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2-6『モモエの称号』

「いやー、あの時のクソガキがこんなに大きくなっているとはねえ。元気にしてた?」


 厳かさが吹き飛んだ……一瞬にして。


 目の前のシスターはいきなりくつろぎ始めて煎餅をバリバリかじって、お茶を(すす)っている。

 懐かしさ1分、会いたくなさ9割9分……煎餅、帝都にもあるのかよ。

 村の特産だと思っていた……世界は広いな。


 まあ、もうここに来ることはない(とたった今、神に誓った)ので、さっさと用件だけを済ませることにしよう。


「しかも、こんな夕暮れに女の子を連れてデートとは、あんたもやるねえ」


 うざいな、この生臭シスター。

 もう少し世俗から離れた振る舞いってやつをしてもらえんかね?


「いや、彼女は派閥の仲間だ」


「ほほー。派閥ってことはあんた、プラハ学園に入学したんか!?あの村長もあれでなかなか男気があるじゃないか」


「あ、いや、背中を強く押してくれたのは奥さん……」


 俺の背中をというより渋る村長の背中を、ね……強く蹴っていた。


「あ、そういうことね。納得!!」


 わっはっはと豪快に笑うシスター。

 大聖堂が井戸端に様変わりしているな。


「あ、あのー。2人はお知り合いなのですか?」


「ああ。こいつは、私が赴任した村にいたクソガキでね。辺境の地の寂れた礼拝堂にやって来て心細くしていた私を『左遷、左遷』と言ってなじってきやがったクソガキなんだ」


「おや?記憶喪失ですかね?それとも生臭が過ぎて悪魔でも憑りついているのかな?そんなお淑やかな女性が俺のいた村に来たことはないはずなんだけど……」


「今度、村に遊びに行こうかなー。その時、村長の奥さんにあんたが昔、奥さんが大事にしていたお皿を割ったことを……」


「さーせん!」


 過去の証文を持ち出してくるとは、何て奴だ!?これだから教会の人間は信用ならん!あと、あれは俺じゃない。俺の風魔法がやったのだ!


「ぷっ、何だが姉弟みたいですね……」


「「誰がこんなのと!」」


「あ?」


「さーせん!!」


 ……自分はそう呼んでいいのに相手には呼ばせないって理不尽だよね!?

 ……どうやら、帝都に来て一番会いたくない人にあってしまったようだ。


 それから10分ほどの間、恥ずかしい話混じりの説教をシスターアルテから食らった。


 だいたい、村の礼拝堂に落書きしたのは村長の息子だし、鐘の中にゴキブリを仕込んだのもあの男の命令であって、俺は村一番の権力に粛々と従っただけなのにひどい話だ。


「まあ、あいつが村長になったらお礼参りに行くか!?」


「あっ、それには喜んで付き合うよ」


 魔石代、返して欲しいし……

 さっき、ギルドですごい金額の精算だったけど、村の財政は大丈夫かな?

 まあ、いっか。


「それで?今日は何しにここに来たんだ?」


 おっと、そうだった!肝心の本題に入っていなかった。


「今日ここに用があって来たのは、ここにいるモモエのことなんだ。鑑定をしてもらいたくてね!?」


「ほう!ってことはあんた、特別な称号持ちか!?」


「え?え?」


 グイっと身を乗り出すシスターアルテ。

 ちらっと見えたが、彼女が身を乗り出した教壇(っていうのか?)の上に煎餅のカスが散らばっている。

 天罰を受ければいいのに、と心から思った。


「モモエは幼い頃から孤児院で、白魔法を使わされていた……」


「……トアック組系か……」


 シスターアルテの表情が強張る。元々怖いけど。


「たぶんね……ま、それはともかく、モモエは黒魔法もハイ級までなら使える」


「……となると『赤魔導師』ってことになるが、わざわざここに来たってことは、あんたはそうは思っていないんだろ?」


「うん。『赤魔導師』にしては、白魔法への適性が、少し異常過ぎる気がする。まだ開花していないような所もあるし」


「ふーん、わかったよ。じゃあ、モモエちゃん。鑑定してみようか!?」


「は、はいっ!お願いします」


 そう言ってモモエは深く頭を下げた。

 シスターアルテは、教壇の下をごそごそと漁り、黒い箱を煎餅のカスが散らばる台の上に置いた。


「それじゃあ、鑑定……の前に料金はモモエちゃんが払うのかい?」


「いや、この場は俺が立て替える」


「そうかい。じゃあ金貨100枚な!」


「暴利が過ぎるぞ!?」


 そして、生臭が過ぎる。今度は魚の骨煎餅を食ってやがる。

 何だよ、鑑定料金が金貨100枚って!?村の家が10軒は建つわ!


