穴に嵌る中、レン選手は間一髪、罠を飛び越えた!」
カジノオーナーの少女がマイクを通して実況する声に、会場が沸き立つ。
大人の参加者に混じって参加しているレンは、今回の参加者達の中では大穴扱い――勝ち目は薄いと見られており、賭ける観客が少ないために当たった場合の配当金が高額となっている。
そのため、レンに賭けていた観客達が一斉に盛り上がっていた。もしもレンが一位でゴールすれば、大金が転がり込んでくるからだ。
(確かにチャンスだけど……どこに罠があるのか分からないんだ。慌てず、慎重に行かないと……!)
先程の落とし穴のように、『ダンジョンブレイカーズ』には至る所に罠が潜んでいる。
罠の位置はレース毎に変えられているため、他のレースを見てきた観客達にも罠の位置は分からない。
トップを維持するために駆け出したい気持ちを抑えて、レンは周囲の床や壁を観察しながら迷宮への扉を潜り、自分のペースを保って進み始めた。
「レン選手はどうやら、堅実に歩を進める作戦のようです。罠を見落とさないようにと集中しているのが実況席まで伝わってきます!
……おっと、落とし穴からいち早く脱出したのはクリフ選手だ! 鞄に詰め込んだアイテムを駆使して、窮地を乗り越えた!
他の冒険者達も、続々と落とし穴から這い出してくる! レン選手、リードを守れるのでしょうか!」
スタート直後は他の選手の様子を見ることができるが、ダンジョン内への扉を潜った後は実況の音声でしか状況を確認できない。
落とし穴から這い上がった後続の冒険者達に追い抜かれないように先を急ぎたいが、その焦りこそが本当の敵だと自分に言い聞かせて、レンは歩くような速さでゴールを目指す。
「さあ、クリフ選手がトップに……おおっと! ここでクリフ選手、再び落とし穴に嵌ってしまった! 一瞬の油断が命取り!
その隙にルカ選手が2番手に躍り出て――レン選手を追い抜いてトップになった! 今回のレースは大波乱の連続です!」
トップを目指して急いだところで、罠に掛かれば大きく遅れることになるし、下手をすればそのままリタイアとなる。
だからレンは、どれだけ他の参加者に追い抜かれようとも、決して焦らないようにと肝に命じていた。
もちろん、時間制限がある以上、のんびりとしてはいられない。だけど――。
(これが実際のダンジョン攻略だったら、掛かれば即死するような罠だってある……一度も罠に掛からないつもりで進まないと)
――レンにとって『ダンジョンブレイカーズ』はレースではなく、実戦を想定した訓練だった。
罠に掛かったらガチャを回してアイテムの力で脱出すればいい、なんて本来のダンジョン攻略ではありえない。
観客達が焦れてレンを急かしても、少年は自分のペースを保ち続けた。
〇
「ついに最終関門に二人の冒険者が到達! トップは中盤からリードをキープしてきたルカ選手! 続いて、着実に罠を回避してきたレン選手が2番手!
どうやらトップ争いは、この二名に絞られて……おおっと、後方からは何度罠に嵌っても挫けずに立ち上がってきたクリフ選手が凄まじい追い上げを見せている!」
誰よりも早く最終関門に辿り着いたルカを追って、レンもゴール前の大広間に踏み込む。
最終関門となる大広間は、浮遊して空中を動き回るという、魔法で作られた不思議な足場を飛び移っていき、落下すれば復帰はほぼ不可能な断崖を越えるという内容だ。
谷底には特製のクッションが敷き詰められており、命の心配はないのだが、一度落ちてしまえば崖を登るのは困難を極める。
大広間にだけはアイテムガチャの装置も用意されていないため、基本的に崖下への落下はリタイアと同義だった。
「来たわね……けど、トップは渡さないわ!」
先頭を行くルカが、レンの姿を見て威勢よく叫ぶ。
しかしレンは、そもそも最下位でもゴールできれば十分と考えてこのレースに臨んでいた。
だから少女に挑発されようとも、トップを狙って無理に先を急ごうとはしない。
確実に次の足場へと飛び移れるタイミングを見計らって、 少しずつゴールを目指していく。
「レン選手は最後まで冷静な動きでゴールを目指す! 対してルカ選手は軽やかな身のこなしで、どんどん先に進んでいきます!」
