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閑話「少年は迷いながらも未来を目指す」

「やあ、少年! 朝から鍛錬とは、精が出るね!」


 早朝、宿屋の中庭で素振りを行っていた少年レンは、急に話し掛けられてびくりと身体を震わせた。

 慌てて素振りを止めて振り返ると、そこには1人の女性が爽やかな笑顔で立っている。

 見知らぬ女性から急に声を掛けられて、レンは緊張しながらもなんとか返答する。


「お、おはようございます……その、あなたはどなたでしょうか?」


「ああ、急に話し掛けてすまない。私はマリエル。昨日からこの宿屋に宿泊しているものだ」


 軽く頭を下げながら自己紹介をする女性の姿に、レンは「悪い人ではなさそうだ」と感じて緊張を緩めた。

 いきなり話し掛けられたのは驚いたが、マリエルと名乗った女性はただ単に挨拶をしたかっただけらしい。

 レンは自分の名前を告げて、彼自身もこの宿に宿泊している冒険者であることを伝える。


「君も冒険者なのか。私は最近、冒険者として登録したばかりなんだ」


「そ、そうなんですね。僕は……その、先日Cランクに昇格しました」


 少し誇らしい思いで、レンは自身のランクを伝える。

 冒険者として一人前、と言われるのがCランクだ。そこに到達できたことは、レンにとって喜ばしいことである。

 そうなれたのはカジノで引き当てた数々の『幸運』のおかげだったことは自覚しているが、それでも1人でここまでランクアップできたことは、レンの自信となっていた。


「ふむ、ということは登録したのは私と同時期かな?

 私も先月に登録して、昨日Cランクになったところだ」


「……え?」


 だから、マリエルが何気なく発したその言葉は、彼の自信に罅を入れるものだった。

 レンが冒険者登録を行ったのは、もう数年前になる。

 モンスターに怯えながら薬草採取をこなして日銭を稼ぎ、アクトに拾われてからは苛められながら荷物持ちと雑用係として冒険者稼業を続けてきた。

 数ヶ月前、アクトとアメリアの元を脱した時はEランク。そこから最近まで1人で活動を続けて、ようやくCランクになったのだ。

 それなのに、目の前の女性はたった1ヶ月でCランクにまで駆け上がってきたという。


「ではいずれ、共にクエストに出る時もあるかもしれないな。

 その時はよろしく頼む」


「……あ、は、はい。ど、どうも」


 レンは自信を崩されて、戸惑いながらも女性から差し出された手に応えて握手を交わす。

 そうして彼女は互いが邪魔にならない位置にまで歩いて離れると、片手に握っていた訓練用の模擬剣で素振りを始めていた。

 彼女の動きは、傍目にも洗練されたものであることが窺える、凄まじいものであった。

 上段から振り下ろされた剣が、次の瞬間には下段からの斬り上げに変化する。続いて正眼に構え直したかと思えば、仮想敵を脳内に描いているのか、盾で相手の攻撃を防ぐ型に動きが変わる。

 盾で受け止めて、あるいは逸らして、敵の攻撃を掻い潜ったところで鋭い刺突を放つ――。

 レンは、戦いは嫌いだ。カジノの景品によって、高ランク冒険者と同等の肉体能力レベルを手に入れた今でも、その性根は変わっていない。

 それはモンスターであろうとも生き物を殺すのが嫌だという博愛主義ではない。単純に、彼が臆病だからだ。

 自分が臆病者であることを、レンは自覚している。それでも、戦いというものを恐れていた。

 ―― そんな彼から見ても、マリエルの訓練動作は綺麗だと感じていた。思わず、見惚れてしまう程に。

 蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。そんな華麗な動作の中に、溢れ出るが如き力強さも感じさせる武が舞い踊る。

 これならば、マリエルという女性が1ヶ月でCランクまで駆け上がったというのも納得がいくものだった。


(僕とは……何もかもが、違いすぎる)


