6-72『天ぷら談義』
チリチリチリチリ……
シャーーーーーー……
拝啓、おふくろ様。
俺は今、「天ぷら」を揚げています。
覚えていますでしょうか?
俺が「魔境」での野営デビューを果たし、採れた野草や魔物肉で天ぷらを調理していた頃から、おふくろ様はずっとお空で俺のことを見守ってくれていましたね。
思えば遠く来たもので、俺は、今ではこうして学園で天ぷらを揚げています。
学園もまた、魑魅魍魎とした「魔境」です。
だって、こうして天ぷらを揚げているんですから。
俺がなぜそんなことをしているかというと、なんでも「ワビメシ」というやつみたいです。
自分が酷いことをした相手に謝罪の意を込めて食事を奢る文化を指すらしいのですが、なぜ俺が目の前の人たちにその「ワビメシ」を提供しているのかについては、さっぱり理解できません。
設備のメンテナンスということで本日、丸1日全面休館となっている「ビッグエッグタイマー」の2階、「フードパーク」内にカウンターテーブルを並べ、俺の向かいに座る人たち……
うちの派閥や<連合>の女性メンバーたちは当然のように全員並んで座っておりますが、そこに混じって、前日に決闘で戦ったばかりの相手であるジャネット先輩とシーア先輩がワクワクした様子で天ぷらが揚がるのを待っています。
まだ早い。
揚がりどきは音と水泡が教えてくれるんだ。
どうして、彼女たちにワビメシをご馳走すること羽目になったかと言いますと、どうも俺がジャネット先輩とシーア先輩の2人に対して酷いことを言い、「テンプラ違反」をしたことが原因らしいのです。
らしい、というのは、俺自身納得できておらず、むしろ、俺の方こそ彼女たちに何倍もの罵詈雑言を浴びせられた気がするのです。
でも、俺がそれを訴えようとしても、カウンターのこちら側にいて同じように白い調理服を着ているハリーやカーティスが黙って俺の肩に手を掛けて首を振るんです。
黙って天ぷらを揚げていろ……と。
彼らがその目で言うには、女性が自分に対して悪口を多く浴びせてくるときは、すでにこちらがその相手を深く傷つけている状態なんだそうです。
彼らにそう言われてしまうと、俺は黙って天ぷらから出る泡を見つめているしかありません。
だって、この2人は同学年の仲間であると同時に、女性との付き合い方に関しては先輩みたいなものですからね。
でも、彼らの奥にいるリバーやブルートまで頷いているのはちょっと納得がいきません。
あいつらは、だいぶこっち寄りだと思うのです。
ブルートは幼馴染のジェシーに対してワビメシしています(理由は知りません)し、リバーに至ってはなぜかマリー先輩をもてなしていますしね。
ジェシーはルーモとアスキーと3人並んで満足そうだし、マリー先輩の隣に座るレミは面白そうに口をおさえて笑っているので、きっと彼らは大丈夫なんでしょう。
ジジジジジジジジ……
パチパチパチパチ……
……今だっ!
ザッ
「はい、お待ちどお。『魔ダコの天ぷら』だよ」
俺は、タコの足を1本1本箸で摘み上げ、油落とし用の網目の金具を上に乗せたタッパーにサッと乗せていき、頃合いで揚がった天ぷらをカウンターの向かいに座る女性陣の皿の上に、丁寧に調理箸で置いていきます。
「はふっ、はふっ、衣がサクサクで中のタコの弾力との対比がいいですね」
「はふっ……美味し」
どうやら、公爵令嬢のお2人にも、年季の入った俺の野営メシは好評のようです。
「魔境」の野営メシ、大陸に通ず!
タコを天ぷらにするのは初めてですが、絶対に合うと思ったので挑戦してみて良かったです。
まん、まん、満足!
タコ足1本満足!
