6-56『裏切り』
◇『メモリアルホール別館(瑞鳳の間)』◇
金と赤の派手な装飾……
壁も、天井も、床も、テーブルも、椅子も……!
すべてが眩く、それまで平均的な生活をしてきた者にとっては、その場にいるだけで平衡感覚を失いそうな場所……
自らを平凡な一般人と自負しているフィッティ=シールズは、大きな学内パーティの運営スタッフとしてぐらいしか縁がないであろうと思っていた大広間に置かれた、家のベッドよりも感触のよいソファに腰掛け、眩しすぎて目がチカチカするほど豪華な金細工で設えた照明の魔道具の下で、所在なさげにしていた。
「瑞鳳の間」……
学園長マターの会合ならいざ知らず、そこに居合わせている面々も、おおよそ、この場所に相応しくはなさそうな者ばかりである。
【紫雲】、【泥魔沼】、【火鳥風】のメンバーたち……
60人の中で、貴族籍を持つ者は2割に満たないし、その中に高位貴族はいない。
強いて言えば伯爵家生まれのブルート=フェスタか?
それでも、とてもじゃないが、このような場所で会を開くに相応しい身分とも思えない。
学内の派閥ランク的には、ある意味、相応しくなりつつはある。
現在、【紫雲】は派閥ランク13位まで上昇している。
「冬の総魔戦」の残り決闘の内容によっては、学園史上最速の1ケタ台という、とんでもない状況になりかねない。
冗談じゃない……!
この派閥の顧問を務めるフィッティにとっては、悪夢以外の何物でもない状況だ。
そんなことになれば、ただでさえ悪目立ちが過ぎるこの派閥が、より一層敵を多く作ることになってしまう……
学内にも……
学外にも……!
「まあ、まずはおくつろぎください」
頭の中で不安なことばかりを思い浮かべるフィッティに対し、執事然とした派閥のメンバー、リバー=ノセックがニヤリと怪しい笑みを浮かべながら、目の前のテーブルに空のグラスを置いた。
……なぜ空?と思ったが、今聞きたいのはそのことではない。
……これから、一体何が始まるというのだ?
そう喉元まで出かかっていたが、フィッティはぐいっと唾を飲み込んだ。
とりあえず、目の前の光景が異様過ぎる。
広間内では、フィッティと同じように1人1人に肘掛け付きのソファが割り当てられている。
フィッティの両隣は何故か空席なのだが、それぞれの席の前に料理や飲み物を置くための、スタイリッシュで支柱部分の細い簡易テーブルが設置されている。
フィッティの席は入口の扉から1番遠い正面の席であるが、彼女と50メートル近く離れたその扉の間には巨大なテーブルと、その上に乗せられた芳しい香りを幾重にも放つ豪勢な料理が並べられている。
まあ、その絵自体は如何にもパーティーらしい風景なのであるが、問題はさらにそこから10メートルほど手前。
フィッティとビュッフェ台の中間地点あたりにある。
そこに3人の男が正座をしており、その内の2人が手を後ろに回している。
「む、無実だっ!」
青髪の男が叫んだ。
一応、この部屋にいる人間の中で、最も高い爵位の籍を持つ男、ブルート=フェスタだ。
「わ、我もだ!わ、悪気はなかった!」
今度は、その隣にいる赤髪の男が叫んだ。
一応、この部屋にいる者の中で2番目に高い爵位である、男爵家の嫡男バラン=レンホーンだ。
他にも何人か男爵家の人間はいるが、他国の賓客という意味でいえば、彼もまた床に膝を着いていていい人間では決してない。
……
…………
………………
「悪気がない……で済んだら冒険者ギルドは要りませんよねえ、先生?」
「えっ?」
叫び声の後の不気味な沈黙を打ち破る言葉を静かに発したのは、空席を挟んだフィッティの左隣に腰掛けている、紫ローブを羽織った男であった。
男は、膝の上に茶トラの猫を乗せ、その背中を優しく撫でている。
状況把握に努めるフィッティは、やがて、その男の言葉が派閥の顧問である自分に向けてのものではないことに気づく。
正座する3人の最後の1人が、汗ダラダラで引き攣った笑顔になっていたからだ。
フィッティは今一度、精一杯、状況把握に努めた……
……なんだ、この状況!?