 レンは最近になって知ったことだが、レベルとは絶対的な戦力を示すものではないらしい。

 どれ程の鍛錬を積み重ねてレベルを上げた英雄であろうとも、あっけなく死んでしまうことがあるという。

 肉体に宿る様々な能力の総合力を測るもの、それがレベルなのだそうだ。

 例えば生まれながらに力が強い、体格に恵まれた者。あるいは、魔導の才能を先祖から受け継いだ者など、生まれながらに優れた素質を有して、レベルが高い者が存在する。

 人はそれを、天才と呼ぶ。持たざる者とは隔絶した、絶対的な優位に立って生まれ出る者達の総称だ。

 だが――英雄であろうとも、天才であろうとも、凡人と変わらないものがある。

 刃で斬られれば痛いし、水に潜れば息が出来ないし、目を閉じれば何も見えない。

 だからこそ、レンがレベルアップカードという魔法の道具の力で英雄(Aランク)と並び立つレベルを手に入れても、彼の本質も臆病も、積み重ねてきた技能も、何も変わらなかった。

 それでも低ランクのモンスター相手には、レベルの違いという圧倒的な戦力差で打ち勝つことができた。レンがCランクまで到達できたのは、そのおかげだ。


(正直、どんどんランクアップが出来たことで自惚れていた――僕はまだまだ、弱いままだっていうのに)


 自分が思い上がっていたことを自覚して、そのことに落ち込むレン。

 しかし彼はまだ幼い子供であり、つい調子に乗ってしまうという時は大人にだってあるものだ。

 反省は必要なことだが、それを理解できたのなら、気持ちを改めてこれから頑張っていけば良い。

 だが、レンは臆病であり、思い悩む気質の持ち主であった。


(うう、僕はやっぱりだめだなぁ。自分はカジノで得た幸運のおかげでなんとかやっていけているだけなのに、調子に乗っちゃって……)


