6-59『忍ぶ者』
◇「【魔花】訓練場」◇
魔帝国所属「魔法隠密部隊」……
魔帝国きってのエリート集団であり、幼い頃より『称号』を授かった者は、身分に分け隔てなくこの組織によって見出され、鍛え上げられる。
『颯梟』モナ=オウルも、早くから専門の訓練を受け、齢10になる頃にはすでに1人前の隊員として認められるまでになっていた。
その頃から、彼女の生涯の主君は決まっていた。
『雪月』シーア=ベン……
奇しくも、モナと同い年であるその少女は、国の創始者の血を引く公爵家に生まれ、魔帝国において特別なエリートだけが授かるとされる『称号』を持ち、その才能を幼い頃より遺憾なく発揮していた。
魔帝国では、魔導師としての才能を持つ人間は、すべからく1度は「魔法隠密部隊」にて特殊訓練を受ける。
モナがシーアと出会ったのも、同じ「魔法隠密部隊」での訓練を受けていたときであり、その貴族令嬢との邂逅は、若くして才気を見せていた彼女が初めて挫折を味わった瞬間でもあった。
しんしんと降る雪のように、静かにそしていつのまにか消えてしまう……
それは、夜に紛れ、風に乗って獲物を狩る梟のように動くことのできるモナであっても、敵わぬ「隠密術」であった。
「モナ、友達になろう」
自身が決闘によって敗れた少女が差し出した白く華奢な手を握ったそのときから、『颯梟』モナ=オウルの生涯の任務は決まった。
モナは、公爵令嬢の影として、常に彼女の傍に仕える。
本国での厳しい試験を通過し、晴れて留学生として主君『雪月』シーア=ベンが、因縁深い帝国の「魔法学園」に通うことになったときも、当たり前のように傍に付いた。
任務は2つ。
同じ学生の身分として主君を支えること……
そして、「ウィルヘルム帝国」やその周辺国の情勢を探ること……
本国からの命を受け、充実した学園生活を過ごしながら、気が付けば2年の月日が流れていた。
魔帝国にいた頃には、自分の主君よりも、才に秀でた者などいないと思っていたものだが、なかなかどうして……
同級生であり、将来、帝国の中枢や大陸全土での活躍が約束されている人材……
『迅雷』イクス=トスト……
『光厳』メーネス=アンフェ……
『焔海』パージ=ジョートー……
……の3人には圧倒された。
さすがに帝国中の魔導師が集まると言われている魔法学園だ。
世界は広い。
『風華』ジャネット=リファ……
『音爆』シンガ=ソング……
『風切』クォーター=ムソウ……
モナにとっても、『風の支配者級』を目指し、学園に認めてもらうにあたって、大きな壁が立ちはだかった。
気がつけば3年……
卒業し、国に戻るには十分な情報を得てはいるが、どこか心は晴れず、燻るものがある。
そんなときであった。
◇回想(3-13『用心棒』参照)◇
「気づかれていた!?」
自分たちよりも2つも年下の新入生。
この国のエリートからは侮蔑の対象である『色付き』で面妖な紫のローブを羽織る男は、初見であるにもかかわらず、モナたち「魔法隠密部隊」の「影入りの魔法術」と呼ばれる魔法と隠密術を組み合わせた動きをいとも容易く看破してしまった。
同じ魔帝国の留学生の後輩であるバラン=レンホーンが因縁をつけたその『紫魔導師』は、魔帝国屈指の諜報機関のエリーたちの動きをすべて把握していたばかりか、主君の用いる特別な魔法すらもこともなげに見破った。
◇回想終了◇
直接的な邂逅はない。
相手は、モナたち「魔法隠密部隊」の動きをこともなげに見破っただけ。
彼女の部隊は、その時点で「国の恥」となりかけていた、男爵令息の身柄を引き取っただけ……
だが、それだけでも、彼女たち生粋の隠密部隊にとっては、「決闘」で負けるよりもよっぽどプライドを傷つけられ、大きな屈辱を与えられたものであった。
「ジャネット様、総大将である貴公に折り入ってお願いしたき議があります」
「あら、モナさんどうされたのですか?」
「モナ、どうした?」
「オホホ、どうしたのかしら?」
モナは訓練の合間にお茶休憩をしていた3公爵令嬢の前で跪いて懇願した。
「シーア様、出過ぎた真似をお許しください。次戦の戦略なのですが、我々『魔法隠密部隊』をノーウェ=ホームに当たらせていただけないでしょうか」
「「「……っ!」」」
これまで常に1歩引いて主君の指示に粛々と従っていたモナからの突然の懇願に公爵令嬢たちは思わず紅茶を飲む手を止めた。
「理由を聞かせていただきましょうか。あくまで戦略的に有用な理由であれば聞き入れます」
「はい、ありがとうございます。それでは、僭越ながら……『紫魔導師』ノーウェ=ホームは、これまでの決闘を見る限り、<無法者連合>において、奇想天外な魔法と戦術を用いて場を掻き回すキーマンとなる男です」
「それはその通りですね」
「うん」
「オホホ、まったく躾のなっていない犬よね!」
「その一方で、彼の者は単独行動を取ることも多い。そのタイミングが狙い目ではないかと」
これまでの「第2ラウンド」の決闘において、ノーウェ=ホームはすべて単独行動を取っている。
それだけ、あの者の使う魔法が味方まで左右してしまう特殊なものだということだ。
……で、あればこそ、そこに好機があるのではとモナは考えたのであった。
「危険じゃないかしら?」
「深追いは致しません。あくまでも流れの中で機を伺います」
モナは、腕を組む他国の公爵令嬢に深く頭を下げて懇願した。
