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17

(……ろくな討伐依頼がねえな)


 アクトは依頼掲示板の前で、しかめ面で溜め息を零していた。

 冒険者ギルドには毎日様々な依頼が集まるのだが、ここ最近は徐々にモンスターの討伐依頼が少なくなっている。

 正確に言うならば、王都近辺での低ランクモンスターの討伐依頼だ。近場での討伐依頼なら移動時間を含めて一時間も掛からずに終わるために割りの良い仕事だ。

 だが、割りが良くて稼げる仕事となれば誰もがそれを受けようとして、奪い合いになることも多々ある。

 そのため、ただでさえ競争率の高いのが王都近辺での低ランク討伐依頼なのだが、そもそもの討伐依頼自体が少ないとなると、ますます奪い合いが加熱することになる。


 他の依頼は、王都から離れた村が依頼場所であったり、戦闘を必要としない――薬草の採取や、王都内の清掃などの雑用がほとんどだ。

 例外として高ランクモンスターの討伐依頼は相変わらず多いが、そういった仕事は仲間とパーティを組んだ者達や、規格外の能力を持つ高レベル冒険者が請け負うものだ。

 特別な才能もなく、基本的に単独ソロで活動しているアクトにとっては、高ランクモンスターを相手取るのはリスクが高い。

 以前のアクトなら「ろくな依頼がねえなら今日は休みだ!」と酒でも飲んで一日を潰していたが、今はそうも言っていられなかった。


(今月のガチャに目ぼしい景品はなかったが……今のうちに来月分を溜めておきたいからな)


 ガチャというのはアクトが嵌り込んでいる遊戯であり、王都のカジノで目玉として良くも悪くも有名になっている賭博だ。

 お金を入れて、レバーを回す。単純で分かりやすく、短時間で結果がでるというゲーム性皆無の遊戯だが、そのガチャにおいて大当たりの景品には凄まじい性能を誇る冒険者垂涎の装備品が揃えられている。

 最高の大当たりであるウルトラレアともなれば、持ち主に様々な加護を与える魔法の道具が目白押しだ。

 アクトはそこで、主に移動速度が上昇する類のウルトラレアアイテムを集めている。

 今月の景品は魔法使いに有利となるアイテムが並んでおり、魔法の素質がないアクトには無用の物ばかりだった。

 そのために今月は一切ガチャを引く気はなく、来月分に向けて資金を貯蓄している。


 だが、肝心の仕事が割りに合わないものばかりとなると、どうしたものかと悩んでしまう。

 しばらく掲示板に貼られた依頼書を吟味していたアクトだったが、ふと背後に気配を感じて振り返る。

 掲示板から離れた柱の傍。そこに、見慣れた少年の姿が見えた。

 アクトが振り返ったことに気付いた少年は、慌てて柱の影に隠れる。

 少年の名はレン。以前、アクトがパーティメンバーとして行動を共にしていた少年だ。

 何してんだあいつ、といぶかしむアクトだったが、気を取り直して掲示板に向き直る。

 だが、再び背後に気配を感じて振り返る。その視線の先では、柱の影からレンがこちらの様子を探るように覗き見ていた。


「何だよ、言いたいことがあるなら隠れてないで、こっち来てはっきり言えよ!」


「……ご、ごめんなさいっ!」


 つい乱暴な口調で話し掛けてしまい、しまったとアクトが思った時には、レンは駆け足で走り去ってしまっていた。

 反射的に手を伸ばすが、距離が離れすぎていて手が届くはずもなく、アクトは行き場を失った手で自分の頭を掻く。


「ちっ……何だってんだよ」


 不機嫌そうに悪態をつきながら、アクトは改めて依頼掲示板に目を向ける。

 レンに避けられている理由は、以前行動を共にしていた時のアクトの振る舞いが原因だ。

 戦闘訓練だと言ってぼろぼろになるまで叩き、冒険者稼業で何か失敗すれば罵声を浴びせた。

 他にも、何かと理由をつけて罰金と称して金を巻き上げた。

 当時はそれが正しいことだと信じていたが、今思い返せば問題だらけだったことはアクト自身も理解している。

 だが、今の時代やレン本人の気質に合わない方法であり、自分のやり方が雑だったのだと反省しているが、この方法そのものを否定する気にはなれなかった。

 ――アクトがレンに行ったのは、アクト自身が今でも尊敬している育ての親から受けた扱いの模範だったからだ。

 命を救われた恩人であり、今もアクトが生きているのはその育ての親のおかげだった。

 だから、自分が間違っていたからといって、育ての親が自分にしてきたことまで間違いだったとは認めたくなかった。

 