 落ち込んでいても何も変わらないとは思っても、レンはあれこれと自分の駄目なところを考えてしまう。

 自分で積み重ねた力ではないくせに、調子に乗ったことを言ってしまった、とか。マリエルの気分を害していないだろうか、とか。


「……何か思い悩んでいるようだな、少年」


 マリエルに心の内を言い当てられて、レンはびくりと身体を震わせる。

 しかしマリエルはそんなレンの様子を知ってか知らずか、拳を力強く握り締めて言い放った。


「そういう時は、特訓だ! 思いっきり身体を動かせば、悩みは吹っ飛んでいくぞ!」


「……え、ええっと」


 何とも男らしい言葉を語るマリエルに、レンはたじろぐ。

 そのレンの戸惑いには気付いたのか、マリエルはこほんと咳払いをしてから、改めて言った。


「と、ということでどうだろう。君さえ良ければ、少し手合わせでもしてみないか?」


 レンのことを安心させようとしたのだろうか。マリエルは作り笑いを浮かべながら、そんな提案をするのだった。



   〇



「はっ、せい!」


 レンの握り締めた模擬剣が、素早く振るわれる。

 だがマリエルに向けて振るわれた剣閃は、その悉くが避けられ続けていた。

 盾を合わされることすらない。僅かな足捌きと軽やかな動作だけで、レンの懸命な攻撃はその全てが宙を切っていた。


「一生懸命なのはいいが、隙だらけだぞ!」


 やがてレンの攻撃を回避すると同時に、マリエルは踏み込んで距離を詰めた。

 そして腕を振るったかと思うと、レンの目の前には模擬剣が寸止めされている。

 負けを悟ったレンが構えを解くと、マリエルも一歩下がって剣を降ろした。


「ふむ……君は、誰かに師事していたのかな?」


「師事というか、その……」


 剣の振るい方は、アクトから教わったものだ。

 しかしその教え方は、師匠と弟子の関係と呼ぶのはレンにとって抵抗があるものだった。

 今のマリエルのように寸止めなんてされない。隙を見せれば木刀で思い切り殴られて、激痛に苦しんでいる間にも叱責を受ける。

 それはレンにとって、訓練ではなく苛めとしか思えなかった。

 適当に剣の振るい方を話したかと思うと、後は実戦で覚えろとタコ殴りにされる日々。

 レンにはそれが、アクトが腹いせに訓練と称して自分を苛めているようにしか感じられなかった。


「荒い面は見られるが実戦的な動きだ。良い師匠に教わったようだと思ってね」


「……え?」


 マリエルの言葉に、レンは呆然と呟く。

 自分に戦い方を教えたアクトは、レンにはとてもではないが良い師匠だなんて考えられなかったからだ。

 しかしマリエルはそんなレンの気持ちを余所に、言葉を綴っていた。


「君の戦い方は、騎士が学ぶような格式に沿った戦い方ではなく、より実戦的な動き……そうだな、おそらくは傭兵の類が行う戦法を思わせるものだった。

 型に捉われず、相手を倒すために振るう荒々しい剣筋。見た目が華やかでなくとも、相手を追い詰めるための力強い足運び。私が以前に手合わせをした著名な傭兵団長の動きを思い出したよ。君自身の動きはまだまだ未熟だけどね」


 レンの胸に複雑な思いが芽生える。アクトに行われてきた行為は、容易に受け入れられるものではない。訓練と称して何度も殴られて、冒険者稼業で得た金銭も大部分が持っていかれた。

 拾われた恩は確かにあるが、苦しめられたのも本当のことで、そんな相手が褒められていることに嫌な気分になる。


「あの、人は……そんな、立派な人では……」


「……何か、トラブルでもあったのか?」


 言い淀むレンの様子に不穏なものを感じ取ったのか、マリエルは真剣な声で尋ねる。

 話すべきかしばし迷ったレンだったが、胸の内に溜まっていた思いは少年自身でも予想できないくらいに、膨れ上がっていたらしい。

 やがてぽつぽつと、感情を少しずつ搾り出すように、レンは話し始めた。


「僕は、孤児院を出てからはずっと1人で、薬草などの採取依頼をして日銭を稼いでいたのですが……それだけだと、まともに食事もできなくて……」


「まあ、収入がそれだけだと厳しいだろうな」


 今でこそ薬草採取は、簡単な仕事でありながらガチャチケット1枚を入手できるために、とても割りの良い依頼となっている。

 だが、昔は報酬金がすごく少ない、低収入の不人気依頼だった。その報酬金だけで生活していくのは、困難である。

 それでもレンは、冒険者稼業を代表するモンスター討伐依頼は、怖くてとてもではないが受けられなかった。


「それで、残飯を漁るのも、他の人達との取り合いとかがあって、厳しくて……いつしか行き倒れて……そんな時に、アクトさんという人に拾われたんです」


「あの男か! ふむ、なるほどな……」


 アクトの名前を出すと、マリエルは合点がいったとばかりに頷いた。


「……知り合い、ですか?」


「ああ、以前カジノで少し、ね。最近は冒険者ギルドでも色々と話題の男だな」


 冒険者ギルドでの噂については、レンも色々と聞いたことがある。

 妖怪ガチャ回しだとか、ガチャ狂いだとか、ろくなものではない渾名で語られている。

 しかし、アクトのことを評価する噂も数多く聞こえてきて、レンは戸惑ったものだ。

 曰く、新人冒険者の救助を幾度も行った。曰く、教会の子供達に大人気。曰く、アクトが休む日は王都の経済が少し滞る……等々。

 いくつか与太話の類と思える突拍子のないものもあったが、アクトという冒険者を評価する声は少なくない。

 それと同じくらいに、悪意に満ちた噂話もいくつか存在するが、そういった話をする者は他の冒険者のことも嘲笑している者が多く、幼く未熟なレンからしても、信憑性は感じられなかった。


