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2-50『余興の余波』

◇闘技場内最高級ゴンドラ室◇


「お前、いくら後輩にフラれたからって俺を呼ぶなよ」


「ふざけたこと言うなよ。誰かが聞いていたら誤解されるだろうが……まあ1人で観るのは性に合わんからな。けど、良かったろ?観に来て。すげえもん見ちまったな」


「それはまあ、たしかにそうだったな。お前から連絡がきたときに『表』が出てくれてよかったよ」


 手の指を使って1枚の金貨を何度もひっくり返しながら『石嶺』のコイン=ドイルは陽気な同級生に返答する。


「まあ、最後の泡の爆発に関してはお前じゃなくて女どもと観るべきだとは思ったがな、がははっ!」


「じゃあ呼ぶなよ……よく考えたら中継でもよかったじゃねえか」


 陽気に笑う男はサンバ=オンドレア。


 年来の友人の苦情もまったく意に介さない。


 第2決闘を共に観ていたレオ=ナイダスがさっさと帰ってしまったため、広過ぎる部屋を1人で使うことが、寂しくなってしまったサンバは、同窓の友人コインに声を掛けた。

 ちなみに、部屋には使用人が数名控えているが、彼の中では人数には含まれない。


 この友人は、物事を手に持った古びた金貨をコイントスすることによって決断するため、来てくれる確率は2分の1。


 レオ=ナイダスとの賭けには負けたが、この賭けには勝つことができ、バスローブ男の代わりに、灰色の甚平を着て、雪駄を履いた男が隣の個人用ソファに腰かけている。男は若干細身ではあるが、その背丈はサンバと同じくらいの巨漢だ。

 そして、何故か頭にごわごわした目の粗いくすんだ色のタオルを巻いている。


 自分の隣に座る奴はなぜ皆、変な格好をしているのだ?とサンバは思ったが、春なのに半袖の柄シャツ、水着のようなハーパン、ビーチサンダル姿の彼も大概である。


 サンバにとって、コイン=ドイルという男は新入生であった頃からの無二の存在だ。


 土魔法の、特に石や鉱物の成形が得意で掘削にも定評のあるこの男は、不動産や開発事業を行うサンバにとって、在学期間中のみならず、卒業後もずっと親交を深めていたい、側に置いておきたい人材でもある。


 もっとも、商会へのスカウトをすでに何度も行っているが、コイン本人は「その時になったらコイントスで決める」と話しており、サンバはその時になったら絶対に金貨に細工をしてやろうと心に決めている。


 そんな賭け好きのサンバも、第3決闘を賭けの対象にすることはさすがにしなかった。

 賭けが成立しないと思ったからだ。


 事前に、新入生であるノーウェ=ホームが『ハイリゲンダンジョン』に棲むAランクの怪物を1人で討伐したというニュースが学園内の関係各所に駆け巡っていたので、いかに侯爵家で才のある人間であっても、学生ランク40位以下の3文字の称号では分が悪いと見ていた。


「それにしても、危険な魔法を使う男だな」


 サンバの眼鏡に適った男が、まるで独り言のように呟いた。


「たしかにな……」


 その実力を測り、自分の眼鏡に適うかどうかの第一の試験は、ホルス=ムートック戦での戦い方を見れば十分だと決闘前のサンバは思っていた。


 これぐらいの相手は超えてはくるだろうと。

 その超え方次第で次の相手を見繕えばいいか、などと気軽に考えていた。


 だが、決闘後ますます分からなくなった。


 まったく掴めない……


 どういった性質の魔法をどういった戦術でどういった心理で運用してくるかのポイントが分からないのだ。


 唯一分かったのは、あの紫ローブの男は、侯爵令息と対峙する前から自分が決闘に負けることを欠片も考えていなかったということだけだ。


 でなければ、あの最後の酔狂な試みは絶対に思いつかない。


 あの新入生は知っていた。

 ただ決闘をしただけでは、あまりに味気なく終わってしまうことを。


 結果、興行は大成功を収め、最後の見せ場もあってか、中継「あぷる」の視聴者も爆発的に増加した。


 興行主としては、彼の配慮ある演出によって心から救われたので、直接会って礼がしたいぐらいであるし、あの種の余興はサンバの大好物であるので一言褒め称えることもやぶさかではないのだが、同時にとても複雑な思いも去来した。


