2-13『ある教師の呟き其の3』
クローニ=ハーゲル……ここは誰?……
クローニ=ハーゲル……私はどこ?……
おっと……!
ちょっと現実逃避していたね。
私はどこで何をしていたのだろう……
おお、そうだ。
いやはや、入学式が始まってからの2週間。
それは、それはもう怒涛の日々だったよ。
私は学年教務主任だからあまり教鞭をとることはない。
だから、授業に関してはさほど忙しくないのだけれどね。
じゃあ、何にそんなに忙殺されていたのだって?
私の今学期の学年教務主任としての仕事は、第1学年の派閥と学生ひとりひとりの状況確認が主な仕事なんだよ。今年から特に。
ねえ?
1学年につき学生ってどれぐらいいるか知っているかい?
400人以上だよ!?
ちょっと多すぎると思わない?
そりゃあ、帝国のみならずこの大陸中の称号持ちを掻き集めているからそれぐらいの規模にはなるだろうけどさ?
その全員を把握しろ、だなんて、いくらなんでも無茶振りが過ぎるってものだと思わない?
それもこれも、入学式後に行われたあの「職員会議」が原因なんだ。
あの会議で、第2学年首席であるクレハ=エジウスが『マーロック遺跡ダンジョン』の攻略を研究テーマにしていることが発覚し、かの地を「禁足地」と定めている『理の賢者』と呼ばれるこの学園の学園長ソフィー=エスメラルダ女史が烈火の如く怒ってね。
場が一瞬で凍り付いたよ。
いや、比喩表現ではなく、実際にね。
「烈火の如く」怒ったのに「場が凍りつく」なんておかしいと思うだろう?
でも、そう表現するしかない状況だったのだな。
◇
「第3学年主任モーリッツ。貴方は何かご存じでしたか?」
「い、いいえ」
「では、第2学年主任イトヤ。貴方は?」
「んにゃ……」
「そうですか……では、第1学年主任クローニ。貴方はいかがでしょう」
「い、いえ」
「……フザケンナ!?」
カチーーーン……
◇
そのときの状況を実況解説するとこんな感じだったね。
まさか、彼女の3度目ブチギレルールが「学年教務主任」を一括りにして適用されるとは思わないじゃん?
分かり合えた振りしたってさ?
私たちそれぞれ違った個体だからさ?
1つにしないでよ……
だから、私に非はないのだよ。
……いや、大いにあるけど。
職員室は一瞬にして凍り付いたよ。
職員一同で魔法を駆使して現場を解凍し、彼女が冷静になるまでの間に、何とか現状復帰を果たしました。
こうして、彼女の逆鱗に触れた我々教員たちは、身体中にまだ水が滴る中、重い罰を受けることを言い渡されたんだ。
とりわけ、彼女の行動を許可し、情報を与えた我々学年教務主任は学園長から机の上でそびえ立つ塔ができるほどの書類仕事を課せられたよ。
それが担当する学年の生徒と所属する派閥の動向の把握。
まあ、クレハ殿に村の存在を教えた私と、村への調査を許可したクソババアは一切の弁解のしようがないけども、モーリッツに関しては直接クレハ殿の件にはかかわっていないから、若干とばっちり臭かったけどね。
けど、彼女の虫の居所という意味ではその前段階で苛つかせた彼にも大いに非があるから甘んじて受け入れるべきだったと思うよ。
ましてや、私やクソババアと違って彼には多くの取り巻きがいるのだから、彼らにいくらか仕事を振ればいいじゃん!?と思うのだよね。
ところが、彼は憐れにもむなしい抵抗、というか口答えをしてしまった。
「え、私も?」と……
口は災いの元。沈黙は金。
せっかく凍り付いた場がどうにか溶けた職員室に、今度は暴風が吹き荒れたんだ。
勘弁してよ。
書類が桜吹雪のように宙を舞ったよ。
入学シーズンだから見慣れた光景だよね。
私は、ここでも遠い目をして、現実逃避をすることにしていたのだよ。
「学年主任の仕事というものは担当する学年の生徒の動向を把握するものでしょう?教務主任の仕事はその学生に適切な教育を施す義務がありますね?」
こう言われてしまっては、もはやぐうの音も出ない。
学年の首席3人とも入学式をすっぽかした今の状況では、ね。
こうして、私は仕事に忙殺されることとなりました。
学生の動向の把握というのは、要するに諸々の入力および登録作業と分析作業だね。
学園データベースに、学生のあらゆる情報を入力していく。
入学時点である程度はなされているのだけど、履修授業とか所属派閥とかを追加で登録した上で、ちょっとした分析を行うんだ。進路にも影響するからね。
最終的には生徒本人が決めることだけれど、学園側でも生徒の能力や魔法の志向を分析することで卒業後の進路のサポートをできるようにしておくというわけだよ。
本来ならばこれは事務職員の管轄なんだ。
