16
ダンジョンマスターになる前の私にとって、普通の日常というのは縁遠いものだった。
生まれつき先天的な難病を患っていたために、入院生活を余儀なくされていたからだ。
治療を受け続けることでようやく生きられる、病弱な人間。それが私だった。
そんな私に、家族はずっと優しくしてくれた。たくさんの愛情を注いでくれた。
両親は治療費を稼ぐ為に苦労していただろう。姉も子供の頃から色々と我慢を強いられていただろう。
それなのに、よく見舞いに訪れてくれた。申し訳なくて項垂れる私を、励ましてくれた。
私はそんな家族が大好きで、本当に大好きで。いつか恩返しがしたいと、ずっと願っていた。
だから、外国で私の病の治療法が発見されて、その手術を何度も成功させたという名医が私の治療を請け負ってくれた時は、神様に感謝したものだ。
手術費用は莫大な金額で、払い終えるまでどれだけ時間が掛かるか分からない。それでも、両親は治療を依頼してくれたのだという。
肝心の手術が失敗するということもなく、術後の容態も安定。リハビリは必要だけど、日常生活への復帰も十分に可能と診断された。
生まれた時から私の未来を覆っていた絶望の闇が、奇跡のような希望の光に祓われて、その時の私は都合の良い夢でも見ているような気分だった。
リハビリも、時間は長く掛かったけど頑張り続けて、定期的な通院を継続することを条件に退院が許可されるまでに快復できた。
私は生きているだけで家族に迷惑をかけてきた。
家族は「気にすることはない」と言ってくれたけど、負い目を感じずにはいられない。
だからせめて、これからは恩を返せるように何でも頑張ろうと思っていた。
たくさん勉強して、学校もちゃんと卒業して、就職して……そんな、ありふれた普通の人生を、頑張って生きようと。
病院から自宅へと向かう車の中で、私はこれから先に続いているだろう未来へと思いを馳せていた。
――希望を飲み込む絶望が、待っているとも知らずに。
「ねえ、何かやってみたいことはない?」
隣の座席に座る姉が、微笑みながら話し掛けてくる。
運転席には父が、助手席には母が座っている。私と姉は、後部座席で会話を楽しんでいた。
そんな折の、ふと思いついたように姉が言ったのが、先の質問だった。
「ええと、その……まずは勉強して、私が行けそうな就職先を探して……」
「そういう人生設計的なことじゃなくてさ。貴女がやってみたいこと、だよ。
おいしいものが食べたいとか、どこか遊びに行きたいとか、おしゃれがしたいとか、さ」
姉にそう言われて、改めて考えてみる。
確かに、人並みの生活というものに憧れて、そういったことをしてみたいという想いはあった。
同年代の、普通の女の子のように生きてみたい。それは、私がずっと願っていたことだから。
けれどそういったものは私にとって、テレビドラマや小説などの物語の中で見るだけのものでしかなかったから、改めて問われると「これがしたい」と強く思うことは、家族への恩返し以外にはすぐには思いつかなかった。
悶々と自問自答を胸中で繰り返すうちに、ひとつだけ。ひとつだけ、恩返しとは関係のない、やってみたいことを思い当たる。
「あのね、うまくできるかは分からないけど、私――」
笑顔を浮かべながら返答を待つ姉へと、私は答えを返そうと口を開く。
―― 未来が絶望に染められたのは、そんな時だった。
全身を激しく打つ衝撃。耳に大きく響く破壊音。掻き回される視界。
それらが一斉に襲い掛かってきて、何が起こったのか理解することもできず、私は意識を手放した。
〇
