2-22『震えるブルート』
ブルートは震えた。
ほぼ戦略通り。
むしろ望外の結果。
ここまで派閥メンバーは上級生が主体のチーム相手に互角以上の戦いを披露している。
悔いが残る場面はいくつかあった。
例えば、モモエの先鋒戦における事前交渉。
もう少し詳細なルールを盛り込んで相手の行動を封じておけば、ひょっとしたら彼女は勝利していたかもしれない。
あるいは、中堅戦。
「彼らの可能性が見えましたね。いくつか条件を増やせば次回は勝てそうです」
リバーがブルートにそんなことを囁いた。
もったいぶらないでちゃんと説明してほしいと思った。
だが、リバーとの付き合いも長くなり、彼のことが分かってきたので、なんでこんな曖昧な言い方に終始したのかも何となく察している。
リバーは深謀遠慮。
こういった場で誰かのヒントになるような具体的なことを迂闊に話したりはしない。
そういう男だということをブルートはよく理解している。
だからこそ、余計にもどかしい。
自分がもっとよく戦略を練れていれば、今回も勝てたんじゃないかとさえ思ってくる。
中堅戦が終わり副将戦を迎えるにあたって、ブルートの葛藤は大きさを増し、不安が肥大し過ぎて破裂せんばかりになっていた。
副将戦に挑むハリーに拳を軽く付き合わせてエールを送ったブルート。
でも、内心では少々違った気持ちも芽生えていた。
ここでハリーが負けてくれたら肩の荷が下りるな……なんて……
<指揮官>にあるまじき考え。
もちろん、そんな考えはすぐに首をブンブン振るうことによって振り払った。
だが、大部分の真っすぐな気持ちの中に少々の邪な気持ちが混じることもあるだろう。
しょうがないじゃないか。
小心者だもの。
ブルートにとって幸か不幸か、ハリーは副将戦に勝利した。
あいつも成長している……
ブルートはハリーの戦いに目を奪われていた。
自分の立場が脅かされかねないほどの奮闘ぶりにまた別の葛藤がやって来る。
もう葛藤で心の中がお腹いっぱい。
「大丈夫か?大将!?」
「『武者震い』ということにしておきましょうかね……」
「まあ、無理もないだろう。俺ならこんな状況は……絶対に嫌だな……」
「酒でも飲ませてみますか?」
「う……」
ブルートは相変わらず身震いしている。
ハリー、リバー、カーティス、顧問のフィッティ先生に心配され、何とか気丈に振舞おうとしているが、それでも肩の震えが治まらない。
舞台は今、先の副将戦によって壊れた部分の補修が行われており、また、立会人を務めるキャリー事務員が現在、簡易治療院で上半身を火傷したスコーンの応急処置をしているため中断のインターバルがとられている。
ブルートは心の中でハリーにちょっとだけ悪態を吐いた。
時間が空くことにより、会場内のボルテージがどんどん高まってきている。
副将戦の内容もそれを手助けしていた。
ジャイアントキリング。
下級生で下位ランクのしかも『色付き』が2年生の3文字の称号持ちの熟練者を倒す。
これまでどこか娯楽的に試合を観戦していた観客たちであったが、この出来事と先の戦いの健闘ぶりも相まって、俄然その注目の度合いが変わってきている。
【紫雲】侮りがたし。
そんな空気が観客たちの熱気とともに、会場中に広まっていた。
この空気を作り出したハリーの責任は重い。
この異様な熱気を前にしては、最終戦を待つブルートの様子も無理からぬことではあり、少し呆れた様子で見ながらも、周りに彼の姿を悟られまいと取り囲んでいる4人も彼の心中を慮ってそれ以上何も言わなかった。
彼らも、その震えの原因に気づいていたから。
ブルートは、現在「大将」という言葉の重みに圧し潰されそうになっており、必死ではね返そうと筋肉を強張らせて震えている。
おそらく、他の派閥……仮にひと月前の彼が自分で派閥を結成していたのであれば、この言葉もそこまで重い意味を持っていなかったであろう。
2勝2敗で迎える大将戦。
