2-3『勝手に課外授業』
「おっ、いたいた。あれは『アイスピッグ』。鼻先の角を凍らせてつららを作り、攻撃してくる豚系の魔物だよ」
「「「「魔物!!」」」」
俺は今、森に来ている。ただの森。
帝都近くでごく弱い魔物が一定数生息している森の「魔力溜まり」と呼ばれる場所だ。
「魔力溜まり」といっても、俺の住んでいた村近くの森よりもはるかに濃度は薄く、普通の森の中に一部そういった魔力が発生している場所があるためにそう呼ばれているのだろうと察しているが、帝都の冒険者たちは、ここのような帝都周囲に限定的にある魔物の生息地で魔物を倒しているそうだ。ここはその中でも最も安全な初心者向けの森。
なぜそんなことを知っているのかというと、俺たちはここに来る前に冒険者ギルドに立ち寄ったからだ。
ああ。「俺たち」というのは俺、レミ、モモエと『赤魔導師』のディリカ、『黒魔導師』のカーティスのことだ。5人でここに来ている。
◇入学式の朝◇
「「「「いらっしゃいませー。冒険者ギルドにようこそー!」」」」
若い女性たちの元気溢れる声が受付の窓口の方から聞こえる。
さすが、帝都のギルド。村のギルドとは違う。
受付はいくつも窓口があり、受付職員たちは皆背筋を真っすぐにして立っている。
村のギルドの窓口はたったひとつ。職員もいたり、いなかったりだった……
まあ、座って頬杖をついている程度ならまだましな方かな。
爪を切っていたり、食事したりしていることもあったし。
だから、こうして襟を正しているギルド職員というのは、、ものすごく新鮮だ。
「あのー、すいません」
「あら?本日はいかがなさいました?ひょっとして皆さん、プラハ学園の学生さんたちかしら?あれ?今日学園の入学式じゃなかったっけ!?」
若い女性の職員が人差し指を顎に当てて不思議そうに首を傾げている。
「あ、はい。そうです。よくご存じですね?」
「ええ。私の弟が今年から通っているのよ。それで、私の両親も朝から無駄に着飾って支度をしていたわ……って、え?あなたたち、入学式に出なくていいの?」
「ええ。俺たち、保護者が入学式に来るわけじゃないので大丈夫なんです。それよりも大事なことがあるのでここに来ました。魔物狩りをしたくて」
「そ、そうなの……でも、貴方たちのような未成年だと、ギルド登録はできても、貴方たちだけで依頼を受けるのはちょっと難しいわよ?」
「え、そうなんですか?」
それは、初耳だ。
「C級以上の冒険者か、学生さんたちなら、魔導師の先生の引率があれば可能だけど……」
「あっ、じゃあ大丈夫です」
俺は村で発行した冒険者証を受付職員に提示した。
「え?し、C級???ほ、本物だわ……ね。その歳で?……す、すごっ……」
「依頼受けられますよね?」
「え、ええ。制度上では可能です……ね。一応、未成年なのであとでギルドの方から学校には連絡が行くと思いますが……うーん……」
「今日は、一番弱い魔物がいる場所しかいないから大丈夫ですよ。『シャベルベア』とか『ホーガンリザード』と戦うわけじゃないんですから……」
「は、ははは……シャベルベアにホーガンリザードって……まあ、いいわ。たぶん危険なことはないから、ちょっと安心したわ……承知致しました。では本日冒険者登録をされる方はこちらの書類に記入と、簡単な説明がありますので1時間ほどかかりますがよろしいですか?」
「「「「は、はいっ!!」」」」
「それでは、こちらにご記入をお願いします」
そういって受付職員の女性はレミ、モモエ、ディリカ、カーティスの4人に登録用紙を渡した。何か、双方に戸惑っている様子が初々しくもある。
何もかもが新鮮だ。
そもそも事前に依頼を受注するなんてことが村ではなかったからな。
あんまり狩りすぎると「私の仕事が増える」って頭ごなしに叱られるほどだったし……