「くそ、モンスターでも狩ってすっきりするか……」


 苛立ちをぶつける先を求めて、アクトは依頼の選別を討伐依頼に絞る。

 数ヶ月前より減少傾向にあるとはいえ、低ランク向けの討伐依頼が皆無という訳ではない。

 普段より稼ぎ足りない分は、王都から少し離れた地域が指定された討伐依頼を追加で受ければいい。

 そうして指針を定めたアクトは、掲示板から大量の依頼書を引き剥がして、受付カウンターへと足を運んだ。



  〇



「てめえでラストだ、おらあぁ!」


 アクトの振るう剣閃が、モンスターの喉元を斬り裂く。

 返り血を避けて飛び退き、短剣に付いた血を振り払う。そしてアクトが短剣を鞘に収めるのと、モンスターが地に倒れ伏すのは、ほぼ同時のことだった。

 これで通算50匹目――午前中に受けた依頼は、これで完了した。

 しかしアクトの顔には仕事をやり終えた解放感ではなく、苦虫を噛み潰したような不快が露になっていた。


「……ったく。いつもの半分もこなせちゃいねえじゃねえか」


 1日でモンスターを50匹討伐――Cランクでソロ活動の冒険者がこなした数としては十分すぎる戦果だ。

 しかし、アクトは普段は100匹、200匹という多数のモンスターを一日で討伐している。それと比べれば、今日の討伐数はアクトにとっては明らかに少ないものだった。

 だが無理はない。いつもとは違い、今日は王都から離れた村にまで足を運ぶことになったのだから。

 移動時間だけでもかなりの時間を使い果たした。それで50匹討伐ならむしろ多い方だ。それでも、アクトの気は晴れることはなかった。

 討伐完了の証としてモンスターの耳を切り取り、他にも売れそうな部位を剥ぎ取り終えると、アクトは自分に言い聞かせるように叫ぶ。 


「くそ、今日はもうやめだ、やめ! 酒飲んで寝る!」


 しばらく酒も煙草も控えていたが、今日はもう仕事する気にも、酒を我慢する気にもなれなかった。

 依頼終了の報告を終えたら、村にある酒場に行こうとアクトは心に決める。

 そうして苛立ち混じりに歩き出した時、ふと足先にコツンと硬質な感触を感じた。

 何か蹴飛ばしたのかと足元に目を向けると、そこには黒ずんだ青い石の塊が転がっている。

 拾い上げて観察してみるが、青い見た目以外は何の変哲もない石ころのように思えた。


(何だこれ? 宝石にしちゃ薄汚れてるし……)


 金目の物かと思ったが、どう見ても値打ち物には見えない。

 形も歪で、埃と土に塗れて、色褪せた青色の石。

 鑑定に関する知識に乏しいアクトには、その石はどうにも値打ち物には見えなかった。


(まあ、調べたら案外、小銭くらいにはなるかもしれねえな)


