6-84『不孝なブルート』
◇「高級ゴンドラ室」◇
「おいっ、カシウ!一体何をやっておるのだっ!?」
最高級……といかないまでも、広く高級感溢れる会員制特別観覧室の透明の窓越しに、1人の脂ぎった男が大声で騒いでいた。
周囲には、男以外に観客はいない。
これまでは学園理事として、魔法省の重鎮として、最上の部屋があてがわれていたのに、今では1ランク落ちる部屋の利用を余儀なくされている。
第3戦で男に招待されて集まった貴族仲間や、男が務める職場の関係者たちは、今回の最終戦の誘いをあろうことか、皆断ってきた。
たった1戦負けただけなのに……
そう言いたくなる気持ちもあるにはあるが、男自身もこの世界の薄情さは十分に理解はしている。
ましてや、今回、男の嫡男の<連合>が戦うその相手は、第3戦で彼らに土を付けた相手を第4戦で破った相手だ。
世間というものは直前に起こった出来事に左右されるものである。
男は、絶対に認めないが、その薄情な世間は、すでに男の嫡男の所属する<2年生『殿上人』連合>よりも、その決闘相手である<無法者連合>の優勢と見ており、その勝負オッズも前者が3.8倍、後者が2.4倍と「第2ラウンド」開幕前と逆転した予想となっている。
すべてが逆風……
出す手、出す手がことごとく悪手となっている。
ここで、引ければ、彼にもまた違った未来が待っていたのかもしれない。
だが、男はさらなる手を打ち、自らの退路を絶った。
昵懇の仲の裁定委員に声をかけ、懐に忍ばせた金貨をその袖の下に通し、この決闘前にでき得るかぎりの小細工を施した。
ノーウェ=ホームとリバー=ノセックのスタメン辞退……
「DOOM」における属性の順番固定化……
どちらも、カシウ=フェスタの父にして学園理事であるこの男、ボンパル=フェスタの計略である。
学園理事であり「魔法省魔法局局長」という肩書きを持ち、伯爵という高い地位にあるこの男が、ここまでの博打を打つのには、大きな理由があった。
それは、今年の3月……
すべての学園年度行事が終了した時点で行なわれる「理事選」。
これを勝ち抜くには、周囲が認めざるを得ない目に見えた実績が必要である。
当初は、ここにボンパル自身だけでなく、息のかかった人間を何人も送り込む予定だった。
愛息カシウ=フェスタが率いる<2年生連合>が躍進すれば、たとえ「決勝ラウンド」で敗れたとしても、世間的には現3年生からその覇権を「禅譲」されたという形になる。
そうなれば、晴れてカシウが学園の盟主となる……
そんな青写真を夏頃には描いていたのだ。
しかし、それが今や顔を青ざめさせられるような状況に陥ろうとは……
それでもまだ勝ち目はある。
世間というものは、結果によって動くものだ。
直前に覆された下馬評は、ここでさらにひっくり返してしまえばよい。
決闘の内容がどうであったか、などそのとき観ていたせいぜい数千程度の人々の記憶に残るだけだ。
だが、結果がもたらす記録は何年も残る。
だからこそ、ボンパルはカシウに対して秘策を授けた。
この戦い、カシウができるだけ敵の雑魚メンバーを倒し、数を稼ぐということ。
そうすれば、将来にわたって、カシウ=フェスタがこの決闘において1番活躍したというストーリーを作れる……
そんな最上の策を与えたというのに……
肝心の愛息カシウの動きがおかしい。
他の『殿上人』仲間やその幹部に先陣を任せ、自身はまだ自陣でまごまごしている。
そうこうしているうちに、敵に動きがあった。
忌々しいことに、愚息ブルート=フェスタが仲間を引き連れ、3体の『水鯱』に乗って、カシウたち『殿上人』3人に特攻を仕掛けたのである。
そこから雪崩れ込むように、兄弟対決となってしまった。
そんな茶番をボンパルは求めていない。
すでに「春の選抜決闘」にて勝負付けはついているし、今更、愛息カシウが愚息ブルートと戦ったところで彼にメリットは何もないのだから……
ところが、雨の「DOOM」内に岩が積み上げられ始めたとき、ボンパルはずっとかわいがってきたはずの息子が自分に逆らってまで弟と決着をつけようとしていることを悟った。
