2-14『ブルートの憂鬱』
ブルート=フェスタは小心者だ。
育ちは良い。
ウィルヘルム帝国の子爵家を代々務める名門フェスタ家に生まれた時点で、他のあらゆる人間よりも恵まれた環境にある。
そして、彼は他人が羨む魔法使いの『称号』持ちだ。
貴族家の生まれで称号持ち……この時点で将来は約束されたようなものだ。
仮に、ブルートが長男であったり、家に唯一の子息であったりしたのならば、彼は順風満帆な幼少期を送ることができていたのかもしれない。
だが、彼の心は縮こまった。
その要因は、第一に兄姉たちの存在。
魔法使いの名門として帝国内に名を馳せていた彼の生家は、代々の魔法使いとしての資質を受け継ぐ者が多く生まれ、当主の後継者争いはし烈であった。
そして、第二の要因として、彼は称号にこそ恵まれたものの、その素質を開花させることにおいて、他の兄姉たちよりも数段遅れをとっていた。
ブルートの称号は『水豪』。
2文字の称号は、その名に関連する属性魔法のエクス級(開花後)を1つ、それとは別の属性のグラン級を2つ、最終的には取得できると言われている。一般的には。
幼少期から魔法の訓練に打ち込むことでその素質が徐々に開花していき、グラン級の主要属性とハイ級の付随属性を覚え、主要属性がエクス級になり、付随属性もグラン級に、といった具合に成長を見せるものだが、ブルートは長年『水属性』の魔法しか修得することができずにいた。
不思議なことに、魔力量の調節や魔法の形状変化は得意ではあったが……
1つの刃しか持たない武器は、3つの刃を持つ武器に劣る。
ブルートが一本槍であるのに対し、兄姉たちはいわば三叉のトライデント。
幼い頃から幾度も行った兄姉たちとの魔法訓練と称した疑似決闘において、ブルートは負けに負けた。
どれだけ彼が工夫を凝らした魔法を放っても、兄姉たちはそれを上回る魔法と、弱点となる属性魔法で以て反撃する。手札において相手の方が勝り、経験においても大きな差がある以上、一本槍のブルートに勝ち目はない。
毎日、毎日、負け続けた上に、疑似決闘後の食事の際に好きなおかずを持っていかれ、嫌いな野菜をたんまりと皿に載せられる。
これで卑屈になるなという方が無理であろう。
こうして、ブルートという少年にとって、魔法に真摯に向き合い続けながらも、その性格をとことん捻じ曲げていく日々が続いた。
他人がこの状況を見ればきっと、よく魔法の訓練を続けられたな、と思うことだろう。
だが、ブルートからすれば、それは愚問である。
……彼には、魔法しかなかったのだから。
そんな彼に転機が訪れたのは念願の『プラハ魔法学園』に入学したとき。
正確に言うと、入学してすぐに2度、転機が訪れた。
1度目は、従者もつけずに1人で学園の門をくぐり、入寮したとき。
学園の新入生には猛者も紛れ込んではいたが、ブルートのように幼い頃から訓練をし続けているエリートは相対的に見て少ない方であった。
彼ははっちゃけた。はっちゃけにはっちゃけてしまった……
『白魔導師』『黒魔導師』『赤魔導師』といった『色付き』の学生と戦えば、自分でも決闘に勝つことができる。
かくして、彼は『色付き』の卵たちを狙うことで、華々しいデビューを飾った。
まさに学園デビュー。
好きな肉や魚をこれでもかと食える。
嫌いな野菜なんて食べなくてもいい。
ようこそ学園へ。
遊ぼうよパラダイス。
はっちゃけよう。
はしゃごうよパラダイス。
まさに、この世の春だった……
だが、残念ながら、ブルートの春はそう長くは続かなかった。
時間にしておよそ2週間。桜の咲き頃と大差ない期間。
彼は、たまたま学門の近くを歩き、大好きなヤキソバまんでも買おうかと思っていた時に、ふと面妖なローブを着た学生が学園の教師と話をしている所を目撃し、ほんの出来心をムラムラと起こしてしまった。
それが、あの紫ローブを羽織った悪魔との邂逅であった。
ブルートは、決闘に敗北(実質的に)し、耐え難い屈辱を受け、ただでさえ小さいその臆病心をこれでもかというぐらいにギュッと締め上げられたのだった。
前置きが長くなってしまったが、それが現在の彼の置かれた状況である。
そして、ノミの心臓持ちの小心者ブルート=フェスタは、現在、さる公爵令嬢が以前使用していた豪華な寮部屋にふさわしい大テーブルの主人席(上座)に座っている。
それを取り囲むのは、彼と同じ派閥のメンバーである総勢18名。
その多くが、以前、彼が決闘で負かした相手である。
着座している所属メンバーの内、リバー、レミ、モモエを除く全員が、『色付き』であったがために、ブルートに決闘を吹っ掛けられ、敗北した者たちなのである。
