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「アクト、この依頼を受けてみるつもりはないか?」


 いつもと同じく早朝に冒険者ギルドでクエストを吟味していたアクトに、声が掛かる。

 聞き慣れた男の声にアクトは振り返る。そこには、冒険者ギルドマスターであるラカムの姿があった。


「ギルドマスター直々の依頼ってことは、大仕事か?」


「いや、ただのDクラス依頼だ。ほれ」


 手渡された依頼書に、一応アクトは目を通す。

 しかしDクラス依頼だと先に伝えられていることもあり、アクトは乗り気ではなかった。

 アクトは最下級のEランクから、自身の冒険者ランクであるCクラスまでの依頼をいくつも請け負うことでガチャ資金とガチャチケットを荒稼ぎしている。

 その稼ぎ方の鉄則は『楽に、短時間で終えられる依頼を複数まとめて達成する』ことである。

 以前までなら見向きもされなかった低ランク依頼も、カジノとの提携によりひとつのクエストを達成するごとに1枚のガチャチケットが配布されるようになってからは、元々の依頼報酬金以上に旨みのある仕事となっている。だからこそアクトの稼ぎ方は通用しているのだ。

 

 当然、好条件の依頼は奪い合いに発展するほどに注目を集めており、早朝に出向かなければ中々良い仕事にはありつけないくらいだ。

 そしてそんなクエスト入れ食い状態で掲示板に残されている依頼は、達成が困難か、苦労に見合わない報酬の不人気依頼である。

 ラカムから手渡された依頼書を読み進めたアクトは、予想以上にまずい依頼の内容に不機嫌を露にした。


「……拘束時間が丸一日でこの報酬金とか、Dランクにしたってひどすぎるだろうが」


依頼は、要するに孤児院の臨時職員の募集だった。

勤務時間は朝から晩まで。途中昼休憩と簡単な食事付き。

余程旨みがないからか、追加報酬であるガチャチケットは5枚と多めに配布されるらしいが、アクトならばこの依頼の勤務時間の間に200枚以上は余裕で稼げる。

ギルドマスターからの指名とはいえ、提示された依頼はアクトにとってあまりに割りに合わないものだった。


「つうかよ、俺に孤児院の仕事なんざやらせていいのかよ?」


「お前だからこそ、だよ」


しかめ面になるアクトに、ラカムは断言する。


「そもそも、お前がBランクに上がれないのは過去の素行が原因だ。

 最近はマシになったとはいえ、以前のお前を知る者からの評価は相変わらず低い」


「……ふん、そんなことは承知の上だっての」


 アクトは、以前は荒くれ者同然の振る舞いを続けていた。

 酒、煙草、博打に女と、稼いだ金は娯楽に費やして浪費する日々。

 それだけならばまだ良いが、所構わず喧嘩を売り買いしては周囲を巻き込んで大暴れしていた。

 

