閑話「とある日の受付窓口」
今週はあまり時間がとれず、短い話で申し訳ないです(汗)
今回くらいの短い作品には閑話とつけさせていただこうかな、と考えています。
「ねえ君、仕事いつ終わるの? 暇なら俺とデートしない?」
にたにたと気味の悪い笑みを張り付けた軽薄そうな男の言葉に、ソフィアは怯えていた。こういった手合いは、荒くれ者の多い冒険者には多いことは理解しているが、それでもいざ対面するとなるとやはり怖い。
普段ならギルドマスターであるラカムが目を光らせているが、この日はたまたまラカムが席を外しているタイミングで厄介な人物が現れたのだ。
白昼堂々、クエストを受け付けるカウンターの前に陣取るその男は、依頼書も持たずにナンパと呼ばれる行為をソフィアに行い続けている。
「あ、あの。他のお客様のご迷惑になりますので……」
「そんな釣れないこと言わずにさあ。俺、けっこう稼げてる系だし? 冒険者なんて野蛮な仕事しなくても良いっていうか?
だからこんなところに可憐な花が咲いているのを放っておけないんだよね。だから俺とデートしようよ、ねえ?」
男の言葉に、周囲の冒険者が殺気立つ。
冒険者という仕事は、確かに野蛮で危険を伴うものが多い、安定とは程遠い稼業だ。しかし面と向かって『こんな仕事』だの『野蛮』だのと貶められたら、冒険者として勤めている者達にとっては気分の良いものではない。
それに冒険者という存在は、街をモンスターの襲撃から守り、モンスターから取れる素材を生活の糧とするために必要不可欠な存在だ。
ナンパ男は好き勝手に冒険者の悪口を交えて話し続けているが、冒険者稼業は必要な仕事だからこそ存在しているのだ。
そんな冒険者達の仕事がスムーズに行えるようにするのが冒険者ギルドの仕事であり、ソフィアはそこに勤めるギルド職員である。だから、自分の商売相手を馬鹿にするナンパ男の言動に、ソフィアは不快な思いをしていた。
だが、ギルド職員としては冒険者と街の住人の仲を取り持つことも業務であり、一応は王都の住人であるナンパ男に対しても高圧的な態度で追い出すことは難しい。何より、ソフィアは元来気の弱い少女だった。面と向かって「ざっけんなこらー!」と叫べるような気性は持ち合わせていない。
それゆえに当たり障りの無い言葉で応対するしかないのだが、そうしている間にも周囲では冒険者達が今にもナンパ男に喧嘩を吹っかけそうな様子が窺えた。
どうするべきかとソフィアが思い悩み、この場から逃げ出したくなっていた、そんな時だった。
「……おい、あんた。受付しねえなら、どいてくれねえかな?」
魔石やモンスターの素材が詰め込まれていると思われる革袋を両手に抱えて、背中には膨れ上がったリュックを背負った男が現れたのは。
その男性の名前は、今やある意味で有名人となりつつある男の者だった。
「ガ、ガチャ狂いのアクト……!」
「あの革袋にリュック……あの中身が全て換金対象の物品なら、とんでもない金額になるぞ……」
男の名は、アクト。受付嬢としてソフィアも面識がある、冒険者の1人であった。
冒険者ギルドと提携している、王都カジノの目玉遊戯のガチャに嵌り込み、ガチャを回すためならばどんな無茶でもするという曰くつきの男である。
「……あ? 何すかアンタ。今取り込み中なんすっけど?」
「邪魔だからどけ、つってんだよ。そんなに女に困ってるなら家に帰ってママの胸でも揉んどけよ、猿」
アクトの挑発に、ナンパ男は憤怒を露にしていた。
さらにはアクトの言葉に賛同するように、周囲の野次馬と化した冒険者達は煽るように囃し立てる。
「そうだぜナンパ野郎! ママが嫌なら床にでも腰振ってな!」
「猿……ああ、性欲的な意味での煽りか! 顔が猿にしか見えないから、そのことを言っているのかとばかり思ってたわー!」
「おいおい、そいつは猿に失礼ってもんだぜ! あいつよりは猿の方が男前ってもんだろ?」
ぎゃはは! と冒険者ギルド内に下品な笑い声が響く。
ソフィアは「この言動だと冒険者は野蛮って言われても仕方ないんじゃ……」と思ったが、口には出せなかった。
「ア、アンタ喧嘩売ってるんすか!?」
「俺は魔石と素材を売りに来たんだよ。だから退けって言ってんだろ、エテ公」
「お、温厚な俺でも、もう切れたっすよ!」
どこが温厚なのかと周囲が問い質す間もなく、ナンパ男はアクトに殴りかかろうとする。
荷物で両手が塞がったアクト相手になら、正面からでも殴り倒せると判断したのだろうか。
――目の前で暴行沙汰が起こる気配に目を閉じそうになったソフィアの心配を余所に、事態は一瞬で幕を閉じる。
両手に抱えていた荷物を天井に向かって放り投げるアクト。それに目が釣られたのか、視線を頭上に向けるナンパ男。アクトは相手の視線が逸れたその隙に一瞬でナンパ男の懐に踏み込み、その首筋へと両手で手刀を落とした。
気絶したのか、ずるずると崩れ落ちていくナンパ男。
それには目もくれずに、アクトは落ちてきた革袋を難なくキャッチする。
「依頼達成の手続きと、素材の換金を頼む」
そうして何事もなかったかのように、アクトは革袋とリュックをカウンターに置いて、いつものようにクエストの終了報告を始めるのだった。
〇
「その後も、色々と困っているところを助けられて……気付けば、その……こ、恋を、していましたね」
恥ずかしげに、しかしどこか嬉しそうに、自分がアクトに惚れた理由を語るソフィア。
それを聞きながら、アトリは首を傾げていた。
「それ、ソフィアさんを助けようとしたんじゃなくて、自分の受付の邪魔をされたから腹いせに喧嘩売ったんじゃあ……」
「本人もそう言ってましたが、私が助かったのは事実ですし……その、今話した出来事の当時はアクトさんのこと、正直怖い人と思ってました。
好きになったのは、その後の色々なことがあってですね。依頼の報酬が少ないって怒鳴り込んできた人を退治してくれた時とか」
「う、うーん……まあ、人の好みは人それぞれだとは思いますけど、ちょっと美化しすぎなのでは……」
「私も、最初は色々と助けてもらったお礼にって、好意とかは関係なしにお弁当を作ったりしていたんですよ。
ただ、おいしそうにご飯を食べている時の微笑みとか、普段は険しい顔付きが緩む時のギャップにこう、ぐらっときたといいますか」
「そ、そうですか。良い趣味をお持ちで」
この先輩何だか危なっかしいなあ、と思いながらもそれは口に出さずに、アトリは無難な言葉でお茶を濁した。
休憩時間のちょっとした会話に、と思って自分が振った話題だったが、饒舌に話し続けるソフィアの恋話は中々終わらずに、気付けば昼の休憩時間も終わりかけていた。
(……私も恋をしたら、ソフィア先輩みたいに、相手の悪いところも良いところも夢中で見られるようになるのかな?)
恋は盲目、という言葉はアトリにも覚えがある。
いつか運命の人と出会った時には、自分も盲目的に相手を好きになるのだろうか、とアトリはまだ見ぬ未来に思いを馳せた。




