1-36『ある悪魔の囁き』
我は悪魔である。
名前は憶えていない。
忘れたわけではなく、一部の記憶を封じられているのだ……たぶん……
我の記憶を封じたのは、おそらく2人のクソガキの内、どちらか。
あいつらは、悪魔をその身に宿したのではないかと思うほど、冷酷な奴らだった。
そいつらと出会ったのは今から400年ほど前のことだ……おそらく……
我はかつて犬であった。否、犬の姿をした悪魔であった。
ある時、我は我より上位の悪魔によって召喚され、森に囲まれたとある街で暴れ回れとの指示を受けた。
我は喜々として、暴れ回ったわ。犬だからな。命令されると嬉しい。
街を守る兵士も冒険者とかいうやつらも皆翻弄し、蹂躙してやったわ。
……だが……
そこで、我は例の悪魔の子の1人目に出会った。
そのクソガキは、何の余興のつもりか、何やら青い毛の魔物の着ぐるみを着て剣を振るっていた。
何が悪魔か?って、そいつ、我のことを弄り倒したのだ。
我は弄ばれたのだ。
剣を振るう毎に喜びをあらわにしながら、そのクソガキは我を切り刻んでいった。
戦慄したね……
悪魔の能力として、人間の感情を読み取る、というものがある。
でないと耳元で囁けないからな。
耳元で囁き、そこから生み出される感情を餌にして我らはより大きくなるのだ。
人間の恐怖を感じながらそれを餌にする悪魔も多い。
我は、恐怖は好かんけど。
我は、能力でそのクソガキの感情を読み取った。
驚愕したね……
あのガキ、喜んでいたよ。我を切ることに、ではなく、我のことを見向きもせず、只管己の技術の向上を喜んでいるようであった。
悪魔である我に対してその態度だぞ?
普通の人間であれば、我のような悪魔と対峙した場合、大抵は恐れるか、覚悟を決めて悲壮感たっぷりに襲い掛かってくるものなのだぞ。
喜々として切り刻まれたことがあるか?あれは、本当に恐ろしい。
あの光景をたまに思い出すことがあるが、今でも身震いがするものだ。
そして、恐いには恐いが、未だに、妙に執着してしまう恐さでもある。
なぜか、あのクソガキに強い憧れを抱いている自分がいるのが口惜しい。
あのクソガキがその後どこにいったのかはわからないが、あの男のような存在を今も追い求めている自分がいる。
路地裏、民家の窓、夢の中でさえも……
こんな所にいるはずもないのに……
そう、400年も……
話を戻そう。
幸い、肉体は完膚なきまでに滅ぼされたが、我の崇高な魂の方はその場を離脱することができた。
肉体を失った我は、街の騒乱が終わり、何とか復活を期すための第一歩として、人のいない早朝の朝を歩く野良犬に乗り移ってみた。
犬の身体を乗っ取り、街の外に広がる広大な森へと逃げ出して、魔物を喰らうことで、魔力を補強し、自らの肉体を戻し、再起を図ろうと試みたのだ。
そう思っていた所であった……あったが……
そこで、我は2人目の悪魔の子と出会った。
2人目のクソガキは、最初に会った者よりもさらに年若そうであった。
そのクソガキはヨロヨロと閑散とする街の片隅を歩く犬の姿の我を見ながら何やら笑顔で絵を描いていた。
ゾッとするような笑顔で……だ。
あいつもきっと、その身に悪魔を宿しているに違いない。
そのガキの感情はまったく読み取れなかった。真っ白。
そして、描かれた絵を俺に見せてきた。
それは「紫の帽子」の絵であった。
そこから、記憶が一気に飛ぶ。
気がついたら我は帽子になっていた。
能力も、魔力も、ほとんど封じられた状態で。
そこから200年、いや300年か……?
それからは、ほんの塵ほどに残された魔力を少しずつ、少しずつ磨く日々が続いた。
我のことを身に着ける人間に対し、そっと穏やかに囁きながら魔力を少しずつ、少しずつ無意識に分けてもらい、溜めていく。
本当は所有者が暴れようが狂おうが、もっと大掛かりに唆し、我の魔力の補填を行いたいのだが、それをしようとすると決まって我自身に罰として返って来る。
まるで、囚人の刑期が伸びたかのように感じてしまうのだ。
もっとも、人と違い、その長さは悠久だ。
なんとも情けない話だが、我はあの悪魔の笑みを浮かべるクソガキが心底怖い……
夢にまで出てきそうで怖い。
不思議と、持ち主にとって善き事を助言してやると悪夢は見ない。
故に、不本意なことではあるが、我は人間に対して、己をきちんと磨くように善行を促す悪魔となってしまっているのだ。
我の存在意義はどこに……?
