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6-71『最後のひと推し』

◇「最高級ゴンドラ室」<推し負けた者の視点>◇


 男は、膝を着いていた。


 誰に謝罪をしているわけでもなく、両手をブランとだらしなく下げ、いわゆる立ち膝の状態で外れそうなくらいの大口を開けている。

 もうすぐ、口角から涎が流れ落ちそうな勢いの表情だ。


 そこに敷かれた絨毯が、最上の素材とされる魔物、「シックルシープ」の細くしっかりとした繊維を原料としており、どれだけ膝が接地したとしてもしっかりと受け止めてくれる反発力を持っているということは、この場においては、なんの助けにもならない。


 その人物は、いくら限られた人間しかその場所にいないとはいえ、簡単に地面に膝を着けていい存在ではない。


 だが、その男は、自分のその部屋における立場も家格も、自身の身分すらも振り返ることなく、ただただ膝を着いている。


「わっはっは、よもやここまでとはのう。恐れ入ったわ。これがかの『魔境』の頂点に君臨する者の実力か。のう、『聖女』アルテよ」


 男の隣で、膝を組んで豪華な椅子に座る青年は、その膝に肘を置き、さらにその腕の先に作った拳に顎を乗せてさぞ満足そうに笑った。


 その青年が、男よりも高い家柄であり、この部屋にいる人間の中で唯一、面と向かった場合に膝を着かなければならない相手でなければ、できるだけ唾を多く飛ばして抗議したいぐらいだ。


「まあ、そうですね。ノーウェ坊……こほんっ、『紫魔導師』ノーウェ=ホームを倒せる魔物は、あの『魔境』内にも存在しないですから。今、お互い本気でやったら、私もただじゃすまないかもしれません」


 その「殿下」に返答した女性もまた、やんごとなき人物である。


 彼女は、そもそもこの帝国においてはなんらかの地位を保証されているわけではなく、名目上は「大聖堂」の責任者というだけであるが、「国」以前の、「大陸」によって権力を超えた権威を持つ存在なので、日ごろから帝国の法律や秩序や貴族社会の慣例などというものはおかまいなしと言わんばかりに振る舞っている。


 傍若無人、唯我独尊、無法無天、横暴無比……


 大衆の前では、清楚で高潔な人物として振る舞っているくせに、ひと度、政治的に敵対関係になった者の前に出ると、その仮面を剥いで陰険、陰湿、執拗、残忍、冷酷無比……そのような素顔を惜しげもなく晒してくる。


 そんな二面性を相手に見せてもいいのか、と思う者もいるかもしれないが、そのことを仮に他の人間に漏らしたのがバレれば、バラした人間に対してさらに非道な嫌がらせが待ち受けているので、誰も表向きには逆らえない人物なのである。


 この『聖女』とよばれる女性は、その政治的な手腕もさることながら、魔導師としての実力も凄まじい。


 この帝国内で5本の指に入る実力者。


 学園の賢者、宮廷魔導師団長、獅子鷲魔導師団長、冒険者ギルドお抱えのSランク冒険者、そして大聖堂の聖女……


『称号』を持つ「()()」といえる魔導師の中で、「最強」と並び評される5人の内の1人。


 それほどの「悪辣非道な実力者」がその実力を認め、その口ぶりからして少なくとも彼女と同等とみなしている学生……


 眼下で行なわれていた決闘を見る前であれば、「そんな馬鹿なことがあるわけない」と思っていたかもしれないが、起こっていることを現実とみなした場合、そんな彼女の言い分も黙って認めるしかない。


「魔境」……


 そこは、帝国の南西部に位置し、隣国である「聖国」と山1つで接している、強力な魔物が跋扈している危険地帯のことを指す。


 男の領地である北東部とは帝国地図においてちょうど対角、真逆ともいえる場所に位置しているが、そんな危険地帯の頂点に立つどんな魔物よりもその学生は強いという。


 恐ろしい話であり、他所で話したら流石に盛り過ぎじゃないかと言われるようなことではあるが、この会場で起こっている現実は、そんな伝説とまったく引けを取らない偉業であるといえるかもしれない。


