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6-79『クレーム処理』

「いえ、そのようなことは決してございません。運営はあくまでもすべての学生、すべての<連合>に公平な舞台をご用意してございます」


 ……


「もちろん、生徒の自主性は尊重しております。ただ、運営としましては、『大会』が滞りなく開催されることを主眼としておりまして……はい、貴重なご意見、参考にさせていただきます」


 ……

 …………


「はい、もちろん学生1人1人の個性を尊重しております。えっ、悪魔?ええ、たしかに彼は悪魔……あ、いえ、もちろんそれも個性と認識しております、はい」


 ……

 …………

 ………………


 ……鳴りやまねえっ!


 「学園官房室」は、クレームの嵐に見舞われていた。


 止まない雨はない……などという偉そうな格言を偉そうな魔導師のくそじじいが以前マスボの広告で偉そうに語っていたが、雨が止む前に水没したら元も子もない。


 災害というものは、人々の心を不安にし、荒れさせてしまうものだ。


 学園官房室長フィッティ=シールズの心は、数日間の鳴りやまぬクレームの雨によって、すっかり荒み切っていた。


「先ぱーい!私、もう限界ですぅーー。こんな部署来るんじゃなかった~。異動したいー」


 後輩女性職員のルイーズがそうのたまった。


 つい先日まで、「一生先輩に付いて行きますぅー」とか言っていたくせに、ひと度困難が降り注いだらこの変わり様だ。


 現金が服着て歩いている。


 もっとも、フィッティには始めから分かっていた。


 この後輩が、何を求め、何の目的にすり寄ってきていたのかを……


「そう、残念ね。違う部署じゃ、私の結婚式は呼べないわね」


「わぁっ、冗談!冗談ですぅ〜。ちょっと場を和ませようとしただけじゃないですかぁ〜」


 ほら、このとおり。

 あまりに現金な変わり身……


 ルイーズが狙っているものは見え透いている。

 第一に、いかに仕事が平穏無事であるか……


 この気持ちに関しては、フィッティも理解できた。

 もっとも、平穏なんて言葉は、とうの昔に彼女の辞書から消え去ってしまったが……


 第二に、良縁を求めて……


 フィッティは知っている。


 この後輩職員がつい先日、帝都の高級店で高そうなドレスを購入していたことを。


 別に、私生活を覗いているわけではない。

 そんな趣味はなければ、そこに割く労力もない。

 なんなら、怪しい趣味を持つ職員の情報は何もしなくても、フィッティ本人が望まなくても自然と入ってしまうのだが、目を瞑るくらいの器量は持っているはずだ。


 その日、彼女を見かけたのはたまたまだった。


 なぜか、仲良くなったことになってしまった『聖女』と公爵夫人という、たいへんやんごとなき御方たちの帝都見物に付き合わされたときに偶然、高級ドレス店で月賦払いをしている後輩を見かけてしまったのだった。


 たまたまを装って人の祝いの席で玉の輿に乗ろうと張り切っている後輩に、たまの休日を接待に使われることになってたまらない気分になっている、結婚手前に仕事漬けになる人間の気持ちがたまるか……!


 ……と、目の前ですごんでやりたかったが、今回は抑えたフィッティであった。


 卵がつかえるくらいに喉が狭まったとしても、心の器まで狭めるわけにはいかんのじゃ。


「はい。ああ、また貴方ですか、イチャモンド伯爵。あ、はい。名乗らなくても、声の認証登録がされていますので分かりますよ。ちなみに、使用人の方の場合も、掛かってきたマスボの履歴で追えますのでお気をつけ下さいね。はい。商会と協力しておりますので、1度商会のブラックリストに乗ってしまうと使用人の皆様の経歴にもたいへん傷がついてしまいますので気をつけてくださいね。いえ、これはもちろん、一般論ですけど」