「ジャネット、やらせよう。私が『二の矢』になる」
主君も同意し、援護射撃をしてくれた。
「ズルいですわね」
「「えっ?」」
「あ、いえ、なんでもありません。まあ、私は来年も戦う機会はありますからね。『三の矢』で構いませんわ」
「ありがたき幸せにございます」
……言っておいてモナは少し困惑した。
いつのまにか、<連合>戦の戦略の話が打倒ノーウェ=ホームの話に切り替わってしまっている。
それだけ、戦略的にも重要な相手だということは分かるのだが……
「魔法隠密部隊」隊長モナ=オウルは、相手の心の隙が生まれるタイミングを決して見逃さずに、「一の矢」でノーウェ=ホームを必ず仕留めることをその心に誓った。
「みんなして、ズルいですわ!私もあの男を倒して踏んづけてやりたいですわっ!」
「どうどう、マリー。『待て』ですよ」
「私は馬でも犬でもありませんわよっ!」
◇「最高級ゴンドラ室に向かう廊下」◇
冬の総魔戦」第4戦。
10日間の休養期間を経て、会場も、観客たちも、そして出場する学生たちもリフレッシュした状態で新たな「決闘方式」に臨む。
通常、この第4戦から各ブロック、徐々に総力戦となっていく。
だが、今年はすべてのブロックにおいて、一足早く、この第4戦がブロック1位を争う事実上の決勝戦の様相を呈している。
特に、BブロックとCブロックにおいては、ここまで3連勝で勝ち進んだ<連合>同士の対決だ。
そして、口火を切るのはCブロックの第4戦。
第3戦までとは開催日の順番が逆となり、今後の日程はCブロックから始まるわけだが、そこで今大会目玉の対決が行なわれると専らの評判であった。
ところで、この前評判にやや不満げな男が、「ハイリゲンアリーナ」の「最高級ゴンドラ室」に向かって歩いている。
「あなた、もう少しゆっくり歩いてくださいな」
「す、すまん。ついつい気が逸ってしまってな」
隣を歩く奥方に嗜められている男の名はジャンルイジ=リファ……
この帝国において、上から数えた方が断然早い身分の公爵家の現当主である。
北方の領地より数日前から早足の馬車でやって来て、これから執り行われる愛娘の決闘での勇姿をまばたき1回たりとも見逃さないように、万全を期して会場入りしたわけである。
「急いでも決闘の時間は変わりませんよ」
おっとりとした調子で話すのはネリッサ=リファ夫人。
朝から慌てる旦那を見てすでに呆れ気味だ。
「それにしても……相席なんて珍しいわね」
「元々埋まってしまっていたらしいからな。最近は学園も方針が変わりつつあるようだし、致し方ないだろう」
例年であれば、公爵家の当主が部屋を押さえられないなんてことはないのだが、この1年で学園の運営も大きく変わってきていると耳にしている。
階級を重んじる公爵家当主としては、このような昨今の学園の風潮は、決して手放しで喜べる状況ではないのだが、かといって頭ごなしに否定すべきものでもない。
父(保護者)としては、娘の魔導師としての成長のためならば、学園生活における階級の壁など取っ払ってしまってもいいという考え方であった。
もっとも、その先の就職となると話は別であるが……
「でも、相手方が私たちに気を遣うのではないかしら……」
夫人はゆっくりと歩きながらも、その手を頬に当てて首を傾げている。
貸切の方が良いに越したことはない……
そう顔に書いてあるようだった。
「それよりも、なんだこのプログラムは!ジャネットたちの決闘をまるで五分と五分の戦いのように煽っているじゃないか」
VIP専用通路の入口に置かれていた大会のプログラムを筒状に丸めて不平を言う公爵。
娘の所属する<連合>の評価が思っていたよりも低く、お冠であった。
「あら、あなた、ちゃんと中身を読んでいないのね。対戦相手もなかなかですよ」
「うん?だが、ジャネットたちは、あの伯爵家の坊ちゃんや侯爵家の嬢ちゃんの<連合>はすでに破ったのだろう?」
公爵は立ち止まった。
これから上階へと向かう「インビジブルフローター」に乗り込むからだ。
元々、「シンフォ商会」の製品であったものを「ソナタ商会」が特許ごと買い取り設置したと聞き、初めて乗る公爵は童心に帰ったようにワクワクしていたものだった。
しかし、そのことも忘れてしまうほどに、今は手に持ったプログラムのことが気になる。
「【泥魔沼】……そうか。かの学年主席擁する<連合>が相手なのか」
英才教育を受け、本人も決して努力を怠らない愛娘であっても、第1学年において唯一、同学年にして決着をつけることが叶わず、獲得ポイントで上回られた魔導師……
第2学年首席、『泥欲』クレハ=エジウスが相手となれば、その前評判も仕方ないのかな、と公爵は思った。
研究者の娘にして、自身もバリバリの研究者……つまりは「狂人」。
いかな秀才であっても「狂人」には及ばない。
むしろ、及んで欲しくはない。
「研究」を生業にする人間には、彼自身、身分や立場を超えた一定の敬意も持っている。
そういった相手であったので、公爵もクレハ=エジウスが相手であれば仕方ないか……とすこし落ち着いてきた。
おかげで、正面の透明の窓から移る会場と観客たちも自然と目に入ってきた。
「あなた、よく見てください。【泥魔沼】の所属する<無法者連合>は親子連合ですよ?」
「うん?要するに傘下を従えているということだろう?何も不思議なことは……」
公爵は、再びプログラムに目を移した。
……「子派閥」?
