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閑話「妖怪ガチャ回し、誕生秘話」



 ――あれは、わしがカジノで遊ぶ金欲しさに冒険者になった頃のことじゃった。

 請け負ったクエストを一通りこなしたわしは、川原で昼飯でも食おうと風呂敷を紐解いていた。

 そんな時、川の上流からどんぶらこ、どんぶらこと――。


「ガチャあああ! ガ、ガ、ガッチャああああ!!」


 ――後に妖怪ガチャ回しと呼ばれる男が流れてきおった。

 うむ、あれはどう見ても泳いでいたのではなく流れてきた、じゃのう。

 ともかく、その時は名も知らぬ変人がおると唖然としていたのじゃが、それがよくなかったのじゃ。

 川から這い上がったその男とわしの、目と目が合った。瞬間「あ、これ面倒事になるのじゃ」と悟ったのう。


 ひとまず観察してみれば、男の手にはキノコが握り締められておった。

 見た目は美味な食用キノコと似ているのじゃが、中身は食した生物を混乱させる毒キノコの類じゃった。

 ……ああ、麻薬的な物ではないのじゃ。調合すれば良薬の素材にもなるのじゃが、食用には適さぬのう。

 焼いた程度で消える毒ではないし、そもそも味もよくないと伝え聞いたぞ。

 男の持つキノコには齧った後があったから、その男が毒キノコを誤って食して混乱しておるのじゃということはすぐに分かった。

 大方、食費を浮かすために未熟な知識で山菜に手を出したといったところじゃろうな。


 それでまあ、男は腹が減っていたのじゃろうな。わしの持つ風呂敷に目をつけおった。

 中身はわしお手製のおいなりさんじゃ……何、知らぬじゃと? 稲荷寿司の美味を知らぬとは人生損しておるのう……。

 まあ、わしの昼食を奪おうとしているのは、威嚇しながらじりじりと迫る男の様子から感じ取れた。

 そうはさせまいと、わしは杖を構えて詠唱を始めたのじゃ。


「ええい、まずは動きを止めるのじゃ! 風鎖ふうさ!」


 風鎖というのは、魔法の風で鎖のように相手を縛りつける束縛用の術じゃな。

 混乱している相手を無力化するだけならそれで十分と高をくくっておったのじゃが……。

 男は凄まじい勢いで突撃してきたかと思うと飛び上がり、風鎖を足場にして空中でさらに跳躍しよった!


「か、風を踏み台にした――のっじゃあああ!?」


 思わぬ行動に呆気にとられたわしは、飛び掛ってきた男を避けることができなかった。

 男はわしから風呂敷を奪おうとするのじゃが、わしも抵抗してのう。


「ちょ、こら、どこを触っておるのじゃ貴様ああ!!」


 ……まあ、うむ。ともかく。わしも風呂敷を奪われまいと必死になっていたのじゃが、手が滑ってのう。

 互いに引っ張り合っていた風呂敷が両者の手から離れて、川の中に落ちてしまったのじゃ。


「あ、あああ……わしの、わしのおいなりさんが……」


 せっかくの昼飯が台無しになったショックで、わしは思わず跪いておった。

 後の妖怪ガチャ回し……要するにアクトは、まだ風呂敷の中身を諦めていないのか、川に向かって飛び込みおった。

 止める暇もなかったのう……あの場所は、子供でも足がつく浅瀬じゃったというのに。

 飛び込んだ拍子に川底で思い切り頭を打ったらしいアクトは、しばらくして水にぷかぷかと浮かんできおった。

 気を失って水の中に漂う、名も知らぬ変人。台無しになった昼食。水しぶきでびしょびしょになった服。

 直視したくないくらい嫌な現実に、わしは思わず叫んだのじゃ。


「よ……よ……妖怪ガチャ回しめえええ!!」


 ……その後はどうしたか、じゃと?

