2-42『感想戦』
「申し訳ございません!!」
画面越しに【魔転牢】のリーダーであるガイル=ワイリーが頭を下げている。
ひどく怯えた様子で、時折身体を震わしながら、必死に頭を下げるその様子は、普段のガイルからは到底かけ離れた姿だ。
それもそのはず、プライドが高いこの男が、ここまでして頭を下げる相手などこの世に1人しかいない。
「お前は何を謝っているんだ?ガイルよ」
モニター越しからも伝わる威厳のある声。
彼の声色は時と場所によって大きく変わる。
根っからの豪胆さは隠せないものの、彼もまた商人なのだから。
「わ、私は、リバー=ノセックに敗北してしまいました」
「だから、それのどこに謝る理由があるのか、と聞いているのだ」
「……で、ですが」
『ハイリゲンアリーナ』の観客席のさらに上には、VIP専用の高級ゴンドラ室が何部屋か用意されている。
メインの闘技場を最も高い場所から望み観ることができるこの部屋を、我が物顔で利用できる人間はごく限られる。
学園の理事クラスの人間、大手スポンサーとその家族、政府関係者、各国要人、ギルドや教会などの各機関のトップ級等々……
このアリーナの運営者や興行主催者ももちろんその中に含まれる。
新進気鋭の1年生派閥【紫雲】の派閥3連戦と銘打った今回のイベントの主催者であるサンバ=オンドレアももちろんその1人だ。
サンバは夏向きの柄シャツに短いパンツという軽装でありながら、最高級の調度品に囲まれ、会場となる闘技場を広々と見渡せる巨大な窓越しにここまでの決闘を楽しんでいた。
「なあ、ガイル。お前、自分で言った『座右の銘』を忘れたのか?商人としてのどうあるべきかの心得を、よう?」
「そ、それは……」
「お前は『負けを戦略にする』男だよなあ?ガイル。じゃあ、この敗北も戦略のひとつにするべきなんじゃねえのか?リバーに想定外の負けを屈した程度でいつまでも腐るようなタマじゃねえよな?お前は」
「は、はい……」
「俺はよ、ガイル。お前にこんな所で立ち止まってもらいたくねえんだわ!お前には、商人としても、魔導師としても、もっと高みを目指してもらわなくてはな」
「さ、サンバ様……」
「俺はもっとデカくなるぞ、ガイル。もっと、とんでもなくデカい仕事をどんどんしていくんだよ、俺は。そこについてくる、俺の片腕になるべき男にこんなところで躓いたままでいてもらっちゃ困るんだよ、なあガイル?」
「はっ、はいっ!!」
ガイルがようやく下げっぱなしにしていた頭を上げる。その瞳には光が戻った。
「わかったなら、今日の負けをとっとと明日の『戦略』にしろよ」
「はい!必ずや糧に致します」
「よし!それこそが商人のあるべき姿だ。失敗を餌にして大物を釣り上げる……わかったな?では、励め」
「ははっ!」
通信が途絶え、サンバはふうっと一息吐いて柔らかい椅子の背にもたれかかった。
「ふふふ、大した役者ですねえ。流石は学園一の大商人だ」
「心外なことを言うな。あれは本心だよ。あいつにはこんなところで伸び悩んでもらっては困る……とはいえ、少々予想外ではあったがな。ほれ、賭けはお前の勝ちだ。入力は面倒くさいからチケットで許せ」
「ありがとうございます。なんでも良いですよ、金であれば」
サンバの隣に座るバスローブの男、レオ=ナイダスは恭しく頭を下げると学園ポイントの記入されたチケットを受け取った。
「くくくっ……それにしても大した策でしたね」
「何の話だ?」
「ガイルとリバー=ノセックを天秤に掛けて試しているのかと思いきや、まさか、2人共いっぺんに成長させるつもりだったとは。しかも、興行は大成功……大したお人だ」
窓越しからも観客の熱気が伝わってくる。
通常なら気楽に観るような中継も【紫雲】側の最後の一手が放たれた際には大歓声が挙がっていた。
目視はできなかったが、おそらくノーウェ=ホームの発動させた奇妙な魔法により、腹心のガイルは敢え無く退場となった。
それだけでは飽き足らず、あの紫色の面妖なローブを羽織った男は、今度は別のおかしな魔法により、勝利のお膳立てをする……第3の部屋までは背嚢を背負ってうろうろしていただけの男がいつの間にか勝負の決め手の役割を果たしてしまったのだ。
そして、満を持して魔法を放ったのは、先の決闘で観客を沸かせたブルート=フェスタである。
彼がそれまで見せていなかった大技を放ったとき、会場のボルテージは最高潮に達した。
部屋まで破壊してしまったのは蛇足であったが、それはそれで後に良い語り草となる。
あまりの惨状にドン引いた観客も多かったが、休憩中の今では大きな話題になっていることだろう。
これほどまでの盛り上がりならば、会場に足を運んだ観客からの収益のみならず、中継に使っている「あぷる」の収入もかなり期待できるだろう。
すでに興行主催者としてはウハウハの状況である。