「昔から身体を動かすのは得意だったのよ! このままトップはいただき――」
「トップは俺のものだあああっ!!」
突如、男の大声が聞こえて、レンは背後から嫌な気配が迫っていることを感じてその場を飛び退いた。
間一髪、後ろの足場から飛び移ってきた男が、先程までレンが立っていた位置に着地する。
「ここでクリフ選手が追いつきました! 今、豪快な躍動でレン選手を抜き去り、トップを目指して突き進んでいきます!」
「負けるかよ……5000Gも注ぎ込んでガチャでアイテムを揃えたんだ……負けてたまるかあああ!!」
吼えながら足場を次々に飛び移るクリフ。
鞄に溜め込んだアイテムを駆使して猛進する彼は、まもなくトップのルカに迫り――。
「邪魔だ、どけえええ!!」
「なっ、きゃあ……!?」
――自らが先頭に立つために、少女を突き飛ばした。
大人の男に体当たりされたルカはその衝撃に耐え切れず体勢を崩して、足場を踏み外してしまう。
彼女は咄嗟に足場の端を掴んだが、いつ落下してもおかしくないような状況だった。
「おおっと、クリフ選手が強引にトップを奪い取った! ルカ選手、絶体絶命のピンチです!」
「トップだ、今日こそ俺がトップになるんだあああ!!」
今にも谷底に落ちてしまいそうな少女に目もくれず、クリフという男はゴールを目指して先へ進む。
残されたルカは、足場を掴む手が痺れて震えてくることを感じながら、それでも必死に這い上がろうとしていた。
しかし、徐々に彼女の手から力が失われていく。腕だけで自分の全体重を支えないといけない過酷な状況では、早々に力尽きてしまうのも無理はなかった。
「う、くっ……もう、だめ……!」
ついに少女は、足場から手を離してしまう。
霞がかかる谷底へと吸い込まれるように落ちていこうとする彼女の、その手を。
「ま、間に合え……!」
必死に足場を飛び越えてきたレンが間一髪のところで、足場から身を乗り出してルカの手を掴み取る。
一瞬、何が起きたのか分からずにうろたえていたルカだったが、レンの姿を見てさらに驚きを露にした。
「あ、あんた……何で……!」
「いいから、しっかり掴まって!」
レンは精一杯の力を振り絞って、ルカの身体を引き上げる。
体重の軽いルカが相手だからこそできる芸当だ。無論、レンの未熟な筋力では軽々とは行かなかったが。
時間はかかったが、なんとか少女の身体を足場に戻すことに成功する。その頃には、クリフは大分先へと進んでいた。
「な、何で助けたのよ……私のこと放っておけばあんたは、2位にはなれたのに……!」
「僕、完走できれば十分だし……それに、放っておけないよ」
息を整えながら、ルカの困惑した問いかけにレンは真剣な表情で応える。
「いつか強い男になりたいんだ。自分のやりたいと思ったことを諦めないで頑張れるような、そんな強い男に。
だから、放っておけなかったというか。ええと、その……可愛い女の子の前でかっこつけたかっただけだよ」
「か、かわ……!?」
「おおっと! レン選手、行動は慎重だが口説きは大胆! これには思わずルカ選手も動揺を隠せないようですよ!」
「いっちょまえにナンパかよ坊主! やるじゃねえか!」
司会を勤める少女の実況と、観客達が囃し立てる冷やかし。
それを聞いてレンは自分の言った言葉の意味にようやく気付いて、今更ながら顔を赤らめた。
「も、もう! あんたが変なこと言うから、恥ずかしいじゃない!」
「え、えっと、その、ごめんなさい……」
「……そ、それより! 私達もゴールを目指すわよ! まだレースは終わってないんだから!」
ルカはそう言うと、次の足場を目指して走り始めた。
レンも後に続いて駆け出す。完走さえすればいいと思っているが、『ダンジョンブレイカーズ』には制限時間がある。
いつまでものんびりとはしていられなかった。レンも再び、レースに集中しようと気持ちを切り替える。
――だから、先を行く少女の頬が真っ赤に染まっていることには、気付かなかった。
〇
「なんとぉ! ゴール直前、最後の足場でクリフ選手がジャンプミスで崖下に転落! これはもうリタイアでしょうか!