 そして、レンというかつてのパーティメンバーである少年に対する行為も問題視されている。

 修行と称して子供を痛めつけていた、金銭を巻き上げていた、というのは何人もの人間の証言があり、アクト自身も認めている。

 最も、アクトにとってはそれらの行為は『かつて自分が育ての親にされていた教育』の真似事で、レンを鍛え上げるつもりだったことに嘘はない。

 戦闘訓練なんてものは痛みを伴って覚えるのが一番だと、育ての親には教え込まれた。

 痛みに涙を零すことになろうとも、訓練を怠れば戦場では死ぬだけなのだ、と。だから泣いている暇があるなら素振りでもしろと、よく叱責されたものだ。


 金銭の巻き上げについても、自分がかつてされたことだ。

 誰かに教えを請うなら金を支払うのは当たり前で、早く一人前になりたいなら子供だろうが何だろうが、生活費や道具の経費も自分で負担してみせろ、と。

 それが幼少期のアクトが教わった教訓であり、彼はそういうやり方しか、人の育て方というものを知らなかった。

 アクトにとって、冒険者に限らず荒事を稼業に選ぶのならば、それくらいの下積みの苦労は覚悟して当然のものだと思っていたのだ。


 だが、数ヶ月前にレンに逃げられてから、周囲から向けられた批難の声もあり、最近になってようやく間違いに気付かされた。

 その育て方は自分の幼少期、戦乱が続いていた時代の、自分の境遇だからこそ通用した方法であり、今の時代には適さないのだ、と。

 そして何より、レンという少年が求めていたのは1人でも生きていける力ではなくて、優しく守ってくれる保護者だったのだ、と。

 今更ながらに、自分がかつてレンに対して行ってきたのは恩師の真似事に過ぎず、上辺だけ似せた中身が伴わない贋物だったと、省みていた。

 だからといって、アクトは育ての親から学んだことが間違いだったとは思わない。

 間違えたのは、訓練の内容云々ではなくて、自分のやり方だったのだから。


「俺は子供との接し方なんてろくに知らねえんだよ。そんな奴に孤児院の仕事を斡旋するとか、何考えてんだ」


「だから、この仕事を通じて学んでこい。そして無事にこの仕事をやり終えたのなら、お前の悪評も多少は払拭できるさ。

 昔は問題行動を行っていたが、自省しています――ってな具合にな」


「はん、俺が反省するような殊勝な男に見えるのかよ」


「少なくとも、今のお前ならそう思えなくもない」


いつものように皮肉の応戦が続くかと思っていたが、突然ラカムは真剣な口調でそう語った。


「打算ありきの行動であろうとも、お前は以前より真剣にクエストに取り組み、ギルドに貢献している。

 ギルド職員がトラブルに巻き込まれた時も積極的に助けに入り、多くの新人冒険者の危機を救ったとも報告を受けているぞ。

 実力、実績共に問題なし。後はお前の悪評をなんとかすれば、Bランクに昇格してもやっていけるだろう」


「……その話、本当だろうな?」


 以前までのアクトなら、無理にBランクなんて目指そうとせずに、その日暮らしができるならばそれで十分だとCランク冒険者として生きていた事だろう。

 老後の蓄えを考慮しないのであれば、生活していくだけならばCランク冒険者の稼ぎでも十分だからだ。

 しかし、今は上のランクを目指す目標がある。そのため、アクトにとって高ランクへの昇格の足掛かりは喉から手が出るほど欲しいものだった。

 レンやアメリアというかつての仲間達を見返してやりたい。そして最近カジノオーナーが始めた、冒険者スポンサー契約の流行になんとか食らいつき、さらなる高みからかつての仲間達を見下して吠え面をかかせたい。

 他人に褒められるような内容でなくとも、それが最近のアクトの原動力であった。

 孤児院の仕事になんて旨みもやる気も感じられないが、求める物が手に入るとなれば話は別である。アクトは態度を改めて、ラカムの話に聞き入った。


「無論、この仕事だけをこなしたところですぐにBランクに昇格とはならん。だが、昇格するためのきっかけにはなる。

 この依頼を無事に完遂したら、今後はお前の昇格に助力する。どうだ、儲けは少なくとも興味はあるんじゃないか?」


「おいおい、いいのかよ。堂々と贔屓するなんて言っちまって」


「お前は、特別な結果を残した。特別なことをした者を特別扱いすることを、俺は贔屓とは言わん。

 それに、お前にはさっさと昇格してもらって、Bランク依頼もこなさせた方がギルドの利益になる」


「……まあ、そんなこったろうとは思ったぜ」


 冒険者ギルドとて、慈善事業を行っているわけではないから、利益を追うのは当然のことだ。

 そもそもが冒険者ギルドとは、冒険者を危険な場所に送り込んで、依頼の仲介料やら、魔石を始めとしたモンスター素材の売買などで利益を得ている。

 穿った見方をするのであれば、他人に危険を冒させてその上前を撥ねようという商売だ。

 しかしそんなことは今更である。故にアクトは、ギルドが利益のために特定の冒険者に肩入れしていたところで批判するようなことはない。

 ギルドと冒険者は昔から、互いに持ちつ持たれつ、あるいは互いに利用しあう関係なのだから。

 そもそも今回の話は自分が利益を得られるチャンスなのだから、断る理由なんて最早存在しなかった。


「分かった。その依頼を受ける。今から2時間後だな」


「ああ。先方にはお前のことは話してある。くれぐれも、子供に手を出したりするなよ」


「へいへい、言われなくてもそんなヘマはしねえよ。ムカツク子供がいても殴らなきゃいいんだろ?」


 ラカムの忠告に軽口で返すアクト。彼はラカムに背を向けて、ひらひらと依頼書を靡かせながら、受付へと向かう。

 そんなアクトの背中に、ラカムはぼそりと呟いた。


「いや、お前実はロリコンだって噂が広まってるからな……」


「誰だそんなこと言いやがった野郎は!?」


 事実無根の噂の内容に、アクトは思わず振り返りながら叫んでいた。




    〇




「ガチャよーかい! かくごー!」


「とぉー! たあー!」


 バシバシ、と無遠慮に叩いてくる子供達に、アクトは必死に笑顔を張り付けて対応していた。


(ラカムの野郎……! 余計なことまで話してんじゃねえ……!)