「次、帝都印の新鮮卵行くよぉ〜」
「「「「おうよ」」」」
食材の下処理には野営慣れしているカーティス、用具出しと片付けをするのはすべてにおいてそつのないリバー、天ぷらのタネを卵水と衣に付けるのは器用代表のハリー、そして見習いを一生涯未熟者のブルートにやってもらっています。
本日限りの店をこうして決闘の翌日の夜に開いているわけですが、朝から仕込みや流れの確認をしてきたおかげで、俺たちの連携もなかなか様になっているんですよ。
カランッ、カランッ……
母さん、事件です。
ブルートがボウルを床に落としました。
「失礼しました」
「「「失礼しました!」」」
こいつ、魔法から離れると本当に不器用なんですよね。
まあ、でも、午前中に比べれば、見習いの数が減ったのでまだ楽です。
俺たちが午前中にこの準備をしていたら、急にこの「フードパーク」の鉄板&屋台料理統括部長という役職に就いている、要するに「屋台のおっちゃん」のタイガさんがいきなり土下座して「弟子にしてください」と言ってきたんです。
俺も毎日天ぷら揚げるわけにはいかないし、そもそもこの料理は大人数を捌く必要があるこの「フードパーク」には向かないと思ったので丁重にお断りしたんですが、なかなか引き下がらなかったので、一応、揚げるコツと折衷案となる料理をお教えしました。
……ていうか、料理長であるワイズマンさんに聞いたら同じ衣を使った揚げ料理である「カツ」や「フリット」があると言っていたので、それでいいじゃねえかと思いましたけどね。
今、そんな鉢巻きをした熱い男タイガさんは、彼の屋台の弟子たちと一緒にうちの他のメンバーたちに天ぷらを振る舞っています。
彼らは研究熱心だし、毎日仕事で揚げまくるでしょうから、すぐに抜かされてしまいますね。
それと、彼には「天丼」という特別料理をお教えしました。
天ぷらを米の飯の上に乗せてタレをかけた料理で、それはまさしく丼の中の宇宙、ひと口頬ばれば、口の中でビッグバンを起こします。
問題は米の入手ルートですね。
俺は、南国の獣人族の村で米の飯をご馳走になったことがあり、代わりにこの「天丼」を伝授したんですけど、あそこではそこまで米を量産はしていないはずですし、そうなると、遠方のマリアナ国から輸入する必要があります。
すでに輸入品は多く仕入れているようですが、人気になったらさらにルートを拡張しなければなりません。
まあ、リバーの腕の見せどころですね。
ジジジジジジジジ……
パチパチパチパチ……
半熟卵はすでにある程度出来上がっているものを揚げるので、さらに腕が問われます。
割った時にトロトロでないといけない。
しかし、もう1つ、調理する上で重要な点があるんです。
「へい、お待ちどお」
「わー、美味しそう」
「はふっ、はふっ、トロトロ。それにアツアツ、美味し」
そう……
トロトロだけでなく、アツアツも重要。
さすがシーア先輩、お目が高いですね。
「美味しいわぁ。それにしても、ノーウェ君の手料理を食べることができるなんて……!これは、お友だちに自慢できるわね」
そうおっしゃってくださった麗しいご婦人は、ジャネット先輩のお母様。
その隣に並んでいるナイスミドルな旦那様……つまり、ジャネット先輩のお父様とご夫婦で一緒に席に着いていらっしゃいます。
すぐに分かりましたよ。
お父様はジャネット先輩と同じ髪色だし、お母様はなんとなくお顔が似ていますもんね。
……なぜ、そこにお2人が座っているのかは、俺にはさっぱり分からないんですけどね。
でも、ちゃんとおもてなし致しますよ。
昨日の決闘の直後から、「極悪非道」、「卑怯千万」、「鬼畜外道」、「暴虐無人」などと敵味方、学園の内外問わず、俺の行ない……ジャネット先輩たちとの決闘の終わらせ方について批判が上がったのでありますが、こちらのお2人は、わざわざ娘の対戦相手の総大将である俺に会いに来て激励してくださったんです。
何と寛大な人たちか……!
公爵って偉い人なんですね、母さん。
特に、奥方様の方は、なんでも俺のことを「プラハ学園」の学生の中で1番推してくださっているようで、俺の似顔絵が描かれた専用の羽根付き扇子を持っておられ、せがまれたのでサインなるものを生まれて初めて書きました。
スネカジが「マルテの街」でよくサインをしていましたが、あれとは違いますよね?
