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2-24『不遜なブルート』

 ブルートは水の上に乗っていた。


 思いついてみれば、なんてことのないことであったのだが、その答えに辿り着くまでに何度か死を覚悟した。


 もう少し…


 もう少し…


 気が遠くなる度にあの紫の悪魔が何やらささやいて来る。


 凝り固まった筋肉はわりとすぐに解れるが、凝り固まった考えはなかなか簡単にはいかない。


 思考が何回転もした末に、ひとつの単純な答えに行き着いた。


 べつに、手から魔法を発動しなくてもいいんじゃないか、と。


 そこに気がついてからも思考錯誤を重ねた。

 夜中に1人、湯を張ったバスタブで立つことから始めて、水に乗れるようになったあとは、発動しながら思いのままに動くための調整に苦労した。


「なんのハッタリだよ!?魚になんか乗りやがって」


「ただの魚ではない鮫だ」


 獰猛な、水でできた魚に乗るブルート。

 スナップのことをやや見下ろしながら、あごを自慢げに上げている。


「食いちぎってやる『熱狼牙ねつろうが』」


 スナップは憤りながらも冷静に考えていた。

 相手は窮地を脱することはできたが、状況は俄然こちらが有利。


 いくら水で動き回ろうが、こちらが熱風でフィールドを支配していれば、いずれは蒸発し、ボロが出るだろうと。


「『水膜鮫鰭サーフィン』」


 スナップが狼の牙で攻撃を仕掛けるが、自身の周囲に再度水膜を張りながら、その足元で縦横無尽に泳ぎ始めた水の鮫に直立で乗るブルートを一向に捉えることができない。


「くっ!『連風牙れんぷうが』」


 風の刃を何発も放つが、スナップの四方八方を水鮫はうねうねと泳ぎ回る。

 まるで挑発しているかのように。


「『打津砲うつぼう』」


「ぐっ、ふしゅー、ふしゅー」


 避けたそばから水魔法の攻撃をしてくるブルートに手を焼くスナップ。


 これでは一体どちらがいたぶっているのかわかったものではない。


 領域を支配しているのは自分なのに、その支配域に勝手気ままに泳ぎ回るブルートに対し、スナップは沸々と怒りを募らせ始めていた。


「あと2分程度やろう。せいぜい狙い澄まして当ててみるんだな」


 青髪の新入生は、気付けばその口調まで先程までとは打って変わって生意気なものに変わっている。


「『炎狼牙えんろうが』」


「外れ」


「『炎狼牙えんろうが』」


「外れ」


 身体を何度も反転させて攻撃するスナップに対し、ブルートの体勢はずっと同じ。

 スナップを見下ろしているかのような不遜な態度のままだ。


「ぐがぁっ!」


 スナップはブチ切れた……


 少なくとも周りにはそう見えているだろう。


 事実、はらわたは煮えくり返っている。


 だが、彼の頭は殊の外冷静であった。


 ブルートに翻弄されている振りをしながら、一度周囲の状況を確認し直すスナップ。


 そっと『熱風帯ねっぷうたい』を掛け直し、領域の確認を行なったあと、領域から単発の『風牙ふうが』を出して仮初かりそめの攻撃をし続ける。


 彼も学園において歴戦の魔導師だ。

 これまでに何度も敵の攻撃にハマっては冷静にその場を切り抜けて来た。


 今は相手の戦術に付き合って、油断させ、こちらに有利な状況に引き込んでその喉元に喰らいついてやる。

 スナップはそう腹を決めた。


 ブルートはそんなスナップの様子をつぶさに観察しながら戦っていた。


 互いが切り札を隠している以上、あとは化かし合いの我慢比べとなる。


 まだ…もう少し……


 ギリギリの危ない橋を渡っていることを自覚しながらも、それを表情に出さないようにいつもの自分に成り切って戦っていた。


「あと1分……そろそろ息が上がって来たんじゃないか?ロートルなんだから『打津砲うつぼう』」


「ほざけっ!『風牙ふうが』」


「意外としぶといな。『打津砲』(うつぼう)


「はあっ、はあっ……『風牙ふうが』」


 観客も想像していたものとは全く違った戦いが舞台上で行われているため、妙な静けさが漂っていた。


 少なくとも、その戦いから目を離そうとするものはいない。


 上にいる者が踏み止まるか……

 上を向いて進む者が蹴落として超えていくか……


 皆、固唾を飲んで見守っていた。


「くっ……」


 これまで、右に左に前に後ろにと身体の向きを変えていたスナップが膝をついてしまう。


「そろそろだな……」


 ブルートがそんなスナップを一瞥して魔法の発動の準備を始める。


 ……大技だな。


 スナップは内心ほくそ笑む。

 疲れて呼吸を整える振りをしながらそっと魔法を発動させる。


 ……今だっ!!