「えっ?ど、どういうことだ……!?」
「【泥魔沼】は子派閥ですよ。親派閥は【紫雲】。新入生が組織する『春の選抜決闘』でも『台風の目』となっていた今学園で大注目の派閥ですのよ」
「はいーーー?」
……意味が分からない。
自分の妻が何故にそのような詳細を知っているのかも分からなかったが、2年生の首席擁する派閥が新入生派閥の傘下になっている理由が、公爵にはまったくもって理解不能であった。
混乱によって再び視界がぼやける。
「インビジブルフローター」を出て、いよいよ「最高級ゴンドラ室」の前に来ても、目の前は一向に晴れなかった。
扉を開けてからも……
ギイィーーーーーー……
「おう、リファ公爵。遅かったではないか……!」
「で、で、で……殿下!」
リファ公爵は一瞬目を泳がせて、部屋にいる他の人物を視認した。
先約が5名。
その場に立っている人物は3名。
1人は、学園スタッフのようでスーツ姿の腕に腕章を巻いている。
黒髪ロングで眼鏡をした女性……
かわいそうに、ガチガチに緊張している様子だ。
もう1人は、騎士の鎧を身に着けた女性。
白銀の鎧に金色の髪をしたその女性は心当たりがあるが、今は頭の隅に置く。
予想が正しければ、その前の座席に着いている女性がとんでもない人物だからだ。
もう1人……公爵に声を掛けた人物の傍にいるのは、白銀のローブ姿からいって「宮廷魔導師団」の団員だろう。
……整理が付いた。
なぜに、この場に「皇子殿下」と『聖女』がいるのかは、まったく分からないが、とりあえず相席する人物が誰であるかは理解した……
「相手の方が気を遣う」……
妻が廊下で気にしていたことであるが、全然その心配は要らないな、と公爵は思った。
「ささっ、公爵もご夫人も早く席に着かれよ。おお、そうじゃ、本日は『聖女』も同席しているのでな」
「これはこれは閣下。ご機嫌麗しゅうございます」
「いえいえ、『聖女』様の方こそご健勝のようで何よりです」
……帰りたい。
ジャンルイジ公爵は心の底からそう思った。
現皇帝の覚えめでたい『聖女』……
民衆の人気は高く、彼女をよく知らない人間にとっては、高潔な畏れ多い存在として見られているが、他方で、その政敵を完膚なきまでに打ちのめす辣腕ぶりから、2度と関わりたくないと思う人間も多い。
その聖女と、皇室の中でも最も「破天荒」な皇子と呼ばれるロベルト皇子という、考えうるかぎり最悪の組み合わせの2人がいったいなぜこんなところで学生の決闘を観戦しているのだろうか?
最近の学園事情に疎い公爵にはその理由がさっぱり分からなかった。
「いや、何度かお忍びで観戦していたのだがな。1人で観るより大勢で観る方が面白い。何より『推し』の<連合>が違う者と同じ部屋で観るのはさぞ盛り上がるだろうと思ったのだ!」
「お、『推し』……ですか?」
「うむ、其方は当然、娘のいる<公爵令嬢連合>を応援するのだろう?」
「は、はい。それはもちろんで……」
「そうだろう、そうだろう。余と『聖女』は相手の<無法者連合>を推しているからよろしくな!」
……
…………
………………
「はいーー?」
ここに、「仁義なき応援合戦」が幕を開けた……!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
上層でも何やら波乱の予感ですね……(^^;)
次回、お待たせしました、VS<公爵令嬢連合>戦、開幕!
ノーウェたちの作戦は……?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