 捨ててもよかったのだが、何故かアクトはその石の存在が気になり、捨てる気になれなかった。

 嵩張る物でもないからと、石の汚れを適当に拭き取り、鞄に放り込む。

 ―― そのままその場から立ち去ったアクトは、その石が落ちていたすぐ傍に、朽ち果てた小さな祠があることに気付かなかった。



   〇


 数日後、アクトは王都のカジノに訪れていた。

 今日はガチャを回す予定ではないのだが、それでもカジノに足を運ぶのはいくつか理由がある。

 ひとつめは、冒険者ギルドのクエストを達成することで手に入るガチャチケットが、カジノ内で売買されているからだ。

 確実に金を手に入れたい者がチケットを売り、運頼みでも大金を手に入れたい者がチケットを買う。

 そのための取引の場として、カジノの一角にある休憩スペースが利用されていた。


 ふたつめは、ガチャの景品が更新されていないかを確認するためだ。

 景品更新のタイミングは基本的に月替わりだが、ウルトラレアの景品が全て排出された時は来月分として用意されていた景品が繰上げでガチャに追加される。

 出現率の低いウルトラレアの景品が全て排出されるなど、めったにないことではあるが、それでもありえないという訳ではない。

 そのためアクトは、ガチャを引くつもりがない日でも、様子見のために王都カジノの扉を潜っていた。


「いらっしゃいませ、アクト様」


 カジノの受付カウンターに立つ少女が、アクトに声を掛ける。

 少女はこの王都カジノのオーナーであり、様々な噂の中心となっている存在だった。


「今日はガチャに挑戦ですか?」


「……いや、今日は様子見だけだ」


 アクトは普段からこのカジノの高級ガチャを回しまくっている。そのため、店側としても「アクトが来る=ガチャが大量に回される」と予想していたようだ。

 しかしそうはならず、様子見だけだと伝えるアクトに、オーナーは気にした様子もなくにこにこと笑顔を浮かべて応対していた。


「そうですか、どうぞごゆっくり……あら?」


 ふと、オーナーの少女は何かに気付いた様子で、アクトをじっと見つめ始める。

 正確には、アクトの持つ鞄に注目しているようだった。


「アクト様……失礼ですが、何か変わった物を拾われませんでしたか?」


「あん? ……あー、そういえばこの前」


 アクトは鞄の中をごそごそと漁り、底の方にしまい込まれていた青色の石を取り出した。

 数日前のクエスト中に「売れば小銭くらいにはなるかもしれない」と拾った物だが、すっかりその存在を忘れていたのだ。


「これのことか? こいつがどうかしたってのか」


「ええ、そうですね……そちらの石は手放さないことをおすすめいたします」


「……どういうことだ。こいつは、普通の石じゃねえのか?」


「今はまだ、何とも。ただ、もしもどうしても手放したくなった時は、私にご相談いただけたなら……悪いようにはいたしませんよ?」


「はっきりしねえな……まあ、覚えておいてやるよ」


 少女が意図をはっきりと話す気はないと感じ取り、アクトは青い石を再び鞄にしまい込んだ。

 何故アクトが拾い物をしたことを知っているのか。この石に何があるというのか。

 気になる点は多いが、話す気がない相手を無理に問い詰める程に気になるというわけでもない。     


(どうせこの女のことだから、何か変わった魔法でも使ってるんだろう)


