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2-16『モモエの一投足』

 溢れんばかりの観衆。

 割れんばかりの歓声。


 『ハイリゲンアリーナ』内第1闘技場。


 闘技場の舞台を上から見下ろす形で、一周取り囲む観客席に座る多くの学生たち。

 その多くが、決闘を楽しみにしながらも、心の底ではある種の暗い期待感を持って自分たち新興派閥を見下ろしている。


 他のメンバーたちの多くが……この場を取りまとめる<指揮官>に任命されている派閥の副長までもが、この慣れない雰囲気と緊張感に呑まれた様子でいる中、一足早く中央の闘技場に上るモモエだけはどこか落ち着いていた。


 元より嘲笑や侮蔑の視線には慣れている。


 名も知らない人の傷をひたすら治していた頃の自分に比べれば、彼女がこの決闘に挑むまでの数週間で得た時間は、何よりも新鮮さと驚きに溢れていて、ただただ楽しかった。


 ただ、そうは言っても、その足は震えている。


「はんっ、どんな奴が出てくるかと思っていたら、生まれたての小鹿みたいなガキじゃねーか……もうぶるっているのか?お嬢ちゃん、あんたにゃ、この場は荷が重いぜ?」


 別に大舞台に緊張しているわけでも、目の前のいかつい素行の悪そうなスキンヘッドの巨漢男に怯んでいるわけでもない。


 モモエにとっては、そんなことは大した問題ではなかった。


「それではぁーーーこれからぁーーー【咬犬】とぉ【紫雲】の派閥間決闘おぉ先鋒戦をぉーーーはじめまーーーすぅーー。決闘内容はぁーーー『戦闘方式』でぃーー勝敗はぁーーどちらかが意識を失うかぁーー魔力がなくなるかぁーーー降参した場合ですぅーーー!!」


 立会人はお馴染の人物が務めていた。

 今日は透明なマスクをきっちりと装着している。


「では、お待ちかねぃーーー。【咬犬】コーーーナーーー、泣く子も叫ぶぅーーーぶぅとうはぁの3年生ぃーー『重鎧岩じゅうがい』のぉーーアボットォーー!!対するピンクコーナーーー、『桃魔導師』モモエーーイぃーー!!それではぁ決闘開始ぃーー!」


 アナウンスされたモモエの新たな称号と気合の入り過ぎた立会人の合図に周囲が少なからずどよめく中、モモエは冷静に対戦相手であるアボットを見つめていた。


「はんっ、赤だろうが桃だろうが『色付き』は『色付き』だろうがよっ!ほらっ、いっちょ行くぜっ!?」


 アボットは両手に魔力を込めると、岩の猪を作り出した。


「せいぜい、楽しませてくれよっ!?お嬢ちゃんっ!!」


 来るっ……!