 まさか、こんな決闘になるとは露にも思っていなかった……


 かわいい愛娘……


 生まれた頃より男が推し続け、目の中に入れても痛くないほどに溺愛していた娘には、出来得る限りの魔法英才教育を施してきた。


 そんな「最推し」の愛娘が、魔法戦闘において軽くあしらわれている。


 しかも、娘と同等の実力者で彼女より1つ年上の先輩女子学生と共闘して2対1の状況で戦っているのにも関わらず、だ。


 そろそろ足が痺れてきて膝が限界?


 そんなことは関係ない。


 決闘終了までの残り時間が刻一刻と減ってきている中、その心臓が大いに締め付けられる想いなのだ。


「ふうむ、それにしても学園十傑の2人を向こうにしてこの実力とはのう。すごい男がいたものだ。『魔境』という場所はそんなに恐ろしいところなのか?」


「まあ、村で生活している分にはそこまで危険な毎日……というわけではありませんね。ただ、日々周囲の魔物を()()()()()()()()より強力な魔物が生まれかねない場所ではあります」


「なるほどの。それでお主とかの『紫魔導師』がその『間引き』を行なっていたと」


「はい、殿下。まあ、私らの喧嘩のついでに、ですけどね」


「喧嘩?」


「ええ。どちらが多く魔物を刈れるか、とか……」


「はっはっは、それは『魔境』の魔物も災難であったな」


 まったくだ、と男は思った。


 災難というより、災害、いや最悪な災厄だ……


 どうせなら、2人ともずっと「魔境」で大人しく暴れ回っていてくれればよかったのに、と男は傍で聞き耳を立てながら心から思った次第である。


「そうか、だが、そういうことなら今の『魔境』は大変な状況なのではないか?」


「まあ、あそこにはジャイカさんがいますからね」


「ジャイカ=ディモニー『魔境』領主……岩鬼族の出の辺境伯よな」


「はい」


 岩鬼族……


 男が治める北東の領地のさらに北に位置する岩山に住む一族で、岩のように堅く強健な巨躯を有し、鬼のように額に「角」があるためにそのような呼ばれ方をしている種族のことだ。


 男の領地とは近接している関係から交易をよく行なっており、基本的には友好関係にはあるが、気難しい連中ではある。


 直近では、「セーユ」なる流行りの調味料の作り方を教わろうとしたが、頑として教えてはくれず、逆に怒られる事態になった。


 自前で商売しようなんてセコい真似すんな……とまで辛辣な言葉を浴びせられた。


 側近たちは、「兵を出して懲らしめましょう」などと意気込んでおったが、そんなことをすれば返り討ちにあって全滅しかねないくらい危険な実力者たちである。


 それ以前に、返す言葉もなかったわけだが……


 ジャイカ=ディモニーは、そんな岩鬼族の中でもかつて「最強」と呼ばれる存在であり、自治区を治める族長の娘である。


 どんないきさつがあって彼女が遥か遠い「魔境」に身を置くことになったのかは知らないが、その実力は容易に想像がつく。


「ノーウェ=ホームはその()()()()()()()なのだろう?」


「よくご存じで。はい、そのとおりですね」


 ……男は、皇子殿下と『聖女』、そして窓の外を何度もキョロキョロしながら首を振った。


 辺境伯の養子ということは、かの『紫魔導師』は辺境伯家の一員ということになる。


 男は、くしゃくしゃにしていたパンフレットを開いて、決闘の出場メンバーの情報欄を目で追った。


「『紫魔導師』ノーウェ=ホーム、出身地:マノ村」……


 パンフレットに辺境伯の情報など一切載っていない。


 これはどういうことだ?

