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22「選別するのは人か、神か」



「さあ皆さん! 月末のボーナスガチャコインを配布しますよー!」


 月末定例会の会場である会議室で私がそう言うと、従業員達が色めきたった。

 毎月、給料と共に配布される従業員専用ガチャコインは、運次第では給料以上の金額が当選する。

 カジノ店内のガチャとは違い、景品は現金と引き換えられる金券だけである。

 当選したレアリティにより金額が変わる。当然、高レアリティ当選になるほどに配当は倍増していく。

 また、ガチャコインの枚数は一律ではなく、その月の仕事量や勤務態度などが評価されて、より働いた従業員に対して多くのガチャコインが配布されることになる。

 要するにガチャを回したければ『働け……もっと働け……!』ということである。


「きたきたぁ! これがあるからこの職場は辞められないのよねえ!」


「奴隷商に売り飛ばされた時は、こんな風に過ごせるなんて夢にも思わなかったわ!」


 きゃあきゃあと騒ぎながら、従業員達は給料袋と共に手渡されるガチャコインの枚数を確認している。

 従業員達は基本的に、借金を払い終えて奴隷身分から脱した人達だ。

 後は、私がスカウトしてきた人材にも従業員としてガチャコインが配布される。働いてもガチャコインを貰えないのは、奴隷身分の者達だけだ。


 奴隷は研修生やアルバイトみたいなもので、従業員は正社員候補生。扱いに違いがあるのは当然である。

 例外としては、優秀な人材や勤勉な働き者は、奴隷身分でも給料に特別手当がついて、より早く借金完済への道が拓ける仕組みとなっている。

 最初は奴隷にはありえない高待遇に満足していた者達も、上には上がいると知ると、徐々に羨ましく思い、それは嫉妬心や向上心へと変わっていく。


 しかし残念ながら稀に、高待遇に甘んじてまともに働こうとせず、不満だけを零し続けるような者が紛れていることもある。

 そう言った者達は嫉妬心だけを剥き出しにして周囲に当り散らすが、私としてはそれはそれで構わない。

 清く正しい心も、醜い欲望塗れの心も、どちらも私の糧となる感情に他ならないからだ。


 ――最も、やる気がなくて役に立たない人材に正社員の道は拓かれず、借金返済後は従業員に採用せずにカジノから出て行ってもらうことになる。

 従業員に採用された後でも、見過ごせない程の問題点があれば当然ながら解雇する。

 その後、客として訪れることは自由だが、二度と従業員として雇用される機会は与えられない。

 余程のことがなければ正社員として雇い入れているが、残念ながらどうしようもない人材というのは時折現れるものだ。

 ほんのわずかな小遣い欲しさに、恩を仇で返すような不心得者……先日の、カルロスのような人間。 

 彼のような人材は正社員として採用されない。そしてカジノから追い出されると知って文句を言う輩がいても相手にはしない。

 選別は奴隷の頃に、既に行われているのだから。


「マリーさん、今月もお疲れ様でした」


 従業員達の中でも特に優秀なマリーに声を掛ける。

 彼女は休日にも技能訓練を行って能力を磨き続けている、勤勉な従業員だ。

 贔屓と言われようがなんだろうが、彼女のような有益な人材には惜しみなく見返りを与えることにしていた。


「ありがたきお言葉です、ご主人様」


「うふふ、もっと楽にしてくださっても構わないのですよ?」


「お気遣い、ありがとうございます」


 私がどう言おうとも、マリーが丁寧な言葉遣いを崩したことはない。

 従業員と雇用主という関係性もあるし普通のことなのだが、彼女は誰に対しても敬語で話している。

 その佇まいから感じられる気品からは、育ちの良さが垣間見えた。