いや、まだ希望は捨てていない。
300年が過ぎて変化があったのだ。
我は「紫の帽子」から「紫のローブ」にその姿を変えた。
どうしてそうなったのかは我にもわからない。
我を忘れているからな。
それでも、その身が変化したということは、再び悪魔の姿に戻れる日が来るという希望も抱けるというもの。
我は嬉しくって舞い上がってしまった。文字通り、空に……
それが不幸の始まりだった。
何と、我は竜に食われた。
おそらく、誤飲だが、空を飛んでいる白き竜にパクっとやられた。
そして、次に我が目覚めた場所は薄暗い遺跡ダンジョンであった。
吐き出されたのかな?
あ、まずい……
この場所の記憶は鮮明に残っている。
我ら悪魔を封じる『魔封じのマーロック遺跡』ではないか……
好事魔多し。
いや、魔は私だが……
かくして、我は『マーロック遺跡ダンジョン』に封じられてしまった。
悪魔としてではなく、紫のローブとして。
他の封じられた悪魔もこれじゃあ気付いてくれんよなあ……
そこからさらに100年が経過したある日。
奇跡は起こった。
このダンジョンは人間の住む大陸でもとりわけら強力な魔物が跋扈し、危険と言われている辺境地域にあるため、滅多に人などやって来ない。
来ても、ダンジョン内で屍になるだけだ。
ところが、である。
1人の屈強そうな男がこの遺跡内に入って来た。
正直、嫌な感じというか、なぜか、忌々しいあのクソガキを思い出してしまう気配のする男であったが、その男は我を遺跡の外へと連れ出してくれた。
この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
我は男に頑張って助力した。
封印の扉をしっかり封じることも忘れずに。
男も何やら必死だったということもある。
どこを目指しているのかはわからないが、我を大事に抱えながら森を抜けようとする男を陰ながら手助けする形で、とうとう我は人里へと辿り着いた。
男は残念ながら、故郷と思しき村に着く寸前に魔物に襲われて力尽きてしまったが……
神に、いや、悪魔に誓って言うが、我のせいではない。
まあ、我を持ち運ぶということは魔力を激しく消費するので、かなりの重荷であったことには違いないが、それはこの男が望んだことである。
男の魔力は豊富な割にあまり磨かれておらず、その才能を発揮することはなかったが、男にとっても、この村にまで戻れたことがそもそも奇跡的なことだったのだ。
男にとっての本懐であったのであろう。
そう信じてやりたい。
傍にいた我だからこそ分かる。
あれは人間という矮小な生き物の限界をゆうに超えていた。
男の意志は、男と仲良くしていた鍛冶屋の男に引き継がれたようで、我はそこで10年以上もの月日を飾られて過ごした。
あの陰気で恐ろしい遺跡で過ごした100年と比べれば、鍛冶屋での10数年などほんの一瞬の出来事である。
そして、我に新たなる運命の日がやって来た。
魔法使いのガキ……ちょっと、忌々しいクソガキを連想させる風貌のガキではあるが、このガキ、魔法使いとして非凡なものを持っている。
魔力量……とんでもない!
魔力……うーん、甘露。
何より、この周囲の魔物をすでに何度も倒しているようで、魔法の磨き具合が何ともすばらしい。
ちょっと、斜に構えている所や、ふてぶてしい所は誰かを思い出しそうになって好かんが、この男と森の中を歩くのは本当に痛快だ。
殊に、魔物の技を奪って倒すところが、我ら悪魔と似ていて楽しい。
そうだ、我からもお主に役立つ贈り物をしてやろう。
遠慮することはない。
お主は人間であればこそ、人間の真似はできないが、我を着ることによって、お主のその摩訶不思議な能力は、人間相手にも有効となる。
ただし、人は選べよ?
我はゴミクズのような魔力は好かぬ。
何かに魅入られ、まるで憑りつかれたように磨いて、磨いて、磨きぬいた魔法が我の好物ぞ。
そうそう。我を上手く利用すればいいのだ。
我がいくら囁いても、馬耳東風、柳に風、どこ吹く風なところはムカつくが、いずれ我がその身を乗っ取り、お主に変わって善行の限りを尽くしてやるからな?
今に見ておれよ!?
何?
魔法使いの学園に行く?
面白そうだな、我も楽しみぞ……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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明日から第2章に突入します。
投稿はこれまで通り21時10分ですが、明日9時30分に目次のみ挿入致します。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