 カジノオーナーの少女が作り上げたというこのカジノ自体が、気になる謎の塊のようなものだ。

 未知の技術で作られたいくつもの備品。他の賭博店では聞いたこともないような遊戯の数々。

 何より、ガチャの景品として渡されるウルトラレア級の装備品は、どれもが比類なき性能を誇る魔法の道具ばかりだ。

 それらを生み出す少女のことだから、何か得体の知れない魔法のひとつやふたつは習得しているのかもしれない。


「――ウルトラレア当選、おめでとうございます!」


 チリンチリン、と鳴り響くベルの音に、アクトは我に返る。

 ガチャの方を見ると、一人の男性がガチャの景品を出現させる魔法陣の前で、高笑いしているところだった。


「はっはっは! また儲けてしまったよ、悪いねえ貧乏人の諸君!」


 周囲の野次馬の敵意を煽るようなことを言いながら、ウルトラレアの景品が入った宝箱を連れのメイドに運ばせて、青年は受付カウンターの方へ歩いてくる。

 アクトは、その男の顔に見覚えがあった。青年の方もアクトに気付いたのか、侮蔑の感情を隠しもせず顔に浮かべて、アクトに歩み寄ってきた。


「おやおや、誰かと思えば『狂犬』アクト君じゃないか。今日も掴めやしない幸運に縋りつきにきたのかい?」


「んだよエテ公。随分と羽振りが良さそうじゃねえか」


 アクトがエテ公と呼んだ青年は、以前冒険者ギルドで受付嬢をナンパしていた男だ。

 わざわざ冒険者ギルドで仕事中の女性を口説こうとしながら、周囲にいる冒険者を馬鹿にする発言を繰り返していたために、ひどく反感を買っていた。

 青年が言った『狂犬』というのはアクトが過去につけられた二つ名だ。

 頻繁に争い事を起こして、誰にでも噛み付くから『狂犬』。いわゆる蔑称としてつけられた不名誉な二つ名である。

 とはいえ『妖怪ガチャ回し』だの『ガチャ廃人』などという訳の分からない二つ名で呼ばれるよりはマシかもしれないとアクトは思っているので、別に腹も立たなかった。随分と懐かしい二つ名を聞いたな、というくらいの感想しかない。

 わざわざアクトの過去を調べて『狂犬』の二つ名に辿り着いた青年からすれば、アクトの反応は苛立つものであったらしく、顔を引き攣らせていた。


「ん、ぐっ、ぎぃ……あ、相変わらず下賎な口だねえ。まったく、育ちの悪さが滲み出ているというものだ」


「あんたは相変わらずウキウキ鳴いてるんだな。近所迷惑だから森に帰ってくれねえか? エテ公」


「お、俺の名前はフォウルだ! 次にエテ公なんて呼んだらただじゃすまさないからな!?」


 自らをフォウルと名乗った青年は、顔を真っ赤にして足を踏み鳴らしながら、歩き去っていった。

 青年と、彼を追うメイドの姿がカジノの出入り口の扉を潜った頃、カジノオーナーの少女の声が空気を振るわせた。


「ただいま、ガチャのウルトラレア景品が全て排出されましたため、来月分のウルトラレア景品を繰り上げてご用意させていただきました!」 


 その宣言にアクトの興味は一瞬でガチャへと移り、フォウルという青年のことは一瞬で忘れ去っていた。

 ガチャ装置近辺に設置された、景品の詳細を記載している掲示板の前に駆け足で近寄る。

 用意された景品の一覧に目を通していると、そこに見逃せない景品の情報を見出した。


(移動速度上昇の加護が付与された『疾風狼のマント』……! こ、これは見逃せねえ!)


 アクトは、高性能の装備品が目白押しのガチャの景品から、装備すると移動速度が上昇する魔法の加護が宿った物を好んで集めている。

 移動速度が上がればそれだけ、クエスト数をこなすための時間を節約することができるからだ。

 戦闘においても速度は重要な要素だ。敵の攻撃を避ける、有利な位置取りを維持する、隙を見逃さず攻勢を仕掛ける。

 討伐クエストの対象であるモンスターが王都周辺で減少していることからも、移動時間の短縮が占める重要性は今後ますます高まることになる。

 そして『疾風狼のマント』の外観もまた、アクト好みの物だった。

 夜闇の如き濃黒の生地に、鮮やかな金糸で美麗な装飾模様が縫い込まれている。


(見た目もかっこいいし、性能も申し分ない……! 絶対、俺の物にしてやるぜ……!)


 狙いを定めたアクトの行動は早かった。

 鞄から溜め込んだガチャチケットを受付カウンターに置き、カジノオーナーの少女に告げる。


「全部ガチャコインに交換してくれ!」


「あら、今日は様子見ではなかったのですか?」


「事情が変わった……! 限界まで回す……!」


「うふふ、承りました。それでは、お預かりしたガチャチケット2000枚をガチャコイン400枚と交換いたしますね」


 カジノオーナーの少女は微笑み、アクトから受け取ったガチャチケットと引き換えに、1枚でガチャを1回引くことができるガチャコインをコインケースに入れて渡した。

 そのコイン全てで、ガチャ400回分。現金でガチャを回した場合、400万Gに値する。

 コインケースを受け取ったアクトは、意気揚々と高級ガチャの前へと進む。


「ガ、ガチャ廃人のアクトだ……!」


「まさか、このタイミングでの景品更新を予知していたというのか……!?」


 周囲で好き勝手にざわめく野次馬達を無視して、アクトはコイン投入口へとガチャコインを入れる。

 準備が完了したことを示すランプの点灯を確認して、アクトはレバーを引いた。


(さあ、必ず幸運を掴んでみせるぜ……!)


