6ー92『不在のブルート』
遡って開始15分時点……
◇舞台南側<ブルート視点>◇
『滝壺』に落ちる兄を目視しながら、水色のローブを羽織るブルートは、弱まる『風』を肌で感じつつ、ゆっくりと滝の上に降り立った。
ブルートは、舞台の4分の1を囲む岩山を見回して呆れたような表情になった。
こんなに、手の込んだことをするのであれば、もっと他にできることがあるだろうに……
『瀑布』という称号の縛りなのか、それとも、兄のこれまでの魔導師としての矜持なのか……
どちらにしても、ブルートにとってはあまり理解できない……というより、理解したくもない執念のようなものを感じる『岩滝』であった。
ゴゴゴゴゴ……
崖が揺れる。
問題はその理由だ。
兄の支配力が低下し、崩れてきているのか……
それとも、『滝壺』の中でいまだに姿を見せない兄が何かを企んでいるのか……
ブルートは、後者と見ていた。
直感というのもあるが、それよりも、兄に放った最後の攻撃の手ごたえがそれほどではなかったからだ。
もし、攻撃が避け切れないと思ったら、自分で後ろに飛ばされるくらいのことはしそうな気がする。
注意深く観察していると『岩滝』が崩落し始めた。
ボトボトと『岩』が落ちていく。
次第に、自分の立つ足場も揺らぎ、崩れだしたので、ブルートは意を決して、岩とともに落下した。
空中で身体を翻し、頭から『滝壺』の方に突っ込む。
ザブンッ、ザブンッ、ザッバーーン……!!
岩が落ちる度に波紋が広がる。
『滝壺』の中はまだ見えない。
はたして……
ドリュリュリュリュリュリュリュ……
ブルートが崖の半分ぐらいまで落ちたところで、『滝壺』に渦潮が起こった。
……来る!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
「がはっ、お前なら見に来ると思っていたぞ、ブルートぉーーーーーー!!」
『滝龍』が、カシウを背に乗せ、とぐろを巻きながら上に向かって飛んで来た。
「さっきはよくもこの俺のふいを突いてくれたな。すべてお返ししてやる!『袋田滝』」
パシャーーーン……ダンッ、ダンッ、ドドドドドドドド……
パシャーーーン……ダンッ、ダンッ、ドドドドドドドド……
知っている。
ブルートには分かっていた。
弟にたった1度でもしてやられるなんて絶対に我慢できない男だろうから、反撃してくるのであれば、こちらがやったことをどうにかしてやり返してくることはわかっていた。
それにしても、2分以上も『滝壺』の中に潜っているなんてすごい執念だなと、ブルートは妙に感心していた。
「『雲足発奔』《くもあしはっぽん》」
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ……
『雲』を足に纏って自由に動く。
カシウの放つ『滝龍』による攻撃がいくら強力でも、当たらなければ意味がない。
「ちっ、ちょこまかと……」
『滝龍』の身体から『水砲』が何発も放たれるが、空中を自由に動くブルートはそのすべてを見切ったように避けていく。
右に、左に、上に、下に、斜めに……
身体を反転させたり、空中で1回転したり……
「ちっ、落ちこぼれのくせにっ……はあっ、はあっ」
『岩崖』がすべて崩れ落ち、空中に障害物がなくなった今、舞台を見つめるすべての人間に、この戦いは露わになった。
一方は、巨大な『滝龍』を操作し、魔力を大量に消費して何十発もの『水魔法』を必死で打ち込んでいる。
もう一方は、足に『雲』を纏うだけで、空中を意のままに動き周り、華麗に相手の攻撃をかわしている。
カシウが1つ攻撃を撃ち込んでも、その時点でブルートはもうそこにはいない……
まるで『雲』のように気紛れに、風に乗って好きな場所に移っていく。
身体を伸ばしたり、「大の字」になったり、逆に丸まって旋回したり……
最小限の魔法を用いて、空中を自在に動いて大技をかわしていくその様は、巨大生物が泳ぐ海の中を平気で泳ぎ回るカラフルな熱帯魚のようであった。
実際に、『水』の湿気と『猛暑』の環境によって熱せられてきたこの空で、ブルートの眼中にもはや敵の『滝龍』は移ってはいなかった。
今は、会得したこの技を確実なものにするとき……
『滝龍』から放たれる『水砲』など、ある種の『領域』に入っているブルートの瞳には、自分の技の運用を試すための体の良い練習台でしかない。
「ちっ、小賢しい真似を続けやがって……なら、これならどうだ!?『滝龍井宮亜洲』」
ギュルンッ、ギュルン、ギュルギュルギュルギュル……
ゴォーーーーー……ギュルルルルルルル……!!
