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2ー19『ブルートの焦慮』

 ブルートは大いに焦っていた。

 派閥間決闘が始まり、あと30分もすれば否が応でも結果が出る。


 この決闘に向けてできる限りの準備はしてきた。


 派閥のメンバーたちに頭を下げ、自分が副長であることが認められてから【咬犬】相手の決闘のメンバーを決めるまで、打ち合わせを重ねた。

 ブルートの心内こころうちにあった後ろめたさは軽減し、このまま上昇気流に乗って、派閥もメンバーもブルート自身も躍進できれば良いな、なんて思っていた。


 決闘当日までは。


 だが、人の習性というものは一朝一夕に変えられるものではない。


 前日まで膨らみに膨らんでいたブルートの夢と上昇志向は、いざ決闘当日になってみると、針でひと穴開けられた風船のように急速にしぼんでいった。


 しぼんだままの風船じゃ、海の広さまでは測れない……


 小心者の小市民ブルートが忘れ物をしたので帰ってきました、とでも言わんばかりに笑顔でその胸元に舞い戻ってきてしまったのだ。


「今になって慌てても仕方ないでしょう。この場の<指揮官>は貴方です。どうか泰然としていてください」


 隣でリバーが普段と全く変わらない、落ち着き払った様子で立っている。

 その豪胆さがいっそ恨めしい。

 本来、リバーの方こそノーウェがこの場に到着していないことに対して戦略上の不安をより抱いているはずなのに。


 一緒に派閥間決闘における両派閥の事前交渉の決定事項の確認を立会人と相手の代表者を交えて行っているが、これではどちらが〈指揮官〉だかわかったもんじゃない。


 あまりにも手汗をかくので、ブルートは気を紛らわすために立会人を見る。


 透明のマスク越しの表情が大きく変わる上に、目がギョロっとこちらを凝視したかと思うと、口元のマスクがにんまりと口角を上げ切っているのでその様子が不気味過ぎて冷や汗をかく。


 だがそのおかげで少し冷静になれた。


 数分は持ちそう。


 そしてリバーと2人で闘技舞台から降り、いよいよ先鋒戦が始まろうとするとき、再び心臓がビクンッと飛び跳ねた。


 派閥の紹介と対戦メンバーが読み上げられ、会場内のボルテージが一段引き上げられたからだ。


 1分も持たなかった。


 窮地。こんな時、小心者が行うことは決まっている。


「あ、あいつは一体どこで何をしているんだっ!」


「落ち着いてください。行き先は分かっているでしょうに」


「そ、そうだが…」


 とりあえず、人のせいにする。

 今回はその対象をこの場にいない派閥の長にした。


 リバーの視線が冷たい。

 ブルートの心情を完全に見透かしているようだ。


 だってしょうがないじゃないか。

 小心者なんだもの。


 自分の決闘だけでもだいぶキャパオーバーなのに、今回はまったく違った重圧がのしかかっているのだ。


 2週前の「入学式」でもここまで緊張しなかった。

 学年ランキング10位以内の人間は壇上に呼ばれ、学園理事数名から期待の言葉をかけられたが特に感慨もなかった。


 1位がいなかったし。


 両親は会場に来ていたが、それは自分を祝うためではなく別件。

 事実、彼らは着飾ったブルートと会話をすることなく、ただ遠くから一瞥して帰った。


 会っても「5位以内にも入れないなんて」とか「ジェシーに負けて恥ずかしくないのか」なんて言われていただろうからむしろ会わなくて良かった。


 期待されていなければ、緊張のしようもない。


 - この場の<指揮官>は貴方ですよ -


 自分に期待するからこそ冷たい目線で、且つそれを口に出すことはしない。


 ブルートはリバーの期待と優しさに直感的に気づいていた。

 それゆえに、余計にプレッシャーを感じてしまう。


 そうこうするうちに先鋒戦が始まった。


 この決闘は、ブルートにとって違った意味で胃が痛くなる戦いだった。


 送り出したメンバーはモモエ。

 彼女が先鋒に立候補したことにまず驚いたが、同種の決意を直前にしていたブルートには彼女の意思を尊重する以外に選択肢はなかった。


 モモエはブルートにとって、どこか特別な存在だ。

 いつも距離感の変化を気にしているジェシーに対する気持ちとは違い、特段変わることのない感情ではあるが、どこか放っておけない、いわば妹のような存在と彼女のことを一方的に認識していた。


