2-11『三者三様』
「……というわけで、派閥間決闘に勝利すれば破格の条件で一等地に物件を購入できることになりました」
リバーがマスボを操作しながら淡々と説明する。
「……どういうわけだ?」
俺も同感だ。
珍しくブルートと意見が一致した。
派閥内で話し合ったあと、物件探しの下交渉がリバーに一任されたのだが、彼は学園内にあるという不動産屋から戻って来るや否や、良い物件を見つけたと言ってきた。
いくつかの候補を見つけてくるとの話であったが、物件の候補はすでに一本に絞られており、おまけに、その物件には派閥戦までついていた。
決闘って「おまけ」で付くもんじゃないと思うんだ。
「派閥戦の内容は『集団戦』であり、部屋に置かれた結界を『探索』と『戦闘』によって破壊していく『複合方式』です」
理由を追求する間もなくリバーによる淡々とした説明が再開される。
ブルートは、俺の顔を見て「良いのか?」と目配せをしてくる。
俺は何も言わずただ頷いた。
言葉なしでブルートと意思疎通ができているのかはわからない。
リバーの提案は唐突ではあったものの、結果的には好条件の物件を引っ張ってきてくれたわけだし、一緒についてきた派閥戦もその決闘によって得られる「勝者の権利」がとても良いものに思えた。
いや、良すぎる……といった方が適切か。
さすがに、この条件には誰もが眉に唾を付けるだろう。
「ちょ、ちょっと待て。話の理解がまだ及んでいない……!まず、確認するが、これから、この幹部会で方針を決めるってことだよな!?」
「ええ」
ブルートが慌てた素振りでリバーに質問する。
なかなか良い演技だ。
ごく自然な感じに進行を遅らせた上で、一度状況を整理することができる。
「相手の派閥は?」
「お、おい!いいのかよ!?」
……いや、演技じゃないか、これは。
ブルートは混乱している。
リバーを落ち着かせるのが主眼なのに、お前が慌ててどうする、ブルートよ。
「派閥ランク43位の【魔転牢】です。彼らは、構成メンバーの全員が2年生です。各方式戦において、軒並み平均以上の実績を挙げており、魔法の能力もさることながら、その戦略、戦術において相手を上回り、何度かジャイアントキリングをしています。特にリーダーで『氷狐』の称号を持つガイル=ワイリーという男は、知勇に優れて狡猾な魔導師として有名です……もっとも、優れたチームではあることは間違いないですが、ご覧の通り、このチームは派閥ポイントにおいては我々を少し上回る程度です」
ジャイアントキリングとは、ランクの離れた下位の派閥が派閥戦において上位派閥を倒すことを差す。
「そんなに優秀な派閥がなんでこんなにランクが低いんだ?」
腑に落ちない。
『氷狐』の称号を持つリーダーがそれほど優秀な人物で、統率のとれた派閥なら、ランクももっと上にあって良いはず。
例えば、同じ2年生が最高学年である、ジャネット先輩要する【魔花】は学生ランクにおいて1桁台だ。
「それは、彼らを庇護する派閥の存在があり、派閥戦において獲得したポイントを上納しているからでしょう」
上納?
際どい言葉をさらっと言ったな……
「じょ、上位派閥だとっ!?どこだ?」
「……ランク15位の派閥【波逢亭】です」
「大派閥じゃないかっ!?」
ブルートの顔が途端に青ざめる。何とも分かりやすい男だ。
まあ、彼が焦るのは分かる。
戻って来たリバーが急に開いたこの幹部会。
しかも、レミが不在の間に、だ。
正確に言うと、レミは同じ空間……いや、室内にはいるのだが、俺とブルートが座るソファの前にある大理石製のテーブルの上には『いにんじょう』と書かれた紙が一枚置かれている。
幹部会には出席するが、取り決めに関しては俺たち3人による採決に委ねるということだな。
そして、彼女は今、黒いマインドボックスの中に入っている。日課だからね。
幹部4人の内、3人による意思決定。
かなり性急であり強引な手法だ。
そして、一番の理解者であるレミがいない場での強行採決。
やはり、腑に落ちない。
そもそも、幹部会という体制自体がどうなの?っていう気持ちが俺にはある。
派閥のメンバーに上下を作るみたいで気に食わないのだが、一方で、ブルートやリバーが主張する「誰もが輪の中心となれるわけではない。皆を引っ張っていく役割も必要」と意見も一応理解できるし、顧問であるフィッティ先生(事務員だが顧問は『先生』と呼称が付く)も頷いたので認めるしかない。
……酩酊していた気がするけども。
俺が懸念しているのは「派閥の中にヒエラルキーが生まれて自由な意見が言えなくなること」であり、そのことは皆に率直に伝えた。
彼らを信じていないわけではないが、派閥というものが当たり前な存在になればなるほど組織はそうなっていくものではないのかという疑念が俺にはあるからだ。
まあ、そうなったら、自分は出ていくか、解散すればいいのだけれどね。
彼らは、俺の懸念と意思を聞いて深く頷いてくれた。
ブルートに至っては、胸を叩いて「俺がちゃんと目を光らせているから安心しろ!」と言っていた。
どうか、常に鏡を持ち歩いていて欲しい。
いくら目を光らせていても自分自身は見れないから。
「要するに、【魔転牢】という2年生の派閥の裏に【波逢亭】という大きな派閥の思惑があるってことか……」
俺はリバーとブルートの表情を遠目に見比べた。
