2-41『愚か者の魔法』
ガイル先輩とディキシー先輩が放った巨大な氷の槍はたしかに学園長マムンクルスにぶち当たった。
だが、その魔法がマムンクルスの持つ結界に到達したとき、すでに「氷」属性ではなくなっていた。
「な、なんでだぁーー?ま、間違いなくこれで終わりだったはずだ……」
ガイル先輩は完全に狼狽えている。
目が虚ろで自身の計画がすでに破綻していることが認められないみたいだ。
「なぜだ?……理解できない……なぜだ?」
「ちょ、ちょっとガイル」
「間違いないよなっ?俺に間違いはなかったよなっ!?」
「お、おいっ、落ち着けガイル」
しまいには疑心暗鬼になり始めている。
仕方ないから、俺がなだめに行くか……
決して追い打ちとか、悪意からじゃないよ。たぶん。
「ガイル先輩。あんたはやたらリバーのことを意識して〈指揮官〉としてどうか?とか言っていたけれど、そもそもあんたとリバーじゃ、今回の決闘で目指しているものが違い過ぎるよ」
「違い……?……だと!?」
先輩は、髪をぐしゃぐしゃにしながら頭をボリボリ搔きむしっている。
何事にもきっちりしている人は、1つでも歯車が狂うとこうなるんだな……
かわいそうに。
「ああ。あんたはリバーに勝つことだけを、自分がいかにリバーよりも優秀な〈指揮官〉であるかを証明するのに躍起になっていたみたいだけど、そもそもその時点でリバーとはスケールの大きさで負けているんだよね」
「す、スケール……!?」
「ああ、あんたなら間違いなく俺やブルートのやっていることを想定外だって言って認めなかっただろうからね」
◇回想『ハイリゲンダンジョン』内◇
「へえ!?こんなとこにもいるのか?コイツ」
『ハイリゲンダンジョン』の第4層を攻略していたとき、俺は村にいた頃に「魔の森」でよく見かけていた懐かしい魔物に遭遇した。
「ノーウェ君、どうしたの?え、何?このかわいい……おじさん……?」
「おじさん!?ホントだ、かわいいおじさん!」
……かわいい、かな?
疑問だ……
その魔物の名前は「フールマジシャン」。寝間着のような魔法衣を着ており、頭にボンボンの付いた帽子を被っている。衣服は水玉模様であったり、星の柄だったり……子どもが着るような寝間着を着ているので一見騙されそうになるが、その顔はおっさんだ。
村でよくこの魔物について議論になっていたのだが、一番有力な説は「ゴブリンマージの亜種である説」だ。
たしかにゴブリンの顔をくしゃっとさらに圧縮したような顔に見えなくもない。
このフールマジシャンのあだ名は「残念なおっさん」。
見た目の話ではない。
いや、見た目もだけど……!
何が残念なのかと言うと、まず魔力量が少ない。
『ハイ級』相当の魔法を一発放つとほぼ魔力ゼロに近い状態になる残念な奴。
ただし、すごいところもある。おっさんもやるときはやるんだ。
すごいのは「風」と「土」属性の魔法を一切受け付けないばかりか、吸収して自分の魔力タンクに補填してしまうところだ。
森では「風」や「土」の魔法を使う魔物が多いからこの特性を生かせば、おっさんは悠々自適に暮らせるはずなんだ。
ただし、ここからがこのおっさんの残念たる所以。
「このフールマジシャンは魔法攻撃されると自分の前に結界を張るんだよ。その名も『フールズフープ』」
「「「『フールズフープ』」」」
そう。何を思ったのか、魔法対策に結界を張る……結界は透明の輪のようなもので、そこを通過した魔法の属性を変換してしまうというふざけた魔法。
「属性変換?すごいじゃん!?」
「そうだよねっ!?おっさんやるぅ!」
「うーん、そうかなぁ……」
ブランクはどうやら気づいたようだ。
「いや、森もそうだけど、洞窟で魔物が一番使う攻撃魔法って何よ?」
「え?そりゃ、『風』か『土』……あっ!」
そう。森でも洞窟でもまず火魔法はあまり使わない。
たまに耐性持ちでバンバン使ってくる迷惑極まりないやつもいるけど、それは生存競争に勝ち抜いたごく例外だ。多くは、そうなる前に淘汰される。
火事や爆発や中毒症が怖いからね。魔物ならなおさら本能で理解している。
氷魔法はまあいいとしても、水魔法もちょっと微妙。
そうなると手っ取り早いのが「風」や「土」ということになる。
『ハイ級』までの範囲ならね。
実際に、相手の魔物も洞窟蝙蝠だったり、毒蛇だったり、鼠だったり、モグラだったり、オケラだったり……魔獣はだいたい「風」か「土」なんだよ。
「余計な小細工をしなければ、普通に属性吸収するんだよ。なのに、属性変換をするから「風」が「火」になったり、「土」が「氷」になったりしてダメージを受けてしまうんだ……このおっさん……」
「そっかあ……残念だね、このおっさん」
「残念なおっさんだね」
「かわいそう……」
……ブランクも大概だけどな。蛇の噛み跡がまだ結構残っているよ?