 奴隷になる前からしっかりと教育を受けていたのだろうと思う。

 最も、彼女は黙して語らないし、私もわざわざ辛いだろうことを聞き出す真似をしていないため、真相は不明である。


「――ひゃっほおおおう! ウルレア! ウルレアきたああああ!」


 私とマリーの会話を余所に、従業員用ガチャに挑んでいた1人の少女が雄叫びを上げる。

 カジノのガチャとは違い、コインを入れて回すと金券のカードが排出される簡易型のガチャだ。

 ウルトラレア――従業員ガチャでは10万G分の金券が手に入る、高額当選だ。


「オーナー! 10万、10万と交換してください!」


「はい、こちらにご用意していますよ」


 ウルトラレアの金券を引き当てた従業員の少女に、私は予め用意していた金貨袋を差し出す。

 わざわざ現金を別に用意して、ガチャからは金券の排出にしている理由は、単純にガチャ装置の都合だった。

 用途に合わせて改造されてはいるが、従業員用ガチャのベースとなっているのは、私の世界で流行っていたカードゲームのガチャ装置だからだ。ちなみに同じ型のガチャは、子供向け玩具やカードゲーム用のガチャとしてカジノ地上部門で好評稼働中である。


 店内の高級ガチャより遥かに小額とはいえ、最高で10万G――日本円にして約100万円が手に入る可能性が毎月無料で与えられる。十分過ぎる高待遇だろう。

 無論、その金はどう使おうと自由だ。休日に客としてカジノで遊んでもいいし、地上の城下町で散財してもいい。

 将来のために貯金しておくというのも選択肢のひとつだ。


「マリーさんもたまには、あれくらいはしゃいでみます?」


「……お戯れを」


 マリーは同業者の見せる狂喜乱舞を呆れるように一瞥して溜め息を付き、私の言葉に短く答えた。



   〇


 従業員達へのガチャコイン配布を終えた私は、自室に戻っていた。

 城下町では「カジノオーナーは贅沢の極みのような生活をしている」「彼女の部屋はきっと豪華絢爛な様相だ」なんて噂を聞くこともあるが、特別豪華というほどでもない。

 6畳の部屋に、生活に必要な家具を置いただけの、簡素な和室だ。

 こたつテーブル――今は真夏なので布団は取って、ただの机として使用している――の前に座って、煎餅を食べながらお茶を啜る。

 普段はこの世界に合わせた洋風の物にばかり囲まれているので、自室にいる時くらいは日本の雰囲気に浸っていたかった。

 

 エアコンや冷蔵庫などの贅沢品は確かにあるが、一般的な『豪華絢爛』のイメージからは程遠いものだろう。

 元々はテレビもラジオもエアコンもなかったこの世界では十分に満たされた贅沢な生活だが、噂に語られているような『酒池肉林の宴』なんて光景は欠片もない。

 日本人としては一般的な、ごくごくありふれた一人暮らしの部屋である。

 私にとっては、その一般的な生活さえ、夢想の中でしか味わえないことだったのだが。


「……女神あいつが私をダンジョンマスターとして転生させたことで、人並みの生活が送れるなんて複雑な気持ちですね」


 だからといって、あの女神に感謝する気持ちなど欠片もありはしない。

 そもそも、私を転生させた女神・ネイロスは、神に刃向かった天罰だとして私を人類の敵であるダンジョンマスターに転生させた。

 加えて王都――ダンジョンマスターにとって敵地とも言える人間の生存圏の中心へと送り込み、人間に殺させようとした。

 確かに、私が人並みの生活を味わえるようになり、家族を死の運命から救う手段を得たのは女神・ネイロスの行動の結果だ。

 けれど、明確な悪意を持って自分を窮地に追い込んだ相手に感謝できる程、私という人間は優しくない。

 ――私のことだけなら、かろうじて耐えられたかもしれない。

 しかし、大切な家族の死を蔑ろにされたことだけは、例えどれだけの時が過ぎようとも許せない。

 