「お前、あれとの決闘やりたいか?」


 少し気を晴らすために、率直な質問を友人にぶつけてみる。


「いや、俺は嫌だよ。少なくとも今は……まるで底なし沼に服も着ないで裸で飛び込むような気分になりそうだから……」


 学生ランク7位であり、学園でたった10名しかいない『殿上人』の肩書を持つ友人は、コイントスを行わずに即答した。


◇闘技場観客通路◇


 3すくみ。


 観客が列をなしてまるで波のように溢れ返った通路の真ん中で3人の学生が立ち話に興じている。


 帰路に着く観客は進行の邪魔でしかないこの3人に文句の1つでも言おうと近づいて顔を上げるも、その人物が誰かを確かめると即座に目線を下げ、彼らの会話の邪魔をしないように通路の両脇を一列になって通り過ぎていく。


 共に2年生の「殿上人」同士。


 学生ランク8位『光霞』のマライヤ=ミラー、

 学生ランク9位『瀑布』のカシウ=フェスタ、

 学生ランク10位『宵闇』のフォルクス=ガントの3人がそれぞれ向かい合っている。


 威厳ある佇まいではあるが、その表情は心なしか憂いを含んでいる。

 その憂いの原因は3者で共通していた。


「ふう……何とも厄介な奴が出てきたな」


 水魔法の支配者級であるカシウはため息を吐いたあと、淡々と呟いた。

 自身のトレードマークである青髪と同じ色の濃い、学園支給の法衣は、彼がこの学園における水魔法の第一人者であることを示している。


 プラハ学園の紋章が刻まれた法衣を着れるのは、その道の支配者級と学園に認められたものだけだ。


「あの会場を暗くする魔法……あれは僕の闇に対する挑戦状に違いない……クククッ!」


「いや、違うと思うが……」


 カシウ同様、学園支給の法衣を纏う男フォルクス。こちらは漆黒の法衣だ。学生服も黒一色で統一している。

 カシウの冷静なツッコミはまったく無視して、くつくつと笑いながら頷いている。


「いえ、あれは私の光に対する挑戦とお見受けしましたわ!」


「それも違うと思う……」


 白一色の制服に黄色いリボンを胸元に締める女性はマライヤ。

 攻撃的な光魔法を駆使する甲高い声の持ち主は、目の醒めるような金髪美人だ。

 2年生の中では1つランク上位のジャネットと人気を2分するアイドル学生である。

 彼女も支配者級ではあるが、学園支給の法衣は着ていない。

 彼女の上にもうひとり、光魔法最強の使い手がいるからだ。


 3人とも2年生にして2文字の称号持ち。

 彼らよりも上位にジャネット=リファとクレハ=エジウスという2人の支配者級もいるため、新2年生は実に「殿上人」が5人いることになる。


 世代によっては3年生が10位までを占めることもあるのに、2年生の「殿上人」が実に半数が占めるのは学園史においても滅多にないことなので、この2年生の世代は「20年に1度の大豊作の年」と呼ばれている。


