閑話「悲劇は過去に、希望は未来に」
シュフイの村――かつてモンスターの大群に襲われた村には、平穏な光景が広がっていた。
追いかけっこに夢中になって広場を駆け回る子供達。幼子達の賑やかな様子を眺めて微笑みながら仕事に励む大人達。
十数年前、ほとんどの建物が倒壊して壊滅寸前だった村とは思えない程に、シュフイの村は立派に復興を遂げていた。
そのシュフイの村の一角。
美しい花々に囲まれた丘の上の墓地に、ダイナ傭兵団の面々が眠る墓石が立ち並んでいる。
自分の育ての親達が眠る場所へと、十数年の時を越えてアクトは訪れていた。
彼の傍らには精霊の少女ラズリ。それと、シュフイの村で生まれ育ち、幼き日にアクトと生き別れた女性――シスター・ロロラが連れ添っている。
シュフイの村でダイナ傭兵団の墓を守り続けてきた神父ライナの先導で、英雄の埋葬地と名付けられた墓地へと案内されたアクトは、十数年越しになる初めての墓参りに感慨に耽っていた。
村人達に『英雄達の墓』と呼ばれているこの場所は、神父ライナだけでなく、生き残ったシュフイの村の人々が造り上げて、守ってきたらしい。
「……親父、それに皆。顔見せに来るの、随分と遅くなっちまって悪かったな」
かつては、墓参りに行くのは仇を討ってからだと、そう考えていた。
だが、自分は逃げていただけではないのかとアクトは自身の半生を思い返す。
シュフイの村に残り、復興を手伝う道もあった。けれど、育ての親達の死に場所に留まるのが辛くて、旅立った。
冒険者となり、仇を討つために強くなろうとして……しかし自分の能力の限界を超えられず、周囲に当り散らした。
そしていつしか、相手が見つからないのを言い訳にして敵討ちのことを半ば諦めて、酒や喧嘩で憂さ晴らし。
終いには、偶然見つけた少年を鍛えることで少しでも育ての親に近付いた気分に浸りたくて。
それもうまくいかないからといって、子供であるレンに八つ当たりしてきた。
自分が拾わなければ死んでいただろうから、何をしてもいいだろうと、自分への言い訳を積み重ねながら。
「俺はほんと、ろくでもねえ生き方をしてきたもんだ……」
自嘲して苦笑いを浮かべるアクト。当時はそれが普通だと思っていたけど、気付けば後悔ばかり残っている。
もっとうまく、真っ当に生きる道だってたくさんあったはずなのに。
随分遠回りをして、ようやく育ての親の墓前に顔を出せたけど、生きていたら何て言われただろうか。
呆れるだろうか。それとも……叱りながら笑われて、最後には励ましてくれるだろうか。
その答えはもう分からない。確かめようがない。皆はもう、生きていないのだから。
「……ダイナ。王都で人気だって酒を買ってきたぜ。
あんた、酒なら何でも飲みそうだけど……一応、高い酒だから大事に飲んでくれよ」
かつてアクトを拾い、育ててくれた命の恩人ダイナ。その墓石の前に杯を置き、お供え物として持ってきた瓶から酒を注ぐ。
安酒だろうが何だろうがお構いなしに浴びるように飲んでいた男だったから、味なんて気にしないかもしれないけれど、できるだけ良い酒を供えたかった。
「セシル。あんたが好きだって言ってた花だ。
花束なんて柄じゃないかもしれないけど……なんて言ったら怒るかな」
男勝りで、天才を自負する自信家で……けど今思えば、女性らしい可愛らしさもたくさんあった女性。
あの世でダイナと仲良く過ごせているだろうか。どうかそうであってほしいと、アクトは願う。
「ベル。実はこういうぬいぐるみとか好きだったよな。
宝石はさすがに用意できなかったけど、これで勘弁してくれ」
世界中の宝石を集めるのが夢だと語っていたベル。しかし、部屋には宝石以外にも女の子らしいぬいぐるみもたくさん飾られていた。
好きなものは何でも集めたくなる、所謂コレクターと呼ばれる類の趣味の持ち主だった。
「タツミ。あんたの故郷で人気だっていう三色団子だ。
これ、最近王都でも売られてるんだぜ」
故郷である東方から長年離れて暮らしていたというタツミ。あまり趣味らしい趣味も知らないため、彼女の故郷にちなんだ物を選んだ。
彼女から教わった忍術や、己より強い相手に勝つ為の考え方には、随分と助けられてきた。
……彼女が故郷を離れる原因になった理由を話した時の「街で出会ったお嬢様と大人の女子会を楽しんでいたらお姫様だったでござる」という言葉の意味は大人になるまで分からなかったが、分からない方が幸せだったかもしれない。
それからアクトはラズリを連れて、ダイナ傭兵団の団員達の墓をひとつひとつ巡って、供え物を置いていった。
全員の名前と、彼らとの思い出を思い出しながら、ゆっくり、ゆっくりと。
一人残らず供え物を置き終えると、入り口付近で待つ、ロロラ達の元へと戻る。
そしてもう一度、今は亡きダイナ傭兵団の全員に向けて祈りを捧げた。ラズリも、神父ライナやシスターロロラもそれに倣う。
(……俺はようやく、Bランク冒険者になった。そしてこれからも、強くなり続ける。
強くなって、強くなって、そしていつか――)
――いつか、俺にどうしてほしかったんだよ、親父。
ダイナが今際の際に残した言葉は途中で途切れてしまい、その真意は未だに分からない。
今まで敵討ちを目標に突き進んできたが、今でもあの時の魔獣が生きているのか、検討もつかない。
今は、ただ――『ぐぅぅぅぅ』。
「あぅ……ご、ごめんなさい」
隣で申し訳なさそうにお腹を押さえる少女、ラズリ。
彼女の腹から盛大に鳴り響いた腹の虫の鳴き声が大きすぎて、考え事が吹き飛んでしまった。
すまなさそうに、そして恥ずかしそうに縮こまっている少女の様子に、思わずアクトは笑っていた。
「ったく、朝にあんだけ食ったのにまだ食い足りないのかよ、はらぺこ精霊」
「だ、だって、さっきからおいしそうなものばっかりお供えしていくんだもん……」
「ったく……どっか、飯屋にでも行こうぜ」
「っ! うん、行こー!」
元気に笑うラズリの手を引いて、アクトは歩き出す。
――今はただ、この穏やかな日常と共に生きていくのもいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、かつて狂犬と呼ばれた男は、陽だまりの中のあたたかな日々を過ごしていた。




