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2-53『金銭トラブル』

 人が生きていくには金がいる。

 金は魔法みたいなもんだ。金があればある程度の夢が叶う。

 だが、その金には限りがあるため、人の間でその限られた金の取り合いが起こる。


 かつてある者はその人の間で起こる金に関するトラブルを見て言った。


 あれは悪魔の仕業だと。


 また別の者はこう言った。

 人の心の中にいる悪魔を露わにするものが金なんだと。


 人間社会に身を置く者であれば、金銭トラブルとは常に背中合わせだ。

 いつ何時、自分の身に降りかかるか分からない。


 ギリギリ何とかなるケースもある。


 例えば、某メンバーがとある決闘において、ROOMが行われる決闘場の一部の部屋を破壊した件。

 俺じゃないよ。壊したのは俺が放った魔法じゃないからね。


 これにはあとで多額の請求書が届くのでは、と俺たちは戦々恐々としていたが、実際に部屋改修費用を請求されることはなかった。


 どうやら、その次の決闘での俺の功績と相殺されたらしい。

 公爵令嬢の身の危険を救った功績が認められたんだって……

 しかも、学園長の鶴の一声だと。


 ちょっと複雑な気分になった。

 だって、あれ、俺が何かをしたというより、単に変態の自爆にして自滅だった気がするんだよな……


 ちなみに、そのクズ変態公子は、元クズ変態公子になった。

 公爵家の令嬢の部屋を()()()()()()罪で侯爵家の令息ではなくなったらしい。

 もちろん学籍も剥奪……つまり退学処分となった。


 これから強く生きて欲しい。

 まあ、一般人だったら良くて監獄行き、悪くて処刑だ。

 相手が貴族家ならまず処刑だな。

 そう考えれば温情ではある気もする。


 そういえば、村で村長の息子はよく覗きをはたらいていたな……

 帰郷の折には、あいつもとっちめないと行けないな、うむ。


 ……ということで、事件を解決した功績分、やらかした分の請求がされないならラッキーということでありがたく相殺していただいた。


 この件は、紙一重で金銭トラブルが起こらなかったといえる。


 次にトラブルに見舞われそうになったのは、冒険者ギルドだ。

 俺は例の「バブル斜光クラブ」を狩ったあと、その討伐部位を欲しがるギルドに快く売ることにした。

 しかし、だ……その対価を今すぐには払えないと言われた。


 冒険者ギルドが魔物の討伐部位の対価をすぐに払えないなんてことがあるのか?なんて思ったけど、よく考えたら俺が集めてきたそこそこの魔物の魔石を見ただけで卒倒する人たちだから仕方ないのかな、と思った。


 結局、打開案としてその部位をオークションに掛け、その販売額の何割かを俺が貰えるという話になったよ。

 とんでもなく安く売られたらどうしよう?

 田舎者なんで相場が分からないから不安だ……


 さて、ここまでの話は前座だ。前置きだ。露払い。


 本題はこれから。


 俺は今、金という悪魔に大いに魅せられた大悪霊の棲む大聖堂にやって来た。

 いかにも高価そうな、大扉の前に飾られた石像たちに満遍なくあっかんべーをしてから、気合を入れて、自動的に開く扉を開ける!


 ……なんか石の彫刻の数が減っている気がする。

 まあ、いいか……


 俺がこの忌々しい建物にやって来た理由はただ1つ。

 『ハイリゲンダンジョン』の最下層に現れた「バブル斜光クラブ」の討伐を依頼した教会職員から特別依頼の報酬をたしかに貰い受けるためだ。


 それ以外にここにくる理由はない。

 なんならもう2度と来ない。


 そう心に誓いながら、俺は中央の教壇に向かってゆっくりと歩き始めた。


「おお、迷える子羊よ……こちらで祈りを捧げるのです」


 何の余興だ?


 ヴェールを被った金に汚い女が両手を開いてよく分からない演技をしている。


 俺は周囲を見渡した。


 今日は1人ではない。


 10人以上、見知らぬ人がいた。みんな高級そうなローブをまとっている。


 皆、その女の方を向いて膝をついて床の方に視線を落とし、一様に祈りを捧げている。


「何をやっているんだ?何かの余興か?」


「おお、哀れなる無知な子羊よ。ただただ祈りを捧げるのです」


「はあ?」


 相変わらず演技をし続ける守銭奴。


 さっさと本題に入りたいのだが……


「おいっ、そこの貴様!!何をそこで突っ立っている。何の用か知らんが、この大聖堂にきたのであれば跪いて祈りを捧げろ。恐れ多くも聖女様の御前であるぞ!」


 なんかよく分からないスキンヘッドの白いローブを着たおっさんがこちらを向いて声を荒げてキレ散らかしている。


「いや、祈りに興味ないし」


「な、何だと貴様っ!!」


「よいのです……」


「いや、いい加減普通にしゃべれよ」


「……」


 ……あ!これはひょっとしてあれか?ひょっとしてこの偉そうなおっさんたちには本性を晒してないってやつか?