 忌々しい男じゃが、さすがにそのまま捨て置くわけにもいかず、魔法を駆使して救出と治療を施してやったのじゃよ。



   〇




「これが、わしがアクトを妖怪ガチャ回しと呼び始めた理由じゃが……なあ?

 迷惑かけてきた男に変な渾名をつけてからかう程度で済ませるなど、温情があると思わんかのう?」


「……ハイ、スイマセンデシタ……」


 タマモに改めて問い質されたアクトは、額を机に擦り付けるように頭を下げた。

 酒場でたまたま同席することになった二人だったが、唐突にタマモが過去の話を酒の肴にと皆の前で話し出した。

 話が進むたびにアクトの脳裏には、目が覚めた後で川原に正座させられて説教された苦い記憶が鮮明に蘇っていた。


「幸い、わしの他に犠牲者はいなかったようじゃがのう。一歩間違えていたら、山賊の類と思われて退治されておったぞ?」


「ソウデスネ、ハンセイシテマス……」


 頭が上がらない様子のアクトに、周囲の野次馬達が大笑いしていた。

 最も、冒険者達にとってこういった失敗談はつきものだ。笑い話で済むのなら、運が良かったと言える程に。

 酒場内では「俺も若い頃は色々やらかしたものだ」とか「そういや俺の知り合いがかました傑作話があってな」という風に、失敗談をテーマに話が盛り上がっていく。


「……お主、レンに許してもらえてよかったのう」


 話題の中心が自分達から余所へ移ったことを感じ取り、タマモが小声で呟く。

 真剣な様子を感じて、アクトは顔を上げてタマモに机を挟んで正面から向き合った。

 アクトは手元のグラスを一口呷り、中身の酒を飲み下す。


「思えば……あんたに説教されたから、あいつとのことを考え直すことができたんだな」


 かつて、アクトがレンにパーティ離脱をされて憤っていた頃。

 先程の話に出てきた川原での説教を受けた後日、アクトはまたタマモに厳しく説き伏せられた。

 アクトが昔、レンに対して行ったこと。それを当時のアクトがまだ、自分の行為が正しいと決め付けていた時のこと。

 飢え死にしそうな子供を拾ったことはよくても、だからといってその子供に何をしても許されるわけではないのだと。


「まあ、被害を受けた本人がもう良いと言ったのじゃ。わしからはもう何も言わんよ」


「……あいつに、あそこまでの気概があるなんてな」


 アクトは噛み締めるように思い出す。

 先日、レンが見せた意地と決意の言葉を。


「冒険者としての才能は欠片もねえが、あいつはきっと強くなるだろうな……」


「……あやつに才能がないとは限らんぞ?」


アクトの言葉を否定して、タマモはにやりと笑う。


「あの日から、レンの奴に修行をつけているのじゃが……あやつ、僅かばかりじゃが魔法使いの素質があるようじゃぞ。

 最も、一流には程遠い、今後の修行次第で少しばかり使えるかもしれぬ、という程度の物じゃが……それは些細なことじゃ。

 修行の際に、あやつの集中力は目を瞠るものがある。もしかしたらあやつ……確りと磨けば将来は化けるかもしれぬぞ?」


 タマモのレンに対する評価を聞いたアクトは――微かに微笑んだ。


「……そうかい。そいつは楽しみだな」


「よいのか? お主を超えようとする子供の方が才能豊かじゃと言っておるのじゃぞ?」


「それくらいの方が超えられる甲斐があるってもんだ。最も……超えさせるつもりなんぞ、さらさらないけどな」


 真意を探るようなタマモの言葉にも不敵に返して、アクトはグラスを掲げた。

 タマモはアクトの意図を察したように、グラスの取っ手を握る。


「何に乾杯するのじゃ?」


「そうだな……あいつの」


 アクトはしばし考える素振りを見せた後に、言う。


「レンの目指す未来に、乾杯」


「……うむ、乾杯!」


 キン、と。グラスがぶつかり合う心地よい音が二人の間に響いた。

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