 別にラカムが、アクトの『妖怪ガチャ回し』という、名乗るには抵抗がある二つ名を伝えたとは限らない。

 しかし胸中で誰かに八つ当たりでもしなければ、ストレスで思わず叫んでしまいそうだった。


「ぐ、ぐあー。やーらーれーたー……」


「よーかい、演技下手だなー! もっと感情込めて言わないとだめだぞ!」


「だめだぞー!」


 わいわいぎゃあぎゃあ、と好き勝手に騒ぐ子供達にもみくちゃにされながら、アクトは必死に堪えていた。


(昇格のため、契約のため、そしてガチャのため……! だから堪えろ、俺……!)


 自分に言い聞かせながら、怒りを自身の内に飲み下し続けるアクト。

 しかし人間、ふとした瞬間に気が緩む瞬間というのは存在する。

 アクトが窮地に立たされたのは、その僅かな瞬間に掛けられた声だった。


「えと……よ、よーかいさん!」


「あぁ!?」


 半ば反射的に声を荒げてしまうアクト。

 そこまで怒声を発するつもりはなかったのだが、疲労とストレスからつい、いつもの癖が出てしまったのだ。

 さらに間の悪いことに、たった今アクトに声の掛けてきたのは、孤児院の子供仲間から無理に台詞を言わされたらしい、気弱そうな少女だった。


「……ふ、ふぇ……」


 しまった、と思う間もなく涙を浮かべ始める少女にアクトは慌てふためく。

 ここで子供に泣かれたなら、先程までの我慢が無駄になるばかりではなく、今後の昇格計画にも支障を来たすのは目に見えているからだ。

 ぐるぐると頭の中で思考が巡る中、少女は今にも泣き出しそうになっている。

 最早これまでか、と諦めの思考が頭を過ぎったアクトであったが――。


(まだだ! まだ、終わってねええええ!)


 ――諦めるな、と自身に発破を掛けて、半ばやけくそで身体を突き動かす。

 土煙を上げながら足を地面に滑らせることで足幅を整えて、少女に向かってビシリ、と人指し指を向ける。

 そしてアクトなりに必死に思い描いたカッコいいポーズを決めながら、空いた片手で指をパチーンと鳴らしてみせた。


「な……なんか、よーかい!?」


 そしてアクトなりに必死に頭から捻り出した言葉を、声高に叫ぶ。

 シーン、と周囲の空気が凍り付くのを感じながら、アクトはハラハラしながら件の少女の様子を探っていた。


(ど、どっちだ? セーフか、アウトか……!)


 モンスターを討伐している時よりも緊張しながら、アクトはただじっと待つ。

 するとやがて、泣きかけていた少女は――。


「……あ、あはは! なにそれー、変なポーズ!」


 ――すっかり涙を引っ込めて、堪えきれないとばかりに笑い始めた。

 その少女の笑い声に感化されたのか、周囲の子供達も爆笑しながらアクトに再び絡み始める。


「よーかい! もっかい、今のもっかいやって!」


「さっきの、指パッチンってするやつ! あれ教えて!」


 どうやら子供達に、絡みやすい相手だと認識されたのだろうか。

 先程までは遠巻きに様子を見ていた子供達まで群がって、アクトはもみくちゃにされることになった。


(……セエェーフ! けど、くっそムカツクううううう!!)