「止めるんだカシウ!それは愚策でしかないぞ。指揮官たるもの、常に時勢を見極めて適切な動きをしなくてはならぬのだっ!」
ボンパル=フェスタは誰もいない部屋で大声で叫んだ。
……おそらく、その魔法の言葉は、目の前のアクマイール大樹の樹脂と魔クリルの配合によって作られた透明の窓によって、すべて反射して自身に返ってきていたことだろう。
◇「南側本陣から20メートル地点」<カシウ視点>◇
『瀑布』カシウ=フェスタは『雨』に打たれながら、意気揚々と敵地に向かう味方メンバーの背中を見つめながら1人、憂いていた。
すでに彼らはカシウに指揮官失格の烙印を与え、好き放題やっている。
表面上では「作戦に従う」という姿勢を見せてはいたが、マライヤも、フォルクスも、開始早々、主導権を握ろうと指揮官の指示を待つことなく発言を始めていたし、数と派閥の論理で、いつでも現場判断で作戦を捻じ曲げる姿勢を隠すこともせずにいた。
こうなっては、カシウにできることはない。
できること、というよりも、「やりたい」と思うことが、この<連合>ではなくなっていたのだ。
同格の連中だけでなく、あろうことか、自派閥のメンバーたちも、口にこそ出さないが今回のスターティングメンバーに関して全員不満そうな目をしていた。
そして、誰もカシウのことを慮るものはいない。
こんな状況で自分が一体何をしようと思えるのか……
ただ1つ、望みはあった。
それは、敵の「総大将」である『紫魔導師』ノーウェ=ホームと1対1で直接対決すること。
かの『雪月』や『風華』が2人掛かりでも倒せなかった男を破ることができれば、カシウ自身が失った名声は一気に返ってくる。
ハイリスクハイリターンだが、やってみる価値はある……!
ただ、そのためには、少なくとも自陣で「防衛戦術」をとる必要がある。
だからこそ、馬鹿みたいに敵陣に向かっている奴らは放っておいて、ノーウェ=ホームが途中出場してくるそのときまで、カシウ自身は、自陣で腰をすえて最強の『滝』を構築して待つつもりであった。
ところが、その野望を1人の男に突如、邪魔された。
1つ下のでき損ないの弟、『水豪』ブルート=フェスタに、である。
自身の『水魔法』すら碌に制御できていない未熟者。
いくら、周囲の『雨水』を取り込めるようになったからといって、不格好にもほどがある。
「ちっ、お前との決着はとっくについているだろうが……」
「何の話だ?あのときの俺とは全然違うぞ!覚悟しろ、『瀑布』カシウ=フェスタ」
……やれやれ。
禁じ得ないため息を吐きながらも、カシウは皮肉的に笑った。
どうせ、ノーウェ=ホームが出てくるまでの前座だ……!
『瀑布』カシウ=フェスタは、周囲に『岩』を積み上げて作った『岩山』から僅かに流れる『水』を自身の『水魔法』と合わせて逆流させ、その頂上へと滑り上がり、諦めの悪い弟の到着を待った……!
◇<ブルート視点>◇
感覚が鈍くなったと思ったら、今度は恐ろしく研ぎ澄まされてきた気がする。
ブルートは、ハリーとカーティスの乗る2体の『水鯱』をそれぞれ違った動きをさせて2人の『殿上人』を舞台中央の北側に追いやると、今度は彼らと自分を分かつように巨大な『水壁』を作り出し、その側面をまるで波乗りでもするかのように『水鯱』で泳ぎ、滑る。
ジュッパーー……シュバーー……ザーーー……
まだ暴走している。
常に降り注ぐ『雨』が余計に事態をややこしくしているが、過剰に溢れた魔力によって取り込まれ、どんどん大きくなっていく『水壁』は、魔法の運用として正しいものなのか、ブルートには今ひとつ確信が持てなかった。
それでも、いつまでも試しているわけにはいかない。
北側本陣側を背にするブルートからみて数十メートル先、相手方南側本陣から20、30メートルの地点に、徐々に『岩滝』ができあがっていく。
以前見たものと同じ……
ブルートは、『水鯱』に乗りながら、歯をギリッと食いしばり、その身を翻させて、『岩滝』へと猛スピードで突っ込んだ。
「ちっ、お前との決着はついているだろうが」
ギュルルンッ……ブバッシャーーーン!