「それじゃあ、仕方ないね。別のモンで我慢してあげるよ。寄こしな」


 くっ、完全に人の足元を見てやがる。


「はあ~、わかったよ。何が欲しい?」


「え?え?」


 急に始まった金銭交渉にモモエが戸惑っている。


「ああ、モモエちゃんは心配しなくてもいいよ。これはアタシとこのクソガキの契約交渉だからね。モモエちゃん分は相場の鑑定料銀貨5枚をこいつに立て替えさせるから」


 思ったほど鑑定料は暴利ではなかった……


「え?え?」


「そうだなあ……『シャベルベア』と『ククリマンティス』、あと『メガエルク』を5個ずつで手を打ってあげるよ」


「くっ、足元みやがって!」


 こっちは暴利以外のなにものでもない。

 俺はローブに入った小袋を取り出して中から魔石を出した。

 ギルドで出したのとは別のやつ。きっかり、15個!


「毎度あり!!」


「悪魔め……」


「んー?奥さんがとーっても大事にしていた、私がプレゼントした燭台……」


「さーせん!!!」


 こうして、俺は悪徳業者が運営する孤児院よりもさらに悪徳な教会職員によって多額の金銭分の魔石を(むし)り取られる羽目に陥った。

 奥さんにあげた燭台も自分の所持品じゃなくて教会の備品だったくせに……


「じゃあ、モモエちゃんそこに立って」


「は、はいっ!」


 悪徳聖職者に促され、モモエは黒い箱の正面に立つ。

 この黒い箱もなかなか悪徳。

 大きい街の教会にしか置いていない魔道具で、原理は分からないが、人の称号を鑑定してくれる便利な道具。それを使用する権利を教会は独占。


 村には当然、こんなものなかった。


 俺がこれを初めて目にしたのは、村からかなり離れた場所にある交易都市マルテの街。

 村長の息子の付き添いで訪れたが、結局、その息子は魔法使いの称号はなく、がっかりしてやけ酒を煽っていた。

 あの時もかなりの金を使っていたなあ、あの放蕩息子。


 そう言えば、あの時の教会で鑑定してくれた人もかなり高名な聖職者だと言っていた。

 なんでも、この魔道具を扱えるためにはよほどの魔力がないといけないんだと……


「あんた、アタシのことを舐めていない?」


「滅相もありません」


「言っとくけど、あの村に行くことは左遷じゃないからね?むしろ教会で偉くなる人が通る栄転の道だからね?」


「ふーん……」


 にわかには信じられない。

 偉い聖職者は無辜むこの人間から魔石をふんだくらないし、神聖な職場の教壇に煎餅のカスを散らかさないと思うんだ。


「はい。わかったよ!モモエちゃんの称号は……」


 ゴクリッ……


「称号は?」


「『桃魔導師』だね!」


「モモマドウシ……?」


 戸惑うモモエ。


「あんたなら分かるかい?『紫魔導師』のノーウェ坊」


「うーん。何となく……」


 というか、案の定の予想通りだったな。


「俺の『紫』は『赤』と『青』の魔法だ。じゃあ、モモエの『桃』は?」


「私のは……『桃』だから……『赤』と……『白』?」


「なるほど!!」


「そういうこと!」


「で、でも、それってあまり意味が……」


 モモエは白が被っていることに不安を抱いているのだろうな。

 赤にはすでに白魔法が含まれているから。


「それは今後も検証してみないと分からないけど、仮に『赤魔導師』とまったく同じ特性であるなら違う称号名にはならないと思うんだ。それに、モモエの白魔法は明らかに黒魔法よりも適性があるように感じたし」


