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20「願いを追い求める者達」




「あ、あああ……!頼む、頼むから……俺にガチャを回させてくれ……!」


 ゴール直前で足場から転落してしまった冒険者の男が谷底で呻きながら叫んでいる。

 連日開催しているカジノ新企画『ダンジョンブレイカーズ』の会場では、今日も阿鼻叫喚と幸運の祝福が入り混じっていた。

 参加者だけでなく、賭けに興じている観客達もまた、レースの結果に一喜一憂している。


「――終了でーす! ただいまを持ちまして、制限時間になりました!

 これで今回のレースは終了となります! 皆様、お疲れ様でした!」


「あ……ぐ、ぬおおおおおお……!!」


 私がレース終了の宣言を行うと、谷底の冒険者が悔しそうに蹲り、床を殴りつけていた。

 最も、ゴール前の谷底の床は、落下した参加者の安全のために、特製のクッションで作られている。そのため、叩き付けた拳はたやすく跳ね返されている。


「ガチャが……ガチャのアイテムさえあれば、ゴールできたのに……ちくしょおおお……!」


 『ダンジョンブレイカーズ』では、アイテムや装備品は持ち込めず、カジノ側から提供される基本的な服装やアイテム以外は、ガチャを回すことでしか手に入らない。

 ゲームで例えるなら、初期防具でしか参加できず、鍵開け用の道具くらいしか持ち込めないイベントダンジョンという感じだ。

 例外として現金の持ち込みには制限が掛かっていない。最も、レースでわざわざ重い荷物を持ち込む者はいないため、ほとんどの参加者が後払いシステムを利用している。

 ガチャを回すタイミングは、レースが始まる前の待機時間にも数分間用意されている。

 参加者全員に配られる、『ダンジョンブレイカーズ用アイテムガチャコイン』で、レース前にガチャからアイテムを入手しておくことも可能だ。

 予めガチャを回してスタートから優位に立つか、トラップからの脱出用アイテムが手に入りやすい道中のガチャまでコインを温存するかは、参加者次第である。


(私個人のおすすめは、レース前にコインも現金も注ぎ込んで、ガチャをたっぷりと回して準備しておくことですけどね。

 道中のガチャは必要になったら回せばいいのです。課金してレースを有利に進めた方がお得ですよ。勝てればの話ですが)


 ソーシャルゲームでも大抵の場合、課金すればするほどクリアは簡単になっていく。

 あるいはゲームの難易度自体は変わらなくても、手間が大幅に軽減されることが多い。

 もちろん、無理のない課金額に留めておかなければ、生活費に苦しむことになるので注意は必要だ。


(まあ、私はソーシャルゲームもガチャもしたことはないですけどね……)


 私はソーシャルゲームに課金したこともなければ、そもそもプレイしたこともない。

 娯楽に興味がない訳ではないのだが、生まれながらの難病に冒されていた私にできる娯楽は限られていた。

 ただでさえ入院費に治療費にと大金を家族に使わせてしまっているのに、お金の掛かる趣味をやりたいと願うことは、私にはできなかった。

 私の趣味といえば、図書館で無料で貸し出されている書物を、家族に頼んで借りてきてもらって読むことくらいだった。

 漫画も小説も、たくさん読んだ。学校に通えない分は通信教育を受けていたが、余暇の時間はたっぷりとあったから。


 ゲームのアイテムを手に入れる為に課金してガチャを回す、という仕組みを知ったきっかけは、とあるライトノベルで書かれていたからだった。

 ガチャを題材としたその小説の主人公は、驚くような金額をネットゲームのガチャや課金アイテムに注ぎ込んでいた。

 後々に、その主人公がプレイしていたゲームの世界に生まれ変わる際に、今まで課金してきたことで手に入れたアイテムや能力のおかげで凄まじい戦闘力で異世界を力強く生きていく、というストーリーだ。