レオ=ナイダスの言は、実に戦術家らしい勿体ぶった皮肉的な言い方ではあるが、サンバに対する最大級の賛辞ではあるのだろう。
「ふん。俺とガイルの両方から金を踏んだくった上に、決闘の賭け金までさらっていくお前に言われたくないわ」
「私の場合は、依頼者も依頼内容も違うので正当な報酬ですよ……まあ、賭けについては、私の方が直前に肌で実感していたので有利だったかもしれませんがね」
「ふん。相当気に入ったらしいな……【紫雲】のことを」
「ええ。あの派閥は実に興味深い。これまでの常識であったこの学園の魔法使いに関する考え方を根底から覆すその試みは素直に称賛しますね。その異様なまでの推進力の根源は一体どこから来ているのか……実に探りがいのある派閥だ」
「厄介な男に目を付けられたものだな、リバーの奴も」
「……でも、まあ今は、卒業までの間、できる限りたくさん私のお相手を務めていただきましょうかねえ……実に楽しみだ」
「……バスローブ姿で言うなよ……気色悪い」
「失礼……くっくっく」
やっぱりこいつも常軌を逸しているな、とサンバは思った。
過酷な訓練や戦闘を思い浮かべて悦に入ってるのだから。
この学園の学生魔導師たちは、ランクが上になればなるほど他人とは違う特異な部分がある。
それがこの学園社会にある程度おさまる範囲で適合しているか、あるいはおさまってはいないがそれ以上の有用性で重宝されているかの違いはあるが、そういう突き抜けた人材であるからこそランキング上位、そして「殿上人」への階段を駆け上がることができる。
サンバはある意味において、そう言った面々を最も間近で見極められ、同時にふるいにかけることができる地位にいる男だ。
サンバの眼鏡に適えば、魔導師としては彼よりも上のランクに行き、適わなければ彼よりも下のランクに留まり続ける……
彼は謂わば「特別」になるための「閾値」だ。
手元の便箋型マスボに映る次の試合を争う2人。
片や、帝国でも有数の名家の出で将来を嘱望されており、魔導師としての資質も高いのにも関わらず、たったひとつの「華」だけを執拗に追い求める狂気の男。
片や、素性のわからぬ、誰もその名を知らぬ村の出でありながら、彗星のように現れ、新入生の中で嵐を起こすだけでは飽き足らず、すでに学園の枠を超えて問題を起こし始めている紫の異様なローブを着た男。
何よりも自分がその資質を高く買っているリバー=ノセックという男が心から敬意を表している男のことが、サンバ自身も俄然興味が沸いてきていた。
「それでは、私はそろそろお暇させていただきましょうかね」
「なんだ?最終戦を見ていかないのか?」
「これ以上は身体が疼いて来ますのでね。次は1対1の戦いですし、ノーウェ=ホームについては落ち着いたらじっくり研究させていただきますよ……じっくりと、ね」
「……そ、そうか。では、また次の機会も頼むぞ」
「喜んで」
レオ=ナイダスは、サンバに一礼したあとにすっと立ち上がると、ゆっくりと扉の方に向かって行く。
「ところで……」
窓に映るレオ=ナイダスの動きが扉の取っ手に手を掛けたところでピタリと止まった。
「何だ?」
「これで、よろしかったのですか?あのように、ヒントまで与えてしまって」
「俺はあのゲームの『あぷる』に臨時メンテナンスが入る予定だと世間話をしただけだが?」
「十分でしょう。それに、レアンドロ=バサラはちょっと安直なネーミングですね」
「がははっ、そうか?」
レオ=ナイダスは知っている。
サンバがリバー=ノセックに今回の【魔転牢】戦における重大なヒントを与えていたことを……
レオ=ナイダスは、ガイル=ワイリーの依頼を受けて「ルームチャレンジ」というゲームのユーザーの解析を、伝手を頼って行った。
そして、その結果をガイルに伝える際に、念のため彼の親分格であるサンバにもその情報を共有したのだ。
ところが、サンバ=オンドレアは、事もあろうに、リバー=ノセック本人にそれとなくその情報を横流しした。
「ルームチャレンジ」の開発者の名義が自身の偽名であることと、その威を借るガイル=ワイリーがかなり強引な手法でユーザーの調査を行っていたことを。
リバー=ノセックほどの男であれば、数少ない手がかりからでもガイル=ワイリーが『ROOM』をゲームに落とし込んだ『ルームチャレンジ』の開発者であることに気づくはずだ。
サンバほどの男であれば、それがわからないはずがない。
にもかかわらず、サンバはそれとなくリバーにヒントを与え、攻略の糸口を掴ませた。
さらに、自分を使ってガイル=ワイリーの弱点を指摘させ、その精神の脆弱性につけ込んだ心理的な揺さぶりをかけるあたり、この決闘において、リバーの方に肩入れをしていたととられても何らおかしくはない。
