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13

「――では、この奴隷達を端から端まで全員、くださいな」


 私はそう言って、革袋を奴隷商の男に手渡す。

 中身は全て金貨であり、その合計金額は男が提示したものより若干多い。


「いつも通り、購入金額には色をつけておきますので、全員の身支度を整えてくださいね」


「ええ、ええ! もちろんですとも、今後ともどうぞご贔屓に!」


 歓喜を隠そうともしない奴隷商に愛想笑いを返しながら、私は目の前の牢屋を改めて見渡す。

 性別も種族も問わず、数多くの奴隷達が薄汚れた服に身を包んで、鉄格子の向こうに閉じ込められていた。

 奴隷の売買はクリスティア王国では法律に基づいて行われる、合法な商取引だ。だからといって、商品として扱われる奴隷達が納得しているわけではない。

 その証拠に、私に敵意を込めた視線を向けてくる奴隷達は少なくなかった。


(これがダンジョン内なら、私への敵意という感情がダンジョンポイントに変換できるんだけどなぁ。もったいない)


 しかし私にとっては、嫉妬も殺意も怨恨も、全ては糧となる大切なエネルギーだ。

 ダンジョン内でなければ感情を糧に変換できないし、彼らの害意を取り除かねば従業員として働かせることが困難だという欠点こそあるものの、私にとって奴隷売買というのは実に相性の良い商売だった。

 故に私は定期的に奴隷を買い込んでいる。もちろん、敵意を取り除くための策は必要となるが、手段はいくらでもある。

 ――奴隷であろうと、他種族であろうとも、心を持つ限り欲望からは逃れられないのだから。


「では、準備が整い次第、皆さんを馬車に案内してくださいね」


 私は『商品』がまとめて売れて上機嫌な様子の奴隷商人に、いつものようにお願いして一足先に馬車へと向かった。



  〇



 奴隷達を乗せた大型馬車を、カジノの裏門に向かわせた。

 裏門は奴隷以外にも様々な物品を搬入するために、正門側の出入り口より何倍も大きく作ってあるため、馬車のまま乗り入れることが出来る。


「おねーちゃん。わたしたち、どこにいくの?」


「……大丈夫よ。どこに行くことになっても、お姉ちゃんがいっしょだから」


「くそ……あいつらが裏切らなければ、こんなことには……」


 御者台に座る私の元に、馬車の中から奴隷達の話し声が聞こえてくる。

 知り合い同士で励ましあったり、奴隷の立場に堕とされた原因への恨み言を呟いたり、過ごし方は様々だ。

 ダンジョン内であるカジノの敷地内に入ったことで、ダンジョンマスターとしての権限で彼らの感情も事細かに感じ取ることができる。

 奴隷という立場への絶望。閉ざされた未来への悲観。奴隷商人や、彼らの持ち主となった私への怨恨。

 

 そういった奴隷達の生み出す感情も、ダンジョンマスターである私の糧となるが、それだけでは微々たるものだ。

 ダンジョン内に人間が滞在することによるポイント加算に、感情の発露から生み出されるエネルギーは、ダンジョン内での人間の殺害と比べれば僅かな糧に過ぎない。

 しかし、塵も積もれば山と成るのは、剣と魔法のファンタジーな世界でも変わらない。


(それに、絶望の底に沈んだ人々に希望の糸を垂らしたのなら、多くの感情が生まれることになる)


 絶望から希望への逆転、あるいはその逆の局面に立たされた時、人の感情は爆発的に揺れ動く。

 救われぬ者に救いの手を。貧しき者に豊かな暮らしを。病に倒れし者に癒しを。私はそうやって、奴隷達の感情を揺さぶってきた。

 カジノ経営とダンジョンマスターとしての能力で築き上げた莫大な財産があれば、それは容易なことだった。

 