滝に突っ込む『水鯱』。
『岩滝の水』、『雨水』、『水鯱』と3種の『水』が3方からぶつかり合い、盛大な炸裂音とともに白く巨大な水飛沫を上げた。
「何の話だ?あのときの俺とは全然違うぞ!覚悟しろ、『瀑布』カシウ=フェスタ」
降り注ぐ『水飛沫』や『雨』が再びくっつき合い、今度は無数の小さな『水玉』を作る。
「『雨玉水渦』」
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ……
滝の頂点までふわふわと漂う『水玉』の1つ1つに飛び乗って、ブルートは滝を駆け上がっていく。
「ふん、俺だって成長しているのだから、差は永遠に埋まらない。弟は永遠に兄には勝てないんだよ!喰らえ、『尾九鳥雨』」
ザッバーーーー……
その『岩滝』は1つではない。
ブルートを「コ」の字で囲むようにできた『岩滝』の1本1本が尾の長い連雀のような形の大鳥に姿を変え、四方八方を飛び回り始める。
ブルートの『水鯱』を上回る、3倍もの数の9羽の『滝鳥』。
まるで、自分の魔法の方が優れていると言わんばかりに、カシウによって制御された『滝の鳥』がブルートの周囲をビュンビュン飛び回っている。
さすがの威力ではあるが……
……想像どおりだ。
ブルートは、『滝鳥』の来襲に備えて自身の周囲に無数の『泡』を生み出し、浮かせた。
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
別々の方向からタイミングを変えて襲ってくる『滝鳥』。
「お前には貴族家の嫡男であることの重みも、周囲に期待される者の努力も分からないだろう。そんなお前がこの俺に勝てると思うなよっ!!」
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
「『球羅華』」
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
『滝鳥』がブルートを食らわんと襲い掛かるも、周囲の泡が弾けてはまた生まれ、弾けてはまた生まれを繰り返し、その身を破壊していく。
「な、何だと!?」
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ビュイーーーーーーーン……ザッパーーーーーー……!!
ブルートは、脳内でイメージを作っていた……
まだまだ、現実と離れているので修正が必要だが、なんとなく理解した。
きめ細やかな魔法……
繊細な魔法……
ノーウェが一体何を指して言っていたのか、ブルートなりに咀嚼し、何度も試行錯誤していた。
頭で考えて、答えを出そうとしてもなかなか到達できなかったが、頭の中でイメージを作れば、勝手に「手」がやってくれる……
……そんな感覚。
もちろん、やってもいないことはできない。
その「手」でできる「手仕事」は、これまでのブルート自身が絶えず積み重ねてやってきたことだけだ。
でも、その膨大に積み上げられた「基礎」があれば、「応用」はきっかけを見つけ出せばできる……
脳内でイメージを持てれば、勝手にその「手」が試行錯誤の上に見つけ出してくれるんだ。
イメージしたのは、ノーウェの『青魔法』と『赤魔法』の『融合』。
それと『ジェリーマジック』。
『青』と『赤』の『融合』ができるのなら、きっと自分の『水豪』にだって、何かできることがあるはず……!
そう思って、『水』と『風』を単に組み合わせるのではなく『融合』するイメージを持って放つ!
「小さいな……」
「な、何の話だ?」
『泡』をブクブクと生み出す度に、楽しくなっていく。
『泡』に『風』を融合させて膨らませると『海月』が生まれる。
『雨』がそこに交わり、ブルートが繊細に魔力を操作すると、『水海月』に同化してどんどん膨らんでいく。
発動……!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
プクゥーーーパンッ!!
「ちっ!」
以前から『水』と『風』の合わせ技はできていたが、せいぜい数発『水風玉』を作って破裂させる程度が精一杯であった。
これは、魔力が高まったからできる技ではない。
1つ1つ生み出してから合わせているのではなく、始めから合わせた状態で放出しているからいくらでも生み出せるのだ。
さらに、生み出したものに『領域支配』をすることで、繊細に魔力が伝わっていく……
同じように見える魔法でも、その生み出し方は何通りもあるんだ。
上空から勢いよく流れ落ちる『滝』が鳥になった姿……
あれだけの威力を持つ9本の『滝鳥』もこうしてみると、小さく、薄くみえてしまう。
『泡』にまとわりつかれ、その破裂によってあっさりと飛散してしまうのだから。
兄は確かに『水』の『支配者級』であるかもしれない。
……でも、今なら分かる。
ノーウェの言うような、ブルートが現在標的としている男のような「達人」の域には、カシウ=フェスタはまだ達していない。
「あんたの話だよ」
「は?」
「あんたは魔導師として小さすぎる」
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
目指すものが大きいからこそ、大きくなれるのかもしれませんね。
次回、ブルートの新たな「技」とは……?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