当初は、ゲームバランスを均衡させるために運営側として手を入れただけかと思っていたが、どうやら狙いはまったく違うところにあったようだ。
「レオ=ナイダスよ。俺は『トマト』が好きなんだがお前、青いトマトが食いたいか?」
「青い?……いえ」
「だろ?赤く熟した実になってからもぎたいんだよ、俺は」
「なるほど……リバー=ノセックが成熟するのを待つ、というわけですか……それならば合点がいきますね」
「ああ、だからこれからも頼むぞ」
「ええ。私は結末がどうであれ、そこまでの道のりが十分に楽しめれば良いのでね。今後ともよろしくお願い申し上げます」
そう言って、レオ=ナイダスは部屋を出た。
「実が熟す……ですか……そのときにその実が大きくなり過ぎて器に収まらない……なんてことにならなければ良いですけどね……くっくっく」
不気味な笑い声とともに。
◇第3決闘控室◇
「ノーウェ君、また来たよーーー」
えー。いったい何度目だよ……
「今度は私が応対しましょう」
「すまん……頼む」
リバーが扉の方に向かって行ってくれた。
ちょっとした「執事」対決が始まる。
「さすがに、しつこ過ぎないか?」
げんなりする……
「本人が来ていないところを見ると、決闘までの心理戦の類じゃないのか?」
ハリーが椅子の背を両手に巻き込みながらカコカコ動かして聞いて来る。
なんか馬に乗っているような気分になるよね、それ。
「俺なら耐えられないな」
「率直な感想をありがとう。俺は耐える。そして、必死に生きる」
カーティスがぼそっと呟く。
ソファに寝っ転がりながら呟かないでくれるかな……
何か余裕ある感じが非常にむかつく。
「ひょっとして、決闘を吹っ掛けたものの自信がなかったりしてねー」
レミはテーブルの上にマスボを置いてピコピコ指を動かしている。
その動きが速すぎて、見ていると目が回って来る。そして大いに気が散る。
「お前が撒いた種だ。仕方ないだろう」
控室なのになぜか置かれているロッキングチェアに座って22枚の煎餅をバリバリ食うブルート。
いつも通り誰も彼の傍には近づかない。
あと、どう考えても俺のせいじゃねえだろ。何だよ、俺が撒いた種って!?
「ふう。なかなか手強い御仁ですね。商会にスカウトしたいくらいです」
「すまない、リバー」
君にばかり頼ってしまって。
だって、誰も俺の心配はしてくれないんだ。
自分たちの決闘が終わったからってくつろぎ切っているんだぜ!?
第3決闘までの控室に急遽別室をあてがわれた俺たちは内装を見て絶句した。
これまでは普通の控室という感じであったが、新しく移った控室は、高級絨毯が敷き詰められ、高級家具が所狭しと配置された豪華絢爛な部屋だったのだ。
決闘直後ということもあってか、メンバーたちは魂が抜けたようにだらけているのだ。いくら自分たちがこの決闘3連戦を2勝0敗で終えたからとはいえ、このあとに決闘を控えている俺のことなんてまったく気にする素振りもなく。
今、この部屋で俺と同じくらい悲しく残念な状況に陥っているのは、ミスティ教授と助手の白魔導師研究生たちの実験体にされているブランクくらいなものであろう。
ちなみに、モモエの体調はすっかり良くなり、助手の1人を立派に務めている。
「金貨1万枚出すそうです」
「「「「「ぶっ!!」」」」」
俺以外のメンバーがお茶を吹いた。
魔紅茶が虹を架ける。
「いらん、いらん。金貨なんてたくさんあってもしょうがない。俺はあんな『銭ゲバ』と同格にはなりたくないんだ」
「『銭ゲバ』?……ですか?」
「えーとねー……ごにょごにょ」
レミがリバーに耳打ちして、リバーがなるほどと頷いている。
どんだけ『情報通』なんだ、あいつは。
「そんな金があるなら学園に大きな家を建てられるじゃないか!?」
「いや、だとしても俺の金だし。勝手に流用させようとすんなよ」
派閥にはびた一文流用させてたまるか!
こんなだらけ切った派閥に!
あと、お前はどっちにしても俺の部屋に入り浸るじゃねーか、ブルート。
「とりあえず、金額じゃないですよ、とお伝えしておきました」
「ありがとう」
「食器類だけでも、とか……ロッキングチェアは、とか……個別の物品交渉までしてきたときは冷汗が出てきましたよ。こちらの懐事情や内部の情報まで彼は見透かしているようで手強かったです」
「あのロッキングチェアは絶対に売らんぞ」
「お前のじゃねえ、ブルート!!」
決闘開始まであと15分。
いつまで続くのだろうか……
……決闘相手による俺の寮部屋の買収交渉は……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
主人公なのに意外とツッコミ役に回りやすいノーウェ君。
次回、再びあの子のダンジョンリポート!!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