 ガチャの順番待ちをしている人物がいないことを確認しながら、アクトはガチャに挑み続ける。

 無我夢中でガチャを回し続けるアクトは――自分の鞄の中で、青色の石が僅かに発光していることに、気付くはずもなかった。



  〇



「くぅ、ぐうぉおう……」


 その夜。アクトは宿屋の一室で呻いていた。

 彼が夕食も忘れて――宿代で精一杯で食事もできなかったので無理矢理にでも忘れて――枕に突っ伏している理由は、実に簡潔なものだ。


「ハ、ハイパーレアすら出ねえとか……! くそ、くそお! 有り金全部、持ってかれたあああ……!」


 賭博で所持金を全て使い果たした。ただそれだけである。

 ガチャコインだけでは目当ての品物が当たらず、諦め切れなくて現金で追加で回して。

 まさに限界までガチャを回し続けて――結果は惨敗だった。

 景品として得られた物は、どれも外れの品ばかり。

 店で格安で売られているような量産品の剣や、ありふれた日用品。少々マシなスーパーレアの品物も、実用性はともかく高値で売るには厳しい物ばかりだった。

 仕方なく、ガチャの景品として手に入れたポーション類で腹の虫をごまかしているが、明らかに足りていない。

 ぐぅぐぅと不満の声を鳴らす腹にげんなりとしながら、アクトは心に誓っていた。


「明日から全力で稼ぐ……! 他の誰にも渡してたまるか、あれは俺が手に入れるんだ……!」


 アクトの頭の中に、諦めるという選択肢はなかった。

 何としてでも『疾風狼のマント』を手に入れる。そのためにどうすれば効率よく資金を稼げるのか。そればかりを考えている。


「絶対、諦めねえ……俺は、幸運を掴む……掴むんだ……!」


 ぶつぶつと呟きながら、強く願いを抱くアクト。

 鞄の中で件の青い石が輝いていたが、鞄に背を向ける形でベッドに寝転んでいる彼は、気付かないまま次第に眠りに落ちていった。



   〇


「うおおおらああああ!」


 早朝の街道を、アクトは全力疾走していた。

 朝一で冒険者ギルドで請け負ったクエストをこなすために、脇目も振らず駆け抜けていく。

 その通り道に採取クエストの目的である野草を見つければ素早く摘み取り、討伐対象のモンスターがいれば即座に狩る。

 アクトにとっては普段から行っている作業だったが、いつも以上に迅速な動きで目的を達成していった。

 全ては『疾風狼のマント』を手に入れるために。


「見てろよ幸運の女神様よぉ……! 力尽くで幸運を掴み取ってみせるからなあ……!!」


 目的を叶えるために、アクトは駆け続ける。

 初めこそレンとアメリアを見返すために始めたガチャへの挑戦だったが、最近は別の意味を見出し始めている。

 もちろん今でもレンとアメリアより圧倒的な幸運を掴み取って、見返してやりたいという願望の炎は燻ることなく燃え盛っている。

 だが、それだけではない。アクトがかつて胸に抱き、そして挫折した願いがあった。


「俺は強くなる……! もっともっと強くなって、登りつめてやる……!」


 力が欲しい。何者にも負けない力が、どこまでも駆け上がれるように――。

 その願いはしかし、アクト自身の才能の無さが原因で壁にぶつかることになり、やがてアクトは諦めてしまった。

 運も才能もない――かつてレンに幾度と無くぶつけた言葉だったが、それはアクト自身もそうだった。

 生まれつき運に恵まれず――ろくな半生ではなかった。優れた才能もない――がむしゃらに努力を積み重ねて、それでもCランクだ。


 だからアクトは、縁も所縁もないレンを拾ったのだ。

 毛布に包まり、街を行き交う人々をまるで別世界の住人を眺めるように遠い目で見つめていたレンのことを。

 かつての自分を見ているような気がして――放っておけなかったから。

 今では自分が放っておかれた側になって、そうなって当然のことをしていたという自覚はあるのだが。