狩らなきゃ村に危険が増すってのにな!?今思えば、あれはひどい対応だった。
「あ、あとで魔石を売りたいのですが、依頼品でなくても売れますか?」
「え?魔石を持っているの?もちろん、今は帝都全体で魔石が不足しているから大歓迎ですよ。それじゃあ、皆さんが戻る頃に合わせて当ギルドの鑑定人を手配しておきますね」
おお!魔石の鑑定人もギルドに所属しているのか!?さすが帝都。
魔石は村にいた頃に集めていたものと、この学園に来る道中で集めたものを大量に持っている。
リバーに相談したらソナタ商会でも引き取ってくれると言っていたんだけど、ギルドの相場も知りたかったので、いくらかはこっちに回すつもりだ。
俺は、そんなことを受付の女性と話しながら、レミたちが登録を終えて、初回の説明を聞き終わるのを待っていた。登録用紙に記入後、彼女たちは別の職員の案内によって別室に移っていった。ちょっとピリッとした雰囲気を持つ大人の男性。
受付の女性はミルカさんというそうだ。こちらは、優しそうな人で良かったな。
ミルカさんが対応してくれているといえ、1人取り残されて少し不安になる。
噂によく聞いていた同業の冒険者間でよくあると言われている「新人いびり」という冒険者独特の風習。それが俺の身に降りかかってこないか、期待半分、不安半分で待っていたが、結局何もなかった。
若い冒険者に古参の冒険者がちょっかいを出すことがよくあると聞いていたのだが、むしろ俺を見て、そそくさと場を離れる人たちが多い。
俺、新人ではないけど。
「あははっ!そりゃそうですよ。ただでさえプラハ学園の学生さんたちですし、下手にトラブル起こしたら冒険者にとって死活問題ですからね」
ミルカさんに話すと思いっきり笑われた。
冒険者ギルドは魔法使いの斡旋をプラハ学園にお願いしている立場。
所謂、大口の取引先だ。
そんなお得意様の機嫌を損ねる行為をギルドが許すわけがない……そうだ。
そんな夢のない大人社会の現実を聞いて、正直なんだかなあ……と思ってしまったのは内緒だ。
そうこうしているうちに、冒険者登録と、職員による説明を聞き終えた4人が受付ロビーに戻って来た。
「念願の冒険者に学園入学早々……なってしまった!?」
レミが発行された冒険者証を両手で上に掲げながら発狂している。
まあ、冒険者って誰でもなれるし……F級だしな。
村の大人の男性なら誰でも(村長の息子と取り巻き以外)軽く素手であしらえるゴブリンですら単体ならE級相当の魔物だから、魔法使いであれば、すでにE級以上の実力があると俺は思っている。
とはいえ、レミにとっては大事な夢の第一歩だからな。目一杯叫ばせてあげよう。
◇回想終了◇
……ということがあり、俺たちはF級相当の依頼を受けてこの森に入った。
はじめ、全然魔物がいねえ……と思った。
あまりに魔物がいな過ぎて、ひょっとして、心配そうにしていた受付のミルカさんに図られたのかと最初は思ったよ。
レミが探索の風魔法で探知して、ようやくこの魔力溜まりを発見。
ああ、そうそう。
帝都ではこの何て事のない「魔力溜まり」も便宜上「ダンジョン」と呼んでいるそう。
村では、森は森、ダンジョンはダンジョンと区別しており、洞窟にしても、遺跡にしても、森にしても、魔物がたくさんいるというだけではなく、その環境自体に魔力が影響しているような場所でなければダンジョンではない、という考えであったのだが、どうやら帝都の最新の事情では、魔力の影響を受けて魔物が生まれる要素がある場所はすべてダンジョンと定義しているみたいだ。
ダンジョンがさらに半径5キロ以上の範囲に及ぶ場合は魔境。
さらに、半径10キロ以上の広範囲に及ぶ場合は大魔境と言うらしい。
その理屈だと、俺の故郷の村は大魔境のど真ん中ってことになっちゃうけど!?