「いやー、ごめんね。手違いであなたのこと殺しちゃったんだ」
意識を取り戻した私の目の前には、あどけない顔で恐ろしいことを言う、幼い少女がいた。
どこまでも白い空間が地平線まで続いている、何もない空間。そこに浮かぶように存在している、背中から純白の羽根を生やした天使のような姿をした少女。
そんな目の前の少女は、まるで世間話でもするかのような気軽さで、私の身に起こったことを話し始める。
「あ、急なことだし実感がわかないかな?」
そう言いながら少女が手を振るうと、何もないはずの空間に光が集い、その中に映像が映し出された。
少女が私の目の前に映し出した映像。そこには――私達家族が乗っていた車が、後ろからトラックに追突されて、押し潰されている光景が広がっていた。
車内の人間の生存がありえないと、一目見ただけで分かる程に。
「本当はあなただけは、この事故で死ぬはずじゃなかったんだけどさ。私ってばうっかりミスちゃってねえ。
だからお詫びとして、好きな能力を与えて転生させてあげるよ! まあ元の世界には無理だから異世界になるけど――」
「……能力なんて、いらない。だから、ひとつだけ叶えて」
色々と、言いたいことはあった。
何故目の前の少女がミスをしたら私が死ぬのか。殺したことを何とも思っていないのか。異世界とは何なのか。
だけど、私にとって何よりも大切なのは、私のことではなかった。
「私の家族は……家族だけはどうか、助けて。私はどうなってもいいから……!」
自分が死ぬことだって恐ろしい。けれど願いが叶うというのなら、自分の命よりも家族を助けてほしい。
ずっと、ずっと自分を助けてくれていた家族の命が助かるなら、自分の命を差し出す覚悟だって出来ていた。
「んー、それ無理」
――だけど。
目の前の少女は、私の願いを一言で切り捨てた。
まるで、我が侭を言うんじゃないと吐き捨てるかのように。
「あなたが本来は死ぬはずじゃなかったのと同じで、あなたの家族は死ぬ運命だったのよ。
んで、あなたはこの事故からの唯一の生還者として、生きていくはずだった。
そこを間違えてあなたを殺しちゃったのは私のミスだけど、あなたの家族の死は予定通りなのよね」
「……運、命?」
私の家族は、どれだけ苦労しても恨み言ひとつ零さずに、私の命を諦めないでいてくれた。
家族みんなが揃って笑い合える未来を掴み取るために、人生の大半を費やしてくれた。
そんな、そんな大切な家族の人生を――。
「まあ、運命なんだから仕方ないよ。そんなことよりも、これからのことを考えよう?
どんな漫画やアニメの能力でも再現して、チート能力として与えてあげるからさ」
「ふざっけるなああああ!!」
――運命だったから諦めろと言われて、納得できるはずがない。
まして、家族の死を『そんなこと』と言われて、許せるはずがない。
沸き上がる憤怒に突き動かされるままに、私は少女に殴りかかった。
けれど、少女が手を振るうと光が障壁の形を成して、私の身体は弾き返されてしまう。
「もう、神様を殴ろうとするなんて、罰当たりだよ!
そんなことする悪い子は……こうしてやる!」
倒れ込みそうになる身体を奮い立たせて、もう一度神を名乗る少女に掴み掛かろうとした私を、光の障壁が取り囲む。
身動きを取ることはできなくなって、周囲を覆う光の壁を叩くしかできない私の目の前で、少女は宙に浮かぶ半透明の光の板を指で叩いていた。まるで、キーボードで何かを打ち込むかのように。
「チートスキルなんて無しで……人間の敵であるダンジョンマスターに転生させて、周りが敵だらけの人間の都に送ってやる!