 もちろん、金銭で叶えられない類の願望はいくつもある。死者の蘇生などは、その最もたる一例だろう。

 だが、お金で買えない物はこの世にたくさんあるが、買える物はそれよりさらに多いのだ。

 私の最大の目的がダンジョンポイントを稼ぐことである以上、そのためならばいくら金貨を投げ捨てようとも惜しくはない。

 金は人の世で常に求められ、そして何かと引き換えに投げ捨てられる物なのだから。


「ご主人様。まもなく搬入用エレベーターに到着します」


 私の隣に座るメイド、マリーがそう呟く。


「はい。いつも通りの手筈でお願いしますね」


 私の返答を聞いたマリーは、馬の手綱を難なく操りながら、エレベーター前に待機している係りの者に合図を送る。

 すると、一際巨大な鋼鉄の扉が左右に開く。客用の物ではないために内装は質素なものだが、壁部分は強化ガラスで作られている。

 搬入用のエレベーターをわざわざガラス張りにしているのは、奴隷達に地下エリアの光景を見せるためだ。

 地下都市という未知の存在を見せることで驚愕と困惑の感情を生み出すと同時に、ここが地下であり、逃走が不可であると理解させることが目的である。

 私達を乗せた搬入用エレベーターが起動して、地下へと向かって下降を始める。

 

 しばらくしてからマリーが馬車に備え付けられた紐を引くと、馬車の荷台を覆っていた幌が捲り上がった。

 エレベーター内の壁と同じく、荷台の壁もまた強化ガラスで覆われている特製の物だ。

 故に荷台からも、エレベーターの外に広がる地下の青空と、その下に広がる街並みを一望することができる。


「おねーちゃん! あそこ、ことりさんがとんでる!」


「ど、どうなってるの? 何で私達、青空にいるのよ……!?」


「……止めろよ。今更、俺に空なんて見せるなよ……!」


 地下都市の光景を見せられた奴隷達の反応は様々だった。

 有り得ない光景に驚愕する者、この光景を作り上げた存在への畏怖、未知の空間への好奇心。

 人々の感情を糧として取り込みながら、奴隷を乗せた馬車は地下都市へと運ばれていく。


(さて……皆様には、希望と幸福の糸に包まっていただきますよ)


 私はこれから行う工程を思い浮かべながら、ほくそ笑む。

 多少の個人差はあれど、その工程の中で奴隷達が発する数多の感情が、私の糧になることは確実だ。

 絶望から希望へと持ち上げられる瞬間の感情が凄まじい熱量を生み出すことを、私はよく知っているのだから。

 ――希望から絶望へと叩き落される際の、魂を焦がすような怨恨の熱量も、身を持って知っている。


   〇


 

「すごーい! おへやのなかにいけがある!」


「これはお風呂、というのですよ。さ、こちらへ。身の清め方を教えます」


 従業員用の大浴場に連れて行かれた奴隷達の様子を、ダンジョンマスターの権限を活用して覗き見る。

 大理石の床に、檜の浴槽。贅沢の限りを尽くした浴場に、多くの奴隷達は戸惑っていた。

 無論、浴場は男女別に分けられている。私が今覗いているのは女風呂の光景だ。

 

 この世界にも風呂という文化は存在しているが、それが平民には手の届かない贅沢な存在であり、知らない者も多い。

 大量の水と、それを沸かす燃料が必要となる風呂は何かとお金が掛かるからだ。

 平民は、池や湖で水浴びをするか、濡らした布で身体を拭くのが精々である。


「な、何よこれ……こんなの、奴隷への待遇じゃないわ……!」


「ご主人様が欲しているのは、奴隷ではなくて従業員ですから」


 戸惑う少女の呟きに応えながら、マリーは他の従業員達と共に奴隷達へ入浴の仕方を教えていく。

 石鹸で身体の汚れを念入りに落として、湯船に浸かる。日本人なら幼い頃から慣れ親しむその行為は、この世界の多くの者にとって未知の体験だ。

 これだけで奴隷達が心を開くわけではない。私の考えを理解できずに戸惑う者の方が多いだろう。本来の奴隷の待遇からは逸脱しているのだから。

 

 だが、それで構わない。これからじっくりと、私の傍で働けば得をするということを、骨の髄にまで理解させていくだけだ。

 そうして、絶望の闇を無理矢理剥ぎ取って、希望という操り糸を括り付ける。

 その過程で生まれる奴隷達の感情は大波となって、ダンジョンの糧となっていく。例えどれだけの金銭を注ぎ込んだところで痛手にはならない。私にとってはダンジョンポイントを金で買っているのと変わらないのだから。


