6-99『THRONES開幕』
◇「南側決闘出場者控室」<グレイ視点>◇
「フゥー、フゥー、フゥー……」
激しい息づかい。
その長い髪はゆらゆらと逆立っており、その喉は時折、グルグルと獣特有の唸り声をあげている。
「いつになくイレ込んでいるな……」
壁際に立つ、大勢の控えメンバーたちが荒ぶる獅子獣人からできるだけ距離を置くように努めている中、その男の隣に座る灰色のローブを羽織った魔導師は、平然とそう言い放った。
周囲が唖然とした表情で恐る恐る黒髪の獅子獣人に目をやる。
絶対に目を合わせはしないように、といった具合に横目で……
「無理もない。彼の本能がそうさせているからね」
白銀短髪の魔導師が、唸るのに忙しい獅子獣人『音爆』シンガ=ソングの代わりに返答をした。
その回答者は、質問者と同じくらい平然としているが、こちらには興味や心配といった人間味というものが削ぎ落とされ、異様に淡々としている。
そして、その回答は、質問者である『灰魔導師』グレイ=ゾーエンスが期待していたものではなかった。
白銀短髪の魔導師、『迅雷』イクス=トストは、手に持った運営発行のパンフレットに目を向けている。
読んでいるのか、それとも眺めているだけなのか……
そのパンフレットに列記されているのは、これから行なわれる決闘の出場メンバー。
控室の丸テーブルに束で置かれていた。
別に紙媒体を手に取らなくてもマスボの「あぷる」で閲覧できるのだが、イクス=トストは、そもそもマスボを持たない。
持っていてもすぐにいつのまにか壊してしまうからだ。
「シンガがやられたのはイクスとの決闘以来……」
瞳を潤ませてマスボの画面を凝視するのは『涙雨』のレオナ=イース。
普段、マスボを持たない派閥の長の代わりに彼女が事務的な手続きをしている。
なんだか、秘書みたいな立ち位置だが、役割的にはもはやそう言っても差し支えないだろう。
ギルドとの折衝、宿屋の手配、レストランの予約……
冒険者チームとしての事務仕事は、全部彼女がやっている。
ダンジョン攻略の帯同者として傍目に見ていただけだが、彼女がいなければこの【雷音】というチームは簡単に瓦解する、とグレイは思ったものだ。
「昨日の夜から何も食べていないんで、さしずめ、餌を前にした獅子……といったところだろうなあ」
「……」
……そのまんまじゃねえか、とグレイは思ったが、『火吹』リオン=シュミットの発言に敢えて何も答えなかった。
腹を空かせた獣……
魔導師ならば、理性を保てよと思わなくもないが、グレイ自身も感情が高ぶると却って魔法のキレが増すときがある。
―魔導師は常に冷静に物事を見なければならない―
―決して感情に流されず理性的であれ―
学園の授業で言われているような魔導師の在り方なんてものは、大して当てにはならないのかもしれない。
本人の性質を無視して当てはめられるのは嫌いだ。
「フゥーー、坊ちゃんよ。すましてねぇでお前も気合い入れろよぉ!あのクソガキを絶対に八つ裂きにしてやる」
異常なまでの執着……
ここまでなった経緯は、周りから聞かされた話だけでグレイにはよく分からないが、とにかく合わない、許せない相手なのだろう。
「お前だって、引きずり下ろしたいだろう?ずっと同じ『色付き』と比較されてきているんだから」
「うるさいな。いちいち引き込もうとするんじゃねえよ……分かってるよ!」
執着しているのは自分も同じ……
グレイは、椅子に座った状態で前がかりになり、床に向かってふうっと息を吐くと、ゆっくりと上目づかいに顔を上げた。
『紫魔導師』ノーウェ=ホーム……
そして、『水豪』ブルート=フェスタ……
春の頃より常に比較され、今なお無責任な議論の渦中に入れられている。
―グレイ=ゾーエンスは、【雷音】の威を借りているだけ―
―自分たちの派閥の力でのし上がったノーウェ=ホームやブルート=フェスタには遠く及ばない―
戦ってもいないのに、決着がついてもいないのに、世間というものは勝手な見解で序列を作りたがり、それをもってして勝手に嘲笑う。
そんな奴らに反吐が出る思いであるし、そんな風潮にただただ腹が立つ。
この1戦で、世の中をすべて変えてやる!