「だけど今更、ダンジョンマスターとしての能力を捨てる訳にもいかないでしょ?」


 誰もいないはずの部屋に少年の声が響いたかと思うと、虚空に集った光の中から、一人の少年の姿が現れる。

 時間を司る神、クロノス――自らそう名乗る少年は、真意の掴めない微笑みを浮かべて、何食わぬ顔で私の対面に座っていた。


「……乙女の部屋に勝手に入らないでくれませんか?」


「はいはい、用事が終わったらすぐに出て行くよ」


 飄々とした態度で、クロノスはいつものように用件を話し始める。

 彼がこのように話を切り出すのは、何かしら依頼を持ち込んでくる時だ。


「来月までにこのリストに書いてあることを達成してくれたら、ボーナスをあげるよ」


 そういってクロノスはこたつテーブルの上に、1枚の書類を置いた。

 書類にはいくつかの要求が箇条書きで示されている。それも、いつものことだった。


「私自身のレベルアップに、いくつかのアイテムの生産に、城下町の設備強化……ほとんどいつも通りですね」


 ダンジョンマスターとしてのレベルアップは、戦闘の他にもダンジョンポイントを消費することで可能となっている。

 レベルの上昇に比例して必要となるダンジョンポイントも上がっていくが、今の利益なら払えない量ではない。

 アイテムの生産に関しても、指定されたアイテムならダンジョンポイントと交換で入手する他にも、従業員達に指示を出して作らせることもできる消耗品ばかりだ。

 城下町の設備強化については私の独断では行えないが、王家に打診してこちらから金銭支援を持ちかけることでどうにかなるだろう。


「ボーナスはいつも通り、クロノスミッションの達成率次第ってことでいいかな?」


「……毎回思うんですが、ネーミングが安直すぎませんか」


「えー、分かりやすくて良いと思うんだけどなあ」


 クロノスは私の言葉に不満げにしながらも、書類を置いて立ち上がる。

 彼はいつも、突然やってきたかと思うとすぐに立ち去っていく。

 本人曰く忙しいそうなのだが、そういう彼が余所で何をしているのかは決して語られない。

 ――最も、クロノスが裏で何をしていたところで、私の家族を救うためには時間を操る能力を持つ彼の助力が必要不可欠だ。

 私の世界の時間を、私の家族が事故死する前で静止させた上で、運命を書き換えることができる『運命神の天杖』を入手する。

 その『運命神の天杖』の効力で私の家族を死の運命から救い出してから、時間の流れを正常に戻す――これが、今の所唯一分かっている解決策だ。

 時間だけでも、運命だけでも駄目。両方を書き換えなければ、私の家族は救うことができない。

 だからクロノスの助力は絶対に必要で、そのためには彼の要求は受け入れなければならない。

 今はまだ無茶な要求はされたことはないが、覚悟はしておかなければ――。


「言っとくけど、そういうことする気はないからね?」


「勝手に心の中を覗かないでください」


「神様には見えちゃうんだから仕方ないじゃないか。第一、僕の好みはもっと胸が大きな……痛っ、ちょ、地味に痛いからそれ、やめてくれない?」


 私は思わずテーブルの上に置いていた輪ゴムを指で鉄砲のようにして飛ばして、クロノスにぶつけていた。

 ……ダンジョンポイントで胸を大きくできないのでしょうか。

 まあできたところで、家族を救うために必要なダンジョンポイントを、そんなことに使ったりなんてしませんけれど。



  〇



 宣言していた通り、ダンジョンマスターの少女に要求ミッションを伝えたクロノスは、すぐに彼女の部屋から消え去っていた。

 少年の姿をした神・クロノスは今、王都城下町の時計塔の鐘の下で、最上部の縁に座りながら人々の営みを眺めている。

 昼時の街中を仲睦まじく歩いていく親子や恋人達。街の外へと向かう冒険者や商人。

 ありふれた、けれど尊い平和な光景が、神の瞳に映っていた。 


 クロノスが協力する少女は、たびたび彼の真意を問う。

 貴方の目的は何なのか、と。

 その度にクロノスは、返答を意図的に誤魔化していた。

 何も目的がないから、ではない。

 クロノスには、己の存在を賭けてでも成し遂げたい宿願があったから。


「僕は、この世界を――」


 正午を知らせる鐘が鳴り響き、クロノスの周りに集っていた鳩達が一斉に羽ばたいていく。

 神の零した呟きは鐘の音が遮り、風が散らして消えていった。



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