「きゃはは! くすぐったーい!」


「こういった細かな所の汚れもしっかり洗うように。自分でやればそれほどくすぐったく感じませんから、やり方をしっかり覚えてくださいね」


「はーい、マリーおねえちゃん!」


「……むう、レヴィのお姉さんは私なのに……」


 賑やかな大浴場の様子を見て、私はほくそ笑む。

 これから得られるであろう利益と――目の前の穏やかで平和な光景に。



   〇



「おいしー! こんなおいしいの、はじめてたべた!」


「も、もう。レヴィ、行儀が悪いわよ」


「おねえちゃん、はい! あーん」


「……あ、あーん」


 入浴の後は、昼食の時間だ。もちろん、軽食なんかで済ませない。

 絢爛な内装の従業員食堂には一面に椅子と机が並び、今回購入した奴隷達全員が着席してもまだ席は余る程に広々としている。

 そんな彼らに用意された昼食は、カジノ専属料理人として勤務している当店の従業員達による、一流クラスのコース料理だ。

 

 私には家事の経験はないが、ダンジョンマスターの権限で呼び出せるアイテムの中には私の世界の料理レシピなども存在する。

 それをこの世界の文字に翻訳することも、ダンジョンポイントを引き換えにすれば可能だ。

 塩胡椒、砂糖に醤油などの調味料や、肉や野菜も思いのまま。最も、毎回ポイントを消費して入手していたのではポイントがもったいないため、地下都市内で生産も行われている。

 

 調味料の製作方法も、野菜の種も、ポイントで手に入るのだから活用しない手はないだろう。

 さらには元からこの世界で活躍しているシェフを雇用して、その技術を従業員達に伝授してもらうなど、様々な方法で調理技術が熟練されている。

 今ではVIPフロアに通う貴族達も満足する料理の数々が生み出される、メシウマに溢れた職場となっていた。


「おかわりが欲しい方は手近な従業員に申し出てください。たくさん食べていただいて構いませんからね」


 私がそう言うと、レヴィという幼い少女が真っ先に声を張り上げて「おかわりー!」と叫んでいた。

 それを皮切りにしたかのように、他の奴隷達も手を上げておかわりを要求し始める。

 無論、全員がそうというわけではない。食事が喉を通らない心境の者や、こちらの真意を測りかねて警戒している者などは、食事も滞りがちだ。


「皆様には、いずれは当店の従業員として働いていただきたいですから。まずは英気を養って、明日からの職業訓練に備えてください」


「しょくぎょー、くんれん?」


「お仕事をするためのお勉強、ですよ。きちんとできたら、ご褒美もありますから。頑張ってくださいね」


「ごほうび! レヴィ、がんばります!」


 ご褒美と聞いて満面の笑みを浮かべる少女に、私は微笑みを返す。

 しかし、周囲に目を配れば私に不信感を露にする者達も少なくはない。

 それも無理からぬことだろう。私はこれまで彼らに、温かな風呂に、しっかりした服、そしておいしい食事と、贅沢三昧を味わわせた。

 ならば対価となる労働は、どれ程厳しいものとなるのだろうか―― そんな不安が思い浮かぶのは自然なことだろう。


(飴と鞭、と言いますが……奴隷に落ちたという事実だけで皆様への鞭は十分。だから私は、飴を与え続けますよ。

 最も、その飴には幸福という毒蜜がたっぷりと仕組まれているのですけどね)