もちろんそんなことは口に出したりしないさ。
言えば今度はマグマか光の熱線が飛んできかねないからね。
だから、わたしは十日十晩この仕事を黙々とこなしたよ。
事務職員たちはこの学園長の御沙汰にきっと狂喜乱舞していただろうな。
彼らにとって最も負荷の掛かっていた春の仕事が丸々なくなったのだから。
元々、事務職員は手薄な状態だったんだ。
帝都にある政府の主要機関に職業交流という名目で20人以上もの職員が出向させられていたからね。
来秋には戻ってくる予定だから、この負荷はいずれ解消されるだろうとは見込まれていたけども、あの帝国政府のことだからね。必ず戻って来るという保証はないのだな。
それが、今回の決定によって、事務職員たちは、思わぬ形で遅めの春休みを取ることが叶ったんだ。
元教え子のフィッティなんて両手を腰に当ててるんるんとスキップをしていたよ。
……でもね。
そう何もかもうまくいくことはないのだよ。
彼女のスキップは5日と持たなかった。
原因は、彼女が顧問を務める派閥の動向。
彼らはすでにかなりの問題児っぷりを発揮しているのだけれど、入学式後しばらく大人しくしていてくれたと思ったら、またまたとんでもないことをしでかしてくれたのだよ。
いや、これに関しては、彼らに必ずしも非があるとは言えないことなのだけれど、今では彼らの一挙手一投足が学園で生活する多くの者の注目を集めるようになってしまった。
事件内容は、彼らが入学式後に初めて行う「派閥間決闘」
本来、第1学年主体の派閥となれば、そのデビュー戦は慎ましく、ひそやかに行われるものなのだけれど、そこは前代未聞の『紫魔導師』ノーウェ君を要する派閥。
なんと、彼らは1日に3つもの派閥戦を行うことにした。
もっとも、1日に派閥戦を数戦行うことも、そこまで特異なことではないよ。
上位の派閥などは、その地位を築き上げるために連戦に連戦を重ねたわけだしね。
城は決して1日では建たないものだよ。
だから、彼らの1日3回という派閥戦もそのこと自体は特段珍しいことではないんだ。
問題はその派閥戦が行われる場所とその相手だよ。
派閥戦が行われる場所は『ハイリゲンアリーナ』
今は亡き、かつて「冒険者の楽園」と呼ばれていた『ハイリゲンの街』の名所、伝説の闘技場『ハイリゲンジム』にあやかって付けられたこのアリーナは、学園にある屋内決闘場で最も巨大な建物であり、その収容人数は軽く1万人を超える。
いくらリーダーが学年1位だからといって、結成したての派閥がおいそれと使える規模の闘技場ではないのだよ。
この闘技場は半年先まで予約が埋まっている状態であるし、学園内外のの公式行事だって行われる場所なんだ。
そんな場所で、しかも人が一番集まる祭日前の夕方の時間帯に学生ランク40位~60位台のチームの試合がメイン興行として組まれるなんて異例中の異例なのだよ。
マスボに告知されている決闘プログラムを見るとだね……
第1決闘 【紫雲】 VS 【咬犬】
<団体戦>
先鋒戦 1対1 戦闘方式
次鋒戦 2対2 戦闘方式
中堅戦 4対4 戦闘方式
副将戦 1対1 戦闘方式
大将戦 1対1 戦闘方式
第2決闘 【紫雲】 VS 【魔転牢】
<集団戦>(結界破壊探索方式(通称<ROOM>)
競技人数 11対11
第3決闘 【紫雲】 VS 【愛愛風華】
<代表戦> ノーウェ=ホーム 対 ホルス=ムートック
<興行開催支援:ソナタ商会>
私は、この興行の裏にはノーウェ君の派閥で参謀的な役割を担っているリバー君の画策があったのでは?と思ったよ。初めは、ね。
けれど、対戦相手となっている派閥の面々を見て、その考えを改めた。
これは【紫雲】という新興の派閥の周囲に張り巡らされた、大きな、大きな陰謀の蜘蛛の巣なのだよ。
鍵となるのは第2決闘の相手である【魔転牢】という派閥。
彼らは大派閥【波逢亭】という商業特化派閥の傘下に位置する頭脳派集団だ。
【波逢亭】の意を受けて、敵対的な派閥に決闘を仕掛ける所までは、他の大派閥傘下の派閥の行動と変わらないが、彼らは、巧妙に罠を仕掛け、相手の派閥の情報を徹底的に調べ上げた上で自分たちの有利なフィールドに引きずり込んでいく。
まさに蜘蛛の巣だね。
そして、第2試合に行われる「結界破壊探索方式<ROOM>」は知略によって相手を翻弄する派閥、【魔転牢】にとって最も得意なフィールドだよ。
決闘条件がどのようにして決まり、勝者の権利がどのようになったのかはこの文面だけでは推し量ることはできないけれど、彼らの得意なフィールドに引きずり込んでいる点から見て、この興行を企画したのは、間違いなく【魔転牢】サイド、つまり【波逢亭】の戦略ということになる。