思わずそう叫びたくなる。
60人あまりの面々が正座をする3人を囲んでいるのだから、これを異様と言わずして何というのだ、とフィッティは思った。
「悪気があるか、ないか、の問題ではなく、結果が良いか、悪いか、の問題なんだよ、バラン」
ゴクリッ……
フィッティは思わず息を飲んだ。
猫を撫でる紫ローブの悪魔は、普段から悪魔的な性格で悪魔的な行動しかしない悪魔な男であるが、それでも今日はやけに威圧感がある。
穏やか過ぎる物腰が却って不気味だ。
「そう思いませんか、フィッティ先生?」
「えっ、私?」
今度は名指しであった。
「そ、そ……」
同調しかけたが、フィッティはその類まれなる直感力と最近培った洞察力によって思い止まった。
なんとなく、「罠」の気配がする……
それが何かは分からないが、紫の悪魔が猫を撫でるのを止めたその手と、その近くに立つ執事風の男の作り笑顔を見てフィッティはそう判断した。
……かと言って、他に何を言えば正解なのかも分からない。
押し黙っていると、紫の悪魔は指をパチンッと鳴らした。
「「うっ……!」」
正座をしている青と赤の髪色の男たちの顔が強張った。
「『マインドチェーン』はよっぽどの魔力差がないと効果がないんだが、良心の呵責といった受ける人間の精神状態には結構左右されるんだよ。ついでに『エンジェルウイング』で補強すればだいぶ範囲が広がる」
……なんか難しいことを言っているが、フィッティにはよく分からなかった。
魔法のことはただでさえよく分からないのに、悪魔の魔法は尚更分からない。
それよりも、顧問として、「手荒な真似は止めなさい」と言いたいのだが、どうしても自身の第六感がそれを許さず、もどかしくなるフィッティであった。
「罪というのは結果に対して測られるもの。罰というのは罪に対して払われるもの……そうだろ、リバー?」
「ええ、そうですね。もっとも、情状酌量の余地があれば話は多少は変わりますが」
悪魔小僧とその執事の会話。
この場にいる60人、誰も口を挟めない。
「ほ、ほんの出来心だったんだ!ちょ、ちょっとジェシーに何の訓練をしているか聞かれて……それで、見せびらかしてやろうと、ちょっといい気になって」
「……次の決闘『ELEMEMTS』での作戦の機密を漏らした、と?」
「うっ、それは……」
フィッティの額に汗が伝う。
少しずつ話の全容が見えてきた。
この2人は、おそらく次戦の作戦機密を漏らしてしまったのだ。
この派閥が秋より手塩にかけて開発した「ELEMENTS」という決闘の大一番の作戦情報を外部に……
それも、よりにもよって対戦相手の<連合>に……!
これは、ひどい裏切り行為であり、事実ならば十分に罰則の対象になり得るだろう。
普段は和気藹々《わきあいあい》としている組織であっても、締めるところは締めないといけないという理屈は理解できる。
ところで、何故だろうか……
別に何かをバラしたわけでもないのに、フィッティ自身の額から流れ落ちる汗が止まらない。
それと、いまだに、3人の内のもう1人……フィッティ自身も良く知る恩師がどうして一緒に正座をしているのか、その理由が分からない……
「それで〜、どこまで喋っちゃったの〜」
レミ=ラシードが尋ねた。
いつもは明るく天真爛漫に聞こえるその高い声も、今はどこか恐ろしく聞こえる。
「ふ、『2人で肩組んで特攻大作戦』をぜ、全部……」
……
…………
………………
……何それ?
一瞬、ふざけているのかなとフィッティは思った。
しかし、周囲の面々が真剣に呆れた表情を見せ、中にはため息を吐いているので何も言えず、ただただ困惑する。
ひょっとしたら、作戦名は暗号か何かの類なのかもしれない。
「皆の意見を聞いて決めましょうか」
「そうだな。皆の意見であれば、2人も認めるしかないだろう」
どうやらこれから公開裁判になるらしい。
この場の「長」である紫の悪魔が、片手を口元まで上げ、その人差し指と中指を揃えて軽く折り、何かを思案しているかのようにピタッと止めた。
「き、君たち……いくら多数決とはいえ、一方的な『私刑』は先生、見逃すわけにはいかないよ?」
正座をするフィッティの恩師が教え子を諭すような言い方で周囲に訴えた。
教師として勇気ある正義に基づいた行動ではあるが、その声は震えている。
何かに怯えているようだ……
「ワイバーン……」
「うっ……」
何かの暗号か?