本心は表に出さずに、私は手元のリモコンを操作することで、食堂の壁に設置されたモニターを全て起動する。

いきなり動いたモニターの駆動音に驚いた奴隷達が騒ぎ出す中、私は「お食事の最中ですみませんが」と前置いて話し始めた。


「食べながらでけっこうですので、明日からの職業訓練についての説明を軽く行わせていただきます。

 この説明は後ほどにも再確認が可能ですので、聞き逃しても安心してください」


 要するに、不信感を抱く奴隷達にこれからの見通しを持たせるための説明だ。

 それでもまだ疑う者はいるだろうが、何の説明もないままであるよりはマシになるはずだ。

 後は前言撤回するような失態を見せずに、最初に提示した条件を守り通していけばいい。

 疑われても飴と蜜を与え続けて、篭絡させるまでそれを繰り返すだけだ。


「まず、当店はカジノ経営がメインですが、地下ではVIPフロアの提供以外にも都市を形成して、生産活動を行っています」


 リモコンを操作すると、モニター内に映像が流れ始める。

 最初に流れたのは、都市内部の生産活動の紹介だ。

 農作業に勤しむ男性に、収穫作業を行う女性。錬金術の基礎であるポーション作りに勤しむ少女に、大人に混じって斧を振るう木こりの少年。

 その様子は傍目には奴隷には到底見えない。穏やかな市民の暮らしがあるようにしか見えなかった。


「彼らは先月から当店に迎え入れられた、いわば貴方達の先輩です。

 借金返済がまだなので身分的には奴隷のままですが、いずれは従業員として雇用予定です」


「あ、ありえない……こんなの、絶対嘘だ!」


 思わず叫んでしまった様子の女性が、しまったと言わんばかりに口を押さえて俯く。

 奴隷が主人に口応えするなんて、行ってはいけないことだからだ。

 ただ、私は別にそれに腹を立てるようなことはない。

 ――むしろ、多少感情的に振舞ってくれた方が、私の益となるのだから。


「私の言葉が嘘かどうかは、明日からの生活で確かめてください。

 今日の夜までにどういった職業訓練に従事されるか選んでいただき、明日からさっそく働いていただきますので」


「な……ど、奴隷が仕事を、選べるというのか……?」


「ええ、ぜひ。手に職を持たれている方は、その経験に合う仕事に就いていただければこちらにも有益ですから。

 仕事の経験がない方も安心してください。比較的簡単な業務から徐々に慣れていただきます。

 最も、難しい仕事に就かれる方はその分だけ給料が良くなりますから、頑張った方がお得ですよ」


 ざわざわ、と奴隷達がざわつく。

 奴隷が行う仕事と言えば、大抵の人間が頭に思い浮かべるのは過酷な重労働や、異性に身体で奉仕する性奴隷など、受け入れがたいものばかりだ。

 私が述べたように、奴隷が仕事を自分で選べるようなことは、まずありえない。

 だが世間の常識なんて知ったことではない。私に重要なのは、ダンジョンの利益となるか否かだけだ。


「他にも調理、裁縫、木工など、いくつも仕事はあります。興味のある仕事を選んでいただき、合わないと感じたら後から転職も可能です。

 どうにも自分では選べないという方は、相談に乗りますので従業員に申し出てください」


 女性は信じられないという表情で、呆然としていた。それは他の奴隷達も同じだ。

 私のしていることは要するに、転職も可能な職業斡旋なのだから。

 もちろんこれには、奴隷達への飴というだけではない理由がある。


 奴隷身分に転落する経緯には様々なパターンがある。借金苦や、口減らしなどが一般的だろうか。

 例えば、鍛冶師を営んでいたが知人に騙されて膨大な借金を背負わされて、それが返済できずに奴隷にされたという男性がいる。

 そんな彼は、今ではこの地下都市で従業員として立派に働いている。

 他にも、辺境の農村で生まれた子供が、家族が生き長らえるために口減らしとして売り飛ばされることも多い。これは今回買い上げたレヴィとその姉、サリィが該当する。


 要するに、本人に問題がないのに環境が原因で奴隷になる人物は少なくないのだ。

 中には、奴隷になる前は裕福に暮らしていた元貴族もいるくらいだ。

 そういった人材は、しっかりと磨き上げれば一流の人材として通用する素質を持っていることもある。

 

 子供の場合も侮れない。この世界には先天的に生まれ持った特別な能力――ユニークスキルと呼ばれるものが存在する。

 もしそういった人材を発掘して、育てることができたのなら、将来的に凄まじい利益を生み出してくれる可能性もある。

 仮に、借金を返し終えて、優秀な能力を得たから独立しようと、このカジノを出て行ったとしてもそれはそれで構わない。

 ――今度はお客様として、このダンジョンの糧となってくれる可能性が十分にあるからだ。


「また、怪我を負われている方には治療を行います。これは本日中に検査しますので、食後に時間を取らせていただきますね。

 特に貴女……リムさんは、有翼人の誇りである翼を損傷されていますね。今はもう、飛べないとお聞きしました」


 びくり、と。先程声を荒げた有翼人の女性が身を震わせる。

 翼を持つ亜人デミ・ヒューマンである有翼人にとって、翼とは己が種族の象徴であり、生まれ持った誇りだ。

 優雅に大空を舞い、先祖代々受け継いだ卓越した弓術により獲物を葬る風の民。

 だが、奴隷商人に聞いたところ、彼女は翼に大怪我を負ったことで飛べない身体になったのだという。

 有翼人の象徴である翼が役に立たない分、値段は相場より安かったが、見た目麗しいリムならば女性としての商品価値で十分に利益が出せると見込んで、奴隷商人は彼女を買い付けたらしい。


