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2-10『商会の思惑』

『ビッグエッグタイマー』……学園内にある商業エリアの中で一番巨大な建造物であり、楕円の、卵を横にしたような形をしているその建物は、その中にレストラン、洋服店、魔道具店、魔法書店、錬金屋、鍛冶屋、アイテムショップなどがいくつもひしめき合っている一大商業施設だ。


 建物に入ると中央に巨大な岩滝を模した噴水型のモニュメントが買い物客を出迎え、その岩滝の真上には、天井から大きな砂時計が吊るされている。


 その砂時計の砂の入ったグラス部分は魔道具の機能を有しており、朝、昼、夕、夜と時間帯によって砂の色を変え、上部分のグラスにあった砂がすべて下部分に落ちたあとは、ひとりでにまた上部へと逆流して戻っていく。


「時は金なり」とは言うけれど、この建物の中で過ごす間は、時間を忘れてゆったりと過ごして欲しい……そんな製作者の想いがこの「魔法の砂時計」には込められている。


 そんな商業施設内で、現在この学園内の新入生の中で最も多忙な人間の1人といっても過言ではない男、リバー=ノセックは学園内の不動産を扱う店舗に赴いていた。


「その条件とご予算の範囲内ということですと、私共がご紹介できる土地や物件はこちらの3件になるかと……」


 目の前に座る男が不安げな表情でマジックボードの画面をリバーに見せる……いや、差し出すという表現が正しいだろうか。


 別にリバーが店員に過度の圧力を掛けているわけではなく、店員の回答も概ねリバーの想定内であったのだが、彼の実家の影響力がこの施設内に行き渡り過ぎているのが、この店員の平身低頭な所作の所以であろう。


 何せ、この『ビッグエッグタイマー』自体が、リバーの一族が役員を務めるソナタ商会が巨額の資金を投じて造った建物なのだから。


「やはり……郊外になりますか……」


 リバーがほんの少し眉間のしわの数を増やしただけで、応対する店員の額から滴り落ちる汗の量が滝のようになる。


 彼の心中を察すれば、今この商談の時間は悠久に感じられることだろう。


「はい……目ぼしい物件はすべて3年生や2年生の派閥が抑えておりますので、5千ポイントでその広さの物件となると、城壁付近か森の中に新しく建てることになるかと」


「ううむ……」


 リバーは唸った。

 郊外、といっても帝都の外というわけはなく、この学園内の端の未開発地。

 学園内でも人のあまり行き交わない場所に派閥専用の家を建てること自体は決して悪い発想ではない。だが、問題はその場所だ。提案された場所はリバーたちが住むマゼンタ寮からはかなり離れた、いや学園の端から端と言ってもいい位置にあった。


 利便性において、使い勝手があまりにも悪すぎるのである。


「あ、あのー」


「なんでしょう?」


「た、例えばですね。ご実家からいくらかの援助をしてもらうというわけにはいかないのでしょうか?それでしたら、中央にもいくつかの候補が見つかるかと」


「それはできませんね。我が派閥の長が絶対に首を縦に振りません」


「そ、そうでしたか……」


 そもそも派閥専用の家を用意しようという話になった理由が、派閥【紫雲】の派閥間決闘のデビュー戦となった【魔花】との一戦によって得たポイントの使い道に困ってのことなのである。


 たった一戦で獲得したポイントにしてはあまりにも多すぎるというのが派閥の長であるノーウェの見解であった。

 これにはリバーも同意せざるを得ない。

 何せ、派閥間決闘の相場は一番獲得ポイントが多くなる「戦闘方式」であっても500~1千ポイントが相場なのだから。


 1回の派閥戦で得るには有り余る量のポイントであればこそ、そんなあぶく銭は一度に使い切ってしまおうというのが、ノーウェの意見であった。


 他のメンバーたちの意見の中には、ポイント貯蓄や派閥メンバーへの割り振りを提案する者もいたが、今回はリバーがノーウェの意見に積極的に賛同し、打開案を出したために、こうして派閥メンバー用の物件を購入することに決まったのが経緯である。