埒が明かない、といった表情をしている兄は、今度は『滝龍』そのものに『水』を集め始め、その身を幾重にも太くしていく……
「ふうん……」
……「技」を工夫するわけではなく、今度も、その威力を増すことで力技に持っていこうとしているんだな。
結局は、上から押さえつけるだけ……
この兄は、昔から本当に変わらない。
春先には「高い壁」に見えていた年長者の背中も、今ではずいぶんと貧相なものに見えている。
グルルルルルルルルルガガガガガァーーーーーーーーーーン!!
ザッバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
「生意気なんだよっ!落ちこぼれがぁー」
巨大な『滝龍』が大口を開けてブルートを飲み込まんと襲ってくる。
「『輪二雲』《わにぐも》」
シューーー……モクモクモクモク……
目には目を、歯には歯を。
大口には大口を……!
2つの円形の『雲』でできた『口』がブルートの前に発現した。
「はっ、『雲』なんかで俺の『井宮亜洲』を止めれるわけが……
グルルルガァ………ガブリッ……フシューー……
「はっ、やはりな!消えろ――」
フシューーー……バクバクバクバク……ピキピキピキピキ……!
『雲』を食って白煙を吐いたようになった『滝龍』だが、別に消し飛ばせたわけじゃない。
「はぁっ!?」
こちらの『領域』に近づいてくれたわけだから、『滝龍』の口の中で崩れた『輪二口』を再形成すればいいだけ……
さらに、『領域』内で魔力操作をして『氷』を強めながら、頭ごと凍らせる。
威力にばかり意識がいくから、密度が薄く、内側は案外脆いものだ。
「魔法を尖らせる」というのは、単に物量を増やして威力を強くするだけじゃない。
密度を濃くしたり、成分を調整したりしてより硬く鋭利にする方法だってあるんだ。
磨かれていないナマクラな大剣よりも、硬くよく研いだナイフの方が強いことだってある。
それが、【紫雲】で切磋琢磨するということだ……!
ザッバーーーーーーーン!!
凍った頭部に首より下が激突し、大きな水飛沫を上げた。
頭を失った『滝龍』が必死に蛇行を続けて体当たりを繰り出すも、標的はすでにそこにはいない。
代わりにまたもくもくと『雲』が沸き上がる。
ブルートにとってみれば、正面からぶつかり合う必要もない。
「落ちこぼれっていうけど、さっき『滝壺』に落ちこぼれていったのは兄貴の方じゃないか」
「き、貴様ぁーー!」
「もうすぐ『砂嵐』だぞ?兄貴は『土』を持っているんだから、少しは頑張ってくれよな?」
「こ、この野郎!?ぜ、絶対に許さん!」
……ブルート、煽る、煽る!
元より、あまり頭で考えるタイプの男ではない。
「好きにやれ」、「細やかな魔法」、「煽りプ」というノーウェが掲げた断片的な作戦を忠実に実行しているブルートである。
兄がどう思うかなんてもはや知ったことではない。
散々、練習台の的にされてきたのだから、せいぜいこの数十分は、こちらの実戦訓練に付き合ってくれ。
ようやくイメージと身体が馴染んで来たのだから……
まだまだやりたいことはたくさんあるのだから、そう簡単にまた落ちこぼれられても困る。
『砂嵐』が吹き始めた……
◇「ドーム内」:『砂嵐』◇
22分経過……
「ちぃっ、『土石龍』」
ブッシャーーーガンッ、ガンッ、ガンッ、ドゴォーーーー……
「その技は何度も見たぞ。せっかく『砂』にまみれているんだからもう少し工夫してくれよな……『雲鷹狩』」
モクモクモクモク……ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!!
ドパパンッ、ドパパンッ、ドパパンッ、ドパパンッ!!
「き、貴様ぁ……」
「なんか言うこともそればっかだな、『雲多良刃』」
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ……
シャッキーーーーーーーーーン!!
「くっ、『滝龍:華厳』……『袋田滝』」
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガガガガガガガガガガガガガガガガ……!!
ドパンッ、パンッ、パンッ、パンッ、どパパパパパパパパパパパパパパ……!!
『砂』を集め、『砂岩石』を作り、『滝龍』と合わせた破壊力のある攻撃も、『砂嵐』の中で平然と飛び回る何体もの『雲鷹』の襲来によって止められ、例によって『鷹匠』である本人は砂の向こうに蜃気楼のように消えてしまう。
かと思えば、新たな砂交じりの『雲』が現れ、巨大な八本足の鋭利な爪によって「連突き」を繰り出してくる。
一方にとっては、享楽の場……
もう一方にとっては、焦燥でしかない場……
……それは、はたして均衡といえるのか?