 物語は面白かったし、主人公も好感を持てる人柄だったけれど、課金という仕組みと、それに費やされた金額が、どうしても現実味を感じられなかった。

 けれど、その小説の作者のあとがきを読むと……作者自身は「自分はこの主人公よりも課金してますね」と笑い話のように書いていた。


 その日から、経済に関する本などで特に課金というシステムについて語られている書物を、何冊も読み漁った。

 何で形に残らないデータにたくさんのお金を払えるのか。課金という要素のあるゲームに夢中になれるものなのか。

 基本無料で遊べるゲームが世の中にたくさん増えた理由や、サンクコストといった知識は、その頃に学んだものだ。


 ゲームに課金することは、遊ぶ本人が納得した上で、無理のない金額で遊ぶのなら、その人の自由だと思う。

 だけど、どうしようもない不公平というものを感じずにはいられなかった。

 ほんの一時の満足を得るために、大金を注ぎ込める人達が、世の中にはたくさんいる。

 課金ガチャやギャンブルに限った話だけではない。人の世に存在する数多くの娯楽には、多額の金銭が注ぎ込まれている。


 ――お金さえあれば、私も、私の家族も救われるのに。

 そう思うと、胸がぎゅうと締め付けられて、苦しかった。

 生きているだけで、私は大好きな家族を色々な娯楽や快適な生活から遠ざけてしまう。

 だからといって、自殺することはできなかった。

 大好きな家族を苦しめていると分かっていても、生きていたい。それが、私の本心だった。

 生まれてきた意味も分からないまま、家族に散々迷惑を掛けただけで、何もできずに死んでいく。

 それが私の人生だなんて、絶対に受け入れられなかった。


「さあ、皆様! 次のレースまでの休憩時間は、歌姫アイドル候補生達のライブをお楽しみください!」


 私のアナウンスを合図に、会場中央の特設ステージに歌姫アイドル候補生の少女達が現れて歌い出す。

 彼女達の人気も急上昇中で、ブロマイドや各種グッズの販売も開始している。

 今は男性向けに女性アイドルばかりをお披露目しているが、その内に女性客層を狙って男性アイドルも公開予定だ。

 現状は『ダンジョンブレイカーズ』でレースの休憩時間に場を繋ぐためのミニライブだが、いずれはアイドル達のためだけのイベントも企画している。

 しばらくの間は、アイドル候補生達に舞台に立つ経験を積ませると共に、観客達にアイドルという存在を広めていく初期段階だ。


「本日デビューのアイドルは、白翼の歌姫リムさんです! 盛大な拍手でお迎えください!」


「リ、リムだ……です。ど、どうぞよろしくな……です」


「リムさん、リムさああん! ホ、ホ、ホアアアア!」


 今日も客席には、エルフの青年ハヤテがアイドルの登場に荒ぶる興奮を声高に叫んでいる。

 彼のように高レベルの武芸者でありながら、カジノに偽装された私のダンジョンに長時間滞在してくれる存在は、貴重な収入源だ。

 冒険者として活動しているという話をあまり聞かないが、調べたところ彼は故郷である東方からこの王国に来るまでの間にいくつもの冒険譚を紡いできたという。

 東方では放浪の英雄として名を馳せた人物であるらしいのだが、本人曰く「女子おなごが困っているから助けただけでござる」と、ちょっと人助けをしたくらいの気軽さで語っていた。


(生贄を強いていた邪龍の討伐や、人攫いの組織の壊滅……いずれも誇れる偉業だと思うのですけどね)


 できればハヤテにもスポンサー契約をしてもらいたいところだが、現状の彼はほとんど冒険者として活動しておらず、Bクラスには至っていない。

 実力だけならAクラスでも通用すると思われるのだが、本人はさほど冒険者としての名声に興味はないようだった。

 少々惜しく感じるが、今のようにアイドルや萌えグッズに夢中になって滞在してくれるだけでもありがたいので、私としてはどちらでもよい。


『ご主人様。例の方をお連れしました』


『分かりました。今からそちらへ向かいます』


 念話の魔法石から聞こえてきたマリーさんの声に、私は念話で返答して席を立つ。

 傍で控えていた従業員に、司会者として場を取り仕切るように伝えて、マイクを手渡した。

 この世界にはない概念である実況や司会の手本を見せる為に、『ダンジョンブレイカー』実装日からずっと私が司会を行っているが、少しずつ従業員に任せられるようにしていきたい。