 これはなかなかいいネタを手に入れたな。


 俺がニヤけているとこめかみや口角のあたりをピクピクさせてやがるし……


「何という不遜なやつ!!ええいー、誰かー、おらんかー!この不届き者を摘み出せー」


「いかがされましたか?」


 ん?何か奥からぞろぞろと出てきたぞ?

 先頭の金髪の騎士っぽい人、どっかで見覚えがあるような……


「ええい、騎士団長。早くせんか!この不埒者を……」


「ややっ、君はあの時の少年!あのとき、君が急にいなくなってこっちは大いに焦ったんだぞ!?」


「あ、あんた、ギルドにいた生臭シスターのおつかい騎士さん?」


 うん。何か見覚えがあると思ったらギルド本部ですごい剣幕で向かってきた人だ。


「な、生臭シスター!?いったい君は何を言っている??」


「えっ、目の前にいるじゃん!?」


 俺が指を差すと、おつかい騎士さんは指の先に振り返り、またこっちを向き、また振り返りを高速で繰り返す。


「ひょ、ひょっとして……君があの時言っていた生臭シスターのシスターアルテというのは……やはり……?」


「え?そこにいる銭ゲバ守銭奴に決まっているじゃん!?」


「「き、き、……」」


「「き、貴様ーー!!」」


 おお、スキンヘッド親父と金髪おつかい騎士の怒鳴り声が重なった。


 こいつらは何を怒っているのだろうか?

 全員、この銭ゲバの部下なのか?洗脳か?


「もう許しておけん!ジュリア騎士団長!!そこの不届き者を成敗……」


「は〜……黙れ、お前ら……」


「「え??」」


 お、ようやく地が出たな!?


 今まで隠していたのなら、それはそれですごい話だ……


「あんたもあんただよ、ノーウェ坊!なんでこういう面倒くさい奴らがいる時に来たんだ?」


「知るか、あんたの都合なんて」


「せ、せ……聖女様?」


「あん?」


 スキンヘッドローブが硬直している。

 そもそもこいつはいったい誰なんだ?


「そのような話し方を……いえ、とにかくまずはそこの不埒者を成敗しませんと」


「え?あんたにそんなことできんの?」


「へ?」


「そこのノーウェ坊は一歩も動かずにAランク魔物の『バブル遮光クラブ』を倒せる男だけど、あんた、そんな奴相手にできるの?」


「へ?へ?」


「できるなら次の『巡礼士団』の代表はあんたで決まりだね。神官長!次の『巡礼士』派遣は私からはあんたを推薦しておくよ」


「お、お、お、お待ちください〜!こ、こ、こ、この少年が、ま、ま、ま、まさか〜……れ、れ、れ、例の村の~……」


 人を指差しながら口をパクパクさせるスキンヘッドローブ。失礼な奴だな。


「ああ。私が『巡礼』していたあの村の出身にして、現プラハ学園の学年首席のノーウェ坊だよ」


「ひ、ひ、ひ、ひょえーーーー」


 スキンヘッドローブはその場で尻餅をついた。人を指差したまま。

 他に祈っていたローブの人たちも驚きであとずさっている。

 失礼極まりないやつだな。不届き者がっ!


「そ、それでは聖女様。先日の『地底湖の悪魔』討伐の依頼はやはり彼に?」


「あー、そうだよ。あんたじゃまだ無理だからさ」


「っ!!……ぐぐぐっ……」


 金髪のおつかい騎士さん……とその他は、歯をくいしばって悔しそうにしている。

 なるほど、あの時突っかかってきたのは、彼女たちが銭ゲバにダンジョン攻略を止められていたからなのか……

 そんなに意欲があるなら無視してとっとと行けばよかったのに。


「あんたもさー、いったい何しに来たんだよ?またこの麗しいアルテお姉さまからのおつかいがしたいのかい?」


「ふざけんな。誰がこんなところに好き好んで来るかっ!さっさと依頼料寄こせ」


「ん?」


 守銭奴があごに人差し指をあてて首を傾げている。

 何だコイツ!?ついに脳みそまで金に変わったのか?