グレイ=ゾーエンスの感情もまた高まりをみせ、本人も気付かぬうちにゆらゆらと魔力を放出していた。
「ああっ!じっとしていられねえ!行くぞ、坊ちゃん」
『音爆』シンガ=ソングは待ちきれない、といった様子で立ち上がり、ズカズカと歩き出した。
「ガオォーーラッ、邪魔だお前らっ!」
「ひいぃっ……」
控室にはうるさすぎるほどの咆哮。
通路への出口付近、ロッカー寄りに立っていた『帝牙』ティガ=レクス率いる元【土灸雲】たちがあおりを受ける。
荒ぶる獅子獣人の前では、ヤンチャな不良学生などかわいいものである。
「やれやれ……」
ため息を吐きつつも、あとに続くグレイは、震える【土灸雲】の面々を一瞥しながら魔力を溢れさせ、再び震える思いを不良たちにさせながら控室を出て通路へと向かった……
◇
「はん、いいコンビじゃねえか。頼もしいねえ」
『火吹』リオン=シュミットによる空気を読んでいるのか、いないのか、気風のいい声が新たな静寂を生み出した。
喧騒の収まった控室の椅子に座る者は4人。
【雷音】の3人を除くと、部屋の隅に1人、「シンフォ商会」の御曹司、『火楽』のチャコイ=フリーが派閥の長ということで一応は許されている椅子に座ってはいるが、身を小さくして縮こまっている。
<同格連合>であるはずなのに、今やまったくその体を為してはいない。
「第1ラウンド」、「第2ラウンド」の6戦を経て、すべての力関係が決まってしまった。
「まるで『猛獣とその調教師』のようだわ」
言葉を発することを許されている(誰も制限していないが)のも【雷音】と『灰魔導師』グレイ=ゾーエンスのみ。
歪すぎるほど、歪なチームであるが、この完全な「弱肉強食」な形こそが、「最強」たる所以なのである。
「君たちが余計に煽るからだろう?」
1枚紙の大会パンフレットを変わらずに眺めているイクス=トストが抑揚のない声で2人の仲間を嗜めた。
言葉自体は嗜めているが、まったく興味がないような調子でもある。
「そりゃ、ま、決勝なんだから全力でやってもらわないとな」
「でも、イクスはいいの?あの2人にノーウェ=ホームを任せて」
『紫魔導師』ノーウェ=ホームとは、学園最強『迅雷』イクス=トストも多少の因縁はあった。
「土輪布山泊」での邂逅と学園に出現した大怪物「アメフラシ」襲来時の衝突……
いくら周囲から「最強同士の3つ巴」と持ち上げられた1戦でも、他の魔導師たちとはほとんどこれまでに勝負付けは済んでいる。
「最強」にとっては、皆が盛り上がるほどの高揚感がない中で、唯一といっていいほど、その実力が未知数で戦ってみたいと思えるような存在……
それが……『紫魔導師』ノーウェ=ホームである。
「俺かい?俺は……最後まで残っていた『最強』を倒せばそれでいいよ」
それでも、彼の仕事のペースは変わらない……
手にしているのにともすれば興味なさげに眺めていたパンフレットを置いて、『迅雷』イクス=トストはこともなげにそう言った……
◇「北側通路」<ノーウェ視点>◇
うーむ、気まずい……
この舞台に続く通路は、ここ「北側」と「南側」の2つある。
普通、決闘は2つの派閥ないし個人が戦うからそれで十分なのだが、今回の「決勝ラウンド」は「3つ巴」。
したがって、通路に2つの<連合>がかち合い、並んで入場を待つことになった。
俺たちの列と並んで隣にいるのは、先頭を『湯蛇』のレオ=ナイダス先輩、その後ろに『光厳』メーネス=アンフェ先輩、『焔海』パージ=ジョートー先輩と続いている。
派閥の「長」でもないのに、<連合>を引っ張る立ち位置にいるレオ先輩が列を率いているのはなかなか異様な光景だ。
ちなみに、俺たちは俺、リバー、ブルート、ハリー、カーティスと続いている。
【紫雲】メンバーの後ろにクレハ先輩とコト先輩、その後ろにバランとコナース君が続く。
バランもすっかり回復して万全の状態だ。
是非、今日は暴れ回ってほしい。
「やあやあ、ノーウェ=ホーム。『第4戦』と『第5戦』はすごかったねえ。なかなか興味深い戦いだったよ」
「あ、どうもレオ先輩」
これから戦う対戦相手だとは思えないほどのくだけ方。
レオ先輩は相変わらずの調子だ。
「後ろにいるのが、メーネス先輩とパージ先輩だよ、ノーウェ=ホーム」
「あ、ども」
「よろしく」
「ヒャッハー、よろしく頼むぜっ!」
その後ろに立つ金髪の男子学生も、赤髪短髪の男子学生こちらを見て笑顔を見せている。
なんなんだろうか?
この空気感は。
俺が言うのもなんだけど、もう少しピリピリ感というか、緊張感があった方がいいんじゃなかろうか?
「ところで、ノーウェ=ホーム。これから始まる『THRONES』のことだけどね。僕たちと手を組まないかい?」
「はいー?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「なに、簡単なことだよ。先に<五騎当千連合>を一緒に倒さないか?ということさ」
怪訝にしている俺に対して、レオ先輩はそう続けた。
……ああ、そういうことか。
「3つ巴」だけど、先に「2対1」で1つを陥落させようという寸法か。
「うーん、御免こうむりますね」
「ほう……なぜだい?」
「だって、先輩、途中で裏切りそうなんで真っ平ごめんです。それに俺たちは今回は好き勝手にやらせてもらいますんで」
俺はきっぱりと断った!