「アクトさんに拾われた時は、嬉しかったんですけど……訓練と称しては、きつく殴られて、お金も事あるごとに、奪われて……」


「……ふむ」


 真剣な表情で頷いて、話を聞いてくれるマリエルに、レンはどんどんと思いの内を零していった。

 痣が残る程殴られたことがあった。酒代が足りないからとお金を持っていかれた。いくつも罵声を浴びせられた……。

 語り出せば、きりがない。いつしか時刻は朝食の時間が近付いてきていた。


「拾ってもらったことは、感謝しています。けれど……辛い思いを味わわされたのも、本当のことで。

 確かに今、冒険者ギルドではアクトさんのことを評価している人は多いです。たくさんの人を助けたって噂も、いくつも聞きました。

 それでも……今、どれだけ良いことをしていたって、僕がされたことが消えるわけでは、ない」


「……君は、アクト氏のことを、憎んでいるのか?」


「自分でも、分かりません……分からないんです。けど、あの人が良い人だなんて、やっぱり思えなくて……」


 レンは、アクトという人間のことが理解できずにいた。

 最初は自分を拾ってくれた恩人。けれど嫌な思いをさせられた怖い人。けれど今、周囲の人々はアクトを高く評価している。

 どの人物像が本当のアクトの姿なのか、レンにはまるで分からなかった。


「さっきの話だが。私にはアクトという男が、ひどく不器用な男だと思えたよ」


「不器用、ですか……?」


「小手先のことではなくて、人との接し方が不器用な男、だね。乱暴で、がさつで、優しさなんてない様に思える。

 けれど、本当に優しさも何もない男なら、子供を拾うようなことはしないだろうし、拾ったところで……酷な話だが、奴隷商人に売り飛ばされていた可能性の方が高いだろう」


「それをせずに、保護しながら戦い方も教えていたというのは、甲斐性がある男に思える。しかし君が言うように、乱暴な訓練や金銭の巻上げも行っていたという一面もある。

 ……私なりの推測に過ぎないが、訓練は『痛くなければ覚えられない』という信条で行っていた結果で、金銭の巻上げというのは君の生活費のために使ったり、口では悪く言いながらも君の将来のために貯金していたのではないかな?」


「……そんな、ことは……」


 以前のアクトを知らないから言えることだと、反論しようとしたレン。だが、はっきりと言うことができなかった。

 以前のアクトしか知らない自分なら、そんなわけがないと断言していたと思う。

 けれど、ギルドで再会した時のアクトは、自分が知る彼のものとは違っていた。

 最近のアクトのことは、噂にしか聞いていない。

 けれど、最近のアクトのことを知らない自分が、今の彼を否定するのは、正しいことには思えなかった。


「私は当時の様子を見ていたわけではないし、本当のところは本人から聞き出さないと分からないだろう。

 今すぐでなくても良い。けど、いつかアクト氏と、もう一度言葉を交えてみた方がいいのではないか?」


 マリエルの言葉に、肯定を返すことはできなかった。

 話してみれば、確かに答えは分かるかもしれない。

 けれど、レンにとってアクトとは、恐怖の象徴とも言える存在だ。

 そんな彼に自分から会いに行くというのは、臆病者であることを自覚するレンにとって、ひどく覚悟のいることであった。


「……まあ、どうするかは君次第だ。いずれ、自分で答えを出せればそれでいいと思うよ」


 マリエルはそう言うと、宿屋に向かい歩き始める。

 建物に備えられた時計に目を向ければ、もう間もなく朝食が始まる時間だった。


「では、お先に。いつか君の迷いが晴れる日を祈っているよ」


 そう言い残すと、マリエルは扉を潜って、宿屋の中へと消えていった。

 残されたレンは、空を仰ぎ見る。

 強くなろう、と誓った日と同じくらい、澄み渡る青空が広がっている。

 けれどレンの心には、迷いが濃霧の様に漂っていた。


「……アクトさん。貴方は、僕をどうしたかったんですか……?」


 呟いてみたところで、答えが返ってくることなんてない。

 その答えを知る者は、他ならぬアクト自身しかいないのだから。



ガチャから話が離れていくけれど、今考えている展開のためには必要な布石が多くて、しばらく閑話が増えまくるかもしれません(汗)

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