 交代を伝えられた従業員は緊張した面持ちだったが、練習の成果を出そうと張り切ってもいる様子だった。




   〇




「お待たせしました、タケル様」


 客室に待たせていた人物に、私は入室と同時に声を掛ける。

 彼は数日前に、街中で喧嘩騒ぎを起こした人物で、他人に唆されたとはいえ不当な手段で入都したことで罰せられていた少年だ。

 本人に反省の色が見られることから、数日間の入獄と罰金、それから連日の説教で刑罰は完了と判決されている。

 最も、彼は無一文だったために借金持ちとなっており、保釈金を立て替えた私の元で働いてもらうことになるのだが。


「……お、俺、これからどうなるんですか……?」


 数日前に広場で暴れていた時とは違い、ひどく怯えた様子で尋ねてくるタケル。

 説教されたことや、自分が逮捕されたという事実を重く受け止めている様子だった。


「そうですねえ……これからのことを話す前に、ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」


 私はそう前置きして、緊張を隠せずにいる少年に質問する。

 内容自体は、ありふれた世間話だ……私のいた世界でなら、の話だが。


「あなた、野球はどのチームのファンですか?」


「――あ、あんたまさか……!」


 この世界に野球はない。似たような遊びはどこかで行われているかもしれないが、競技として成り立っているという話は聞かない。

 異世界の住人ではありえない質問に反応して、思わず声を荒げたタケルだったが、すぐに大慌てで自分の口を両手で塞ぐ。

 そんな彼に微笑みを見せながら、私は話を先に進めた。


「経緯はともかくとして、私と貴方は同じ世界……あるいは近しい平行世界から、こちらの世界に来たことは確かなようですね」


「あ、ああ……いや、そう、ですね……」


「二人きりの時は楽に話してくれていいですよ。借金を払い終えるまでは私に雇われた従業員の扱いなので、人前では最低限の礼節を守っていただければ十分です」


「……じゃ、じゃあ、えっと。まずは……罰金を立て替えてくれて、ありがとう」


「お気になさらず。こちらも、貴方の武力を期待しての打算ありきの行動ですから」


 タケルがアクトとの決闘で見せたという戦闘能力は、常人どころか熟練の戦士でもありえない領域だったと部下から伝え聞いている。

 互いに武器を扱っていないとはいえ、ガチャのウルトラレア級の装備品で多重に強化されたアクトに生身で対等以上に渡り合えたという時点で、その実力は凄まじいものだ。

 おそらくは何らかの形で神様から力を与えられた転生者、あるいは転移者……そこまでは推測できる。


「つかぬことをお聞きしますが、貴方に力を与えた神様の名前をお聞きしても?」


「えっと、たしか……ティアと名乗ってたな」


 私を手違いで殺して、ダンジョンマスターとして転生させた神の名前とは違っていた。

 既に処分は下されたとは聞くが、人間でいうところの死刑にはなっていないらしいから、彼が私と同じ神に転生させられたという可能性はあった。

 ダンジョンマスターに転生させられたことで家族を救うための手段を目指せるのだから、あの神に対する私の感情はとても複雑なものだ。

 最も、私の家族の死を『そんなことより』と軽んじたあの神を、絶対に許す気はないが。

 誰だって、大切な家族の命を蔑ろにした者のことを、許せるはずがないだろう。


「素敵なお名前ですね」


「何でも、ユースティティアっていう昔の女神様から受け継いだ名前らしいぜ」


「ローマ神話の正義の神、ですね。裁判のシンボルにもなっている有名な女神様です」


「……正義、か」


 その言葉に何か思うことがあるのか、タケルは目を伏せる。

 彼の顔には、後悔と苦悩が滲み出ていた。


「俺は、転生する前からずっと……正義の味方になりたかったんだ。

 間違えていることを間違えているってはっきり言えて、誰かを守れるような……そんな生き方に憧れていた。

 けれど俺は、昔も今も失敗してばかりで……力があれば正義を貫けると思ってたけど、それも間違いだった」


正義の味方――ありふれた言葉だが、それを体言することはひどく難しい。

かつては正義の道を志していた警察官だって、何かの拍子に犯罪に手を染めることがある程だ。

理想として言葉にすることは簡単でも、その生き方を曲げずに最後まで貫くことは、きっと困難なことだろう。