 今回のポイント獲得がひとえにノーウェの実力によって得たものであることは分かっているから、この最終決定に不満を訴える派閥メンバーはいない。


 何より、派閥専用の家がこの時期に手に入るなんて入学当初の彼らからすれば、夢のような出来事に違いなかった。


「ままならぬものですね……」


「も、申し訳ございません……」


「い、いえ。こちらのことです」


 数十個分のキラキラした瞳から来る期待がリバーの脳裏に過ぎり、その背に重く伸し掛かっているため、リバーも店員の顔色を気にしている余裕があまりなかったが、ふと、目の前の男性が青い顔をしているのを見て自身の緊張を解くように努める。


「なんだ、リバーじゃないか」


「て、店長!?」


 ふいに、店の奥から馴染のある声が聞こえてきた。


「……サンバでしたか。息災にしていましたか?」


「ふん、ここの繁盛ぶりを見てのとおりだよ」


「相変わらず目立つヘアースタイルですね」


 赤、青、黄、緑、オレンジと多彩な髪色をした長髪がパイナップルの葉のように頭に生い茂っている。


 相変わらず派手な髪型だ。


 きっと、100人中100人がリバーと同じ感想を抱くだろう。

 髪型だけでなく、衣服も学生服にいろんな装飾を付けており、店の照明に反射してキラキラ光っているので、見ているだけで目がチカチカしてくる。


「お前が地味過ぎるのだ。商人は目立ってなんぼだぞ!?」


 縮こまる男性店員の隣にドカッと座る巨漢の男。


 店員に「店長」と呼ばせ、大きく足を広げて対面のソファの3分の2を占有しているサンバは、リバーと同じソナタ商会の役員を父に持つ幼馴染にしてライバルといった間柄であり、リバーより2つ年上の、第3学年の生徒だ。


 学生という身分でありながら、この店の主人であるかのように彼が振舞っているのは、彼の父の商会における仕事上の管轄がここ帝都や、帝国領内の大都市の不動産の売買であるからだ。帝都にあるこの学園の不動産に関しても当然彼の父の範疇である。


 同じ商会に身を置く者同士ではあるが、リバーの一族は魔道具や食料品の部門を担当しており、不動産や武具を扱う彼らとは、店舗の経営に関する方針が必ずしも一致しているとはいえない。


「おいっ、パシスタ。ボーっとしていないで煎り豆茶でも用意しろ。饅頭も一緒にな」


「は、はいっ」


「お構いなく」


「はっ、遠慮するな。おいっ!」


「は、はいっ!今すぐにっ!」


 学生にアゴで使われる男性職員。


 本当の店長でもないのに店長と呼ばせていたり、飲み物を入れさせたり……

 このアクの強さが如何にも大手商会の人間といったところで、そうであるが故に、同じ商家の人間としてリバーはため息を禁じ得ない。


「どうやら、物件を探しているようだな!?」


「ええ、まあ……」


「濁すな。奥で聞いていた」


 パシスタと呼ばれる男性職員が煎り豆茶を持ってきた。

 リバー側のテーブルにカップを置くその手が震えている。


「何が狙いですか?」


 リバーは、煎り豆茶を淹れてくれたパシスタに一礼して一口(すす)る。

 ひどく苦い。

 一緒に出された甘い饅頭を食べたくなるほどの濃さだ。


「分かっているだろ?俺はお前が欲しい。お前は俺の右腕になれる男だ。卒業前に鍛えてやるからさっさと俺の派閥に入れ。行く行くは俺の派閥の後継者にしてやる」


「これはまた、酔狂なことを……いつもの気まぐれですか?」


「おいっ。人をあちらこちらに気の行くような浮ついた男のように語るなよ」


 リバーは、目線をカップからサンバの顔の上に移した。

 派手に取っ散らかった虹色のボサボサ髪をしておきながら、この男はいったい何を言っているのだろうかとリバーは思った。


 髪型だけでなく、普段の生活においてもこの男はとかく派手だ。


 晴れた日にはその筋骨隆々の肉体を惜しげもなく日にさらし、雨の日には輝く撥水コートを胸出しをしながら着込み、常時、その周囲に女学生を侍らせて遊んでいる。毎日がお祭りのような男だ。