「俺の価値を、世界に認めさせてみせるんだ……!」


 最早見返してやりたい相手は、レンとアメリアだけではない。

 街を行き交う人々にも、国中の、いや世界中に、アクトという男の価値を認めさせる。

 かつてアクトが思い描き、そして一度は現実の壁に阻まれて諦めた夢。

 それを今一度追いかけるために、アクトは天運を図るガチャに挑み続ける覚悟だった。

 ――鞄の中で、青い石はアクトの昂ぶる感情に共鳴するように、光を纏っていた。






 早朝に受けたクエストを全て完了させたアクトは、精算とクエストの再受領のために冒険者ギルドに戻ってきていた。

 一番安いランチメニューと共に、体力を回復させるエナジーポーションを流し込むように飲み干す。

 依頼掲示板のすぐ傍のテーブルを選んで座っていたアクトは、食後の休憩中にも貼り出された依頼書に目を通して、好条件の依頼を吟味していた。


(キナン村への配達……割れ物じゃないな。村周辺での討伐依頼も多いから配達後に討伐もこなして……)


 脳内で午後からのクエスト達成手順を思案していたアクトは、ふと視線を感じる。

 またかと思いながら肩越しに振り向くと、今日も背後の物影に隠れているつもりなのだろう少年、レンの姿を見つける。

 ここ最近、ずっとこの調子だった。何か言いたげにアクトの様子を窺うレン。

 しかしアクトが気配に気付いて振り返ると、あたふたして逃げるか、何か言おうとして口ごもり、結局走り去るか。

 初めは恨みを晴らす為に奇襲でもしてくるのかと身構えていたが、それにしては殺気というものをまるで感じないし、何より冒険者ギルド内でそのようなことをすればすぐに取り押さえられてしまう。

 アクトとしても、はっきりしない態度のレンに苛立ちが募るが、逃げ出したレンを追いかけて問い質すとなると、周囲から見た印象は悪くなるだろう。

 実際には何もしていなくても、以前まで行っていた悪行の印象から、再び子供に暴力を振るおうとしたなどと言われかねない。

 なのでアクトは次第に、気付いても放置して自分の用事を優先することにしていた。

 何か言いたいことがあるなら、自分で言いに来い。言外にそんな思いを抱きながら。


「ソフィア、午後の分の受付を頼む」


「はい、お任せください!」


 気持ちを切り替えて、吟味していた依頼書を掲示板から剥ぎ取り、アクトは知人である受付嬢のソフィアに話しかけた。

 


  〇



 アクトは、不退転の覚悟を決めてガチャの前に立っていた。

 時刻は既に深夜。日付が変われば、前回のガチャ景品更新から1ヶ月半となり、景品ラインナップが更新される。

 そうなると『疾風狼のマント』が次に景品として現れるかは未定。カジノオーナーの匙加減ひとつで、二度と手に入らない可能性もある。

 アクトが狙う『疾風狼のマント』を入手するためにはぎりぎりの瀬戸際。しかし同時に最大のチャンスでもある。

 今日までの日々で回されたガチャにより外れの景品は多くが排出済みとなり、それに比例して高レアリティの景品が出現率を増している。

 さらには月末限定で開催されるガチャフェスタによってウルトラレアの出現率が倍となり、目当ての『疾風狼のマント』が手に入る確率はかなり上がった。

 今日という日まで『疾風狼のマント』が誰にも引き当てられなかったのは、まさに僥倖。これが幸運の女神の采配だというのなら、今日を逃す手はない。


(今日まで溜め込んだチケットと引き換えにした、このガチャコイン……! こいつで足りなきゃ、現金も全部突っ込む!)


 アクトはさっそく、ガチャコインを投入口に入れてレバーを引く。

 順番を待つ人物が他にいないことは確認済みだ。後はただ、ひたすらに回し続けるだけ。

 いつまで回すのか――無論、勝つまでだ。


(回して回して回し続けて、生活費が火の車になろうとも、当たるまで回せば俺の勝ちだ!)


