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2-46『室内』

 異様な熱気に包まれている。

 

『ハイリゲンアリーナ』という名称だが、形はドーム型なので中に設置されている闘技場はすべて屋内だ。

 俺たちは、ブルートが大将を務めた第1決闘の【咬犬】戦と同じ闘技舞台に戻って来たところだ。


 観客は、俺たち【紫雲】が会場に入った瞬間に大歓声で迎えてくれた。

 メンバーたちは皆、あまりの熱狂ぶりに驚いている様子。

 前決闘の決闘終了時のずぶ濡れの状況との落差に俺も当惑している。


「フハハハハハ!それもこれも俺の活躍のおかげだな」


 ブルートが胸を張って歩いている。

 あながち言っていることが間違っていないので否定できないが、無性にむかつく。


「みんなで頑張って得た成果の証だ。第1決闘、第2決闘で俺たちは全員参加しているしな」


 ハリーが皆を元気づけるように話す。

 それもその通りだと思う。こういうことをさらりと言えるハリーのカッコよさよ。


 このうねるような大きな熱気は、俺たちが新入生だからとか、決闘戦においてジャイアントキリングを果たしたからなどの表面的な理由からくるものだけではないと思う。


 ブルートにしてもそう、ハリーにしてもそう……

 控室で第1決闘の映像をマスボで確認させてもらっていたけれど、みんながそれぞれ胸が熱くなるような試合をしていた。


 モモエも、ディリカとカーティスも、アルト、シャウ、コークン、ホウジュンの決闘戦もそれぞれ素晴らしかったし、リバーが戦略を練り、レミが皆を引っ張った第2決闘も派閥全体が一丸となって、情熱を持っていたからこそ勝利を掴めたのだと思う。


 その俺たちの見せた魔法と勝利に対する激しい情熱が観客に乗り移ったのだと今は思いたい。


 さて、今度は俺の番だ。


 ……あっさり勝ちますか!

 こんだけ濃厚な試合をしたあとのデザートはさっぱりしていた方がいいしな。


「レディーースゥーーーエーーンジェントルメーーンヌゥーーー!!本日のメインイベントゥーー【愛愛風華】と【紫雲】のーーー入場ですぅーーー!!」


 透明マスクの濃厚な低音ボイスが強烈に鼓膜を刺激してくる。


 ……立会人ではないんだ。

 別の人が闘技舞台に立っている。

 なのに会場中に響き渡っているんだ、その声が……


「それでゅはぁーーーこれより決闘を行う2人のぅーーーにゅーーうぅーーじょーーうぅーーですぅーー!!」


「まずは赤コーーーナァーーー!!狙った獲物はぁー逃さないぃーーーー孤高の愛貴公子ぃーーー『吸透火すうとうか』のホルスゥーー=ムゥーーートクゥーーー!!」


 ……ダセェ。

 ……異名がものすごくダサい。

 何?「孤高の愛貴公子」って……

 

 しかも、孤高と言いながらなぜか何度も俺たちの控室に金銭交渉に来ていた、例の白髪のオールバック執事と一緒に舞台に上がっているし。


 お付きの人と一緒に上がっていいんだ?

 じゃあ、俺も……

 

 いや、『ヤキソバまん係』はちょっと見栄えがな……

 俺は1人で上がろう。


「続いて紫コーーーナァーーー!!入学早々にAランク冒険者に駆け上がった異端児ぃーーその変幻自在の戦法と唯一無二の不思議な魔法を今日も見せてくれるのかいぃーーーーー!?『紫魔導師』のノーウェィーーー=ホーーームゥーー!!」


 ……え?

 Aランク冒険者になったのつい先刻なんだけど!?なんで知っているの?

 舞台に上がった俺が後ろを振り向くと、レミとリバーが親指を立ててグーサインを出していた……

 あいつら……!