 普段は静かな部屋で読書をするのが趣味のリバーとは根本から相いれない。


 もっとも、仕事においては趣味や性格は重要ではないのであるが、それ以上に彼とリバーの間には、その生き方や目標において大きな隔たりが存在していた。


「以前にも話したでしょう。私が貴方の派閥に入ることはありません」


「ふんっ。まだ青臭いことを言っているのか?いいか!?派閥というものは大樹だ。木の幹が太くなればなるほどそこには色んな者が集まる。皆が太陽に向かって伸びようとしているわけではない。宿り木にする鳥もいれば、甘い汁を啜るために集まる虫もいるのだ。そいつらと上手くやっていくのが派閥の領袖の役目なのだぞ!?」


「……甘い汁ですか……」


 リバーは煎り豆茶をもう一口飲んだ。

 隣に置かれている甘い饅頭には、絶対に手は付けまいと心に誓いつつ。


「ふんっ、強情な奴だ。そんなに己の意志を貫きたいのであれば、どうだ?それならばいっそこの俺と勝負しようではないか?」


「勝負……とは?」


「俺の息がかかった派閥とお前が所属する派閥とで派閥戦を行う。もちろん、お前達は注目の派閥とはいえまだ新入生の集まりだ。こちらも手ごろな相手を用意してやる。あくまでも()()に関してはな。勝者の権利としてお前たちが勝てばこの学園の一等地にそれなりの物件を俺が用意してやろう。どうだ?」


「私の一存では決められませんが……それで?そちらの勝者の権利は?」


「表向きは派閥ポイントだ。お前がさっき言っていた家の価格上限の5千ポイントが適切だろうな。裏向きは……わかっているだろう?」


「……私の移籍というわけですか……」


 リバーは、一考する。


 目の前の男は生まれながらの商人だ。

 今もその辣腕ぶりを帝都で発揮している父の資質を受け継ぎ、この学園でもすでに成功者としてその名を轟かせている。


 商人という生き物は何を置いてもまず利益というものを第一に考える。

 二者択一の選択を提案する場合も必ずどちらに事が転んでもよくなる方策を考えるものである。


 サンバの提案は、表向きには派閥戦を仕掛けてリバーを自身の派閥に引き入れようとするものであるが、仮に【紫雲】がその派閥戦を受け入れて勝利したとしても、彼にとって今後の布石となる一手なのだろう。


 その裏の裏にあるものは何なのか?


「どうする?別に諦めて森の中で掘っ立て小屋を建ててもらってもいいんだぞ?」


 余裕綽々(しゃくしゃく)のサンバ。


「まあ、饅頭でも食って、ゆっくり考えてみろよ」


 そう言って、大口を開け、自分用に出された饅頭を丸ごと放り込む。


 それもそうだろう。

 目の前の派手髪の男は、この状況を楽しんでいる。


「はぁ……本来ならば、一度話を持ち帰って確認を取らなければいけないのですが……」


 リバーは、制服の胸元から一枚の絹の布を取り出すと、愛用の眼鏡を外し、煎り豆茶から上る湯気によってやや曇ったそのレンズを丁寧に拭き始めた。


「特売として売り出された喧嘩は買わないと商人の沽券に関わりますね」


 今回の商談は、リバーにとってはハイリスクハイリターンだ。

 

 勝てば、学園内の一等地にある物件を手に入れることができる。

 たしかに利益は大きい。


 だが、負ければ【紫雲】にとってはともかく、リバーにとっては彼の抱く志から大きく遠回りすることになってしまう。


 商人であれば、いや、もっというと普段の彼であれば決して首を縦に振ることはない提案であったであろう。


 ……だが……


「ふっ!……わーはっは!その目だよ!?俺が欲しいのは、その誰よりもギラついたその目をしたお前だ!詳細はあとでお前のマスボに送る。はははっ、お前は絶対に俺のものにしてやるからな!?」


「その決断……きっと高くつきますよ!?」


 リバーはすっかり綺麗に磨かれた眼鏡をそっと掛け直すと、自称店長の巨漢の男と男性店員に丁寧にお辞儀をしてその場をあとにした。


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


リバーは冷静なだけじゃないんです!


その胸の内は誰よりも熱い……


次回、リバーの決断を聞いた親友たちの答えは……!?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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