 そこまで回して当たらなかった時のことは――今は考えない。

 リスクを恐れて足踏みしていては、絶対に勝てないのだから。

 そんな風に覚悟は決めていた。……決めていた、が。

 長い時間と労力を掛けて掻き集めたガチャコインが底をつき、追加投資の現金も磨り減っていく内に、余裕など欠片も残らず磨耗する。

 ひぃ、ひぃ……誰かの情けない声に苛立ち、誰の声かと耳を澄ませる。他ならぬ己の声だった。


(当たれよ、当たりやがれ……当たってくれよぉおおおお!!)


 悲鳴のような祈りを込めながら、アクトは尚もガチャを回す。

 誰に祈っているのかアクト自身でも分からない。名も知らぬ神か、それとも悪魔か。

 ―― その祈りに反応するかのように、アクトの鞄の中で青い石が、力強く輝き出す。

 ガチャの結果に気を取られているアクトはそれにまるで気付かなかった。しかし、鞄から漏れ出る青白い光に、周囲で見ている野次馬達は異変に気付き、ざわめき始める。


(が、ぁあああああ! これで、これで最後の1万Gだああ!!)


 いくら気合を込めようが、レバーはガチャンと変わらない音を立てて引かれて、ガチャが回る。

 出現するアイテムのレアリティを示唆する光が、瞬く間に金色へと到達した。


「こ、来いよおおおお!! あとひとつ、あとひとつ壁を飛び越えて、虹色になれよおおおお!」


 思わず吼えながら、アクトは血走った目で魔法陣を睨む

 文字通り素寒貧になるまで回した。出てきた外れの景品を切り売りすればまだ少しは取り戻せるが、元から持っていた資金とは比べるべくもない微々たる額だろう。

 ここまで回したのだから、当たって欲しい。いや当たるべきだ。そうでなくても当ててみせる――。

 アクトの感情の昂ぶりに応えるかのように、鞄の中の石は光り輝く。

 その輝きは最早見間違えようもない、はっきりとした異変として周囲の人々に見られていたが、アクトは魔法陣に釘付けだった。


「――き、きたあああああああ!!」


 やがて、魔法陣の光が虹色へと変わり、輝かしく周囲を照らし始める。

 その歓喜に打ち震えるアクトの情動が最後のきっかけとなったのだろうか、鞄から漏れ出ていた青い光は一層、際限なく強まっていく。

 魔法陣の光が収束して、ウルトラレアの景品――『疾風狼のマント』が光の中から現れた瞬間、アクトの鞄からは青い石が飛び出し、空中へと浮かび上がった。

 背後で起きている異変に気付かないまま、アクトは「うおっしゃああああ!」と叫びながら、自分が引き当てた『疾風狼のマント』へと駆け寄った。

 台座に飾られたマネキンに備えられた『疾風狼のマント』は、見本として見た映像よりも輝いているように思えて、アクトは笑みを浮かべる。


「どうだ、見たか……! これが、これがアクト様の実力だぜ……あ? な、なんだあ!?」


 今更になって、背後で起きている異変に気付いたアクトは、己の顔の高さほどの空中で浮かんでいる青い石を見る。

 拾った時の面影はなく、澄んだ宝石のように美しい輝きを纏う石が、激しく光を放っていた。

 どう対応すべきか迷うアクトの眼前で、青色の光が一際強く輝いて、誰もが思わず目を瞑った。


「ぐぅ……!? い、いったい何だっていうんだ、おい……!」


眩しさを堪えて、アクトは光の中心に目を凝らす。するとそこには――1人の少女が佇んでいた。

青色の光を纏いながら、まるで光の中から生まれてきたかのように、何の前触れも無く現れた少女。

透き通る水面のような彩りの髪が舞い踊り、徐々に開かれていく瞳には宝石のような美しい光が宿る。

幻想的な光景の中心に立つ少女は、触れてしまえば光に解けてしまうように思える程に儚げに見えた。

唖然とするアクトと野次馬達に見守られた少女は、やがてぱちぱちと瞬きした後に、満面の笑みを浮かべて。


「――パパ!」


そう言って、アクトに駆け寄った勢いのままに抱きついた。


「……は? はぁ? はああああ!?」


あまりに訳の分からない事態に、アクトは狼狽するしかない。

そしてそれは周囲の野次馬達も同じだった。