 舞台に上がってしまったので、戻って文句を言うわけにもいかない俺は、立会人と対戦相手(とその執事)の待つ中央まで足を進める。


「やあやあ、君が愛しのジャネットの部屋を不法占拠している新入生だね?ほんの短い決闘の間だけだけどよろしく頼むよ」


 左半分だけ伸びた前髪のカールした部分を撫でながらビシっと俺を指差す茶髪男。


 何か……背は高いし、身ぎれいな感じだし、端正な顔立ちをしているし、見た目にはそんな変質的な感じはしないんだけどな。

 一生黙って普通に生きたら、正真正銘の貴公子として、周囲にもてはやされるんじゃなかろうか。


「不法?」


「そうさ!ジャネットと君の間に愛はない……それなのに部屋を譲ってもらえるなんて、法を犯していると思わないかい?」


「いえ、まったく……」


 ちょっと何を言っているのか分からない。


 愛と法は全然違うはずだ。


 以前、村長の奥さんが言ってた。

 愛はないけど法律上、村には村長が必要だからって……村長を逆エビ固めしながら言ってた。


 法律は大事よ、って言われて育ってきた。

 それなら奥さんが村長やればいいんじゃないかな、って思ったけど、手続きが面倒くさいから嫌なんだって。

 だから村長に村長をやらせているって。

 腕ひしぎ十字固めをしながら言っていたよ。


 法律は守ろうって思ったよ。


「な、なんだってー??」


 なぜか驚く愛の貴公子。


「いや、だって……『決闘』で勝ち得た権利なんで別に法は何も犯していないじゃないですか?」


「そこじゃないっ!」


「え?」


「ジャネットに対する深い愛情がない者があの部屋に住まう権利などないと言っているのだよ、この無法者!」


「はいー?」


 ちょっと本格的に何言っているかわからないぞ?

 俺は白髪の執事を見つめた。

 ニコニコしているだけで能面のように表情を変えない。


 次に、立会人の男性を見た。

 こちらも笑みを浮かべているだけだが、首を少し振り、眉尻を下げて立ち入れないよ、という表情になった。

 まあ、そりゃそうか。


 この決闘は大将戦。派閥の<大将>同士が戦うわけで個人同士が戦うわけではない。

 なのに、話がものすごく個人的な所で進んでいるので困惑する。

 まあ、元々もらった「果たし状」からしてそんな感じではあったのだが。


 決闘は評価の裁定もあとで行われるため映像記録として遺されるし、この興行自体リアルタイムで実況されて俺たちの会話の音声も拾われているそう。

 だから、迂闊におかしな発言はできないと思うのだけれど、まったく気にする素振りはないので、この人はきっと本心から喋っているのだろう。


 仮にジャネット先輩がマスボでこの中継を観ていたら、この貴公子の発言がすべて筒抜けになってしまうのだけど、大丈夫なのかな?


「ジャネットへの愛情なき者があの部屋に住まうことは許されない。かといって私にも貴族としての面子がある。平民である君をこういう場所で弄り殺しにするのは非情が過ぎると思って、せめてもの慈悲として金で解決して辞退させてやろうと思ったのに」


「あー、それで執拗に部屋を買おうとそちらの執事さんを寄越していたんですか」


「そうだ。平民にとっては金貨10万枚は破格だろう?せっかくこちらで逃げ道を用意してやったのに。どうせ、もっと釣り上げようとでも思ったのだろう?」


「いえ、金額の問題ではないってそこの執事さんに伝えたはずですけど」


「な、なんだって!?大金が欲しいわけじゃなかったのか?」


 愛の貴公子が執事の方に向く。

 執事は相変わらず表情を変えない。


「いえ。俺はどっかの教会職員みたいな『金の亡者』になりたくないんで、金には興味ないす」


 口に出したらムカつく顔が思い浮かんだ。

 そうだ。この決闘が終わったら依頼料をもらいに行かないと。

 根こそぎむしり取ってやる。


「で、ではっ、私の部屋との交換ではどうだ?『セピア寮』で彼女の部屋と同じくらいの広さはある最高級のスウィートルームだぞ?」


「お断りします」


 何が悲しくってそんな部屋と交換しなきゃいけないんだよ。

 というか、決闘はどうした?決闘は!?


「ふふふ……」


 お?どうした?