そして後方から追い上げていたレン選手とルカ選手が今、最後の足場から……跳んだぁ! 両者、綺麗に着地!」
レンとルカは、ほぼ同時にゴール前の床へと辿り着いた。
ここから先、ゴールまでは約50メートル。その道中には罠は仕掛けていないと、カジノ側が明言している。
50メートルという距離が具体的にどの程度のものかはレンもルカも知らなかったが、ゴールは既に目で見える距離にある。
少し走れば、すぐに着くような距離だ。レンもルカも、ゴール目指して駆け出す。
「……レン! どっちが先にゴールするか、勝負よ!」
「え、えっと、僕は別に2位でも……」
「あんた、強い男になりたいんでしょ? だったら……あんたの勝利に期待してる観客の気持ちに応えてみせなさい!」
ルカの言葉に、レンは会場の各所に設置されたスピーカーから聞こえてくる観客達の声援に耳を澄ませる。
「走れよレン! お前が勝たなきゃ明日から俺の生活ままならねえんだよおお!」
「ルカちゃーん! ファイトですよー!」
「二人とも頑張れー! ゴールまであと少しだよ!」
レンはこの瞬間まで、勝利することに拘っていなかった。
それどころか無意識の内に、誰かを蹴落とすくらいなら負けてもいいと考えていた。
けれど、それぞれ違う思いであっても、いっしょに応援に励む観客の人々の声が、少年の心を打つ。
期待に応えたい、と。自分の全力を見届けてほしい、と。
「ちょっとはやる気、出た?」
「……うん」
「なら、どっちが勝っても恨みっこなしよ!」
「……うん!」
レンの返事を合図に、ルカが全力で駆け出す。レンも負けじとそれに続いた。
脚力はどうやら互いに互角。二人は抜きつ抜かれつ、両者並ぶように最後の直線を駆け抜けていく。
ダンジョンを潜り抜けるために身体は疲れ切っている。だが、残された力を振り絞り、二人は懸命に走る。
「両者、一歩も引かないラストスパート! 勝利の栄冠はどちらに輝くのか! 泣いても笑ってもラスト20メートルの一騎打ち!
そして今……両者共に揃ってゴール!! 第13レースの激戦の結果は……! 両者、同着! 同着一位です!」
二人の少年少女の懸命な勝負の結末を聞き届けて――観客達は一斉に歓声を上げた。
鳴り響く拍手喝采を聞きながら、疲れ果てた二人はゴール地点で座り込む。
全身の力と磨いた知識を駆使しなければ突破できない難関の数々は、少年少女の体力を根こそぎ奪い去っていた。
「はぁ、ふぅ……あ、あんた、けっこうやるじゃない」
「君だって、凄かったよ……ぜえ、はあ……」
「それと……きょ、今日は、その……助けてくれて、ありがとう。
だ、だけど次は、この次こそは絶対に私が勝つからね!」
「……うん。またいつか、勝負しよう!」
息を切らせながらも、二人は互いの健闘を讃えるように言葉を交わす。
しばらく後に、どちらからともなく立ち上がり、両者は握手をした。
そんな二人の様子を見守っていた観客達は再び、会場中を震わせる程の歓声と拍手を響かせていた。
〇
「勝負よ、レン!」
レンとルカが『ダンジョンブレイカーズ』をクリアした翌日の早朝。
日課のランニングに励んでいたレンは、どこからともなく現れた少女・ルカに威勢のよい声を掛けられていた。
「え、えっと……勝負って」
「どっちが先に走れなくなるか、根比べよ!」
「そ、その……あんまり無茶したら怪我を」
「先に行くわよ! 負けたら腕立て100回ね!」
一方的に言い捨てて、ルカはペースを一気に上げて駆け出す。
しばらく呆然としていたレンだったが、放っておくのも悪いと思って少女の後を追った。
なんとか少女と併走できる位置まで追いついたレンに、ルカは語りかけてくる。
「あんた、アクトさんを倒すのが目標なのよね!」
「う……うん。いつか、実力であの人みたいに強くなりたいから」
「私はアクトさんと一緒に戦えるような、強い冒険者になりたいの!
だから……どっちが先に夢を叶えるか、勝負よ! レン!」
ルカは自分の意思と闘志を露にして、レンに視線をぶつける。
しかし、そんな彼女の顔に浮かぶのは昨日のような、怒りと敵意ではない。
不敵な笑みを浮かべて、少女はレンを――ライバルと認めて、勝負を挑んでいた。
その少女の気持ちを知ってか知らずか、レンも少女に微笑みを返す。
「……負けないよ!」
「ふん、それはこっちの台詞よ!」
その言葉の応酬を合図にしたかのように、どちらからともなく全力で走り出した。
昨日の勝負の続きにも思える、意地がぶつかり合う真剣勝負が繰り広げられる。
しかし二人の少年少女の顔にはどことなく、喜びの色が浮かんでいた。