 ピンチを切り抜けたことに安堵しながらも、すっかり笑い者にされている現状に腸が煮えくり返る思いを抱くアクト。

 しかし彼は、同じ失敗はしないように、と懸命に笑顔を引き攣らせながら、なんとか子供達の相手を続けていた。



   〇



 ようやく昼休憩となり、一時的にとはいえ子供達から解放されたアクトは、庭に置かれたベンチで食後の休憩と洒落込んでいた。

 普段明け暮れている討伐などを始めとした冒険者稼業とはまったく違う類の気疲れに、思わず青空を仰ぎ見る。

 高く登る太陽の光に目を細めながらぼんやりとしていると、横合いから女性が声を掛けてきた。


「お疲れ様です、アクト様」


 この孤児院の運営者であり、そして教会のシスターである女性だ。名前はロロラ。

 清楚を絵に描いたような、穏やかな佇まいの女性である。


「あー……呼び捨てでいいっす。様付けなんて慣れてなくて、背中が痒くなるっす」


「では、アクトさん、と。そう呼ばせていただきますね。アクトさんも、楽な話し方でどうぞ」


「……じゃあ、そうさせてもらう」


 アクトの隣に、しかし少し間を空けてロロラはベンチに腰掛ける。

 しばし、沈黙が続いた。ロロラは特に用があってアクトを探していたわけではなかったのか、特に何かを話し出す様子はなかった。

 別にそのまま時が過ぎてもよかったのだが、アクトはふと疑問に思ったことを尋ねていた。


「よく、俺を雇おうと思いましたね。ギルドマスターから、俺の素性は聞いていたんでしょう?」


「ええ。以前、子供を拾ったけれど、接し方を間違えて仲違いをしてしまった、そんな御方だと」


 随分と自分に都合の良い解釈だな、とアクトは我が事ながら思わずにいられなかった。

 ラカムが本当にそのように伝えたのか、ロロラが人聞きの良い風に言い換えたのかは分からないが、レンが聞いたらどう思うだろうか。

 とはいえ態々自分の印象が悪くなるような実態を伝える気にもならず、アクトは黙って頷いておくことにした。


「貴方は確かに、その子供に嫌われるようなことをしてしまったかもしれません。けれど、貴方がその子に手を差し伸べていなければ、今頃その子の命はなかったかもしれない。

 だから、過ちを悔いる必要はあっても……本来無関係である幼子の人生に関わろうとした貴方の行いを、神はきっと見守っておられますよ」


 シスターという職業柄、だろうか。彼女はアクトを励ますように、長々と語った。

 信仰に疎いアクトにとっては、神が見守っていると言われたところで『ガチャでウルトラレアを引き当てさせてくれよ』とお願いするくらいしか思いつかない。

 だがロロラという女性がアクトのことを思って言葉を選んでくれていることは感じられて、そういった気遣いは悪い気はしなかった。


「過ちを正していけば、きっといつかその子にも貴方の思いが届く日が訪れますよ」


「……そんなもんかねえ」


「はい、そんなものです」


 アクトにとっては、レンやアメリアを見返せればそれで満足だ。

 そのためにガチャを引き、そのために高ランクを目指して、そのために依頼をこなし続けている。

 だから別に、レンやアメリアを見返すことさえできれば、2人が仲間に戻ることがなくとも、構わないと思う。

 所詮冒険者は自己責任。仲間とつるもうが、袂を分かとうが、そんなのは個人の勝手である。

 

 けれど、もしも。また以前のように、あの3人でパーティを組むことができたのなら。

 そして今度は、互いに笑い合えるような、そんな仲間同士になれたのなら。

 記憶の奥底に仕舞い込んでいた、育ての親達のような絆を育めたのなら。

 少しだけ、脳裏にそんな未来を思い描いてみる。


「そう、なったらいいんだがな」


 おぼろげな空想に思い耽る内に、思わずそんな呟きがアクトの口から零れ落ちた。


「ええ。きっと、その願いは叶いますよ」


 ロロラは、陽だまりのような柔らかな微笑みを浮かべながら、そう答える。

 根拠も何もない、詳しい事情を知らない者の無責任とも言える言葉。

 けれどアクトは、何故だかその言葉を信じてみたいと思っていた。



 世界は回り続ける。

 欲望を追い求める男の心に、穏やかな願いの種火が灯ろうとも、回り続ける。

 望む未来を目指して歩めと背を押すように、今日も世界は回り続けていく。




 

閑話にするべきか迷いましたが、6000文字超えてたのでひとまず普通の話として投稿させていただきました。

……ちょっと話の中心がガチャから離れすぎてるかなあ、とも思うので番外編とか閑話扱いの方がいいのかもですが、迷います(汗)


本来の主人公のダンジョンマスターの過去話とか、掘り下げ話は後半に予定しているので、しばらくはアクトや他の登場人物達の掘り下げ話が続いていくかもしれません。そろそろ、レン君の成長話とかマリエルさんの奮闘記とか、カジノ従業員達の話も書いていきたいところです。

……それらの話が途中で詰まり、アクトさん中心だとすらすら書けて、結果としてアクトさん以外の影が薄くなりがちなのが最近の悩みです(汗)


あとは、タイトルが「私(一人称)~ガチャを回させています」というタイトルなのに、キャラの掘り下げ話を中心にしていくとガチャから焦点が離れがちになるのも悩みの種です。いっそタイトル変更もひとつの手かな、と思うものの、他にタイトル案が思いつかなくてそのままに(汗)


ひとまずは思いついた話を手当たり次第書いていくつもりで、がんがん進めていこうと思います。ご意見、ご感想、お待ちしております!

……感想返しはすみませんが、今度まとめて時間が取れる時までお待ちいただければ嬉しいです。申し訳御座いません(汗)

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