俺はフールマジシャンに弱風程度の『ウインド』を当てる。
何かいたたまれなくなってくるが、おっさんは一生懸命手に持った小さい小枝を使って結界を張っている。
おっさんだって毎日何かを頑張っているんだ。
生きているんだ。
それで良いんだ。
かわいそうなので、『マジックパンチ』を放つ。
パジャマを着たおっさんは空気のパンチを受けてびっくりしたのか、こちらに背を向けて逃走し始めた。
おっと、慌てて大事な枝の杖を離さないで。そんなに焦らないで。
そうそう。それでいいんだ。
強く生きていくんだ、おっさん!
◇回想終了◇
「残念なおっさん」ことフールズマジシャンの話がマスボを通していつの間にかレミからリバーに伝わり、リバーはこの魔物の固有魔法『フールズフープ』を決闘に使いたいと俺に頼みこんで来た。
なんで?と尋ねたら「面白そうだから」だと。
リバーは、もちろん勝負に勝つことを考えていたし、そのためのあらゆる策を戦う前も、その最中も講じていた。
上手くいかなそうなところは都度修正し、速い判断が求められるところは〈指揮官〉らしく率先して指示を出してくれていた。
だが、その根底には、勝負に勝つことよりも、ましてやリバー自身が〈指揮官〉の能力を示すことよりも、もっと大切なことを考えていたと思う。その信頼感を俺たちメンバーひとりひとりが感じていたんだ。
だからこそ、初見の相手でも十分に対処できていたし、あれだけ厄介な第3の部屋のフォーム変形マムンクルスにも何とか対応できたのだと思う。
実際、戦っていて楽しかったよ。
俺が魔法を打っていたわけじゃないけどな。
「あんたの【魔転牢】はたしかにいいチームだ。チームのためにメンバーが全力を尽くし、それぞれが考えて動く……でも、その範囲はあくまでもあんたの想定する範囲の中だけなんだよ」
「そ、それの何が悪……」
「リバーは違う。あんたみたいに初めから細かい絵図を描いていないんだ……」
「はあ?」
「俺たちはこの決闘中にも思いつく。色んな魔法や色んな戦法をね。それが上手くいくかいかないかはやってみないとわからない。ときには、それがとんでもない大ポカになってしまうこともあるだろう……」
「ぐ、愚者の……」
「そう。だが……ときとして、それがとんでもない閃きに変わることもある……」
勢い余って肯定してしまったが、何だよ?「愚者」って……奇抜な発想と言え。
人間、何事もトライ&エラーなんだぞ!?
俺は話しながらそっとレミに視線を移す。
レミが頷く。
この第4の部屋は属性の違う魔法を当ててしまうと、マムンクルスは違う属性に切り替わってしまう。だから、再探索が必要……こっそりとね。
「にんにん」とか言わなくていいから!バレちゃうから!
次に、俺はハリーに視線を移す。
ハリーも頷く。
そして、相手の学園長マムンクルスの攻勢が止んでひと息ついているブルートの方に近づいてさりげなく伝えてくれる。
ブルートにアイコンタクトをしても無理だからな。
それはあいつのおでこのたんこぶが証明している。
グッジョブ、ハリー。
「魔法の可能性は無限だ。戦術も同じ。戦いの最中に閃くことだってある。あんたとリバーの違いはそこだよ。『想定外』のことを削ってしまうか、笑って見ていてくれるかの大きすぎる違いだ」
「ぐ……く……くそおーーー」
歯ぎしりするガイル先輩。
あと、奥にいる学園長のマムンクルスも心なしか表情が険しい。
「お、おいっ、ガイル!時間だ、行くぞ。早く部屋を出ないとチームとして失格になってしまう。ディキシー、手伝ってくれ」
「は、はいっ!!」
ありゃ、気づいたか……残念!