せいぜいみじめに生き足掻きながら、神様に歯向かおうとした罪を悔い改めなさい!」
少女が叫びながらそう言うと、私の視界は眩い光で覆われた。
瞳を焼くような激しい光に呻きながら、思わず目を瞑る。
光が収まった頃には、私の周囲の光景は一変していた。
周囲には人影はない。地下になるのだろうか。土壁で囲まれた小さな部屋の中央に、赤色の大きな宝玉が飾られている。
血のような禍々しい色のそれは、ダンジョンコアという代物らしい。
神を名乗る少女の仕業なのだろうか。私には自分の身が『ダンジョンマスター』と呼ばれる、人間とは違う存在に変じていることと、それに関わる知識が脳内に刻み込まれたかのように理解することができた。
ダンジョンマスターは、人間を糧とする存在。ダンジョンを構築して人間達を誘い込み、その命を奪うことで力を得る。
そうして、いずれ人間に打ち滅ぼされるその時まで、人類の敵として存在し続ける。
「……助けて、よ」
膝から崩れ落ちた私は、思わず涙を零していた。
私の身に起きた出来事は、絶望するには十分なことだと思う。
理不尽に命を奪われて、人間であることすら奪われて、敵に囲まれた見知らぬ世界へと放り込まれる。
だけど私の心を絶望に染めるのは、私に起きた出来事ではない。
「神様に無理なら、悪魔でも何でもいい……だから、私の家族を助けてよ……!」
私の家族が、私よりも大事な家族が、死んだという現実。
それだけはどうしても耐えがたく、そして認められるものではなかった。
運命で決められている、なんて言われても受け入れられる訳がない。
「――私はどうなってもいいから、私の家族を助けてよ!」
叫んだ所で、現実が変わる訳ではない。
そんなことは分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
「その願いに、嘘はないね?」
私以外に誰もいないはずの空間に、誰かの声が響く。
慌てて周囲を見渡しても、人影は見当たらない。
「君の家族を救う手段はある」
家族が救える、と聞いた瞬間、私は自分の鼓動が早まったのを感じた。
失意と絶望の氷海に沈み込み、冷え切っていた血が熱を帯びていく。
声の主の正体は分からないままだけど、私はその声に聞き入っていた。
「けれどその道は果てしなく険しく遠い……何より君は、救われた家族の傍にいることはできない。
君は、自分が報われない未来のために、抗い続ける覚悟はあるかい?」
家族の傍にはいられない。それを聞いて、動揺しなかったといえば嘘になる。
だけど、それでも。返す答えは既に決まっていた。
「私の家族は、私の命を最後まで諦めないでいてくれた。抗い続けてくれた。
報われる保証なんてなくても、未来なんて分からなくても、それでも……私の人生を、諦めずにいてくれた。
だから、私も諦めない! 家族を救えるのなら、地獄に落ちたって構わない!!」
「なら、契約成立だね」
私の返答に応えるように、何もないはずの空間から、1人の少年が現れた。
まるで最初からそこにいたかのように、少年は何食わぬ顔で佇んでいる。
「あなたは、いったい……」
「ぼくの名前はクロノス。一応、時間を司る神様さ」
神を名乗った少年は、そう言って私に微笑みかけた。
〇
懐かしい夢から、目を覚ます。
私がダンジョンマスターとなり、そして時間の神を名乗るクロノスと契約を交わした、数年前の夢。
あの日の、希望から絶望へと叩き落された憎悪と、僅かに残された希望に縋りついた日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
クロノスと交わした契約の内容は、私の生まれ育った世界の時間を私の家族が死ぬ前の時間まで戻して、そこで静止させることだ。
DVDの巻き戻しと一時停止のようなものだ、と神様らしからぬ俗っぽさでクロノスは己の能力のことを語っていた。
その、時間の巻き戻しと一時停止を行う代償として、私は稼いだダンジョンポイントからクロノスに言い値を支払い続けることになる。
――ダンジョンポイントを支払うことができなくなれば再び時は動き出し、家族は死ぬことになる。
無論、私がこの世界で死んだのなら、クロノスに私の家族がいる世界の時の制御を頼む者はいなくなり、家族は救われないまま死んでしまう。