 アボットの下卑た笑みに目を向けることなく、モモエは自身の手に意識を集中させる。


「はっ、いくら対抗しようとしても無駄だ。格の差ってもんを見せてやんよっ」


 アボットの放った岩猪が風魔法の助力を受けてモモエに向かって一直線に突進をし始める。


「『ハイウォーター』」


 モモエは水魔法のハイ級(中級)である『ハイウォーター』を唱えた。


 明らかに分が悪い。


 観衆の誰もがそう思っただろう。


 事実、モモエから放たれた一筋の水の線は、岩猪の突進を受けて、あっという間に飛散していく。


「ふんっ、決まったな」


「はあっ!!」


「何っ?」


 会場の多くがアボットと同じ感想を持ったその時、飛散したはずの水の線はまるで回復魔法を受けて元気になったかのように同じ勢いで岩猪に当たり続けた。


『重鎧岩』のアボットの技が、石で成形した獣を、風魔法を用いて飛ばしてくるものであることは分かっていた。


 事前の派閥メンバー内のミーティングで、ノーウェの持つ分厚い奇妙なマスボによって対戦相手である【咬犬】のメンバーの技はある程度見破られていたからだ。


 モモエたち決闘の参加者は、対戦相手の戦法を頭の中に叩き込み、魔物相手に何度もイメージトレーニングを重ねてこの大舞台に挑んでいる。


 足が震えていたのは、決してこの決闘に怯んだからではない。


 加えて、モモエにはなぜか自分の先鋒戦の相手が正面で突進し続けている岩猪の主人であるアボットであることが分かっていた……いや、なぜかそう予期していた。


 これは、この第1決闘の戦略会議時に用いられた、ノーウェの所有する分厚いマスボの力ではない。


 主人を見失った分厚いサイズのマスボは戸惑いながらも、レミの操作によって派閥のメンバーたちにいくつもの立体映像を提供してくれた。


 だが、そんな優秀なマスボであっても、未来を描くなどということはできない。


 それは……彼女自身が所持する、学園で支給されるマスボの中で最も安価な量産型タイプの画面が見せてくれた効能であった。


 ひょっとして……


 ひとつの推測が浮かび上がったが、モモエはその推理をそれ以上進めることを止めた。


 ……そう信じるだけで十分救われたからだ。


「な、なぜだぁっ!?『色付き』のガキがっ?」


 少々狼狽えるアボット。

 その驚きの表情がモモエの瞳にはっきりと映る。

 突進をしていた大きな石塊が、突如爆散したからだ。


「うがぁっ、俺の猪がぁっ!!」


「『サステイン-ハイファイア』」


 間髪入れず、今度は炎が渦を作りながらモモエの手から放たれ、螺旋状の炎となってアボットの元へと一直線に向かう。


「くっ、『重凱じゅうがい』」


 たまらず、アボットは岩の塊によって自身の身を固めた。

 頭の中は、まだ混乱の最中であるが、魔導師としての彼の経験が予想外の反撃からその身を守る。


 冷静になれ……

 相手は所詮中級の魔法使い……


 そう思ったのもほんのつかの間、アボットは、今度は防御をし続けていることに耐えられなくなった。

 岩の鎧に守られた彼を炎の渦が攻撃し続け、外側から襲い掛かる熱に彼自身が耐え切れなくなったからだ。


「ぐはぁっ!!」


 たまらず、鎧にしていた岩を今度は壁に作り変え、後ろに退避するアボット。


「何だっ!?お前は?ただの『色付き』だろうがよぉっ!!」


 破れかぶれにいくつかの小さい石の獣を放つアボット。

 石でできた兔、狸、野犬の3体がモモエに向かって行く。


「『サステイン-ウオーター』」


 モモエは思い返していた。

 この2週間、帝都近くの森で突進する魔獣(獣系の魔物)相手に魔法を駆使して倒した時のことを。

 丁寧に、1体ずつ水魔法の水圧によって押し返す。

 冷静に、冷静に押し返す。


 石の魔法攻撃は当たると痛いだろうが、牙や鋭い歯を持った魔物ほどではない。


 回復魔法を掛け続けていたあの頃のように、例え弱い攻撃魔法であっても、当て続けていれば活路はある。


 自身の攻撃手段の乏しさに悩んでいたモモエであったが、何10回目かの魔物との対峙でそのことに気付いた。


 - うん。俺はそう考えている。だから、他の人と違う方法で魔法を使ってみたいと思っているし、その効果を試すのが何よりも楽しいんだ -


 目から鱗だった。


 モモエは気づいた。

 自分の魔法の特性に……


 魔法を「持続」させる力。

 それが彼女の魔法の「特性」として、荒ぶる魔獣の突進を阻んでいる。


 そして、彼女はほんのわずかだが垣間見ることができた。

 そこから先に広がる無限の可能性に……


 ただの初級水魔法であった『ウォーター』が強力な土(石)魔法を凌駕する。


 モモエは、兔、狸、野犬の石獣を足止めしながら無力化する。


 だが、その時……


 ガンッ……!!