項垂れるガイル先輩を、一緒に退場となったディキシー先輩とグレイシーという先輩、ギースという先輩が3人がかりでその両手を引っぱって、引きずりながら退場を促している。
あの副官ポジのギース先輩も流石だな。
もっとあの人に頼っていろいろ考えてもらえば、この勝負、ひょっとしたら違う展開になったのかもしれないのにな……。
リバーがメモで書いていた通り、【魔転牢】はガイル=ワイリーただひとりのためのチームだった。彼は本当の意味で、仲間のメンバーを頼ってはいなかった。
途中、先輩がどんな策を講じようとも、リバーは戦う前からこの人の性格を読み切っていたから、先輩が変わらない限りはこの結末に行きつくことになる。
だからこそ、俺の『フールズフープ』を使いたいとメッセージを送って来たんだ。
少し揺さぶりをかければ、過程はどうであれ、必ず最後はガイル先輩の『氷魔法』で勝負しに来るとリバーは初めから読んでいたからね。
ガイル先輩は、結局は自滅だったのかもしれない。
〈指揮官〉であることに必要以上に固執し、自分の方が優れた〈指揮官〉であることに囚われ過ぎて、〈指揮官〉という枠から抜け出せなかった。
結果、小手先の技に終始してしまい、それに対して疑心暗鬼に陥り、最終的にそのツケが自分に回ってきてしまったんだ。
それじゃあ、リバーには勝てないよ。
というわけで、俺も小手先の技で締めくくるとしますか……
「まだだっ!!相手も戦力は大して変わらない。挽回するぞっ!グレイシー、頼む」
「OK!」
ギース先輩が声を張り上げ、グレイシー先輩が急いで再探索をしようとする。
良い連携。
……だが、一手遅い。
レミがブルートを指差したあと、両手で大きく丸を作る。
想定通り、属性は「水」になったようだ。
学園長マムンクルスの表情が変わった。再起動する……
「リハ、ワレニアリ!」
「さて、ときにブルートよ。準備はいいか?例の技を一時解禁としますかね……」
「えっ、俺?……がやるのか?でもなあ……」
事ここに来て二の足を踏む男、それがブルート。
「大丈夫だ。魔法を放つのはお前だけど、最後に俺の魔法を通過するわけだからな」
「そ、そうか。しかし、まさかお前のあの魔法の力を借りるとはな……」
俺の魔法を通過するだけで、発動者はお前だけどな?哀れなるブルートよ。
レミおばマムンクルス学園長が粉々になったとしても、それはお前の責任だ。
「『メージスタッフ』」
俺はブルートの前に杖を発現させる。
「これまでの鬱憤を晴らせよ、ブルート!いっちょ盛大に行こうぜ」
「ああ、リバーの分もな。ふおぉーー『豪水竜』ーーーー!!」
ブルートが両手から水の渦を発動させる……
……ん?
前よりだいぶ大きくなってないか?
巨大な水竜が餌を求めて杖の方に向かうと、バクっと飲み込みさらに巨大化する……
……あ、まずい。
……俺は直感的にそう思ったよ。
ゴオォォーーーー……
大きくなり過ぎた水竜、いや、水龍は、魔法を発動しようとしていた学園長のマムンクルスに向かうと一瞬でそれを飲み込んだ。
それで終われば良かったんだけど……
パリィィ---ン……
めでたく結界核は当然の如く破壊されたが……
バリバリ……
ドワグワッシャーン……
ザバーーーン……
ゴォーーー
「「「「「うわーーー」」」」」
「「「「「キャー」」」」」
次の瞬間……
学園長のマムンクルスは跡形もなく消え去り、部屋水浸し……どころか浸水、今もなお増水中……
ブーブーブー……
「緊急避難、緊急避難……部屋から退出してください」
……
…………
………………
……勝つには勝ったが、その場で全員、ずぶ濡れの退場になった!
……
…………
………………
俺たちは……愚かだった……
◇【決闘後控室】
決闘後、俺とブルートは並んで床に正座している。
「これは完全にやり過ぎですね」
「「おっしゃる通りです!!」」
「派閥に損害賠償請求が来るかもしれません。今後はもう少し行動を慎んでくださいよ、ブルート、ノーウェ」
「「すいませんしたぁーーー」」
そして、盛大なる土下座。
水竜の解禁許可を出したのは俺だ……
そして放ったのはブルート……
俺とブルートは決闘後の控室の中で、他のメンバーが見守る中、第2決闘の〈指揮官〉兼派閥会計係にこってり絞られるはめになった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
呼び捨てのハードルが下がってめでたし、めでたし。
次回、緊迫?の第3決闘前の控室。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