一見すると、ブルートは貴族らしく居丈高に振舞えばいいではないかと思うだろう。
一度は決闘で負かした相手であるし、18人という人数にしても、彼の実家であるフェスタ家の使用人よりも少ない数だ。
だが、彼の心は今、縮みに縮み上がっている。そんなことは絶対にできない。
普段座っているロッキングチェアとは数メートルも離れていないのに、何と座り心地の悪い椅子なのだろうか。
こんな時、救いの手を差し伸べてくれそうな人物……派閥の参謀役リバーは無表情。
貴族の生まれよろしく、ブルートは商会出の人間である彼のことを初めは下に見ていたが、人を指揮することの経験の絶対値が大きく違うということをこの数週間でまざまざと見せつけられた。
認めたくはないが、リバーは自分よりも何歩も先を行っている人間だと感じている。
そして、もう1人の認めたくない男。彼をこんな境遇に追い込んだ張本人であるこの部屋の所有者である男は、今この場にいない……
◇回想◇
「え、俺?お前から話してくれないのか?」
「それだとブルートがあいつらと向き合ったことにはならないだろう?俺を介しても、俺がその場にいても、俺という存在が後ろにいるブルートが彼らと対峙したにすぎない。」
「そ、それはそうだが……」
ブルートをここまで追い込んでいる元凶『紫魔導師』のノーウェは、あろうことか、大事な派閥間決闘3連戦の第1決闘のメンバー選考と戦略を彼に丸投げした。
なぜ、そんなことを急に言い出すのか、ブルートには全く理解できない。
だが、ブルートは馬鹿ではない。
いや、彼にとってこの学園で数少ない友人といえるノーウェやリバーからはおそらくかなりの馬鹿だと思われているが、ブルートは思考によって明確な答えを導き出すことは苦手だが、より本能的な直感によってその思惑をしっかりと感じ取っていた。
ノーウェという男は、決して意味もなくそんなことを言い出す男ではない。
リバーという男もまた、戦略的に間違った行動を取ろうとするリーダーの行動を正さずに黙認する男ではない。
短い間ではあるが、彼らとの間に芽生えた一種の信頼が、今、却ってブルートの肩に重く伸し掛かり始めていた。
「自分の派閥を作ろうとしていたブルートと今のブルートは同じなのか?」
「そ、それは……」
真っすぐにブルートを見つめる紫の瞳。
ブルートは、声を大にして「違う」と言いたかった。
だが、まだ躊躇いがある。ちんけなプライドと言い換えてもいい。
「まあ、ブルートもこの2週間『ヤキソバまん係』をしていたんだ。下に付く人間の気持ちが少しはわかるんじゃないか?」
「だ、だが俺は貴族だ……」
「俺は元村人だ!知らんけど」
「っ!!」
「あ、あと、『ヤキソバまん』係は未来永劫だからよろしく!案内係はお役御免でいいよってことで、俺は出掛けるわ。あと、頼むな!?」
「おっ、おいっ!!」
◇回想終了◇
頼みの綱がない中、いくつもの不信の眼が刺すように彼に注目する中、小心者のブルートにできることはたった1つしかなかった。
それは胸を手でギュッと絞り、腹を決めること。
「頼む!決闘のこと、それと、これまでのことは心から詫びる。だから、どうか皆の力を貸してくれ!!」
「「「「「っ!!!」」」」」
そして、ブルートはテーブルに額が付くほどに頭を下げた。
いや、勢い余ってゴーンと鐘が鳴った。
土下座、とまではいかなくとも、その光景は十二分に異様である。
ブルートを取り囲む面々は、ごく一部を除いて平民なのだから、頭を下げた彼とは身分が違う。
公爵家令嬢の元寮室内という閉鎖的な環境であったから人目に触れることはないが、前代未聞の光景であることは間違いない。
決闘が文化、魔法使いとしての実力がすべての学園の文化であっても、同じ目線になることはあっても、身分を逆転することは早々ない。
「はっ!どうせ、ノーウェに言われたからそうするんだろ?」
大工屋の息子『黒魔導師』カーティスが額に黒いバンダナを巻きながら応戦した。
「いや、あいつからは『すべて任せる』といわれた。だから、これは俺の判断だ」
「ふんっ、どうだか……」
「貴族の子息として頭を下げるということ?」
実家の爵位は違うが、同じ貴族の末席の出であるディリカが尋ねた。
「いや、【紫雲】の『副長』として、そして魔導師のブルートとしてだ。俺は貴族だからではなく、一己の魔導師としてこの派閥を大きくする力になりたい。だから俺はもっと強くなるし、他の派閥との決闘にも勝ちたい。だから、皆もこの派閥の力になってくれ!」
