2-34『仕切り直し』
◇【魔転牢】サイド
「大丈夫かしら?彼……」
〈探索役〉のグレイシーが心配そうに1人の男を見つめる。
「大丈夫だ。今、あいつは、あの頭の中で考え得る限りの可能性を考慮しながら高速で計算している。きっと、最後の部屋で俺たちが勝つための最適解を導き出すはずだよ」
副官ポジションであるギースが返答する。
2人が見つめる先には、じっと腕を組んだまま、微動だにしないガイルの姿があった。
不測の事態ではあるが、ギースはガイルの頭脳に全幅の信頼を寄せている。
他のメンバーはギースの指示のもと、すでに2つ目の部屋を攻略し、3つ目の部屋で炎を吐く、2本角の獅子のような魔獣の姿をしたマムンクルスと戦っている。
敵のマムンクルスの、現在の有効属性は「火」。
すでに2回のフォームチェンジをはたしている。
ROOM攻略の全体の戦略を練るのがガイルの役目。個々の部屋や結界破壊における戦術の決定はギースが行い、簡単な指示を受けたメンバーは、各々が自分で考えながら最も効率の良い方法を試みる。これが、彼ら【魔転牢】の普段の攻略スタイルである。
現在の状況は最終局面の一歩手前。
このROOMにおいては、実は最後の部屋よりも、この1つ前の部屋の攻略が最も重要な鍵となっている。
最後の4部屋目は、第1の部屋同様、探索物の探索から始めて見つかり次第、マムンクルスが現れる。
マムンクルスの型は、これまでの法則に則れば、実在する巨大な魔獣を模したものが待ち構えており、その強さはかなりのものだ。
特に、今戦っている相手よりも、その耐久面において一段格上の敵が出てくる。
また、第4の部屋にはどちらのチームも到達できる仕組みになっているので、部屋の中で両陣がかち合い、結界破壊を同時に行って競い合うこともままある。
注意すべき点を挙げると、違う属性の魔法を当てた場合、退場になる上に、再探索となり、相手のマムンクルスの有効属性が切り替わってしまうことだろうか。
だが、さすがにこのROOMに慣れてくる第4の部屋で、そのような愚行を犯す者はほとんどいないだろう。
そういう点で言えば、先に部屋に入った方が有利であると言えないこともない。
だが、実は、どちらが先に部屋に到達するかということは、大して重要なことではない。
マムンクルス自体の耐久力が高いので、持っている魔法の威力に差があれば、挽回も十分可能だからだ。
闇雲に攻撃しても、途中でやって来た相手に成果を奪われる事態も考えられるので、その耐久の限界点、破壊点を把握し、効率よく属性魔法を当てることこそが攻略の鍵となる。
そして、その上で最も重要なのは、最後の部屋のマムンクルスに対して、どの属性が有効になるか、ということである。
実は、これはある法則によって決まる。
第4の部屋のマムンクルスに有効な属性は、第1と第2の部屋攻略(双方のチーム)に用いられた属性魔法と、離脱メンバーの用いた属性魔法が考慮されて決定するのだ。
仮に、ここまでの攻略で「火」がたくさん用いられた場合は最後のマムンクルスの有効属性が「火」になる可能性はほとんどなくなり、再探索による属性のリセットが行われたとしても、順番的には最後になる。
また、例えば「風」の魔法をマムンクルスに当てたことによって離脱者を多く出してしまった場合、これまた有効属性が「風」になる確率が大きく減る。
そのことを踏まえて、第4の部屋のマムンクルスの有効属性が自陣に有利なものにできれば、勝利の確率はぐっと高まる。
これを作為的に行うことが可能なのか?