私は、現状を維持するためにも、ダンジョンポイントを稼ぎ続けなければならなかった。
そして、実際に時を巻き戻す前に覚悟するようにと再度忠告されたが、私はもう元の世界に居場所はない。
時が巻き戻ったことで、元の世界には死ぬ前の、ダンジョンマスターに転生させられる前の私が存在しているからだ。
今後、何らかの手段で元の世界に戻ることができたとしても、私の家族の傍には『私』が生きている。
神の手違いで死ぬこともなく、ダンジョンマスターになることもなく、未来に希望を思い描いて生きていく『私』がいる。
私の家族の傍にいるべきなのは、そんな『私』だ。ダンジョンマスターとして人々の感情を糧にしている私ではない。
元の世界に心残りはある。家族の傍で生きていたかったし、やってみたかったことだってある。
けれどそれは、家族が生きていてこそ叶えられる夢だ。家族がいない世界で私だけが生きていても、私は「自分だけでも生き残れてよかった」と喜べない。
私を手違いで殺したという神が言った、『私の家族が死ぬ運命にある』のは事実であるらしい。
クロノスの能力で時間を巻き戻して、仮に交通事故を阻止したところで、別の要因で死ぬことになる。
運命というのは、簡単に変わるものもあれば、どれだけあがいても変えられないものもあるそうだ。
私の家族の死は、後者に当たるらしい。
だけど、たったひとつだけ、そのどうしようもない運命を変えられる手段が存在する。
――運命を改竄する力を持つ、天界の秘宝『運命神の天杖』。
『運命神の天杖』を使えば、どんな運命でも一度だけ書き換えることができるという。
ダンジョンマスターとして稼ぐ、人間の命や感情を糧にしたエネルギーをダンジョンポイントと呼ぶが、これは神様達にとってもエネルギーとなるらしい。
本来は神への祈りや信仰心が神様のエネルギーとなるらしいが、それもまた人々の感情を糧にしているといえる。
そして、ダンジョンマスターとしての私の能力で、ダンジョンポイントと引き換えに様々なアイテムを手に入れることができる。
このアイテムの多くは、神様が作り出したアイテムだ。伝説に名を残すような魔法の道具もあれば、私のいた世界にある物を模造した日用品まで、種類は様々。
そして私は、そんな神様達の作成したアイテムを、ダンジョンポイントと引き換えに入手して、それを私はカジノに偽装したダンジョンでガチャの景品として人間達に提供している。
ガチャの景品を手に入れるため、あるいはカジノでパチンコやポーカーなどの遊戯に挑むために、私のダンジョンにはたくさんの人間が訪れる。
そうして私は、集まった人間達が様々な感情を発露することで生まれるダンジョンポイントを稼ぎ続けている。
いつか『運命神の天杖』を手に入れて、私の家族を死の運命から救い出すために。
私はダンジョンマスターとしての能力を起動して、現在保有しているダンジョンポイントを確認する。
数年をかけて、私はたくさんの人々から糧を得てきた。
欲望を煽り、希望に浸らせて、絶望に突き落として、失意の底からの逆転劇を演出することで、数多くの感情の波を生み出して、それをエネルギーとして吸収してきた。
――だけど、まるで足りていない。『運命神の天杖』を手に入れるためには、まだまだダンジョンポイントを稼がないといけない。
けれど、ポイントを稼ぐために選べる手段は限られている。私がダンジョンマスターであることがばれたら、王都中の人間が敵に回ることになるのだから。
ダンジョンポイントは本来、人間をダンジョン内で殺害することが最も効率よく稼ぐことができる。
だが、どれだけ隠蔽しようとしても、どこから殺人を行っていることが露見するか分からない。
誰にもばれずに人を殺せる方法があるのなら、この世は完全犯罪で溢れているだろう。
私が死ねば、家族を救う手立ては失われてしまう。だから、せめてそれまでは、死ぬ訳にはいかない。
だから私は、自分がダンジョンマスターであることを悟られないように行動するしかなかった。
ダンジョンポイントを得る手段は、いくつか存在する。
前提として、ダンジョン内に人間が存在していること。その人間が、ダンジョンにとって危険な能力の持ち主であれば……つまり高レベルの冒険者であればあるほど、得られるポイントは増加する。危険手当のようなものだ。