……というか、断るにきまってんだろ、そんな提案!
「あははは、そうかい」
「「ははははは」」
なんか、急に笑い出した。
レオ先輩だけでなく、後ろにいる2人の先輩も。
「まあ、君ならそういうだろうなあと思っていたよ。まあ、今日は互いに楽しもうじゃあないか」
……なんなんだよ、まったく!
俺はなんかカマを掛けられたのだろうか。
まあ、いいや。
何にせよ、やることは1つだからね。
◇アリーナ舞台上◇
「さーて、それでは皆さん。いよいよお時間となりました。これより、『冬の総魔戦』の『決勝ラウンド』を始めます!今回の『決闘方式』は『THRONES』。3つのブロックを制した3つの『覇者』たちが各々の玉座を守りつつ、さらに玉座を狙い、『真の王者』を目指します!」
進行は例によってトルナ先生。
アナウンスが始まると、会場のボルテージが一気に高まっていくのがここ通路からでも分かる。
「それじゃあ、お手柔らかに頼むよ、ノーウェ=ホーム。そして<無法者連合>の諸君」
そう言って、レオ先輩たちは、通路の向こう、光が差し込んでいる舞台入口の方に向かっていった。
「それでは早速登場していただきましょう。まずは、Aブロックの『覇者』!『最強の統率力』を持つ一団。メンバーの多くがこの春から帝国軍部に所属する完成されたチームです。<最強軍属連合>ーーーー!!」
ワーーーーーーーーーーーーー!!
歓声が沸き起こった。
割れんばかりだ。
「次はBブロックの『覇者』の登場ですー!現在、学園最強の魔導師、そして冒険者チームとも言われている【雷音】。『大怪物』アメフラシをも雷撃一閃に倒す『迅雷』が率いる『最強の5騎』が今日も猛威を振るうでしょう。<五騎当千連合>の登場ですーーーー!!」
ワーーーーーーーーーーーーー!!
再び、歓声が沸き起こった。
「さあ、行くぞ!みんな。決勝の舞台も暴れ回ってやろうぜ!」
「「「「「おーーーー!!」」」」」
「最後はCブロックの覇者!今大会で最も注目を集めた<連合>といっていいでしょう!毎回の決闘で違った顔を見せるのは悪魔の如し!その実力は『土輪布山泊』の『大怪物』マグマガルダを撃破するほどの強さです。留まるところを知らない『最強』を目指す新進気鋭の一団、<無法者連合>の登場ですーーーー!!」
ワーーーーーーーーーーーーー!!
ワーーーーーーーーーーーーー!!
眩しい。
割れんばかりの歓声が聞こえ、強烈な照明の魔道具がアリーナの天井から強烈な光を放っている。
これまでの決闘とはさらに一段ステージが上がったという印象だ。
「それでは出場メンバーは舞台上に上がってくださいー!」
俺を始め、出場メンバーは、他のメンバーとハイタッチをしながら円形の舞台に向かう。
13人ずつが中央以外、3箇所に設置された「玉座」の周囲に布陣する。
俺たち<無法者連合>は、北側の「玉座」に布陣。
前列にブルート、ハリー、カーティス、バラン、コナース君の5人。
中列に、クレハ先輩、リバー、俺、レヴェック、コト先輩の5人。
後列に、モモエ、ブランク、ミスティの3人だ。
中列までは、すんなりと決まった。
「決勝ラウンド」なので、うちの<連合>で現状、最も強い9人を選んだんだ。
最後尾の3人がリバー含め「参謀本部」の導き出したこの「THRONES」用の最適解ってわけだな。
「それではー、いよいよ時間です。泣いても笑ってもこれが最後、『冬の総魔戦』の最終決戦ですー!始め――!!」
……
…………
………………
ざわざわ……
ざわざわざわ……
……どこも動かない。
「おおっとー。これは意外な展開だーーー!どこも動きをみせませんーーー!時間はたった30分だぞーーー?」
まあ、実力が拮抗し過ぎていると却って均衡ができて平和になるっていうあれだな……
……ということで、俺はすでに動いていますよ。
『ハイエロファント』を掛けてね。
スタスタスタスタ……
よっこいしょっと。
『解除』。
俺はキラキラと黄金に輝く椅子に1人で歩いて向かい……座った。
「い、いやっ、動いていますーーー。すでに動いていましたーーー!ノーウェ=ホームが中央の『黄金の椅子』に座っていますーーー!!」
うん。
そう。
さて……
ここで、座して待つか……!!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
どんな決闘もやることは変わらない……
……それが、ノーウェ=ホーム!
次回、中央に陣取るノーウェに迫るのは?
そして、各陣営の思惑は?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