「いや、だから。こないだの『バブル斜光クラブ』の特別依頼料寄こせ」


「ん?あげたじゃん!?何言ってるんだい?この坊やは……」


「はあ?」


 何だコイツ!?以前から金に汚いと思っていたけど、ついに踏み倒すつもりか?


「いや、あげたじゃん!?イカ煎餅50枚!」


「はあ?ふざけんなっ!何が悲しくて、イカ煎餅の報酬でAランクの魔物を倒しに行かなきゃいけねーんだよ!?」


「でも、あのとき言ったじゃん。餞別をあげるって。受け取ったんだから契約完了だね」


「それは前金って意味だろ?」


 餞別じゃなくて煎餅だよ……あんたがくれたのは……!


「前金じゃないよ。《《前払い》》って言ったよ、私は」


「どこの世界にイカ煎餅50枚で大物の依頼を引き受ける冒険者がいるんだよ!?」


「あ?あのイカ煎餅なめんな!?あれは私が前回の巡礼で手に入れた特注品だぞ?」


「はあ?」


「Sランクの海の怪物『クラーケン』のゲソ煎餅だからね。一枚銀貨1枚はくだらないよバカタレ!道中いい魔除けになっただろうが!?ヒャーヒャッヒャ!」


「こ、このクソアマッ……!」


 詐欺まがいな行為に若干の真実を混ぜてきやがって……

 たしかに、あの煎餅のおかげで「夜王」は近づいてこなかったけど……

 でも、臭いんだよ。しかも、銀貨50枚分でも全然足りないし。


「あ、あの……アルテ様、本当にそこの少年に煎餅50枚で依頼を?金貨ではなく?」


「そーだよ、金貨なんてもったいないじゃん!?」


「っ!!」


 金髪のおつかい騎士さんがショックを受けているぞ。

 彼女だっていろいろなおつかいをこなしてきたおつかいのエキスパート(たぶん)だろうから他人事ではなかったのだろう。


 そんな彼女の気持ちなど知らんとでもいうかのように、銭ゲバ守銭奴生臭シスターは、教壇の引き出しからまたもや煎餅を取り出してかじり始めた。

 全員唖然……


「って、この臭い……まさか……」


 甲殻類の殻を焼いた時の香ばしい臭いがする……


「おっ、わかった!?『バブル斜光クラブ』の爪の殻と肉で作った煎餅だよ」


 ……コイツ、オークションでとんでもなく無駄遣いしてやがる。

 依頼料ケチったくせに、オークションにはポンっと出すのかよ?

 ……ん?待てよ!?オークションにこの生臭が金を出したとなれば、結局は俺の金になるってことか!?それならまあ、依頼料は勘弁してやってもいいかな……


「せ、聖女様……オークションで魔物の部位を競り落とされたのでございますか?」


 立ち上がったスキンヘッドローブが尋ねる。恐る恐るといった感じ。


「うん。でも、安心しな。お金は払いたくなかったから、私の等身大聖女像と外にあったいくつかの彫刻との物々交換にしておいたよ。後は手数料で金貨1枚ね」


「っ!!」


「はあ?」


 スキンヘッドローブはまたもや尻餅をついた。

 そんなことはどうでもいい。物々交換だと俺に金が入らなねーじゃねえか!?

 いや、入るのか?どっちなんだ?


「何だい?あんた、私の等身大聖女像がほしいのかい?」


「要らんわっ!!」


「またまた~」


「……もう許さん!今日という今日は堪忍袋の緒が切れた……この大聖堂ごと除霊してやる……この生臭守銭奴銭ゲバ強欲悪魔が……!!」


 本当なら村でケリをつけておくべきだった。

 こいつを帝都に解き放ってのさばらせてしまったのは俺の罪だな……

 よし、潰そう。


 俺はローブを脱ぎ、『フロート』をかけて浮かせる。


「おっ、やんのかい?あんた、私に対する一宿一飯の恩義は忘れたのかい?」


「そんなもんないだろ……というか、村長の家で何度もただ飯食らっていたのはあんただ、銭ゲバ。それにその飯の材料は俺が狩ったギガエルクやホーガンリザードやシャベルベアだったろうが」


 しかも、村長の奥さん伝いにこいつはその日の料理をリクエストしていやがった!