そしてダンジョン内の人間が感情を発露すること。例えば通常のダンジョンなら、宝箱からレアアイテムを得た喜びや、罠に掛かり命を落とした際の嘆きなどがポイントとして換算される。
私はこれを、カジノ運営という形で高レベルの冒険者を生み出し、彼らをダンジョン内に滞在させて、ギャンブルで希望と絶望を与えることで、人を殺さずともポイントを稼げるようにしてきた。
効率としては、人間の大量虐殺と比べればどうしても劣る。だが安定して長期間稼ぎ続けるためには、こうして工夫を凝らせるしかなかった。
……個人的には、人を殺したくないという思いもある。
家族を救うためには手段を選り好みする余裕なんてないけれど、それでも最後の一線を踏み越えたくないと思ってしまう。
善人を気取るつもりなんてないけれど、染み付いた価値観というのは中々変わらないらしい。
それに、人を殺して何とも思わなくなってしまえば、私を手違いで殺したという神と同じになってしまう。それだけは、嫌だった。
クロノスの話では、あの神が行った行動には問題が多く、天界で罰を受けることになったそうだ。
その処罰のひとつとして、彼女が保有していた神としてのエネルギー……神力のほとんどが、ダンジョンポイントとして変換されて、私に支払われた。
神様にとっての賠償金のようなものらしい。私はそのポイントを使って、ダンジョン拡張のための初期投資や、ポイント交換で得た神酒『ソーマ』を献上して、引き換えに王家の後ろ盾を得た。
当時、王妃様が不治の病に冒されているという噂話が城下町にも広まっていたために、それを利用したのだ。
他人の病を利用する、というのは嫌な気分だったけど、私には躊躇う時間も余裕もなかった。
旅の錬金術師であると偽り、報酬には金も名誉も要求しない代わりに、王都での居場所と後ろ盾を願った。
後は、カジノとして運営していくためのダンジョンの偽装や、客を呼び込むための苦労こそあったが、今では運営は安定している。
普通に生きていくだけならば、もう十分すぎるくらいの稼ぎを得ている。贅沢三昧に振舞ったとしても、余裕で生きていけるだろう。
それでも――私の家族を救うためには、到底足りていない。
一柱の神の力がダンジョンポイントとして支払われた時ですら、『運命神の天杖』を手に入れるためにはまるで足りていなかった。
あとどれだけの間ポイントを稼ぎ続ければいいのか、予想すらできない。
(それでも、私は諦めない)
諦められるはずがなかった。
ようやく始められると思っていた恩返しを、何一つ果たせないまま、理不尽に死に別れるなんて、認められるはずがなかった。
本来なら、絶対に認められない悲惨な出来事でも、どうしようもない現実に悲観することしかできなかっただろう。
けれど、皮肉な話だが私がダンジョンマスターとして転生させられたことで、僅かにだが希望は残された。
今にも切れてしまいそうな、細糸のような希望だけど、それでも家族を救うための手段が存在している。
なら、どうして諦められるというのだろうか。私の家族は、私の命を諦めずにいてくれたというのに。
(絶対に、家族を助けてみせる。その世界に、私の居場所がなくても……)
本当は、嫌だ。もっと家族といっしょにいたい。共に人生を歩んでいきたい。
だけどそれはもう叶わない夢だ。ならばせめて、家族が救われていてほしい。
誰が決めたのか分からない、運命なんて勝手な筋書きに、私の家族を奪わせない。
事の是非など知らない。おこがましくても構わない。
(私は絶対に、家族を運命から救い出す。そのためなら)
空中に手を翳して、私は家族のいる世界の光景を映し出すように念じる。
すると、私の思念に答えた光の粒が小型の板のように形を成して、テレビのように映像を映し出した。
映像の中にはいつものように、私の家族が微笑んでいる平和な世界がある。
世界中の時間が停止した、閉ざされた世界の中だけでも、家族は確かにそこに生きている。
この世界に生きる家族を、何としてでも救ってみせる。そのためならば――。
「――私は、悪魔にだってなってやる」
思わず呟いた声は、僅かに自室の空気を震わせて、誰にも届かず消えた。