 渦中の彼らもそのことを自認しており、新学期を迎え、少しでも自分の学生ランクを上げ、来年の首席、つまり、学生ランク1位を目指して日々邁進している。


「殿上人」下位の3人にとって、目下の標的は風魔法の支配者級であり学生ランク6位の『風華』ジャネット=リファだ。


 同級生最上位は4位のクレハ=エジウスではあるが、彼女は性格と趣向が独特過ぎて学園全体のトップになる器ではないと3人は考えている。


 その証拠に春休み中に派閥メンバーで遠征を行なったはいいものの、新学期が始まってもまだ学園に戻らず、何と、休学届まで提出してしまった。


 鬼のいぬ間の洗濯ではないが、今は3人にしてみれば大きなチャンス。


 今回のこの決闘3連戦も、第3戦に控えていた2名の決闘がジャネット=リファに関わりがあるとのことで、当初はほんの興味本位で訪れることにしていた。


 ところが、である。


 第3決闘が終わった時点でそれぞれの心境はまったく別なものに変わっていた。


「あら?貴方は弟君の成長ぶりに少々驚いたのではなくて?」


 手鏡を持ちながら前髪チェックをしているマライヤがカシウを挑発する。


「馬鹿を言うな。あの出来損ないにしてはましな戦いだったがあいつはまだ入門したてのガキに過ぎん」


「あら、そうかしら」


 カシウがマライヤを睨みつけるもマライヤは笑みを浮かべたまま、鏡を見続けている。


 カシウは実際、2人よりもこの会場に入った時間が早く、第1決闘の大将戦……つまり、自身の弟であるブルート=フェスタの出場する決闘に合わせて入場していた。


 初めは、出来の悪い弟を笑う余興のつもりであったが、久しぶりに見かけた弟の成長ぶりに驚いたことは事実で、それをマライヤに指摘されてひどく気分を害した。


 それでも、弟はまだ2文字の称号持ちが直面する最初の関門を突破したに過ぎない。


 元々があまりにも出来が悪かったためにその成長ぶりに驚いたが、自分が新入生成り立ての頃はもっとできていたと自負している。


「その割には余裕はなさそうね?」


「五月蝿いな。頭に滝落とすぞ!?高慢女」


「なんですって!?では、私はその顔を穴だらけにしますわよ。このジメジメ男」


「じゃあ、僕は2人を闇に染め上げて……クククッ」


「「いや、それは遠慮する(しますわ)」」


「なぜじゃいっ!?」


「……冗談はともかく、他の新入生たちはどうでもいい。問題はあの男だ」


「そうね……」


「……」


 実際のところ、第1決闘と第2決闘の勝利自体は驚きではあったが、脅威に感じるほどのものではなかった。


 派閥ランク50位近辺の連中を倒した程度で彼らが気に留めるものではない。

 せいぜい、自分たちの傘下に加えられるか考えるぐらいである。


 同期の中でカシウたちが一目置いているレオ=ナイダスやガイル=ワイリーを「戦闘方式」で破ったというのであれば話は別だが、彼らにしても魔導師として全力で対峙したわけではなかった。


「はんっ、僕の闇で支配するだけさ……」


「本気で言ってるのか?」


「うん?」


「無理ね。あの魔法を前にして『領域支配』は危険過ぎますわ」


「う……」


 カシウはマライヤの言にゆっくり頷いて同意をする。


「あの泡の魔法が攻撃魔法や魔力に反応するカウンター魔法であるとするならば、『領域支配』が彼には……ノーウェ=ホームにはまったく通用しないということになる」


「ぐむぅ、たしかに……」


 ノーウェ=ホームは不気味な存在。


 それが向かい合った「殿上人」3人の共通見解だった。


 彼らは得意な属性を極めた「支配者」だ。

 自らの得意とする魔法を尖りに尖らせ、同時に対戦相手に付け入る隙を与えないように自らの領域を支配する。


「領域支配」をした場所においては彼らは無敵の存在。


「殿上人」とも呼ばれる、上の存在同士の戦いでは、いかに自身の支配する領域を広げ、その範囲で勝負するかが基本戦術となる。

 実際の戦い以前の、大前提のお約束事項といってもいい。


 ところが、である。


 ノーウェ=ホームを前にした場合、この大前提が通用しない可能性があるのだ。

 それどころか、口にはしなかったが、より最悪の事態をカシウは想像してしまった。


 自分の魔法が自分に牙を向く……

 領域を広げる力に長けたものであればあるほど却って不利な戦いになるのではないか?

 そんな理不尽極まりないことがこの世にあっていいものか……

 しかし、彼はそれを目撃してしまったのである。


「あの泡に現時点で対抗できるのは……トップ3人の魔法ぐらいか……」


「そうね。あの域に早く達するか、それとも……」


「まったく別の戦法を見出すか、だね。僕はやるぞお」


 この学園の生徒である限り、学生ランク1位となり覇権を取ることが彼らにとって最終的な目標となる。

 せっかく、これから3年生たちに本格的に挑んでいこうと思い、そのためにまず先行している『風華』を追い落とそうとしていた矢先に、背後からとんでもなく不気味な存在に見つめられているというような感覚。


 派閥決闘3連戦の第3決闘の余波は、ノーウェ=ホームの放ったたった1つの魔法によって、学園全体を揺るがす大きなうねりと変わった。


 ノーウェが戦い後に上空に打ち上げ、弾けさせた泡は、彼らが覇権を握るために必要だと思って磨き上げてきた戦法を、一瞬にして無に期してしまった。


 こうして、ノーウェは、彼が預かり知らぬところで、彼の派閥だけでなく、学園全体の魔導師の戦法とその在り方に変革をもたらしていくことになる……


 ……ノーウェ本人が『ヴァインバブル』を今後、特に決闘の場面で使うつもりがないことを、彼らの誰も知る由もなかった。


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


新キャラが続々と……

お兄さんは頭が良さそうですね。笑


次回、祝勝回!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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