「せっかく、やり直せると思ったのに……今度こそ、って思ったのになぁ。

 俺の馬鹿は、死んでも治らなかったみたいだ……また、失敗した……」


「――失敗しないのが、正義の味方なんですか?」


私が尋ねると、タケルは意表をつかれたような表情で顔を上げた。


「失敗して、後悔して……それでも、自分の信じる正義のために立ち上がる。

 立派なことじゃないですか。挫折から立ち上がるのだって、ヒーローの見せ場でしょう」


「け、けど俺は……! 色々な人に、迷惑をかけて……」


「確かに、貴方はフォウルさんの言葉を鵜呑みにして犯罪に手を染めてしまいましたし、他人の確執に無遠慮に踏み込んで騒ぎを起こしてしまいました。

 けどそれを後悔して、反省して……償い終えたなら、それからまた頑張ればいいじゃないですか」


 ひとまずは私への借金を返済するために頑張ってくださいよ、という言葉は心の内にしまいこむ。

 だが、せっかく神から与えられた能力があるのだから、それを生かして利益をもたらして欲しいというのが私の本心だ。

 そのために、カウンセリングの真似事なんてしているのだから。


「それに、貴方は誰にも否定できない正義を、既に行ったではないですか」


「……? いったい何のことだよ」


 心当たりがないらしいタケルの疑問の声にあえて答えず、別室で待機させていたメイドに念話の魔石でこちらに来るように指示を出す。

 客室内は防音対策が万全であり、隣室であろうとも呼び鈴の類を鳴らしたところで伝わらないため、念話の魔石は必須だった。

 しばらくすると客室の扉がノックされる。私が扉の向こうのメイドに入室するように促すと、タケルの行った正義を示す人物が、扉を開けて入室してきた。


「君は……たしか、馬車がモンスターに襲われていた時の……」


 タケルは彼女の姿を見て、ようやくその時の出来事を思い出したようだった。

 彼が馬車を襲ったモンスター達を退治した時に命を救われたという、奴隷の少女。

 メイド服に身を包んだ彼女の名前は、エリス。元々はフォウルの所持する奴隷だった。

 だが、数々の犯罪に手を染めていたフォウルからは全ての財産が没収されており、それは奴隷達も例外ではない。

 行き先がなく、再び奴隷商人の元に送られる予定だった彼女達を、私が全員まとめて買い取ったのだ。

 エリスという少女も、そんな奴隷達の一人だった。


「あ、あの……本当に、すみませんでした!」


 自由に発言することを許可する旨を念話で伝えると、エリスはすぐにタケルに向かって頭を下げて謝罪の言葉を述べた。

 呆気にとられているタケルに気付かない必死な様子で、彼女は頭を深々と下げたまま、気持ちを言葉に込めて話していく。


「命を助けていただいたのに、私……お礼も言えず、怖がってしまって……!

 あれからずっと、謝りたくて……恩人にあんな態度をして、許されないと思いますけど……。

 それでもせめて一言、伝えたかったんです。私を救ってくださって、ありがとうございました!」


「――!」


 タケルの瞳から、涙が零れ落ちる。

 彼はしばらく、自分が泣いていることにも気付かないほどに呆然としているようだった。

 やがて、嗚咽と共に彼の口から言葉が溢れ出す。


「俺は……俺はずっと、認められたくて……ありがとうって、その一言が、欲しくて……!」


 タケルという少年の素性を、私はろくに知らない。

 私と同じか、はたまた似た世界から、剣と魔法のファンタジーな世界へ神の力で送り込まれたらしい、ということくらいだ。

 ただ、これだけは理解できる。彼の前世はあまり報われたものではなくて――。


「す、すみません……! ご不快な思いをさせてしまって、本当にすみません!」


「違う、違うんだ……俺はただ、嬉しくて、嬉しくてたまらないだけなんだ……!」


 ――今この時に、ようやく報われた。それだけは、傍目にも確かなことだった。

 そう確信できるくらいに、タケルの浮かべる笑顔は、清々しいものだった。





 世界は回り続ける。

 報われなかった少年の新たな人生と共に、回り続ける。

 誰もが報われたいと願う世界で、人々の挫折も後悔も苦悩も受け止めて。

 それでも一歩、明日を目指して進めるようにと、世界は今日も回り続けていく。

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