 一緒にとんでもなく重い、魔力を吸い取るローブを抱えた仲でもある。


 そんな妹分(一方的)の晴れの舞台にハラハラしない方がおかしいはずだ。


 おそらくノーウェもモモエに対して自分と似たような感情を抱いているだろう。


 いや、ちょっと違うか……


 どちらにせよ、ノーウェがこの場にいない理由がブルートにはまったくもって理解することができなかった。


 その分、自分が見届けなくては。

 努めて冷静に。落ち着き払って、温かく見守ろう。そうブルートは決意した。


「おいっ!卑怯だぞっ!」


 ……無理だった。


 つい、熱くなって声を荒げて抗議してしまった。


 相手の3年生の姑息で陰湿な攻撃に我慢がならなかった。

 ルール上はセーフ……いや、グレーゾーンであることは頭では理解しているが心の方が追いつかない。


 だから仕方ないじゃないか。

 人間だもの。


「モモエっ!そんな奴に負けるなっ!!」


 ブルートは、必死で応援した。

 下瞼したまぶたにあるはずのダムがまったく機能せずに決壊してしまったので、決闘の結末は良く見えず結果だけ耳に入って来た。


 急いで涙を拭い、簡易治療院へと駆け込む。

 魔力欠乏症なので大事に至らないと聞き、ブルートはホッと胸を撫で下ろす。


「貴方の言葉と行動により皆の結束が強まりました。お見事です」


 珍しくリバーが自分を褒めてくれたので、ブルートは驚くと同時に嬉しい気持ちになる。

 ……だが、何となく素直に喜べない。


 リバーが同じ年の同級生ということもあるけれど、それよりも、ブルートの行動は別に頭で考えて戦略的に行ったことではないから。


 リバーは時折、こんな面を垣間見せてくることがある。周囲の状況や、あるいは自分すらも徹底的に客観視して俯瞰ふかんすることがままあり、それはそれでとても尊敬できる部分ではあるのだが、少し寂しい気分にさせられることもたしかだ。


 そして、この客観視のオンとオフがその表情からはまったく判別できないから困りものである。


「貴方も立派な『将たる器』を持つ者ですよ、ブルート。ノーウェ様とは違ったタイプではありますが、それはそれでいいじゃないですか」


 かと思えば、こんな嬉しいことを唐突に言ってくるのである。

 素直に嬉しい。ブルートは、ちょっと気持ちが軽くなった気がした。これなら落ち着いて次鋒戦を迎えられる。


 だが、次鋒戦は別の意味で顔を背けたくなるような戦いであった。

 ブルートにとって……


 ディリカとカーティスは、この2週間、ノーウェの元で最もその薫陶くんとうを受けた2人だと言える。

 ブルートもノーウェと一緒に魔物狩りをたくさんしたかったが、派閥戦に向けた色々な準備があったために、後半の数日を共にしただけで、多くは参加できなかった。


 そういう意味では、すごく羨ましい存在であるこの『赤魔導師』と『黒魔導師』のコンビにブルートはまた違った種類の妬みを抱いていた。


 互いの距離が近すぎるのである。


 派閥結成に至った、ノーウェと自分の幼馴染との決闘以来、ブルートは彼女との心の距離感に頭を悩ませている(実際はもっと以前からだが)というのに、ディリカとカーティスの2人ときたら、まるで節操というものがない。


 本人たちが自覚しているのかはわからないとはいえ……


 ちょっと負けて欲しいと思ってしまったのは偽らざる心境だった。

 でも、そうなると派閥戦が0勝2敗となるので、よりブルート自身の重圧が増すため複雑な心境でもあった。


 実際のところ、さほど心配していなかったということもある。


 あのノーウェのもとで1番鍛えられ、魔物を倒しまくった2人がこの程度の相手に連携で遅れをとるわけがない。


 結果は圧勝だった。


 これで、1勝1敗。ブルートは気を取り直す。


 次の中堅戦こそブルートにとっての一番の心配事であり、そして、彼の〈指揮官〉としての試金石となる戦いであった。


 中堅戦

【紫雲】メンバー

『黒魔導師』アルト=バイエル&『白魔導師』シャウ=エッセ、

『赤魔導師』コークン&『赤魔導師』ホウジュン


 VS


【咬犬】メンバー

湯蛇ゆだ』レオ=ナイダス

銅鈴萬どうべるまん』ロット=シェパード

立火駆たかがり』ノスリ

羽雪滑はすきー』アバシリ


 4対4の戦闘方式。


 相手のメンバーで『湯蛇』のレオ=ナイダスは、個人の魔導師としての資質もさることながら、集団戦における戦術のエキスパートと広く知られており、これまで【咬犬】の多人数での決闘戦のほとんどを引き受けている。