大前提として、そのためには相手陣営の状況を把握している必要がある。
ガイルはその明晰な頭脳を用いて、相手の攻め手を可能な限り推測しつつ、自陣が最後の部屋攻略の際に最も有利になるようなチェックメイトの手段を脳内で導き出そうとしていた。
これまで秘策として用いていた「ゲームの情報を吸い上げることによって相手の〈司令塔〉であるリバーの戦法と【紫雲】側のマムンクルスの種類や有効属性を把握する」という手段は取れなくなった。
そういう意味では、ここに来ての仕切り直しは手痛い。
だが、相手の情報に踊らされたことも、次の攻略のヒントになる。
ガイルはそうやってしばしば「負け」ることで次以降の「勝ち」の確率を高めてきていたのだから。
【紫雲】側のゲーム内では、第1、第2の部屋攻略において、「土」、「風」、「氷」が相手のマムンクルスに対する有効属性となっていた。
これが疑わしい場合、相手サイドがなぜこの3つの属性だとガイルに信じ込ませたかったのかということが重大なヒントとなる。
……そうか。
ガイルの頭の中で謎は氷解し、相手の〈指揮官〉であるリバーの手が読めた。
……そこから自陣に最も適した戦術を導き出す。
「首尾は?」
「お!終わったか?」
「ああ、何とかな」
「そう来なくちゃな、キャプテン。今、最終形態になっている。あと魔法数発で倒せるはずだ」
「……そうか。では、今後の指示をする。まず、これから『間引き』を行う」
「「「「「!!!???」」」」」
敵の攻略を行いながら、驚いた表情でガイルを見つめる一同。
だが、ガイルの目には一点の曇りもない。
「それが、適切な判断なんだな?」
「ああ。最後のマムンクルスの有効属性を『氷』にすれば、相手はせいぜい『ハイアイス』しか使えない。こっちには俺とリザーブのディキシーがいる。これが最適解。プランBとして『水』になればこれも人数的にこちらが有利になる……相手にグラン級の使い手、ブルート=フェスタがいるが、グラン級の数ではこちらが上回れる」
「……つまり『土』『火』『風』を消すということだな?」
「ああ。だが、優先度としてまず『土』と『風』を引く。『火』はすでにかなり使われているからおそらく大丈夫だ」
最後の部屋のマムンクルスの有効属性を決める要件は……
・これまでの部屋で出現したマムンクルスの有効属性
・退場になった者の使用した魔法の属性
……の2つが加味されて決まる。
これは運営側が仕込んでいる結界プログラムの特性によるものだ。
ガイルは、この特性のことを知っている。
そして、おそらく、相手の〈指揮官〉であるリバー=ノセックもこのことに気づいている。
でなければ、あんなゲーム上でのブラフを仕掛けて来ないからだ。
改めて最終考察をする。相手はこちらが相手のゲームを閲覧していることに気付いていることを加味して。
こちら側のマムンクルスの属性は「水」、「火」、「火」
ゲーム上での相手側のマムンクルスの属性は「土」、「風」、「氷」。
まず、「火」は確実に消える。
こちら側で2回出た上に、退場者を出したのも「火」だ。
相手はこちらの退場者情報からそのことを見抜いているだろう。
したがって、考慮すべきは「水」、「土」、「風」、「氷」。
【紫雲】側がこちらに「土」、「風」、「氷」を使ったと思わせたかったのであれば、必然的に相手の狙いは「水」となる。
となると、素直に考えれば、こちらがここで「水」の退場者を多く出せば「水」の可能性を消すことができる。
だが、そう素直に受け止めていいものだろうか?
一旦、保留にして次の考察に進む。
相手が退場者を出したときの属性は「風」であった。
これが、本当に「風」だった場合、「風」となる可能性もだいぶ薄まる。
ここが最も疑わしい……
相手の退場者は『黒魔導師』と『赤魔導師』であるがゆえに、判断できないのがもどかしい。
どっちだ!?
……相手はおそらく、「風」になった場合の何らかの秘策を持っている?
浮かび上がってきたのが、この決闘においてガイルがリバーと並んで最も危険視する男、『紫魔導師』ノーウェ=ホームの存在だ。
謎が多すぎるこの男の戦歴の中でひとつヒントとなったものは、このノーウェという男が探索方式において、かの『風華』ジャネット=リファを下しているという点だ。
決闘の詳細は伏せられているので分からないが、かの『殿上人』を生半可な魔法で倒す手段はない。
この男がなぜ今回ポーターなのかはわからないが、相手側の隠し玉である可能性が非常に高い。そう考えると、いくらこちらの手駒に風魔法使いを多く抱えているからとはいえ、迂闊に勝負するのは危険すぎる
「土」にも少々不安が残る。
ひとつに、リバー=ノセックの存在。
認めたくはないが、この男は魔法においてもそつがない。