「はっ、はっはぁ!掛かったなぁ!?『風吹巡ふぶきじゅん』」


 突風を起こし、周囲の熱風を払いつつ、相手の虚を突く。


「おおっ、と」


 スナップの放った風を受け、水鮫に乗ったブルートはバランスを崩しそうになる。

 狙い通り。

 だが、まだ焦らない。


 哀れにも餌に食いつく魚を逃さぬように、落ち着いてゆっくりと勝利の糸を手繰り寄せる準備をする。


 スナップは、その手に魔法を発動させる。


「『炎狼牙えんろうが』」


 放ちつつ、少しずつ周囲の熱風も後方から敵の付近に集めていく。


「『九頭水蛇ハイドラ』」


 ……掛かった。


「ふっ、やっぱりお前はまだまだ青臭いガキだよ。喰らいな」


 今度こそ完璧なタイミングだ。

 目の前の狼の急襲に対抗して水蛇を出したその直後、左右と後ろの熱風領域から別の牙が生まれ、ブルートの背後と側面から一気に襲いかかる。


 ……もらった!


 どれだけ動き回れたとしても、魔法の発動中に四方から攻められれば対処できまい。

 あとは、奴を覆う水玉がどれほど耐えられるかだが、仮に初手を防げたとしても、その間に、こちらもさらに手を回して次の『炎狼牙えんろうが』を用意すればよい。


 そこからは何回も繰り返せるハメ技だ。

 流石にこれは切り抜けられまい。



 ゴオォー―!

 バシャッ!!


 次の『炎狼牙えんろうが』がを抜かりなく発動させている間に、前の『炎狼牙えんろうが』が水蛇と衝突する。

 

 次には、3方から牙が本人に襲い掛かるはず……


「は……?」


 だが、水蛇が破裂して弾けた先には、またしてもブルートの姿はなかった。


 スナップは首と身体を左右に何度も90度回転させる。


 ……いない。

 驚きのあまり、スナップはせっかく用意していた『炎狼牙えんろうが』を思わず放ってしまった。


「ここだぞ」


 恐る恐る声の聞こえた方に顔を向けるスナップ……


 向いた先は上方向。


 ブルートはスナップの数メートル上にいた。


 水を操る魔法。

 当たり前のことと認識していたが、ブルートは水竜を放つときに勢いを変えたり蛇行させることができる。


 よくよく考えてみるとおかしな話だ。


 普通、水魔法の、例えば『ウォーター』を放つ場合、形状などは使用者の創意工夫で変えられるとしても、それを発動した場合、生み出す場所は任意としても、一旦でき上がった水の塊は狙った場所に一直線に向かう。


 だが、ブルートの場合、早くから水龍を蛇行させたり、水鳥を自由に飛ばせたりすることができていた。

 発動の法則を無視して。


 彼は幼い頃から使えていたのだ。

 風魔法を。

 単体で『ウインド』系の魔法を発動できないだけであって、あまりも強大過ぎる水魔法の影に隠れ溶け込みながらもずっとその力を行使していたのであった。


 森での狩の最中にそのことに気付いた……いや、ブルート本人は未だに気付いていないが、それを見ていたノーウェが気付いて驚きのあまり口を開けてしまうほど滑らかに、ずっと寄り添っていた風魔法は猪の突進攻撃を受ける発動者の窮地を救うために一瞬だけはっきりとその姿を覗かせた。


 水は下から上には流れない。


 だが、風の助力があれば別。


 ブルートの足元にくっついていた水の塊は、まるで意思をもつかのように空中に浮き上がり、ブルートの身体を縦に反転させて一旦逆さまにしたあと、さらにそのままもう半回転させて彼の身体を空中へと浮かばせていた。