ちょっと気恥ずかしい話だったんですけど、どうやら、帝国の貴族のご婦人方の間では、このプラハ学園の魔導師たちを応援する「推し活」なるものが流行っているらしく、俺の顔が描かれているこの扇子も帝都内の販売店で売られているみたいです。
「悪魔小僧とその執事」として、よくリバーとセットで売られているそうです……
それについては、解せません。
おふくろ様がご存命だったら、誰か他の学生を「推し」ていたんでしょうかね?
とりあえずアホのブルートだけは止めた方がいいと思いますよ、息子としては!
あいつもやたら人気らしいんですけどね。
そんな奥方様のこういった活動を笑ってお許しになっている公爵様もやはり、心の広い方なんだなあ、と俺は思います。
その公爵様、俺にも、決闘を労ってくださったあとに、色々とジャネット先輩の話を熱く語ってくださいました。
今も食事をしながら積極的に話しかけてくれます。
「ほう。ノーウェ君、君の技術は『魔境』によって培ったものなんだね?」
「はい。天ぷらを初めて揚げたのが6才、いや7才だったかな……ちょうど近所での野営訓練をし始めたのと同じくらいでしたかね」
野営を始めるようになってから約10年。
初めは泊まりではなく、小一時間の真似事から……
それは、この「天ぷら」を揚げるようになってからと、ほぼ同じ年月です。
10年も続けていれば、ある意味「職人」と言っても過言ではないと思います。
「達人」や「名人」と呼ばれるにはまだまだ修業が必要だとは思いますけどね。
「ふうむ、それはすごい。しかし、『魔境』の森なんて少年の頃の君には危険ではなかったのかね?」
「はい、そりゃあ、危険でしたよ。やっぱり、天ぷらはこうして油を使うので、急に魔物がやって来たりしたら火事の恐れがあるんでその分、敵を察知する能力が磨かれました」
「そ、そうかね……」
「はい、そうなんです。いい修業の日々でした」
野営天ぷら道は深い。
小麦を粉として携帯できるし、卵と水さえ用意していくか、現地調達できれば、あとは魔物を狩って、揚げて、食べるだけです。
鍋さえ持っていけば済むんで、「天ぷら」って便利な料理なんですよ、母さん。
大変なのは後処理ですけどね。
「そ、それじゃあ、君はこれまでにかなりの魔物を倒していたわけだ。噂に聞く『魔境』じゃ、とんでもなく強い魔物も多かっただろうに……」
「はい、強くて美味しい魔物はたくさんいましたよ。ダークフォレストボアは脂も多く取れて一石二鳥なんで定番ですが、怪鳥『ミンミンダハール』とかワルイドターキー、夜光兎なんかは定番ですね。珍味としては、皇帝蜂やアナイグアナなんかも案外いけます。あまりの美味しさにびっくりしたのはグリーンジェネラルですね。Aランクの蛇の魔物なんですけど、天ぷらや唐揚げにすると最上の美味ですよ」
「そ、そうなのかね……」
「まあ!ノーウェ君は大変な食通でもありますのね」
うーむ、奥方様はともかく、公爵様にはどうやら少しばかり引かれてしまったようです。
蛇って好き嫌いがあるから仕方ないですよね。
この後は、お口直しの「アイスの天ぷら」もご用意しますし、引き続き楽しんでいただければ幸いです。
「の、ノーウェくーん!リバー!!水ください、水っ!!フィッティ先生が卵の天ぷら丸のみしちゃって、喉詰まってるよーー!!」
急に、ミスティの大きな声が響き渡りました。
「えっ……あっ、り、リバー!!」
「今、お持ちします」
リバーが駆けつけ、急病人の背中を叩いたり、身体を上下させたりしたことで、なんとか事なきを得れました。
……フィッティ先生。
卵の天ぷらを丸のみしないでよ……
……蛇じゃないんだから!
やけ飲みするのは酒だけにしてくださいね……?
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
公爵の前でも天ぷらを揚げる男、それがノーウェ=ホーム……
次回、一方、カラッとしていない人たち……
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