「そ、そうなんでしょうか……」


「初めは使い慣れているだけかと思ったんだけど、それだけじゃ、説明がつかないことがいくつかあってさ。例えば、君、重傷で死にかけていた猫を治しただろう?」


「え?は、はぃ…」


「本当かっ!!」


 モモエが答え終わる前に急に横入りする大声。

 ……というか身を乗り出し過ぎて物理的にも横入りしていた。


 まあ、回復魔法の扱いに長けた聖職者ならこの事実には驚くだろうなあ。


「な?こんな感じで、専門家がこんなに驚くぐらいだから。ひょっとしたら、いつかグラン級以上も扱えるようになるかもしれないし、モモエの魔法は破格だと思うよ」


「モモエちゃんっ!卒業したらこの教会で働きな!?私の下で働けば、阿呆な信者からガッポガッポ金をふんだくって、いくらでも稼がせてあげるから!?」


「え?え?」


「黙れ!生臭シスター!!」


 ◇


 ふう。大変だった。

 その後、目の色を変えたシスターアルテからモモエを引き離すのに苦労した。


 帝都にいる他の聖職者には、一刻も早くこの聖堂に憑りついた大悪魔の除霊をお願いしたい。


「それにしても……びっくりです」


「まあ、あの強烈なキャラはね……村を去ってから、さらに増長したな……」


「い、いえ……あの……称号の方です……すいません」


「あ、そっちね。たしかに、人と違うことを受け入れるのは難しいけれど、可能性が広がったと俺は素直に喜んだけどな」


 まあ、俺は物心ついた頃から『紫魔導師』だったけど。


「それも、そう……なんですかね……!?」


「人と違うなら、その違いを楽しむ方がより楽しく生きれるって思わない?」


「人と違うと楽しい?」


「うん。俺はそう考えている。だから、他の人と違う方法で魔法を使ってみたいと思っているし、その効果を試すのが何よりも楽しいんだ」


「……そんな風に考えてみたこともありませんでした……」


「でも、そうやって生きてきたはずだよ。モモエは」


「え?」


「あの猫は少なくてもモモエに出会ったことで救われた。それはつまり、モモエにしか使えない魔法に救われたってことだぞ」


 実際に、あの猫は、もしモモエと出会っていなければ立って歩くことはできなくなっていただろう。


「……そう……ですね……少し自信がついた気がします。私、決闘に負けてばかりで、苦しくて、苦しくて、どうしようもなかったんです」


「……そうか……俺は、負けず嫌いだけど、たとえ勝てない相手が現れても命が残っていればいいって思っている」


「い、命が?」


「うん。命さえあれば、負けてはいないんだ。次は上手く逃げ出す方法、負けない方法、そして勝つ方法を考え続けることができるからね」


「そっ、そうか!可能性」


「そう。だから、今の負けなんて大した問題じゃないって思うのが大事だぞ」


「そうですねっ!!なんか少し心が軽くなった気がします!」


 そう言って、モモエは涙が溜まっていた瞳を無理やり笑顔に変えていた。

 まあ、多少は元気が出たようで良かった。


「ところで、モモエって今の成績は何勝何敗なんだ?」


「はいっ!0勝50敗でマイナス50点ですっ!!」


「お、おう……まだまだ取り返せる、取り返せる」


 ……まあ、元気が出て良かった……


「私、あとで『ピギー』にもお礼を言いに行かなきゃ」


「ピギー?」


 アイスピッグのことかな?


「はい。あの学園に住み着いている茶トラの猫ちゃんのことですよ!?」


「あ、あの猫ね……『ピギー』って言うんだ……まあ、あの猫も元気が出て良かった」


「はいっ!!」


 そんな会話をしながら、すっかり日の落ちた帝都の街中を歩き、俺たちは学園の門まで辿り着いた。


 ん?門のあたりに誰かいるぞ?

 仁王立ちをしているな。


「やあ、やあ、ノーウェ君。随分待たせてくれるじゃないの!?君にある人から伝言があって、それを伝えるために私はこうしてずっと待っていたのだけれどね。入学式に参加しなかった第1学年首席の君をずっと待っていたんだよねぇーーー」


 クローニ先生だ。見るからに不機嫌で、それを取り繕うかのような不自然な笑顔……


「はて、伝言とは……?一体なんでしょう?」


「はぁ~……まっ、いいか。じゃあ、言うよ……『フガフガ』」


「はい?」


 クローニ先生はどうしたんだろう?


「だから『フガフガ』……これは理事長の言葉ね!?」


「……」


「あとは『決闘に励みなさい!』これは学園長の言葉」


「は、はあ……」


「んじゃっ!私は酒場に行くとするよ、君たちもさっさと寮に戻りなさい!」


「「は、はい……」」


 顔を見合わせる俺とモモエ。

 そして、伝言だけして、踵を返して商業施設のある方角に走って行くクローニ先生。


 ……謎だ……

 …………理事長ってアイスピッグなのかな……??


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