 男は少々混乱した。


「しかし、あそこには実子がいるのではなかったか?」


「はい。村長の息子ですね」


「うん?」


「ですから、()()()()()です」


「……言っている意味がよく分からんが」


 珍しく殿下が戸惑いの表情を見せている。


 もちろん、それを傍目で聴いている男はもっと混乱している。


「ジャイカ=ディモニーは、『マノ村』のある『魔境』一帯の領主であり、『マノ村』の村長は夫であるシリカジ=リムジーが任命されております」


「うん?そうよの……んんっ?リムジー」


「はい。ジャイカ=ディモニーのディモニー家とシリカジ=リムジーのリムジー家は家を分けており、()()()()()ですので実子であるスネカジ=リムジーは村長宅であるリムジー家の跡継ぎとなります」


「ううん?では、ディモニー家の跡取りはひょっとして……」


「はい。おそらくジャイカさん、こほんっ、ジャイカ=ディモニーはノーウェ=ホームに『魔境』の領主を継がせるお心積もりかと……」


 ……聴いてよかったのだろうか、この会話。


 恐る恐る男が『聖女』の顔を横目に見ると……


 その悪辣な女の口角が思いっきり跳ね上がっていた。


 男は心底身震いした。


「ううむ……しかし、それは御家騒動になったりしないのか?スネカジの方はなんといってもジャイカ=ディモニーの実子なのだろう?」


「無理ですね」


「えっ?」


「スネカジが100万人いたとしてもノーウェには勝てませんから」


「……う、うん」


 それは養子のノーウェ=ホームが強過ぎるのか、それともスネカジという実子が弱すぎるのか、男にはちょっと想像がつかなかった。


 「魔境」にある村に住む男が弱いなんてことがあるのだろうか……


「でも、村民がスネカジについたりは……?」


「全員、まず間違いなくノーウェにつくでしょうね」


「……う、うん」


 男は、ようやく、なんとなくではあるがスネカジという男の人物像に想像がついたのであった。


 まあ、だから、どうなんだという程度のまったく要らない情報ではあるが……


「しかし、国が認めるかのお……」


 たしかに、その問題はある。


 貴族家の領主が変わる際には、帝国政府に申し出をした上で必ず皇帝陛下の承認を得る必要となるからだ。


 しかも、男爵位以下は数が多すぎるため、書類で済まされるのが慣例だが子爵家以上はそうはいかない。


 必ず、陛下の謁見を賜ることになっている。


 貴族家で御家騒動が起こった場合、実子同士の争いであれば、その貴族家内の問題として帝国政府は特段関わることがない場合が多いが、実子と養子の場合はまず間違いなく介入すると見ていいだろう。


「お家」乗っ取りの可能性があるからだ。


「殿下、そこは問題ではありません」


「うん?」


「そうなったとしても、()()()()()()()()()()()と申し上げておきます」


「う、うむ……そういうことか」


 ……そういうことか。


 『聖女』の言葉の裏を男も理解した。


 「魔境」は「聖国」とその国境を接している地域だ。


 仮に帝国政府が新領主を認めず、陛下が承認しなかった場合、どうなるかは火を見るよりも明らかである。


 ……というか、そんな話をここでしていていいのかよっ、と男は思ったが、すぐに状況に気づき、男の体中から冷や汗が噴き出した。


 ……ここでしていていいのか、ではなく、()()()()()()()()()のだ。


 男は、再び、『聖女』の顔を見たくないが横目にちらっと見た。


 ……口角がさらに上がっている。


 ……悪辣過ぎる。


 この悪辣聖女は、まるで世間話でもするかのように、皇子にこんな話をしているわけだが、仮に、皇家自体の御家騒動が起こった場合、それはとてもじゃないが世間話のレベルでは済まされなくなる。


 毒饅頭……


 皇帝陛下の後を継ぐのが誰であるのかは、いまだに不透明だ。


 ここにいるロベルト第3皇子も、1番手ではないにしても、有力な候補の1人。


 そんな皇子の口に、この悪辣聖女は毒饅頭をひょいっと放り込んでいる。


 皇帝が代替わりをするタイミングで、領主の方も代替わりをすることが慣例としてある。


 仮に、「魔境」の辺境伯がそのタイミングで代替わりしたら?