「あんたに頼まれなくてもなるわよっ!!」
「そうだ」「そうだ」
ディリカはそう言って一度勢いよく立ち上がると、腕を組みながら憮然とした表情で再び着席した。
ブルートの思いがけない謝罪に対し、驚く者、未だ疑いの目を向ける者、微笑む者様々ではあったが、少なくとも彼が額をテーブルにくっつける前に比べ、敵意の視線は減りつつあった。
半信半疑といったところであろう。
場はざわめき出すも、1人の男がすっと手を挙げると静かになった。
「……では、貴方は『副長』としてリーダーのノーウェ様が不在の折は、その全責任を負う覚悟がおありなのですね?」
リバーはそう言うとただ微笑んだ。
「……ある!……だが、正直、俺はあいつの代わりになる自信はない……」
「頼りねえな……」
メンバーの誰かが呟いた。
「それでも、俺はこの『副長』の座に今は居座るっ!!」
「「「「「は???」」」」」
再び喧噪に包まれる大テーブル。
ブルートは、なぜこの言葉が口を突いて出てのか、自分でもわからなかった。
でも、偽らざる本音であるし、言ってしまったものは仕方ない。
「貴族だからとか、魔法使いの家系とかだからではなく、俺はお前たちの中の誰よりも魔法と向き合ってきた。俺にはその自負がある!ノーウェには負けたが、お前たちの誰にも負けるつもりはないし、いずれノーウェにも勝つ!だから、今はあいつの2番手のポジションは誰にも譲らん!俺はここを梃でも動かんぞ!!」
ブルートはそう言うと、がばっと起き上がり、椅子に座したまま背筋をぴんと張って腕を組んだ。絶対にこの場を動かないぞ、という気迫。
額のたんこぶはご愛嬌。
「「「「「……」」」」」
「ぷっ、ブルートらしいね。今はノーウェ君の2番手に納まるということは、そのポジションは誰が狙っても構わないということかな?」
レミが悪戯な笑みを浮かべた。
「お、おうっ!いつでも、派閥内決闘で相手になってやる。この場は誰にも譲らん!絶対に譲らんぞっ!」
「聞いたね?みんな、ブルートはいつでも『副長』を賭けて相手になるって!」
おおっ、と歓声が沸く。
失敗したかな、早まったかな、という後悔の念がブルートの胸に去来したが、それでも今の彼には、皆に背を向けて後戻りをする気は毛頭なかった。
「ああ。だから、今回は俺を……魔導師ブルート=フェスタを『副長』と認めて、俺に力を貸してくれ」
ブルートは再び頭を下げた。
だが、今回の礼には卑屈な気持ちはこれっぽっちもない。
ただ、これからの決闘に勝つための魔導師としての矜持があるだけだ。
そんな彼をじっと見つめる男が1人。
赤い帽子のつばの部分を後ろ向きに被る男……ブルートがこの学園に来て初めて決闘で倒した『赤魔導師』ハリー=ウェルズ。
ブルートの暴力的な水魔法に屈した日から、彼は貪欲に魔法の訓練を重ねて来た。
派閥結成の日もノーウェを質問攻めにし、彼が皆に示した『れんぞくま』の可能性に光を見出して、日々、魔物相手に魔法を放っている。
「……分かった」
彼はブルートをひと睨みしたあと、組んだ腕に絡ませた指を何度も動かしながら目を瞑りながら、独り言のように呟いた。
「俺はお前を認める……悔しいが……お前も俺らと同じ悔しさを味わったんだろう?」
「……ああ」
「じゃあ、お前のあの時の言葉は水に流してやる」
「お前……」
「まあ、俺が今度決闘でお前を負かして『副長』の座を奪ったあと、同じことを言ってやるからよ!?」
「お、お前!?」
全然水に流してないじゃないか、とブルートはツッコミたかったが、それは叶わなかった。
場がドッと沸いたからだ。
それでも、皆の胸の中に小さく残っていたわだかまりは、このやり取りを経てきれいにどこかに流されていったのだろう。
皆、どこかほっとしたように笑顔を作り合っていたのだから。
「それでは、そろそろ決闘のメンバー選定に入るとしましょうかね」
「お、おう……!」
こうして、いくらかの葛藤と禊を経て、ブルート=フェスタは自身と彼に力を貸すメンバーたちの初陣の場に赴くこととなった。
それは、のちに「不撓不屈の大魔導師」と帝国中にその名を轟かす男の小さな、それでいて確かな第一歩であった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
元ネタは某お笑いグランプリの敗退時の某コンビのやり取りです。笑
次回、いよいよ派閥間決闘開幕。初戦に臨むのは……?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