気にしないでおこう……
ピギー。
おっと、アイスピッグがつららを飛ばしてきた。
周囲1mぐらいの地面が凍る。
俺たちはまだ距離をとっているから、意味ないけどな。教材としては良い距離感。
「このように、アイスピッグはつららを飛ばして、半径1mくらいの周囲を凍らせる攻撃をまずしてくる」
「「「「な、なるほど!」」」」
「では、問題。なんでこいつらは、こんなことをしてくるのか?レミ、答えてみようか」
「え、えーと。地面を凍らせるってことは足止め目的だから……」
「……残念。時間切れ!魔物は待ってくれません!」
俺は突進してくるアイスピッグに向けて『ウインドーコルナード』を放ち、その体をひっくり返す。仰向けになったアイスピッグは悔しそうにピギー、ピギー唸っている。
「ううっ……くやしい……」
「考え方の方向性は間違っていなかったけどね。レミの言う通り、こいつらはまず、つららをわざと外してくる。それは足場を凍らせてこちらが近づくのを牽制しているのと同時に油断させようとしているんだ。鼻先をみてごらん!?」
「あっ!もう、つららができている」
「ほ、本当ですね」
「これが魔物の特性なのね……」
「マジか!?」
レミ、モモエ、ディリカ、カーティスがそれぞれの感想を呟く。
ちなみに、ディリカは『赤魔導師』の女子学生で制服の胸元に赤いリボンをしている。祝勝会の時に、自分はたくさん魔法の練習をしてきたと主張していた女の子だ。
けれども、魔物をその目で見るのは今日が初めてとのこと。
もう1人のカーティスは黒いバンダナをしている男子学生。
祝勝会の時に、伏し目がちにネガティブなことばかり言っていた奴だな。
あんなに卑屈な感じだったのに、募集時には真っ先に手を挙げた。
4人は、今日の入学式に保護者が来ないということで俺が誘った。
モモエは、若干戸惑っていたものの、早い内から経験しておくのが強さへの近道だよ、と話すとすぐに乗って来た。彼女も状況が切羽詰まっているからな。
皆の前で参加者を募ったのだが、話の終わり頃には、入学式に参加する学生たちの方が残念がっている様子だった。
自分の両親に悪態を吐いていないといいけど……
子どもの晴れの日に「なんで来たんだよ!?」とか言われるのは切ないだろう……
「そう。これが人間と魔物の違いだ。俺たちは思考することによって、自分の能力を高める工夫をしたり、戦いの場でも、有利な状況に持ち込むようにしたりして戦う。だが魔物は初めから何かしらの能力が特化していて、自分の得意な戦法を持っている。だから、こうやって何もしなくてもすぐに次のつららが生えてくる。人間と違い、そこに思考との隙間がない分、こちらの一瞬の迷いが命取りになるんだ」
ゴクッ……
静寂に包まれる森で数人が息を呑んだ。
「その一方で、弱い魔物に関しては人間のように思考したり、学習したりすることはしない。このアイスピッグはすべての魔物の中でも特別弱い部類に入る魔物で、家畜の豚とほとんど変わりないから生きた教材としてはこの上ない魔物なんだ」
ピギー、ピギー言いながら足をばたつかせるアイスピッグ。
苦情は受け付けません。
俺は魔法を使って再びアイスピッグをひっくり返す。
「アイスピッグはつらら攻撃でこちらの気を散らし、距離を縮めてくる」
起き上がったアイスピッグは首を左右に動かしつつ、フガフガと鼻をならしながらこちらに近づいて来る。
俺はレミたち4人を後ろに下がらせた。
「そして、射程に入ったら、突進してつららを付けたまま頭突きをかましてくるんだ」
俺の予告は当たり、アイスピッグは突然、走り出して突進してきた。
「その場合、少し距離があると思ったらつららを放ってくることもあるから注意」
ガンッ!!
つららが飛んできたが、見えない壁に阻まれる。
その直後、続いたアイスピッグの頭も壁にぶつかって再びひっくり返った。
『シェル』を張っておいたからね。
「『デッドバインド』」
ひっくり返ったアイスピッグに対し、俺は見えない魔力の縄を作りぎゅっと締める。
ピギィー……
魔物の断末魔の叫び。数秒後、アイスピッグは脱力してその場に横たわる。
目を逸らす者数名。さすがにレミは冒険者を目指しているだけあって目を背けることはしないな。覚悟の表情をしている。
「魔物は待ってくれない……と同時に魔物を倒す時に躊躇いは禁物。相手は生存本能で生きているから、どんなに不利な状況でも命が尽きていなければ反撃をしてくる恐れがある」
「そ、そうですよね……」
「そうよね……」
「ああ……」
レミを除く3人に丁寧に説明を試みる。
まあ、この辺の教育法は村の子どもと同じ。
子どもが大人になる儀式として、村では魔物狩りを行う。
これを通過して初めて子どもは村の外に出られる。もちろん、保護者付きだけど。
魔物は本能的に自分より弱い動物を襲うようになっているから、よほど特殊な人間でもなければ、意思疎通を図ることなんてできない。村の一歩でも外に出れば食うか食われるかの世界だから。
「俺のいた村ではだけど、子どもが初めて魔物狩りに参加するときは、必ず回復できるポーションや薬草を大量に持っていくんだ。俺が魔法使えるようになってからは、回復魔法が使える俺が付き添っていたけどな。その理由は……分かるよな!?」
3人の表情がレミと同じような顔つきに変わった。
「じゃあ、次は実践だ」
「「「「はいっ!!!!」」」」
周囲に魔物は……いない。
……魔物は待ってもくれないし、都合よく出てきてもくれないんだよなあ……
こっちが出てきて欲しいと思う時は特に……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