 それを新皇帝ならびに帝国政府が認めなかったら?

 そして、その新領主が一騎当千の実力者であったら?


 ……考えただけでもゾッとするようなことを悪辣聖女は暗に仄めかしているのだ。


 ……というか、そんなことをこんな場所で話していていいのか?


 いや、だから……こんな場所だからこそ話していたのだ!


 男はいつの間にか自分が完全にハメられていることに気づいた。


 もしも、皇帝陛下の跡目争いが勃発した場合、お前はロベルト殿下を()()……


 この部屋での会話を聞いてしまった以上、それしか選択肢が残されていない。


 他の皇子が皇帝になった瞬間に、帝国の領土は大きく切り取られ、他国の帝国を見る目が大きく変わってしまうからだ。


 いやいや……


 なんでそんな話をいくら限られた人数の密室とはいえするんだよ……


 男は泣きたくなった。


 隣にいる妻は、透明の窓に顔をくっつけそうなほどに、決闘に夢中だからまだいい。


 自分ももっと夢中になっているべきだった。


 皇子の隣に立つ男も守秘義務を重んじる「宮廷魔導師団」のメンバーであり、皇子の覚えもめでたいようだから、まあいい。


 聖女の傍に仕える聖騎士の女性も悪辣仲間だからどうでもいい。


 しかし、政府と関係ない学園関係者である女性は……


 男がふと、その女性の方を見ると……


 その女性は男と同じように膝をつき、泡を吹いて放心状態になっている。


 ……無理もない。


 この女性、皇子殿下の側近の婚約者であり、学園官房室長という要職に抜擢されたやり手であり、さらには、現在、この場の話題の中心にいる『紫魔導師』擁する派閥の顧問を務めているという、1度に聞いただけではまったく理解できないステータスの持ち主なのだが……


 ……決闘中、こともあろうか、その派閥から「帝国ネット」に一斉に伝わる形で思いっきり「吊るし上げ」を食らってしまっていたのだ。


 いくら自分たちの作った決闘を改変されたからといって、自分の派閥の顧問を帝国中に伝わる形で非難するかね……


 これから、この決闘の視聴者、抵抗勢力、荒らし目的の者たちなどから、運営に対してクレームの嵐となることは必至である。


 これには、さすがの男も同情を禁じ得なかった。


 婚約者である皇子殿下の側近が背中をさすっているも、意識は戻っていないようだ。


 ……まあ、これなら、さっきの会話の方は問題ないかな、と男は思った。


「おっ、いよいよラスト1分だぞ」


 皇子殿下の言葉に男はハッとした。


 たしかに、魔導師の実力としては大きく水を開けられた形になってしまってはいたが、愛娘には帝王学も学ばせてある。


 必ずしも実力において上回る者が勝負に勝つわけではない。


 その教えを守るかのように、娘たちはラスト5分で仕掛けをしていた。


 とにかく、ここは娘の……『風華』ジャネット=リファ率いる<公爵令嬢連合>の勝利を願うのみ……!


 それが「推し」を愛する者の務め!


「頑張れっ、ジャネットぉーーーーーーー!!」


 そう思い、膝を着いていた男、ジャンルイジ=リファ公爵は再び奮い立ち、拳を振るって声援をしたのであるが……


 ……結果は、動き出した『紫魔導師』のよく分からない魔法の連続により、愛娘にとっては惨憺たるものとなってしまった。


「な、なぜ……」


 再び、最高級のシックルシープの絨毯に膝を着く公爵……


「きゃーーーー、ノーウェ君、カッコいい~!!」


「えっ、お前?」


 ……

 …………

 ………………


 ジャンルイジ=リファ公爵にとって、この奇妙な間で起こった最も不可解な出来事は、愛娘が敗北したというのに、立ち上がって歓喜している自身の妻の様子であった……!


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


まさかのミーハーお母様……(笑)

ちなみに、ノーウェは自身が辺境伯家の人間であるとは認識して(特に気に留めて)おりません……


次回……

ノーウェ……揚げる。


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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