 貴公子が額を手で押さえて笑い始めた。


「ははっ、はーはっは!!そうかい!?君もやっぱりジャネットの部屋が良いんだね?どちらにしてもこれから私が決闘によって貰い受けるが、君にも激しい愛があるのかい?」


「いえ、違いますけど……」


「はあっ!?」


 愕然とする貴公子。理解できない、とでも言いたげだ。


「いや、ジャネット先輩には感謝してますけど、部屋はそこしか空いていないってだけだったんで……あ、でもセピア寮は嫌っすよ。貴族に囲まれた生活なんて窮屈そうなんでまっぴらです。俺はマゼンタ寮が気に入っているので」


 実際、マゼンタ寮のどこかと交換っていう条件を果たし状の前に提示されていたら考えていたかもしれん。

 でも、あの部屋での生活にもすっかり落ち着いちゃったしな……

 今では悩みどころだ。


「ゆ、ゆ、ゆ……ゆるさないっ!!!」


「はいー?」


「ジャネットの部屋を譲り受けて置きながら……私ですら入ったことのないバラ色の空間に身を置きながら、その程度の『愛』だなんて、許せるわけがないだろうっ!!」


「おっしゃっている意味がよくわかりません……」


「君にはあの部屋の素晴らしさがわからないのか?ジャネットが使っていたはずの、あのふかふかのソファに寝転がって顔を埋めて、バラのように芳しい彼女の残り香を嗅ぎたいとは思わないのかね?」


 ん?……ああ、あのソファね?


「いえ、別に。もう何人も他の人が座ってますし、何なら別の女性が酒を溢しましたよ、そこで」


 何なら、違うもんも口から盛大に溢しました。

 絶対に顔を埋めたくないです。


「じゃ、じゃあ、あの素晴らしい食器棚に入っているティーセットは!?あのカップに口をつけて高貴な味を楽しみたいとは思わないのかね?」


「派閥のメンバーがよく集まるんで、みんなでカップを使ってますけど……あ、紅茶はおかげさまで大変美味しくいただいています」


 とりあえず、各方面にも目の前の人にも極力誤解されないようになるべく丁寧に答えよう。

 どこに地雷があるか分からないから迂闊なことは言わないようにしないとね。

 すげぇやべぇ人だというのはわかったから。

 初めから知ってはいたけど……


「で、では!あのロッキングチェアはどうだね?暖炉の側にあるあの椅子に1日中揺られて彼女の温もりを感じていたいとは?」


「いや、別に。今その椅子はうちのメンバーの1人に不法占拠されていますよ」


 むしろアイツが座ったから座れなくなったまである。犯人はあそこにいる青髪のアホ面している男です。捕まえてもいいですよ?


「さ、さすがにベッドは感慨深いだろう?いくらシーツを変えているとはいえ、ジャネットがずっーとそこで眠っていたのだから!」


「残念ながら……俺、床で寝る派なんす。昔、とあるクソ女にベッドに毒蛇を入れられたトラウマがあるんで……」


 あん時は死ぬかと思った。


 てか、正面の人、鼻息荒いな、おい……

 そろそろジャネット先輩から訴えられるんじゃないかな、この人……

 それとも貴族ってなんでもありなのかな?


「な、なんてことだ……」


 絶望の表情のあと、震え始める貴公子。

 

 そこに愛はあるのかい?


「ゆ、ゆ、ゆるざない!許せるわけがないっ!」


 爆発する貴公子。

 何度も言いますが、俺は法律を犯していませんよ。


「分かった。よーーく分かった!やはり君はあの部屋にも彼女にも相応しくない!公爵令嬢ジャネット=リファに相応しいのはこの私、侯爵家嫡男ホルス=ムートック以外あり得ないのだぁー。そこの平民!私と決闘しろ」


「いや、初めからその場なんですが……」


 お付きの執事が一礼して舞台から下がり、少し距離をとっていた立会人の男性が向かい合う俺たちに近づいてきた。

 

 長かった……

 長い戦いがようやく終わった……

 まさか、決闘前の交渉でここまで疲弊させられるとは……


 いや、交渉でもなかった。単なる口上?

 決闘前口上?

 なんだったんだ、この時間は!?


「平民、正々堂々と勝負しろ!よいな!?」


「はい。正々堂々と、ね。じゃあ、戦う前にこちらからも1つだけ質問していいですか?」


「許そう。何だね?私が勝ったあとの君の居場所かね?何なら私がゴミ捨て場……」


「なんで入ったことないはずなのに、ジャネット先輩の部屋の中のことそんなに詳しいんすか?」


「っ!!」


「「「「「あ!(キャー)」」」」」


 会場中から悲鳴交じりの驚きの言葉が漏れ響いた。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


唐突なミステリー。笑


さて、次回は決闘開始です。

ノーウェの狙いとは?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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