これまで公開されている決闘のデータを見る限り、こちらのメンバーと比べても土魔法の扱いにおいてはまったく遜色なく、敏捷性を無視した破壊力が生み出せるという点ではこの男が完全に上回っている。
リバーがゲームを熟知しており、第4の部屋のマムンクルスの耐久力の限界点……つまり破壊点を把握しているとすれば、土属性で競い合うのも非常に危険だ。
もうひとつ、レオ=ナイダスによるスカウティングレポートの内容もガイルの不安を煽ることとなった。
レオ=ナイダスという男は、稀代の戦術家であり、徹底した現実主義者でもある。
彼のレポートの信頼できる点は、非常に簡潔であり、彼が目にして把握しているものは断定して書かれており、逆に曖昧なものも誠実でありのままの姿として書かれてある。
そのレオが、対戦相手の『黒魔導師』の放った土魔法のことを「非常に不可解ではあるが『グランアース』相当の魔法」と言及していたことが、ガイルの決定の後押しをした。
この2週間の【紫雲】側の動向を探っていたガイルは、このグラン級の魔法を放つ魔導師たちがリバー=ノセックと一緒に訓練をしていたという報告を受けている。
リーダーのノーウェ=ホームとは別行動。
他にハリー=ウェルズという油断ならない男がいるが、リバーほどに策を練れる〈指揮官〉とも思わない。
ブルート=フェスタは魔導師としては一流に成り得る存在ではあるが、〈指揮官〉としては完全に不適格だ。戦術を思いつくような頭をしているとは到底思えない。
また指南役としても優れたタイプではないだろう。
この見立てによって、ガイルは風魔法と同時に土魔法で勝負することも危険と判断した。
最後に残った「氷」は……
ストレートに考えれば、ガイルが氷魔法のエクス級の使い手だ。
だから、「氷」での勝負は避けたい……ということになる。
だが、そう考えるのが妥当かと思い始めると急に、あの画面上の水魔法使いのバカ踊りが脳裏に過ぎる。
あれは挑発だったのか、それとも……
いや、考えるのは無駄だ。
これはあの男……リバー=ノセックが仕掛けて来たブラフに違いない!
……馬鹿にしやがって!
仮に、「氷」になろうが、「水」になろうが、こちらの戦力が上回れば問題ない。
そして、「氷」になったときには、目の前で魔導師としての実力も見せつけてやるだけだ。
「分かった。俺たちはガイル、お前を信じる。皆もそれでいいな?」
「「「「「はい(応よ)!!」」」」」
「ありがとう。それでは『間引く』メンバーを伝える。ゲンナジーとザイードは『土魔法』で離脱。ジルカとズイヤは『風魔法』だ。『火魔法』はすでに二人離脱しているからそのまま。あとは、ダビドがここでディキシーと交代。以上だ」
「「「「了解!!」」」」
「ここの始末はどうする?」
ギースがガイルに尋ねる。
「もちろんお前だ、ギース。あと2分で『風魔法』に切り替わるはずだ。頼むぞ!!」
「ラジャー、キャプテン!!」
メンバーが各々の任務を遂行し、作戦が恙なく進行する。
すべてはガイルの頭の中で描いた戦略通り。
多少の想定外はあったものの、今はすべて彼の掌中にある。
「『剛呂布拳』」「『砂覇羅』」
ブーブーブー……
ブーブーブー……
「火」が有効な相手に「土」属性の魔法を当てたがために、まずゲンナジーとザイードが退場処分に。
「行きます!『風具刺』」
「はあっ!『羽衣風頭』」
ブーブーブー……
ブーブーブー……
つづくジルカとズイヤが「風」魔法を放ち、退場したあと、副官のギースが風魔法の発動準備をし始める。
炎の魔獣は点滅し始め、緑の蛍光色に発光し始めた。
……そしてその身を2本角の獅子から徐々に翼を持つ魔鳥の姿へと変える。
「頃合いだ」
「行くぜっ!!『大風輪』」
ギースが魔法を放つほんの数秒前に、結界は羽の生えた鳥の姿に変わった。
鳥の結界に向かって巨大な風の輪が飛んで行く。
パリィーーーーーン!
身動き一つ取る間もなく、巨鳥の核が破壊された。
すべては想定通り。
これで最後の結界は『氷』が良く効くはずだ。
そう確信して、ガイルはうっすらと微笑んだ。
【魔転牢】残りメンバー
ガイル=ワイリー『氷狐』:「氷」「風」「土」
ギース=フーディーズ『風波円』:「風」「水」
グレイシー=キーストン『光輪鈴』:「光」「風」
(最終部屋でドリュー=ケリー『石麗峰』:「土」「風」
ゾラニー=カンテ『湯走射』:「火」「水」
ディキシー=ローリング『水氷蓋』「氷」「水」
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!
決闘上のゲームとはいえ、味方に自刃を迫る指揮官……
ガイルの奇策は成功するのか?
次回は、【紫雲】サイドの第3の部屋攻略。
ノーウェ達の前に立ちはだかったマムンクルスとは……?