紫の悪魔がその単語を呟いた瞬間、恩師は力なく首をガクッと下げた。
レミ=ラシード含め、周囲にいた派閥の幹部何名かから乾いた笑い声が漏れた。
ワイバーンといえば……1体倒せば帝国軍において階級が1つ上がると言われるほどの存在だ。
フィッティみたいな凡人にはまったく想像つかない「怪物」のような存在であるが、ここにいる魔導師の面々であれば、わりと近しい存在なのかもしれない。
どちらにせよ、その暗号の意味は分からなかったが、恩師の首と心が折れたのを見届けたフィッティであった。
最近は、敵対することも多いウザ恩師であるが、こうなってしまうと同情を禁じ得ない。
「それでは、皆さん、2人の行動をどう評価しますか」
「大将らしいといえばらしいけど、今回はさすがに見過ごせないぞ」
「俺もハリーと同意見。ついうっかりというレベルの話じゃないな……」
派閥幹部ハリー=ウェルズとカーティス=ダウナーが即答した。
どうやら慈悲はないらしい……
「ブルート君、有罪~!」
「私たちが精魂込めて作り上げた『ELEMENTS』よ。当然ね」
「わ、私はその……」
「「「「せーの、死刑!」」」」
女性幹部たちはもっと辛辣だ。
彼女たちは、ほぼ全会一致で有罪に投票した。
「ブルートはこないだ『海鮮ヤキソバまん』も独り占めしたデス」
「余罪がどんどん出てくるデスね」
「「がるるる~」」
「ちょっと軽率でしたなぁ……」
「バラン様は軽率が服着て歩いているような御方ですので」
他のメンバーからも、まったく擁護の意見は出てこなかった。
「……決まりですかね」
「ああ、弁解も擁護の余地もまったくなしだな。判決『フェザータッチ』の刑!」
「「ヒッ……!」」
……再び、何それ?
フィッティが戸惑っていると、青髪と赤髪の罪人2人は絶望の表情へと変わり、次に全力で逃れようと左右に身体を揺らし始めた。
「『フェザータッチ』、『れんぞくま』」
「ぶっ……ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!ひぃぃーーー」
「ぬっ……ぬひゃひゃひゃひょひょひょひょひょひょーーーーん」
逃げようとしても、何かに拘束されているかのように、身体を動かすことができない2人に対し、ふわふわした羽毛のような『風の魔法』が紫の悪魔の手から放たれた。
その身体の周囲にまんべんなく配置されたその『風の羽毛』は、肌に触れるか触れないかの位置を何度も行ったり来たりをしているようで、2人は何度も身体をくねらせながら笑い声に似た断末魔の悲鳴を上げて悶絶した……!
……恐ろしすぎる!
フィッティは、その粛清の魔法を受けてもいないのに身震いした。
倒れる2人の隣で正座する恩師も、起こった出来事に対して絶句している。
次は自分……とか考えているのだろうか。
フィッティも気が気でいられなかった……
どこか、「断罪」と「粛清」がまだまだ続きそうな雰囲気がある。
「き、君たち……もうこれ以上は……」
「クローニ先生……」
「な、なんだね?」
「この『フェザータッチ』という魔法、どんな魔物から得られる魔法か知ってます?」
急にクイズが始まった……
紫の悪魔は相変わらず人差し指と親指で空気でも摘まんでいるかのようなポーズを取っている。
正直言って怖い……
「え、え?どんな魔物って……ま、まさか……!?」
恩師クローニ=ハーゲルは何かに勘づいたような顔になった。
恩師ほど魔法にも魔物にも詳しくないフィッティには、いまだに見当もついていない。
「そう。ワイバーンですよ、先生。笑っちゃうでしょう?あれだけの『怪物』じみたブレスを吐く魔物から得られるのはこんな優しい『風魔法』なんですよ」
……はいー?
ここで出てきたワイバーン……
「そ、そうなのかい……」
涙目の恩師……
「もっと笑ってもらってもいいんですよ、先生。別に今回の依頼によって得た魔法ってわけじゃないですからね。今回の戦利品ってわけじゃあないんです……」
ようやく、フィッティにも話が見えてきた。
要するに、恩師はこの紫の悪魔に何かを依頼したらしい。
そして、その依頼にワイバーンが関連しており、それこそが龍の逆鱗ならぬ悪魔の逆鱗に触れたらしい……
「も、申し訳なかった!!」
正座をしたまま突っ伏したように頭を下げる恩師。
あまりにも哀れな姿だが、フィッティは見ないことにした。
ここは学園内であり、ものすごい「下剋上」が起こっている気がするが、一応、これは学外の話であるし、何よりフィッティには関係ない話のようであったからだ。
……つまり、見捨てた。
「どうしましょうか、ノーウェ」
「謝罪を受け入れよう。冒険者としてね」
「あ、ありがとう!そ、そして本当に申し訳なかった……」
涙溢れる恩師……
「ただし、条件があります」
「え?」
当然、悪魔はタダの取引を許さない……
だって、悪魔だもの。
「じょ、条件とは……な、何だね?」
「そう固くならないでください。たった1つだけ教えてもらえればいいんです」
「わ、私に答えられることならなん……」
「誰が『ELEMENTS』のルール改定を主導しました?」
「「えっ?」」
……思わずフィッティも声を出してしまった。
そして、咄嗟に自分の両手で口を塞いだ。
「もう1度お聞きしますよ。誰が『ELEMENTS』のルール改定を主導しました?」
「そ、それは……」
言い淀みながらも、視線を元教え子である自分の方に向ける恩師……
向くなっ、絶対にこっちを向くな!