 拳よりも小さい程度の石の破片が額を直撃し、モモエは思わず膝をついた。


「おいっ!卑怯だぞ!!」

「そうよっ!卑怯者!!」


 モモエはじわじわと右目の上側から広がる熱さとどくどくと流れる何かに戸惑った。


……血だ。


 後方から聞こえる抗議の声はおそらく味方のメンバー。

 自分はいったい何をされたのだろうと困惑する。


「卑怯?何の話だ?俺は、足元の瓦礫を除けただけだぜ?運悪く前にいたお嬢ちゃんに当たっちまったようだがなあ……こいつは俺の土魔法の『特性』なんだ。俺の魔法で造った岩は散らばりやすいんだよ。周囲の床をこうやって瓦礫で支配する程度には、な!?」


 別の声が聞こえる方を見て、ようやく彼女は理解した。

『重鎧岩』のアボットの足元には瓦礫がいくつも転がっており、その足は岩の塊を纏って強化している。

 おそらく彼は、とっさにその場でいくつも割れやすい岩を作り、それを闘技場の床に散りばめたあとで、瓦礫のひとつをこちらに蹴り飛ばしたのだろう。


「それに、この決闘に特にルールはねえ。運悪く瓦礫が頭に当たったり、足に刺さったりしてもそれは自己責任だろうがよっ」


 モモエの状態を観察するかのようにゆっくりと近づくアボットがそう嘯く。


 それは彼の言うとおりだ。

 この決闘方法を最終的に決めたのは決闘当事者のモモエとアボットの当人同士である。

 自由度の高い決闘は、それだけ危険やグレーゾーンとの隣り合わせだ。


 よく見ると、周囲に散らばっている瓦礫はそのどれもが鋭利だ。

 退路は完全にふさがれている。

 石でできた靴ならばともかく、薄手の皮で造られたモモエの靴では軽く貫通して傷を負ってしまうだろう。


「ははっ、少し焦ったがどうやら形勢逆転のようだなっ!!」


 アボットは自身の勝ちを確信したかのように高笑い、巨大な岩の猪を作り出した。

 そして、それを風魔法で飛ばすかと思いきや、その前にまず目の前に散らばる瓦礫を勢いよく蹴り飛ばしてから、大岩猪を放った。


「『称号』は格の差じゃねえ、才能の差だ!諦めな!!」


 才能の差とは何だろうか?

 モモエにはよく分からなかった。


 この学園に来てから、エリートの貴族学生に負け続けたことで伏し目がちにはなったけれど、それは他の魔導師との才能の差を感じてのものではなかった。


 -人と違うなら、その違いを楽しむ方がより楽しく生きれるって思わない?-


 もう一度、その大事な言葉を思い返し、噛みしめて立ち上がる。


「『エヴァネス』」


 ……

 …………

 ………………魔法使いの可能性は無限だ。


 そこに差はない。誰もが平等……


 だが、そこから閃きを得る者はごく限られる。

 その恩恵を得られる者は、何度も繰り返し自身の魔法に向き合い続けたものだけだ。


 モモエの放った見えない魔法は、アボットが蹴り飛ばした瓦礫の散弾を空中で砂粒へと瓦解させ、風魔法によって放たれた大岩猪の動きを完全に止め、そのまま地面へと崩落させた。


「な、何が起こった!?」


「『サステイン-ハイファイア』」


 再びの形勢逆転。

 モモエの両手から炎の渦が起こり、焦り顔のアボットの元への炎の螺旋が再び向かう。


 アボットの魔導師としての経験は、今回は機能しなかった。


 代わりに、本能が働き、彼はその顔前に両手をクロスさせて置くことで自身の急所を守ろうとし、また、目を瞑ってその後に起こる出来事から逃避しようとした。


 ……

 …………

 ………………???



「そこまでぃ!!勝者【咬犬】のアボットぉーーー」


 炎の螺旋らせんは到達せず、代わりに鼓膜を破壊せんばかりの大声がその耳元に届いた。


 アボットが恐る恐る両手の十字を解くと……


 その先には、魔力を使い果たし、立ったまま意識を失って、透明マスクの立会人にその身体を支えられている桃色髪の魔導師の姿があった。


【紫雲】にとっては手痛い黒星……


 ……だが、それは『桃魔導師』のモモエにとっては自分の足でしっかりと立ち上がり、踏みしめる確かな第一歩であった。


 第1決闘【紫雲】VS【咬犬】

 <団体戦>


 先鋒戦 勝者【咬犬】メンバー『重鎧岩』のアボット


【紫雲】0勝1敗 VS 【咬犬】1勝0敗


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


モモエ……無念!

でも、きっとこの経験は彼女の今後に生きるはず!

次回は、あのコンビの出番です!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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