 彼が統率するメンバーは毎回変わるが、どんなメンバーが出場しようとも、たとえメンバーの戦い方のタイプが異なっていたとしても、彼の指揮官としての抜群の統率力によって、メンバーは駒となって最大限の実力を発揮し、チームは毎回同程度の強さで敵と相対する。


 ブルートはチームの参謀であるリバーと、【咬犬】戦の副将を務めるハリーと3人で、この中堅戦の戦略・戦術会議を行なった。


 レオ=ナイダスの過去の決闘戦を観て抱いた感想……


 誰が戦っても不利。どうあがいても勝てる道筋が見えない。


 何しろ、本人はまったく動かずに、常に余裕の表情でその場に居合わせているだけ、という戦いがほとんどなのだ。


 もちろん、攻撃を繰り出すこともあるが、せいぜい布石のような一手止まりで、この人物の実力の底というものがまったく見えない。


 まるで深い霧の中に手探りで探し物をしているかのよう……


 その一方で、2文字の称号持ちであることからいって、おそらく個人としての能力も相当であることは容易に推測できる。


 検討を重ねた結果……


 魔法使いとしての能力もさることながら、レオ=ナイダス率いる相手の戦術の熟練度に対して生半可で付け焼き刃な戦術ではまるで歯が立たない、というのが、何度もシミュレーションを重ねた上での結論となった。


 メンバー選定は一旦保留となる。


 ブルートは1週間、考えに考えた。


 その間は狩りにも行かず、自分の決闘の準備も忘れ、居残りメンバーと対人戦の模擬決闘を繰り返しながら、ほんの僅かでも勝つ可能性がないかと、あまり得意ではない思考を寝食も忘れるほどにし続けた。


 暗中模索。

 五里霧中。


 いよいよ自身がアンデッドになろうかというぐらいにやつれ果てたその先に、針のように細い一筋の光が差し込んできた。


 それは尖りに尖った戦術。

 決まれば勝ち、決まらなければ負けの乾坤一擲けんこんいってきの戦法。


 魔物狩りに通うにはまだ心許ないが、ブルートが見守る中、黙々と魔法の練習に励み、マインドボックスに入ることを繰り返している2組の双子たちを見ていてふと閃いた。


 ブルートは4人を説得し、自身の策を彼らに授けた。

 一か八か。伸るか反るか。


 小心者が編み出した尖りに尖った針の戦術でも強者に対抗できることを、そして、それが新たな可能性につながることを見せてやる。


「やれやれ、今回は歯応えのない消化試合となりそうですねぇ……」


 舞台上には、そう言ってため息を吐きながら銀色に輝く前髪を触る長髪の男レオ=ナイダス。なぜか白のバスローブを羽織っており、魔導師なのかホテル宿泊者なのかわからない出立ち。


 履き物がスリッパだし……


 その前で身構える、モヒカン、パンチパーマ、コーンロウの筋骨隆々とした男たちとのギャップが激しい。


「そんなことないデスよ。ボクたちの戦いを見せてやるデス!」


「そーデスね」


「オイラたちのことを舐めくさっていやがるる〜!」


「そうだね〜倒してやるうるる〜!」


 エルフとドワーフと人族の混血ゆえに人よりも背が低く耳が大きい、とんがり帽子を被った双子の兄妹アルトとシャウ。


 狼系獣人族とエルフと人族の混血であるがゆえに、こちらも人族よりも成長が遅く、もう一組の双子と同じ1m30cmほどの背丈しかない双子の兄弟コークンとホウジュン。


「行けー!しっかり頼むぞ〜!」


 ブルートは、4人に発破をかける。


 これはただの中堅戦ではなく、先を行く大きな存在に対する小さき者たちの大いなる挑戦。


 ノーウェよ、よく見ていろ!俺は俺のやり方で仲間たちと勝利を掴む……


 ブルートは心の中でそう呟いた。


 ……しかし、ノーウェはまだこの場に現れてはいない。


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


たまに主人公交代してるんじゃねえか?と思うことがあります!笑


あと、アルトとシャウの家名が違うのは、父方、母方と種族の違うそれぞれの家を継ぐからであります!笑


次回、ブルートの編み出した戦術と双子カルテットの持つ「特性」とは?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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