 ガチャリ……


 今や、貴族からのクレーム対応の方が楽なまである。


 よっぽどの高位でもない限り、貴族というものは名誉と地位と立場を常に気にしているからだ。


 貴方のしていることは貴族の面汚しですよ、ということをやんわりと優しく教えてあげるだけで彼らは引き下がるのだから。


 それに比べて、一般の善良な帝都民や、火事を起こすのが好きな情報媒体や、特定の学生の狂信的なファンたちの方がよっぽどタチが悪い。


 彼らは自説を煌々と語ったり、勝手にこちらの気持ちを代弁したり、何があっても引き下がろうとしなかったりと、とにかくクレームに対する熱意が半端ないのだ。


 向こうがエネルギーをかけてくる分、こちらも相当な労力を割かれる。


 今回のクレームは、完全にイレギュラー対応なので以前用意してもらった自動音声も使えず、丁寧な電話対応をするしかない。


 一体どうしてこんなことになってしまったのか。


 全部、あの2人のせいだ。


 決闘内であろうことか顧問である自分を糾弾した悪魔2人……


 いや、分かっている。


 これは、自分のせいなのだと、フィッティには分かっていた。


 「ホウ・レン・ソウ」を怠った。


 もしも、事前に決闘内容の変更を彼らに打ち明け、相談していたら、まだ事態は違った方向に進んでいたかもしれない。


 学生たちからすれば、手塩にかけて作り込んだ決闘だ。

 安易に大人の事情だけで「改変」を進めていいはずがなかった。


 だが、フィッティは彼らに伝えないという手段を選んだ。


 もちろん、意図的に……


 伝えれば覆されるという恐れがあったのは紛れもない事実であるが、同時に少々調子に乗った。


 学園官房室長という、人を、物事を動かせる立場になったことで、フィッティちょっとばかり優越感を持ってしまったのだ。


 もちろん、組織のため、改革を断行するという理念はあった。


 しかし、悪魔は人の邪な心を嗅ぎ分け、的確に入り込んでくるもの。


 フィッティが少しばかり懲らしめてやろうと仕込んだ試みは、数倍にして返されることになってしまった。


 それが、結婚前祝い会での擬似拷問……

 決闘中の糾弾……

 そして、クレームの嵐。


 まだ、ある。


 それが、今起こっている問題よりも、さらに重くフィッティにのしかかっている。


「いやあ、しかし、フィッティはすごいなあ。貴族相手にもまったく臆してないなんてさ」


「あん?」


「ヒッ!」


 フィッティは、ふざけた妄言を吐いた男の襟首を両手で掴んだ。


 その男、フィッティの先輩であり、いつも「場を和ませていますよアピール」をしてくる、最近ちょっとウザくなってきたウォーリー先輩だ。


 ルイーズと一緒に、元の部署から学園官房室に移ってきたが、彼女と違い、自薦してではないことをフィッティは知っている。


 この男、余裕ぶってみんなのメンター(支援先輩職員)を気取っているが、その実、意図的に自分の仕事量を抑えているんだ。


 例えば、クレーム対応の通話もフィッティとルイーズよりも圧倒的に少ない。


 各職員の共通魔導回線に連絡が入っても、「秘技:1秒取るのが遅かったの術」を使うのだ。


 一時が万事、そんな感じ……


 いい加減、その勤務態度を改めさせるためにも、きつくシメなければならない。


「あんたに貴族が分かるのか、おっ?貴族の面倒臭さが分かるのか、おう?」


「センパーイ、絞め過ぎですぅ!窒息しちゃいますぅ」


「窒息が分かるんか、おっ?卵の天ぷら丸呑みしてみるか、おう?」


 ……荒れ模様である。


 フィッティがここまで荒れるのにも、一応、理由があった。


 フィッティが「卵の天ぷら」を丸呑みする前日、口から泡を吹いているときに起こったことである。


◇回想「最高級ゴンドラ室」<無法者連合>勝利直後◇


 フィッティは泡を吹いていた。


 右も左も分からない。


 右には公爵、左には皇子と聖女……

 訳が分からない。

 

 遥か前方下に悪魔……

 

 一体、いつから自分はそんな人たちとつながりを持ってしまったのだろうか……


 サスサス……


 優しい旦那様(仮)が背中をさすってくれたことで、しばらくしてようやくフィッティは意識を取り戻す……


 だが、そんなフィッティにさらに追い討ちをかけるような一言が発せられた。


「そうだっ!良いことを思いついたぞ。のう、リファ公爵」


「はっ、良きこととは……一体なんでございましょう、殿下?」


「実はな、ここにいるアーネストと未来の奥方であるフィッティ殿は、春に結婚式を控えておるのだ。我も参列の上、『聖女アルテ』の仕切りでな」


「は、はあ……」


 ちょっと待て、殿下!

 ご乱心か!?

 一体何を考えている?


「だが、問題がある。『仲人』がおらんのだ。なってやりたいのだが、余はまだ残念ながら独身ゆえ、な。そこで、だ」


「ま、まさか……殿下?」


 まさかも、殿下も、ない!

 「仲人」なんて誰でも構わない。

 なんなら、ウォーリーとルイーズをその日だけ結婚させる!


「そのまさかだ!お主と奥方殿が『仲人』を務めてくれい。そうすれば、お主の派閥の貴族たちも参列するだろうから一石二鳥だ」


「いや、ははは、それはなかなかの重責。私に務まりますかどうか……」


 もっとはっきり断れ、公爵!