リバーは普段と変わらない表情をしている。
分厚い眼鏡に阻まれてはいるが、長い付き合い?の俺には分かる。
ブルートは相変わらず落ち着きのない様子で、今度はリバーの方に向けて目をキョロキョロと動かしている。
なるほど。
ようやく、腑に落ちた。
「【波逢亭】のリーダーの名はサンバ=オンドレア。『水興』という称号を持つ3年生で、彼の父は私の父と同じくオペラ商会の役員で、父同士は仕事上のライバル関係にあります。私とは幼い頃からの間柄で、サンバはその商才と知略によって私を屈服させようと画策しているのでしょう」
聞こうか迷っている間に、リバーの方から核心を話してくれた。
俺は、リバーの顔をじっと見る。
相変わらず変化がなく淡々といった表情だ。
それでいて、顔を背けずにこちらを一点に見据えるその様子からは並々ならぬ決意めいたものを感じる。
これは……あれだ。腹を決めた、というやつだ。
村にいた頃、鍛冶屋のおっちゃんがよく話していた。
男には、一生涯の内のどこかで数回、こうと決めて梃でも動かぬほどに腹を決めなきゃいけないことがあるのだと。
俺は、きっと今その貴重な現場に立ち会っているのだろう。
これは村にいたのではきっと得られなかった経験だ。
腹に一発パンチをキメられた男ならよく見ていたけどね。
村長やその息子のことだ。
そのパンチを受けてから小一時間はその場を動けずにいたな……
俺は、次にブルートの顔をじっと見る。
目の前の男は「え、俺?」と言いたげに人差し指で自分の顔を差しながらあからさまに目を泳がせている。
相変わらずの焦り顔。これは……あれだな。
腹が決まっていないのではなく、単純に肝が座っていない。実にブルートらしい。
この顔を見ていると正直、気が和む。
ひと呼吸置くことができるので、その間に頭の中でこんがらがっていた糸が解れてきれいに整理されていくのだ。
今回、リバーが持ち帰ってきた派閥間決闘は、単に俺たちの派閥の行く末を占う試金石としての価値だけではない。その裏にはもっと大きな何かが蠢いており、それに対峙する1人の男の並々ならぬ決意がある。
それは、目の前の淡々とした表情の男の口から語られたいくつかの情報と、その男の隣にいる焦り顔の男の表情から得られる情報を断片的につなぎ合わせた結果、そのような事情があるのだと推測できる。
「説明の至らぬ点が多々あるかと思いますが、何卒、この件に関する交渉はこの私にお任せいただきたく」
リバーがそう言って俺たちに頭を下げる。
「いいよ」
「おっ、おいっ!!」
「……よろしいのですか?」
リバーが眼鏡越しに目をパチクリさせている……たぶん。
俺はそのレンズに向かって右手の人差し指と中指を立てて「2」を作った。
「ただし、条件が2つある」
「なんでしょう?」
「今後の交渉と【魔転牢】との決闘における戦略はすべてリバーに一任する」
「っ!!」
「ありがとうございます」
「その戦略を練る上で、派閥内の立場や俺たちの関係性に一切気を遣うことはせずに、相手に勝つために最善の策を実行する『駒』として俺とブルートを使ってくれ」
「っ!!……承知致しました……」
驚いた表情のリバーであったが、一考して深々と頭を下げていた。
ブルートも、相変わらず肝は座ってはいないようであったが、唾をひとつゴクリとのみこむと黙って頷いた。
「それで、もうひとつは……」
頭をゆっくりと上げるリバー。
俺は一度ブルートの方を向いてニヤリとしたあと、再びリバーの方を向いて、笑ったまま、じっとその厚い眼鏡の奥に焦点を合わせた。
「もし、この勝負に勝ったら、俺に対して『様』とか敬称で呼ぶのは禁止な。リバーはちょっと他人行儀過ぎるし、あまりに丁寧過ぎて何だかむず痒くなるんだよね。しがない元村人としては」
「……わ、分かりました。それでは、この勝負に勝った暁には『ノーウェ』と呼ばせていただきます。て、丁寧語については性分ですし、商人としての矜持ですので、どうかご容赦ください……」
なんか、これまでで一番たどたどしい喋り方だな。
……まあ、これはこれでいいもんが見れた。
「分かったよ。ほら、せっかくだからブルートも何とか言ってやれ。リバーにばかり、おいしい、かっこいい真似をさせるわけにはいかないよな!?」
「う、うむ。そうだな……」
ブルートが軽く咳ばらいをする。
気の利いたことを言うんだぞ!?
ブルート、お前ならできる!
「もし、この勝負に勝った場合でも、俺のことは引き続き『様』呼びしてくれて構わないぞ!?何てったって俺は子爵家の貴族だからな!?」
「……貴方のことは一度たりとも『様』付けしたことはありませんよ、ブルート。この腐れ貴族がっ!!」
「な、何だと!?」
「あははっ」
「ふふっ」
「ふっ、はははっ!」
こうして俺たちは、レミが箱から出てくるまでの間、大いに笑い合った。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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個人的に、第2章で、いえ、おそらく書いていて今の所一番好きな回です。
次回は、残る2つの決闘内容のお話……
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