そう心の中で叫ぶフィッティ……
全身の水分が抜け出るような感覚に陥る……
「誰?」
「誰?」
「誰?」
「誰?」
周囲から悪魔の質問に呼応するかのように疑問の声が湧く。
「そ、それは機密事項なので……」
よく言った!
フィッティは心の中でガッツポーズをした。
そして、恩師に向かって絶対に逃げ切るようにとエールを送る。
「ふーん、そうですか。リバー、あれを」
「はい。頃合いですね……」
「あ……れ……?」
きょとんとした表情となる恩師に向かって、悪魔小僧の執事が足音を立てずに歩み寄った。
その手にはいつの間にか、それぞれ赤と青の色をしたベルベット張りの正方形の箱を乗せている。
遠くから見ているだけで羽毛のような手触りが想像できる高級品の入れ物だ。
かなり大きい箱だが、あれに何が入っているのだろうか……
「こ、これは……!?」
パカッと空いた箱の中身を確認した恩師が絶句をしている。
なんだろうか?
ひょっとして誰かの「首」でも入っているのか?
嫌なイメージばかりがフィッティの頭の中を何度も駆け巡っている。
「ワイバーン……」
「くっ、わかった……」
再び、奇妙な脅しの暗号が出たところで、恩師はついに陥落したようだ。
今度はフィッティが顔を青ざめさせる番であった……
「クローニ先生、良いですね?」
「し、仕方ない……」
「では、その2つの箱を『裏切り者』の前に持って行ってください」
「はい……」
……
…………
………………
……終わった!
フィッティは絶望した。
たしかに、自分は裏切り者だ……
顧問をしている派閥の学生たちを裏切り、彼らが心血を注いで作り上げた決闘を改変した……
運営の合理性を重視するあまり……
だって、無茶苦茶な決闘なんだもの……!?
こいつら、どうせ最初から無茶な決闘にするって分かっていたんだもの!?
そんな言い分が一瞬頭を過ったが、すぐに消え去った。
それが許される相手ではない……
同じ派閥のメンバーを粛清し、教師を吊るし上げる……
悪魔相手に地獄で言い訳など決して許されないのだ。
恩師クローニが2つの箱を受け取ってゆっくり自分に歩み寄り始めたところで、顧問フィッティ=シールズはすべてを諦め、意を決した……!
「み、みんな。ごめんなさーーーーーーい!!」
フィッティは、思いっきり泣き叫んだ。
「フィッティ先生、箱の中身を見てください」
「え?」
「あとは野となれ山となれ」の気持ちでおそるおそる目を開いて、差し出され箱の中身を見るフィッティ……
その中には……
「こ、これは……!?」
特大の眩い光を放つ真珠が入っていた。
「帝国における最高の結婚……理想の夫婦を繋ぐ2つの稀少素材。1つは南の『土輪布山泊』の白銀、もう1つは北のコーヤ貝から採れる『ムーンパール』。その2つの素材を用いて指輪を完成させると円満な家庭を築くことができる。アーネストとお幸せに、フィッティ」
……帝国に生まれた女の子であれば誰もが夢見る最高の結婚に必要な素材。
その2つが自分の手に……?
「先生、おめでとうございまーす!!」
悪魔が叫んだ……!
「「「「「おめでとうございまーす!!」」」」」
「うわーーーーーん!ありがとーーーー!みんなーーー!!」
フィッティも大声で叫んだ。
それが悲鳴であったのか、歓喜であったのかは誰にも分からない……
そして、我に返ったあと再度箱の中身を見て……
「デカッ」と心の中で叫んでしまったのは、内緒の話だ……!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
すったもんだがありましたが、仲直り&お祝いしてもらえてよかったですね(*^▽^*)
次回、残りの準備期間をどう進めるか、戦略会議……!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