◇「ドーム内」:『豪雨』◇
27分経過……
「『竜頭滝』……はあっ」
ザバーーーン……ゴオォーーー!!
ザバーーーン……ゴオォーーー!!
ザバーーーン……ゴオォーーー!!
「『雲凧』《くもたこ》」
ブワーーーーン……
ブワーーーーン……
ブワーーーーン……
……「ドーム」内の環境は1巡した。
兄のカシウにとっては、ここで決めておきたい状況。
この『雨』が終われば『雪』となり、そのあと『風』がやって来る……
そうなれば、ブルートの独壇場だ。
だからこそ、ブルートは再び切り替えた……
応戦……ではなく、相手の渾身の魔法を中間距離でことごとく躱していく。
「『滝龍:那由亜駕羅』」
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
グルルルガァーーーーーーーーーーン……ザッバーーーーーーーーー!!
「『雲凧足』、『雲王流渦』」
パァーーーーーン、パアーーーーーン、パァーーーーーン、パアーーーーーン……
パァーーーーーン、パアーーーーーン、パァーーーーーン、パアーーーーーン……
ギュルルルルルーーーーーーーーーン……!!
3匹だろうが、6匹だろうが、『雨雲』を利用し、自由に動き、猛スピードで移動できる今のブルートにその攻撃が当たることはない。
それ以前に、『雨』の助けがあるというのに、兄の『滝龍』の威力はだいぶ陰りを見せてきている。
「く、くそっ……」
◇「ドーム内」:『氷』◇
31分……
「はあっ、はあっ……『奔流奔騰』」
パシャーーーン……ブッバーーーン!!
パシャーーーン……ブッバーーーン!!
パシャーーーン……ブッバーーーン!!
「『雲鳴震』《くもメープル》」
もくもくもくもく……ドドドドドドドドド……!
兄の攻撃よりも、この「ドーム」の環境の変化の方が厄介なことになってきた……
『氷の世界』……
『雪』どころか、ドーム全体が『氷』に覆われてしまっている。
こっちの魔法が霞むようなことはしないでほしい……
ブルートは切実に思った。
そろそろ潮時かもしれない……
◇「ドーム内」:『竜巻』◇
上空、35分……
ゴオォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
……やはり、想像したとおりであった。
終わらせよう……
「な、なぜ……?」
兄の魔力は格段に弱まっている。
だが、問題はそこではない……
……『竜巻』が舞台中央で発生し、いくつもの渦に分かれて東西南北各方面に向かっている。
「そりゃ、あのマーゴット教授だからな。『竜巻』ぐらいぶっ飛んだことはするだろうさ」
「ち、違う。な、なぜ……俺の『滝龍』が……」
ああ、そっちか……
そりゃ、あれだけ大技を連発していたら、魔力も乏しくなっていくだろうさ。
「理屈が分からないなら、あとで中継映像でもみてしっかり勉強し直すんだな、兄貴。『雲海』」
モクモクモクモクモクモクモク……
モクモクモクモクモクモクモク……
モクモクモクモクモクモクモク……
モクモクモクモクモクモクモク……
とりあえず、『竜巻』に持っていかれても大丈夫なほどの『雲』を周囲に生み出す。
「く、くっそぉーーーーーー」
できあがった『雲の領域』内を自由に泳ぎ回る主のイメージで……
そんなにこだわっているなら、こいつで引導を渡してやる……!
「『雲龍』……!!」
ドバッヒューーーーーーーーーーーーーーーン!!
シューーーーーーーーーーーーーーーゴォーーーーーーーーーーーーー!!
グワバババババガガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
「くっ、『滝龍』!!」
グルガァ……
ドォーーーーーーーーン……ドパパパパパパパパパパパ……
「あばばばばばばばばばば……」
ドパパパパパパパパパパパーーーーーーーン!!
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーーーん」
ヒューーーーーーーン……ドサッ!!
「がふっ……」
だいぶ小さくなっていたとはいえ、猛威を振るっていた『滝龍』を一気に飲み込み弾けた『雲龍』……
「やべっ、『雲足発奔』」
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ……
兄を超えた感慨に浸る間もなく、ブルートは迫りくる『竜巻』から一目散に逃げ出し、自ら作った『雲』の中に消えて行った……!
◇
『水豪』ブルートVS『瀑布』カシウ=フェスタ……
……ブルートの勝利!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
……オーバーキル!!(^_^;)
次回、さらなるオーバー……(笑)
彼の出番はあるのでしょうか?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