「……そうだ。俺は、あいつらに……同胞に、翼を奪われた。何故か治癒魔法でも、治せないんだとさ。ざ、残念だったな。俺なんて買って、あの奴隷商も、お前も、金を無駄にしただけだ!」


 やけくそ気味に叫んで笑い出すリム。

 しかし彼女の顔は、今にも泣き出しそうな、絶望と諦観に沈む者のそれだった。

 そんな彼女に私は迷うことなく、断言する。


「ああ、心配には及びませんよ。貴女の翼、治せますから」


「……き、聞いていなかったのか? 魔法でも治せないんだぞ!?」


「ええ、把握しております。その原因もね」


 ダンジョン内にいる生物のことなら、私は本人以上に事細かな情報を知ることができる。

 ゲームでいうなら、ステータスを確認するような手軽さだ。

 これについては秘密にしているが、だからといって使わない手は存在しない。

 詳細不明の病。治療不可とされる大怪我。それらも原因が分かれば、後はそれを手段を講じるだけで良い。

 老衰でさえなければ、不治の病すら癒してみせる『ソーマ』だってあるし、他にも治療の手段はいくらでもある。

 ダンジョンポイントを消費したくないなら、名医と呼ばれる人物に治療を依頼してもいい。

 それに、翼を奪われた絶望から、治せるかもしれないという希望に心を揺り動かされているリムの感情の波はダンジョンの糧となるし――身体を治せると喜ぶ姿は、損得を抜きにしても見ていて嬉しい。

 リムだけでなく、周囲で話を聞いていた奴隷達も、自分の抱えている問題を解決してくれるのではと期待を込めた視線を向けてくる。

 彼らから生み出される感情もエネルギーに変換すれば、十分なダンジョンポイントを稼げるだろう。


「ここには、治癒魔法以外にも様々な治療法が存在します。お任せください」


「……治る……? ほ、本当に、治るのか? 俺はまた、空を飛べるのか?」


「はい。お約束しましょう。今はそのために色々と準備中ですので……午後から治療開始でよろしいですか?」


「――っ!」


 両手で目頭を押さえて、俯くリム。

 堪え切れなかったのか、彼女の口からは嗚咽が零れ落ちる。

 種族の誇りである翼を失ったことが、心に多大な負担を与えていたのだろう。


「……な、何故だ? 何故、俺にそこまでしてくれる」


「無論、当店の利益のためにですよ」


 私は本音を隠すことなく、はっきりと告げる。

 ここで『困った時はお互い様』だとか『人には優しくするべきです』と綺麗事を言ったところで、不信感を抱かせるだけだと、これまでの経験で私は理解していた。

 そういう美しい台詞は、私のような人間が語ったところで信じてはもらえないのだから。


「私は利益を生み出すために真剣です。そのために、貴方達を利用します。

 ――だから、貴方達も私を利用してください。存分に、互いに利用しあいましょう。

 私達は生まれも育ちも種族も違う別人同士ですし、今は信頼関係も何もありはしません。

 ですが、幸せになりたいという願いは、お互いが抱いていると信じられると思います」


 人付き合いを損得勘定で考えるな、と言う人もいる。

 だけど、損得勘定で考えるからこそ築ける信頼関係もあると、私は思う。

 今日出会ったばかりの、金で主従関係を結んだ奴隷と主人との間に、損得抜きの信頼関係なんていきなり芽生えるわけがないのだから。

 だからこそ私は利益を追い求めて、それを包み隠さず周囲に示す。


「私は貴方達を利用して、絶対に願いを叶えます。

 だから皆様も、私を利用して幸せを掴んでください。

 そのために私は、いかなる努力も惜しみませんから」


 信頼されなくてもいい。綺麗事を言えなくなっても構わない。

 いつか必ず、私は家族を救ってみせる。

 そのためならば、外道を突き進むことも覚悟の上だ。


(父さん、母さん、姉さん。私は必ず、皆の未来を助けてみせる。

 例えその未来に、私の居場所がどこにもなかったとしても――)





 世界は回り続ける。

 外道の先にある未来を掴み取るために、足掻き続ける少女と共に。

 数多の運命を抱きかかえながら、世界は今日も回り続けている。

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― 新着の感想 ―
こういうのも大人買いというのでしょうか。
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