 お前には荷が重い!


「奥方殿はどうよの?」


「そうですねぇ……」


「当日はきっとノーウェ=ホームたちが余興をしてくれるぞ?何せ、そこにいるフィッティは彼らの派閥の顧問だからの。一生に1度きりの『悪魔小僧とその執事』の催し物が見れるかもしれんのう」


「やります!全力で務め上げてみせます!」


 うぉーい、奥方!

 なんでそんなに前のめりなんだ!?


「どうじゃ、公爵?」


「は、ははっ!謹んでお受けいたします」


 嗚呼……

 なし崩し的に物事が決まっていく。


「これで良いかのう、アーネストよ」


 フィッティにとって最後の頼みの綱は未来の旦那様だけであった。

 その瞳を潤ませて、フィッティは魔力の念を送った……


「は、はい。殿下の仰せのままに」


 終わった……!


 守ってもらえなかった。


 家庭に入った途端に豹変して敵になる人間がいるというけれど、未来の旦那様もその類か?


 いわゆる、エネミー旦那か?


 ……いや、違う。


 世の中で、皇子と公爵と聖女の圧力を跳ね除けることができる人間がいるわけがない……


 ……なんか、若干名、それができそうな顔が浮かんだが、あれは悪魔だからしょうがない。


 悪魔は皇帝陛下や聖女様のおっしゃることにも、きっと耳を貸さない。


 フィッティ自身、旦那様には家庭を守るためには、鬼にも蛇にもなってもらいたいが、悪魔になって欲しいわけではないのだ。


 ここに、フィッティの思いは脆くも崩れ去った。


 2人の結婚というイベントは際限なく拡大する一方である。


◇回想終了◇


「センパーイ、落ちます!ウォーリー先輩が落ちちゃいますぅーーー!!」


「はっ……!」


 フィッティは我に返った。


 目の前の泡を吹く先輩の襟から手を離して、そのまま椅子へと戻し、自身の席に戻った。


「仕事に戻るわよ」


 こうして、何事もなかったように戻る「学園官房室」。


 トゥルルル~~……


 再び、「クレーム対応係魔導回線」の呼び鈴が鳴る。


「センパーイ、私もう限界ですよぉ~」


 たしかに、皆のストレスも限界まで来ている。


 ピコーーーーン……


 そのときであった。


 フィッティのマスボにメッセージが入った。


 トゥルルル~~……


「私が出るわ」


「ふえ~ん、お願いしますぅー」


「モシモシ、コチラ、『学園官房室、決闘問い合わせ係』デス」


「えっ、せんぱ――」


「シッ!」


 フィッティは人差し指を口に当て、後輩の発言を制止した。


 新たな自動音声がフィッティのマスボを通じて流れる。


「あー、しもしも。先日の決闘ざますけどね。あれじゃあ、ノーウェ様が――」


「決闘ニツキマシテハ、学生ノ意ヲ汲ミ、今後改善ヲシテイキマス。今回ハアクマデ初年度デスノデ、ドウカ温カイ目デオ見守リクダサイマセ」


「まー、なんですの?」


「貴重ナゴ意見ヲアリガトウゴザイマシタ。今後ノ運営ノ参考ニサセテイタダキマス」


「えっ、ちょっと、ちょっとー、しもしもーー――」


 ガチャリッ……!


「先輩、そ、それは」


「新しい音声を入手しました。今後はこれで対応しましょう。いくつかパターンがあるから覚えなさい」


「ゴホッ、ゲホッ、しかし、いいのかい?また炎上するのでは?」


「大丈夫です。そちらも解決しました」


「「えっ?」」


 運営に募っていた不満が突如霧のように晴れていく。

 そんな不思議な現象が、さまざまな「情報系あぷる」で起こり、運営の広報用の「あぷる」でも、批判めいたコメントが一気に解消した。


 その理由を辿ると、どうやら、「決闘方式『ELEMENTS』において、フィッティ女史が派閥の成長を促すために、<無法者連合>に試練を与えた」という噂が何者かによって語られ、それが一気に拡散したらしい。


 そして、その何者とは……クレーム対応音声の魔道具をアップデートしてくれた人物に他ならなかった。


「ありがとう……リバー君」


 フィッティは瞳をうるっとにじませた。


 ……が、数秒後に気づいた。


 元はと言えば、あの悪魔たちが撒いた種である。


 つまり……

 マッチポンプじゃねーか……!


「「ぎゃあーーー!!」」


 勢いよく執務机をひっくり返すフィッティであった……!

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


トンデモ派閥の顧問になってしまった宿命ですかね……(^_^;)


次回、『DOOM』に向けたノーウェたちの策とは……?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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