 この動作の原理をブルート本人が自覚しておらず、感覚的に、いや、本能的にものにしてしまっているのだから、彼もまた天才の部類に入る人間なのだろう。


 対戦相手のスナップは、ここにきて自身と不遜な新入生の間に大きな実力差がないことに気付かされた。


 風と火、水と風。2属性持ちの優位はすでになくなった。


 ……そして、上を向いてブルートのいる場所をその視界に納めたとき、上回っていたはずの戦略においてもまた、はっきりと遅れをとっていることを思い知らされてしまう。


「な、何だそれは…!?」


「やはり気づいていなかったんだな。『出る杭』ばかりを打とうとして下ばかり向いているからそうなる」


 ブルートの位置するさらに数m上に馬鹿みたいにデカい水の玉が浮遊していた。


「はっ、そんな水くらいなんだよっ」


「水じゃないぞ」


「ま、まさか……」


 スナップは戦慄した。


 その状況はさすがにやば過ぎる……


「あんたが必死に温めていたものを集めたからな。留めておくのに苦労した」


 自分が領域支配において上回っていると錯覚していた……いや、させられていた。


 不遜な態度を演じていた新入生は、スナップの作った領域をかき回しながら、熱風を取り込みコツコツと自分の領域を広げていたのだった。


 侮っていたのは、自分の方だった。


「ふ、ふしゅー!!」


 スナップは防御のために自身の周囲に風を纏い、全力で風の領域を重ね広げていく。


「ちょうど3分だな……『湯錐ゆぎり』」


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


 巨大な熱い湯玉の周囲を水鮫で遡上し、最上部に移動したブルートは、その場で足踏みをするように魔法を足で放つ。

 熱い湯の球体から何10匹もの口元が尖った蛇が生みだされ、スナップの方に一斉に向かって行く。


「ふおおおおぉーーーーー」


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


 スナップは一心不乱に風の領域を維持し続けた。

 領域が破られて、あんな熱湯の蛇が大所帯で生身の自分に襲い掛かってきたら、いくら普段身体を鍛え上げて筋肉の鎧を纏っている自分でもひとたまりもない。


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


 ドドドドドドドドドドドドッ……

 バシュンッ、バシュンッ!!


「ふ……ふお?」


 恐ろしい蛇の雨は病んだ……


 ドバッシャーーーンーーーーー!!


 代わりに熱湯の滝が注ぎ、スナップが心血注いで作った領域は一瞬でかき消された。


「き、消えた……か……」


 スナップが上を向くと、巨大な湯玉はきれいさっぱり消えていた。

 その代償として、自身の魔力のほとんどが削られたが……


 そして、ホッと胸を撫で下ろしたスナップは忘れていた。


 そこにいるはずの、青髪の水魔導師の姿も消えていたことを。


 スタッ……


 元の開始戦にその水魔導師が降り立つ。


 一歩も動いてはいない。


 その足先には先ほどまでその男が乗っていた水鮫が獲物はまだかと尾を動かしている。


「う、うわぁーーー」


「『蹴尾鮫けりおさめ』」


 チョンっと尾を押し出された鮫は勢いよく泳ぎ始め、魔力が枯渇して立つのもやっとのスナップに狙いを定め、大口を開けて襲い掛かる。


 ドバッシャーーーンーーーー!!!


 水鮫の突進の衝撃を受け、『熱風牙』のスナップは盛大に水飛沫みずしぶきを挙げながら力なく闘技舞台に倒れ込んだ。


「そこまでぃーーー!!勝者『水豪』のブルートぉーーーーー!!この結果によりぃーー、派閥間決闘は【紫雲】の勝利ぃーーーー!!!」


 第1決闘【紫雲】VS【咬犬】

 <団体戦>


 大将戦 勝者【紫雲】『水豪』ブルート=フェスタ


【紫雲】3勝2敗 VS 【咬犬】2勝3敗


 派閥間決闘 勝者 【紫雲】

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


皆さん、ブルートはやればできる子なんです!笑


次回、決闘後の控室と最近影の薄い主人公のちょっと前のお話……


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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