 間接的にあいつに働かされていたようなもんだ。


「関係ないもーん。あんたは獲物を狩っただけで、私がご馳走になったのはジャイカさんの手料理だもーん」


「殺ス!」


「ほ?あんた、周りにこんなに無辜むこの信者がいるっていうのに、みんな巻き添えにするアレを使う気かい?アレはジャイカさんに禁止させられただろう?」


「知るかっ!?ここは村じゃない。あんたの部下なら同罪だ……どうせ、あんたは最上級の防御結界張るだろうが。こっちも()()()()で対抗させてもらう……てか、さらっと部下を人質にしてんじゃねーよ」


「やれやれ……仕方ないねえ……この聖堂も結構気に入っていたんだけどねえ」


 相変わらず、とんでもない魔力をしてやがる。負けてたまるか……!


「お、お待ちくださいーーーー!!!」


 ふと、視線を声のする方に移すと……金髪のおつかい騎士さんが綺麗に土下座をしていた……


 ◇騎士団長ジュリアサイド◇


 それは突然の来訪だった。


『ハイリゲンダンジョン』に勇んで赴いたものの、直前で上からのストップがかかってしまったことに自身のふがいなさを感じていた巡礼騎士団長ジュリアは、大聖堂に戻ったあとも少しふさぎ込んでしまっていた。


 自分の実力を証明したいと常々思っていたし、そのためには「大物」と呼ばれる魔物を倒す必要がある。そのための鍛錬を十分にしてきていると自負しているし、先の聖女巡礼においても「クラーケン」狩りにたとえ補助であっても、自分も参加させて欲しいと心から願っていた。


 しかし、聖女からの回答は明確にNO。

 聖女アルテは徹底的な功利主義者なため、勝ち目の薄い博打のような勝負には絶対に首を突っ込まない。だからこそ配下に恐ろしい鍛錬を笑顔で課してくる一方で絶大な支持と尊敬を集めている。


 ……それでも、ジュリアの心の中にはある種の燻りがあった。


 さらに、その燻りは聖女アルテに依頼を受けた学生が「大物」を仕留めたというニュースを聞いて小さな炎に変わった。

 ひょっとしたら、その学生は、自分が冒険者ギルドで出くわした紫色のローブを着た少年なのかもしれないと思ったが、それでもその真意を聖女本人には問いただせないままジュリアは燃えていた。

 そして、神官長の自分を大声で呼ぶ声が聞こえ、控室から大礼拝堂の扉を開け、紫色のローブを着た少年と真の意味で邂逅したその時……


 ジュリアの中で燻っていた火は、一気に消し炭になった。


 ジュリアは剣士として天賦の才を持っている。

 彼女自身が頭で考えるよりも先に、全身の神経と筋肉が反応をみせるタイプだ。

 そんな彼女の全身の神経が、これまでに出会ったどんな強敵よりも速く全力で反応し、彼女は床に手をつき、膝を折り曲げ、綺麗な土下座を決めた。


 はじめはじゃれ合っているだけかと思っていた目の前の2人が、魔力を放出し始め、どんどんその濃度を増していくにつれて、彼女の身体がそう反応せざるを得なかったのだ。


 幼い頃から教会騎士として育ち、人と違う生き方をしてきた。

 そんじょそこらの騎士とは違う。

 そういったある種の特権意識にも似たプライドもある。

 だが、このときばかりは、そのようなプライドなどすべて吹っ飛んで、これまで自身の身に起きたことの中でも最も屈辱的な行為を一切の躊躇いもなく行っていた。


 自分の育った大聖堂のために、仲間の騎士のために、いや、おそらくなによりも自分の身の安全のために……


 そして、彼女自身は屈辱と思ったその土下座は、のちに「神の子と悪魔の子による人智の及ばぬいさかいを仲裁する最も崇高かつ勇気ある行動」と讃えられ、皮肉にも、この行為によって彼女は歴代の巡礼騎士団長の中でも最も尊敬すべき存在として、後世まで聖教会の歴史に語り継がれるのであった。


-第2章 完-


※巡礼士→巡礼を行う聖教会所属の魔導師の称号を持つ者

※巡礼騎士(団)→巡礼士を護衛する聖教会所属のエリート騎士(団)

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


喧嘩は村の外でやってほしいですよね~……


第2章はこれにて完!となります。


次回、第3章の幕開け!!


明日のスケジュールは9時10分に第3章目次(前編)を、21時10分に3-1話を公開となります。変則ですが、ご了承ください。


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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