「パパ? パパだって!? ガチャ廃人アクト、まさかの子持ち!?」


「……は、ははは。ガチャ狂いにも子供がいるって言うのに、俺って……俺って……」


「いや待て! どこからか誘拐されてきた子供かもしれない! まずは妖怪ガチャ回しを問い質すべきだ!」


 困惑していただけだった野次馬達は、やがて真偽を求めてアクトを問い詰めようと騒ぎ始める。

 すっかり騒動の中心となってしまったアクトは、野次馬達以上に慌てふためきながら、思わず叫んだ。


「お、俺に子供がいるわけない――俺は童貞だ!!」


 口走ってから、しまったと後悔した時には既に遅く。

 微妙な雰囲気になった空間の中で、謎の少女だけが「パパー♪」と幸せそうに笑いながら、アクトに頬ずりしていた。



   〇



 その光景を遠巻きに見守る少女がいた。

 このカジノ――に偽装されたダンジョンの主である、ダンジョンマスターの少女だ。

 彼女は青い光の中から現れた少女の存在にも慌てることなく、その光景を見つめていた。


『良い兆候だね。予定とは違うけど、僕の目的に一歩近付いたよ』


 少女の頭の中に直接響くように、少年の声が響く。

 彼女がダンジョンマスターとなった際、願いを叶えるために契約を結んだ相手だ。

 その少年は自らの名を――時間の神、クロノスと名乗っていた。


『約束は守ってもらいますよ』


『もちろんだよ。僕に協力してくれたんだから、ボーナスポイントをあげるね』


 2人は周囲に聞こえないように、魔法の力で念話と呼ばれる秘密の会話を行う。

 少年の姿はこの場にはないため、もしも少女が口を開いて話せば周囲には独り言を呟いているように見られてしまう。

 そして何より、客に気持ちよく遊戯してもらうのがカジノ経営のコツである以上、企み事をしている所を衆目の前で晒す訳にはいかなかった。


『失われた精霊達が復活するための土台を作る。この調子なら順調に計画を進めていけそうだね』


『あなたは、それでどう得をするというのですか?』


 目的は語っても、その理由までは明かそうとしないクロノスに、少女は改めて問う。

 しかし答えはいつも、はぐらかされると決まっていた。


『それを知ったところで君はどうするの? 僕との契約を止めて、家族を救うの諦める?』


『……諦めませんよ』


『良かった。ならこれからも僕と君は仲間だね』


『質問の答えになっていませんよ』


『分かってるよ、そんなこと』


 いつも、こんな調子だった。

 少女が問うた所で、クロノスは決して真意を語らない。

 そしてダンジョンマスターである少女は、それに異を唱えることはできない。

 彼女は時間の神クロノスの力で、別世界にいる家族達が死なないように時間を止めてもらっているからだ。

 

 家族が事故死する前まで時間を巻き戻して、そこで時間を停止させることで、死の運命が訪れる瞬間を避けてもらっている。

 ――逆に言えばそれは、家族の命を握られていることになる。

 クロノスが時間の停止を止めれば家族は死に至り、時間を巻き戻すことを止めれば――もう家族を救う手立てはない。

 死の運命を覆すためにダンジョンマスターとして得られるポイントという名のエネルギーを掻き集めている彼女だが、仮に目標のポイントが溜まっても、既に家族が死んでいたら救うことはできないのだから。


『まあ、悪いようにはしないよ――君が僕の仲間である限り、ね』


『……ええ。今後ともよろしくお願いしますね』


 数多の人間を賭博の闇に誘い込み、欲望の鎖で人々を雁字搦めにしていると噂されている少女。

 しかし彼女もまた、願いを叶えるために時間神クロノスの思惑という鎖に縛られていた。





全盛期の妖怪ガチャ回し伝説


一日200件クエスト達成は余裕。300件を超えることも。

彼が休むと王都の経済が不況期に突入する。

全力でガチャを回していたら娘が生まれた。←NEW!


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