これほどおあつらえ向きな展開はなく、元々自尊心の強く目立ちたがり屋のブルートであれば、この大舞台に多少の緊張はするだろうが、喜々として向かって行ったであろう。
だが、この「大将」はただの団体戦の呼称のひとつに過ぎない言葉ではなく、彼の中では「ノーウェの代わりを務める」という前置きが付く。
それが今のブルートにとって、何よりも重いものなのだ。
そして、そのことを理解しているのは今のところ、派閥のメンバーだけなので、何も知らない他の面々が今のブルートの姿を見ればきっと嘲笑することだろう。
あいつ、ブルってやがるぜ……と。
「間もなく舞台の整備と救護が終了致します。5分後に決闘を再開致します」
会場内にアナウンスが流れた。
ずっと震えているわけにもいかないので、ブルートは何とか気を吐こうと試みる。
先ほどすでにノーウェがいないことに対する不満を叫んでしまったので、同じ手は使えない。
実際に、彼がこの場にいないのはよほどの事情なのであろうことはブルートにも分かっている。
それが彼の派閥戦にかかわることなのか、それとももっと大きくて深い理由があるのかわからない。
でも、あの不遜な『紫魔導師』はただ単にこの場を派閥メンバーに任せて自分勝手に強くなろうとしているわけではないということをブルートは直感的に気づいていた。
きっと、背に腹は代えられない事情があるのだろう……
……本当にあるのかな?
……ちょっと怪しいな……
……あいつ、突拍子もないからな……
……でも、今は信じよう。
「どうでしょう。フィッティ先生、ここは顧問としてブルートが奮い立つような言葉を何か一声お掛けいただけますか?我々が言うよりもきっと効果があります」
「え、私?うーん……わかった!ブルート君」
「は、はいっ!!」
顧問のフィッティ先生は、ブルートの両肩に手を置いて、薄いレンズの眼鏡越しに鋭い眼光で見つめた。
「貴方たちは貴方たちが思っているよりもずーーーと大きな戦いに巻き込まれているの!そして、そのせいで私が何年も前から思い描いていたバラ色の結婚生活の雲行きが少しあやしくなっているのよ!だから、気合入れて頑張りなさい!とにかく、死んでもいいから勝ちなさいっ!!」
「……」
「……まったくの逆効果でしたね……」
「リバーでも作戦に失敗することがあるんだな」
「不吉なこと言うなよ……それより、俺は先生の爆弾発言の方がよっぽど気になるんだが……」
ブルートの心はますます縮こまった。
いよいよ発汗が激しくなり、意識が遠くなり始めたそのとき、どこからか懐かしい、ブルートが待ち望んでいた声が聞こえてきた。
「おうっ、お待たせ!!どうやら間に合ったなー」
「ひゃー、すごい盛り上がっているねー」
「「ばんざーい!生きて学園に帰って来られたぁーーー」」
白目になりかけていたその瞳からじわっと涙がにじんでくる。
その曇りがかった眼の先には、紫色のローブを着た紫髪の少年が立っていた。
「お、おいっ!ノーウェ!!お前いったい今までどこで何して……」
「それではぁーーー両派閥の『大将』はぁーー舞台にあがってぃくださいぃーーー」
立会人に呼ばれ、ブルートは慌てて振り返り舞台に向かおうとした。
「おい、ブルート」
「な、何だ!?」
他のメンバーに迎えられて舞台の下までやって来た紫髪の不遜な表情の魔導師に呼び止められ、再び向き直るブルート。
「お前は俺の『終身名誉ヤキソバまん係』だ、ブルート」
「……は?」
目の前の男は、この場で何を言うんだとブルートは純粋に思った。
「だから、早く蹴散らして来い」
そう言って目の前の男はいつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ああ、すぐ戻るから待っていろ!!」
難しいことをさも当然のように言いやがって……
心で悪態を吐きながらも、自然と笑みが浮かんできたブルートは、全身の硬直から解き放たれて軽い足取りで舞台へと駆け上がった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