仮に、リバー君が進めたのだとしたら、情報に長けた彼がこのような条件の決闘を企画するはずがないからね。何かのっぴきならない事情があるのだろう。
この視点で見ると、第1試合も違ったものに見えてくる。
オーソドックスに考えれば、【咬犬】が噂の新興派閥に目を付けた、あるいは、どこかの大派閥によって雇われた、と考えられる。その可能性はたしかにあるね。
だが、私はちょっと違った見方をしている。
【咬犬】を雇ったのは、おそらく【魔転牢】だ。
彼らは入念な下調べをしているはずだが、如何せん、ノーウェ君たちの戦い方や思考を把握するには、彼らの戦闘や魔法行使に関する情報が圧倒的に足りていない。
私も入力し終わってないし。
彼らは後回しだからね。
もちろんあらゆる角度から分析はしているのだろう。
彼らは手段を選ばないから、ひょっとしたら戦う前から何らかの策を講じている可能性すらあるよ。それによって、自分たちの勝率を高める努力をしているはずだ。
そして、その策を完璧にするために、彼らは、最終的な情報リソースを第1試合に求めたんだろうと私は推測する。
【紫雲】と【咬犬】との決闘を最後に分析して自身の派閥戦に臨む。
学生ながら見事な手腕だね。【魔転牢】にしても、【波逢亭】にしても。
しかも、興行を成功させる集客面についてもよく考えられていて、第3試合に【愛愛風華】との代表戦を持ってきている。
説明は不要だよね?この派閥。
学生ランク第6位の公爵令嬢ジャネット=リファ殿のことをこよなく愛し、その一方的な偏愛が過ぎるがあまり、学園内に発足したファンクラブからも除名された孤高の魔法使い。侯爵家であるムートック家の嫡男であるホルス君が1人で運営する派閥のことだよ。
他のメンバーは皆、学内の研究所や治療院で働いている学生たち。
つまり、ただの名義貸しだね。一応、どこかに籍だけ入れておくかって感じ。
おそらく、掛け持ちのメンバーもいるだろう。
この学園では、いくつかの条件下であれば、派閥の掛け持ちが認められているからね。
さて、そんなホルス君が現在ジャネット殿から譲り受けた寮部屋で生活する新入生ノーウェ君と戦う。
ジャネット殿のファンにとっては垂涎のマッチメイクだよ。
おそらく観客はどっちも負けて欲しいと心から思っているだろうがね。
はたしてノーウェ君たち【紫雲】はこの難局を乗り越えることができるのでしょうか?
私の元教え子も気が気でないだろう。
どうやら、大商会内の権力闘争に巻き込まれているっぽいし。
それだけでもない気がするし。
私も心配だから、こうしてアリーナまで足を運んだよ。
決して現実逃避がしたかったわけじゃないさ。
帰ってから仕事をする予定もないし、売店で麦泡酒を購入して……
おっ、新作ミートソースパスタまんだって?なかなか旨そうだな。よし、買おう!
ふう、準備は万端です。
第1試合開始まで、まだ30分くらい時間があるね。
プログラムに色々と情報がアップされましたよ。
ぷぷっ、白鼠が立会人に駆り出されているね。
まあ、普段酒の場で迷惑をかけているわけだからフィッティ君の頼みを断れないよね。
あれ?迷惑のかけ度合いだと2人とも変わらないか。
おおっ、婚約者の彼も第3試合の立会人になっているのか。
まあ、相手は一筋縄ではいかない侯爵家だからね。
フィッティ君も色々と頑張っているではないか!?先生、うれしいよ。
15分前になりました。決闘を行う生徒たちが入場します。
ところで競技場に出て来た【紫雲】のメンバーが少ない気がするのはなぜだい?
しかも、一番目立つはずの紫のローブを着た学生がいないよ?
ピローン♪
なになに?
あっ、【冒険者ギルド】からのアラートだね。
生徒の情報把握の一環で、冒険者から逐一連絡を受けているのだよ、先生。
これも増えた仕事のひとつ。
えっ?
『14:30 Bランク冒険者ノーウェ=ホームとその一行。『ハイリゲンの地下洞窟ダンジョン第5層』を踏破。帝都冒険者ギルド本部にAランク認定魔物『バブル斜光クラブ』の部位である巨大ハサミを持ち帰る』
えっ?
どういうこと?
これから決闘だよね?
ノーウェ君、君は一体どこで何をしているんだい?
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
いかん、いかん……クローニ先生視点だとついつい書き過ぎてしまう……笑
クローニ先生はこのまま決闘を観戦するようです。
飲み過ぎには気をつけてね。
次回、ちょっと遡って緊迫の決闘準備会議!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




